20世紀を代表する名著の35年ぶりの邦訳

クロード・レヴィ=ストロース 『神話論理T 生のものと火を通したもの』 みすず書房

いつの時代にも、その「時代精神」を象徴する本がある。19世紀を代表する本が『資本論』だとすると、それに質的にも量的も比肩する、20世紀を代表する本が『神話論理』だといっても過言ではない。ところが1971年に原著が完成してから、この邦訳が刊行されるまでに35年もかかった。その原因は、当初の訳者が死去したことなど、不幸な事情が重なったようだが、この間に「ポスト構造主義」が流行しては消え去り、著者もすっかり「乗り超えられた」思想家のように思われている。

しかし、そういう先入観なしに本書を読めば、それが今なお輝きを放っていることがわかるだろう。「[私が]示したいのは、神話が、ひとびとの中で、ひとびとの知らないところで、どのようにみずからを考えているかである」(本書20ページ)という有名な一節は、原著が刊行されたころは「非科学的だ」という批判も浴びたが、いま読めば、ポストモダンの主題である「主体の不在」を語っていることがわかる。20世紀最大の思想的革命は構造主義言語学の誕生であり、20世紀は「言語の時代」だった。それはポストモダンまで含むとともに、すべての情報を二項対立による「差異」の束と考える点で「デジタル革命」の源流ともなったのである。

本書で明らかにされるアメリカ先住民の思考も、デジタルである。著者は「生のもの/火を通したもの」あるいは「自然/文化」といった二項対立によって神話を読み解き、多くの神話を一つの主題の変奏として位置づける。その手際は、科学というよりは芸術であり、神話全体があたかも一つの交響曲のようにハーモニーを作り出す。本書も「序曲」で始まり、最終巻の「終曲」で終わる。

ただ学問的には、本書の神話解釈は実証的に検証不可能な「物語」にすぎないという批判も強い。一般の読者には、神話の詳細な分析は読みづらいかもしれない。しかし神話と音楽の関係を論じる「序曲」は20世紀を代表する名文であり、著者を批判するにせよ乗り超えるにせよ、必読である。

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