池田信夫の一刀両断 第7回(PC Japan 5月号)

「護送船団」の放送業界を襲う企業買収,再編の嵐

ニッポン放送株をめぐるライブドアとフジテレビの争いについては,あらためてここで詳細を述べるまでもないだろう。自民党では「企業買収防衛策」の検討が始まり,外国企業が放送局を「間接支配」することを防ぐための電波法改正案まで出てきた。しかし,通信の世界ではグローバル化が進み,携帯電話会社のうち1社は外資系だというのに,なぜ放送局だけに外資規制を強化するのだろうか? そもそも企業買収とはそれほど怖いものなのだろうか? 今回,ライブドアがニッポン放送を買収するために取った方式は「敵対的企業買収」と呼ばれている。これは,買収される側の企業の経営者が,買収に同意していないためだ。しかし,この命名は誤解を招きやすい。そもそも企業の所有者は株主であり,経営陣にとって敵対的でも,株主にとっては望ましい買収というのもありうる。

特に企業買収の標的になりやすいのは,産業が成熟して新しい投資機会がないため,キャッシュフローが豊富で,それを経営陣が不要な設備投資などに浪費しているような場合だ。買収する側の企業は,この浪費をやめて負債の利子や配当にあてることで,容易に企業価値を上げられるからだ。テレビ局は,この意味で買収の対象になりやすい。各社ともキャッシュフローは潤沢で,多額の金融資産を持て余している。

●旧態依然とした放送業界

ライブドアによる買収が敵対的に見えるのは,フジテレビによるニッポン放送株のTOB(公開買い付け)が行われている最中に,いきなり時間外取引によって35%もニッポン放送株を買い付けたこともあるだろう。これでは,現在の経営陣に不信感を持たれてしまうのもやむを得ないと言える。敵対的買収は巨額のマネーゲームになるので話題にはなるが,実際には成功率は高くない。やはり力ずくで企業を支配することは難しく,経営陣の協力なしではうまくいかないのである。ライブドアも,ニッポン放送やフジテレビの経営陣との話し合いを呼びかけているが,3月末の時点では,両者が合意できる着地点は見えていないようだ。

ニッポン放送やフジテレビがライブドアを受け入れられないのは,企業買収そのものを受け入れる下地がないこともあるだろう。企業買収に対して免疫がなく,どう対処してよいのか分かっていないようにも見える。しかし,それも当然のことと言える。地上波テレビ業界はこの50年近くの間,合併や買収,倒産がほとんどなく,強いキー局が弱い地方局を守る「護送船団」方式でやってきたからである。今回の騒動で,フジサンケイグループのゆがんだ資本関係(規模の小さいニッポン放送がフジテレビの筆頭株主であるなど)が問題となったが,そうした関係が残っていたのも,倒産や買収のない業界に慣れ,企業防衛の意識が薄かったことが一因だ。

放送局というと大企業のように思いがちだが,日本の民放テレビは全国127局合わせても年間の営業収入は2兆5000億円程度だ。東京,大阪,名古屋の主要な局を除くと,各局とも年間の売り上げが数十億円という中小企業にすぎない。しかも各県にネット局を4系統ずつ増やしたものだから,地方民放の経営は苦しく,広告収入だけではやっていけないのが実情だ。それなのに倒産も合併もしなくてすむのは,キー局から「ネット料」と呼ばれる赤字補填を受けているからだ。

ネット料を払う理由は,そのネット局が全国向けの広告を流すことによってキー局の広告収入も増えるからだとされるが,その算定根拠は曖昧で「相互扶助」によって補填が行われているという。つまり地方民放は,キー局から番組という商品を供給してもらうばかりでなく,金までもらえる仕組みになっているのである。こういう護送船団方式はやめ,キー局が地方局を買収すればよいのだが,「メディア集中排除原則」によって,キー局は地方局の株式を20%しか持てないことになっている。こうした業界にとって,ライブドアの動きはまさに驚天動地の出来事だったろう。

●デジタル化によって進む放送業界の再編

護送船団方式で守られ,変化の少なかった放送業界だが,いつまでも旧態依然としたままでいるわけにもいかない。今回はフジテレビが標的となったが,先述したようにテレビ局は企業買収の標的になりやすく,株式を上場しているほかのキー局も企業買収の対象になりうる。

地方民放のほとんどは上場していないので,買収される恐れはないが,その代わりもっと恐ろしい脅威が待っている。地上デジタル放送である。もともと過小資本であるうえに,デジタル化にかかる経費は各局の年間売り上げにほぼ匹敵すると言われる。デジタル化しても,広告収入は増えないので,地上デジタル放送というのは,最初から赤字プロジェクトである。この結果,零細な地方局には資金繰りの問題が出てくる。赤字だから銀行は融資してくれないので,県内の局や同じ系列の局と合併するしかない。つまり放送局の再編は,ライブドアによってではなく,皮肉なことにデジタル化によって進めざるを得ないのだ。2006年中に全局をデジタル化するという目標を実現するには,地方民放の整理統合が避けられないだろう。すでにそうした話し合いは各地で始まっているというが,いろいろな規制が壁になっていて,なかなか進まないようだ。

通信,放送の世界は,グローバルな再編成の渦中にある。日本だけが,そこから孤立し続けることはできない。まだ規制の壁があるが,ライブドアの挑戦は,現在の仕組みの中でも,少なくともラジオ局の買収が可能であることを示した。これに対して外資規制を強化するなどというのは,話が逆である。むしろ,もっと放送業界に(外資を含めて)新しい血を入れ,再編を促進する政策が必要だ。

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