池田信夫の一刀両断 第3回(PC Japan 1月号)

「光ファイバー3000万世帯」は可能か? そして必要か?

あるパーティーでのことだ。ゲストとして招かれたNTTの和田紀夫社長に,某経済誌の副編集長が「和田さん,光ファイバー3000万世帯って本当にできるんですか?」と質問したところ,和田社長は「あの数字は,光ファイバーの開放義務が撤廃されることを前提にしたものだ」と答えた。すると近くにいた側近が慌てて話をさえぎり,その話は終わってしまったという。

このエピソードには,少し解説が必要だろう。NTTは11月10日,グループの中期経営戦略を発表した。その目玉は,「2010年には3000万世帯に光アクセスを提供する」という経営目標だ。現在のFTTH(家庭用光ファイバー)ユーザーは約160万世帯。これをあと6年で20倍近くに増やそうという野心的な計画だ。しかし現実には,FTTHユーザーは毎月10万世帯程度しか増えていないのが実情だ。

和田社長の言葉にあった「開放義務」とは,NTT東日本/西日本の光ファイバーを「指定電気通信設備」としてほかの通信事業者に貸すことを義務づけた規制である。また,ほかの業者に提供する際の光ファイバーの回線使用料金は全国一律に規制されている(1回線あたり約5000円)。工事単価の高い地方では,ほかの業者は自前で光ファイバーを引くよりもNTT東日本/西日本の光ファイバーを借りたほうが安くすむが,都市部では,集合住宅などにまとめて引けるため,NTT東日本/西日本から回線を借りるよりも自前で引いたほうが安くすむのだ。

そのため,都市部では電力会社などの提供するFTTHの小売り料金は,NTT東日本/西日本の回線使用料よりも低くすることが可能だ。これに対抗してNTT東日本/西日本はBフレッツのサービス料を下げたのだが,その料金が業者向けの回線使用料よりも安かったため,2003年12月,他社の新規参入を妨害したとして,NTT東日本は公取委から排除勧告を受けることとなった。

NTTにとっては,地方ではコスト割れの料金で商売敵に光ファイバーを貸さなければならず,都市では価格競争に参加できないということで,踏んだり蹴ったりの事態だ。これでは光ファイバーへの投資はできないため,NTTは開放義務の撤廃を政府に陳情してきた。2004年の春には,和田社長が「秋にはNTTグループとして開放義務を含む規制改革を政府に提言する」と宣言した。  ところが最近のNTT経営陣は,冒頭のエピソードのように,すっかり腰が引けている。規制改革の議論が始まると,またNTT完全分割論が浮上することを恐れているらしいが,これでは3000万世帯どころか,1000万世帯も怪しいところだ。

●光ファイバーとフルIP化のどちらが重要か

そもそも光ファイバー化というのは,経営目標として意味があるのだろうか。BT(英国通信会社)は2004年6月,ネットワークを2009年までに全面的にIP(インターネットプロトコル)化するという「21世紀ネットワーク」構想を発表した。これに対してNTTの中期計画では「光アクセスと次世代ネットワーク」と,一緒にして考えている。次世代ネットワークは「フルIP化」するとは書いてあるが,注力しているのは明らかに光アクセスのほうだ。

光ファイバーにしないとフルIP化はできないかというと,そんなことはない。本質的なのは,電話会社中心の電話網からユーザー中心のIPネットワークに移行することであって,銅線を光ファイバーに変えることではないのだ。電話交換機が残る限り,NTT自身も言うようにIPルータとの「二重設備」状態になり,コストはかえって上がってしまう。

回線を「光アクセス」に統一する必要もない。DSL(デジタル加入者線)の普及率は全世帯の4分の1を超え,下りは最大で約50Mbpsまで出るようになった。FTTHは最大100Mbpsといっても,実効的にはそれほど差がない。これ以上の速度は,インターネットで自由にビデオが見られるようになるなど,より回線速度が求められるサービスが出てこない限り必要ないだろう。

また,無線LANを利用して,光ファイバーと同等の速度を実現することも容易に行える。いまは2.4GHz帯や5GHz帯などの使いにくい帯域に限定されているが,これが1GHz以下の周波数で使えるようになれば,公衆通信網としてはもっとも有望だ。  NTTの経営計画は,いつも「技術系」主導で作られ,インフラを中心とした未来像が描かれることが多い。2002年11月に出された「レゾナントコミュニケーション」は,その最たるものだが,この構想も最近ではすっかり影を潜めてしまった。今度の中期経営戦略には「お客さま」という言葉が25回も出てくるが,発想は相変わらずNTTが「理想のインフラ」を提供するので,ユーザーはそれに合わせて使い方を考えろという「NTT天動説」だ。

NTTの経営陣は「銅線から光ファイバーへ」が歴史の必然と信じているのかもしれないが,最近の携帯電話の普及が示しているのは,むしろ「有線から無線へ」という流れだ。この流れの中では「光ファイバー3000万世帯」は何の意味もない。ユーザーにとっても,最大の関心事はFTTHではなく,携帯電話の料金だろう。NTTは光ファイバーにこだわらず,「お客さま」にとって何が本当に大事なことなのか,考えてみたほうがよいのではないか。

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