著者は「日本人で唯一のウォール街の投資銀行家」だそうである。元ゴールドマン・サックスにいたという経歴から、その実情を踏まえた分析が行なわれているのかと思ったら大間違い。内容は、このタイトルを一歩も出ていない。「投資銀行は欲張りで嘘つきだ」とか「株主資本主義は欺瞞だ」といった床屋談義が繰り返され、「日本はものづくりで生きていくべきだ」という。
パイロットが飛行機がなぜ飛ぶか知っているわけではないように、投資銀行家が経済メカニズムを理解しているわけではない。1993年に外銀の為替ディーラーに取材したとき、「不景気なのに円が強くなるのはなぜだろう」というから、「この前の景気対策でマンデル=フレミング効果がきいたんじゃないですか」と私がいうと、「何ですかそれ?」ときかれた。説明すると「ほんとだ。景気対策をやったとき為替が上がってる」と驚いていた。これが1日数億ドル動かすチーフディーラーなのだから、こっちが驚いた。
私にも投資銀行の友人がいるが、たしかに強欲だ。日本の機関投資家が「カモ」にされているのも事実である。投資銀行が日本で組むファンドの株式は欧米の投資家の資金で、日本の機関投資家はレンダーとして入る。大もうけしたら投資銀行が取って邦銀には約定金利しか払わないが、損したら金利を払わないでファンドの赤字を補填する。「表が出たら私の勝ち、裏が出たらあなたの負け」だ。しかしお互いプロなのだから、だまされるほうが悪い。
本書を読んで不思議なのは、著者が口を極めてののしる投資銀行を経営しているという事実だ。「投資銀行はすべて悪いやつだ」という彼の命題が正しければ、著者も論理的には悪いやつなのだが、それについての釈明はひとこともない。アダム・スミスの昔から、資本主義は善意ではなく利己心によって動くゲームであり、それは「意図せざる結果」をもたらすというのが経済学の発見だ。利己主義を克服して「自由な個人の連合」を実現するという理想を掲げた共産主義は、その反対物に転化したのだ。そんなにきらいなら、自分が投資銀行をやめろ。