経済学者でなくても、本書を知らない人はまずいないが、読んだ人もほとんどいないだろう。訳本がバカ高いうえに、原著を読んでもさっぱりわからない。ハイエクも批判したように、「景気対策として財政政策が必要だ」という結論が先にあって、あとからそれを説明する理論を組み立てているからだ。
国民所得などのマクロ指標で経済を分析する手法は、実際には本書の前の『貨幣論』でつくられたものだ。ところが、そこでは「不景気(過少消費)は金利を下げれば解決する」と書いてあるのに、ほとんど同じ枠組を使った本書では「金利を下げてもだめだ」という結論になっている(実際にだめだったからだ)。その理由が書いてないので、「流動性の罠」などという説明もあったが、ケインズはそんなことは書いてない(ヒックスものちに撤回した)。
ケインズは、金利生活者の不確実性な未来に対する不安が過剰な貨幣需要(流動性選好)を生み出し、資金供給が細って投資を妨げる、と1937年の解説論文で書いている。つまり不確実性のもとで、将来の予想を一致させるメカニズムがないことが根本原因なのだ。本来はそれを調整するのが金融市場だが、大恐慌のときのように自然利子率が極端に低い場合は、金利が機能しない。しかしケインズは、ヴィクセルの理論を理解していない(自分でも「ヴィクセルはちゃんと読んでない」と認めている)ため、金融市場の説明が致命的に混乱している。
つまり本書は、そのタイトルとは逆に、市場が機能しない特殊な場合の理論なのだ。ところがケインズは、市場がなぜ機能しないのかを理論的に説明せず、アドホックな硬直性や不完全性を持ち出す。そうした不完全性は、新古典派理論では時間とともに是正され、最終的には「長期的均衡」に到達するはずだが、なぜ不均衡が続くのかという根拠が書かれていない。それが本書を難解にしている最大の理由だ。
おまけに、本書の訳者はマル経出身で、マクロ経済学の勉強もしたことがないから、この訳本は翻訳調なのに意味がわからないという「超訳」ならぬ超誤訳である。原著を読んでもわからない本を、経済学を理解してない訳者が訳したのだから、読者にわかるはずがない。本格的に勉強したい人は、原著を読むことを強くおすすめする。
追記:佐賀大学の米倉茂氏が、さらにくわしい批判を『諸君!』8月号に発表するそうだ。彼によれば、債務にあたる「債券」(debts)が訳文では大半が「債権」と訳され、逆に株式発行が企業の負債発行と解題されている。また、投機好きのアメリカの「国民性のこの弱点は株式市場に表れている」の「弱点」は投機への「偏愛」(weakness)のこと。ベア・ポジションが「弱気の状態」と訳されているが、正しくは「株価下落に賭ける投機」のことである。また、「[実物]資産と債権」(同)は「株という資産(assets)と債券(debts)」のこと。
岩波は、ケインズの名誉のためにも、この間宮訳を絶版にすべきだ。