ディジタル化とモジュール化:概念の整理

池田信夫

モジュール化の歴史は、ある意味では近代の歴史とともに古い。グーテンベルク以来の活版印刷は、情報を活字というモジュールに分解することによって知識の生産と流通を効率化したし、アダム・スミスの描いたネジの生産の模様は、工業製品を標準的なモジュールに分解して製作する機械制大工業のシステムをよく示している。では、20世紀末になってモジュール化という概念が注目されるようになったのは、なぜだろうか。

それは特にコンピュータ産業において、ネジのような部品にとどまらず、CPU(中央演算装置)やメモリ(記憶装置)、あるいはソフトウェアでいえばオペレーティング・システム(OS)のような中核的な機能がモジュールとして独立し、コンピュータのハードウェアとソフトウェアのすべての部品が交換可能となるという状況が成立したからである。インターネットの普及は同様の影響を通信業界に与え、情報通信産業全体が全面的にモジュール化されつつあるが、自動車産業にはここまで徹底したモジュール化は起こっていない。

このように、工業化の歴史とともに古いモジュール化と最近のモジュール化をわける最大の違いは、後者が「ディジタル革命」によって生まれ、そして情報通信産業においては産業そのものの構造を変えてしまったということである。この違いを分析し、現代に固有の問題は何か、逆にアダム・スミス以来変わっていない部分は何かを整理することは、今後の学問的な議論の基礎として必要な作業だろう。

1.ディジタル革命の意味

ディジタル化と抽象化

Digitというのは、もともとは「指」という意味で、転じて指で数える「数字」の意味になった。つまり「ディジタル化」とは情報を数字であらわすこと、あるいは「有限の文字列」であらわすことである。これはさほど珍しいことではなく、ある意味では人間の認識にとって不可欠の条件である。外界の情報量は無限大(連続無限)だから、そのままで認識することはできない。物理学でも知られているように、物質の量子力学的な表現は波動関数であらわされる多くの状態の連続的な重ね合わせだが、現実にはそのうち一つの状態だけが古典力学的な物体として観測される。これは脳が多くの状態の中から一つだけを「間引き」(coarse graining)して認識しているためとされる*1。この意味で人間の認識の対象はすべて広義のディジタル信号である。さらに言語や数字などの記号の体系は、複雑な意味や価値を1次元の文字列の組み合わせで表現するものであり、これを本源的な(0次の)ディジタル化と呼ぼう。

現在のディジタル革命と呼ばれる変化の特徴は、情報が文字列として表現されるだけではなく、電気的なビット列として機械的に処理できるようになった点にある。これを1次のディジタル化と呼ぶとすれば、その過程では複雑な情報を単純な文字列に変換する(事前の)コストがかかるが、それによって物理的な複雑性を「抽象化」し、処理を単純化することによって(事後の)処理の効率性が高まる。この事前のコストと事後の利益のどちらが高いかによって、ディジタル化の程度が決まるわけである。事前のコストが最低なのは明らかに数値計算であり、事後の利益が最高なのは、人間ではできない複雑な計算だから、暗号や軌道計算などの軍事的な大型計算の処理からディジタル・コンピュータの歴史が始まったのは当然である。

逆にディジタル化のコストが最大なのは、映像や音楽などデータ量の大きい情報である。特に動画は、普通のテレビの映像をそのままディジタル化すると270メガビット/秒もの情報量となり、これまでのパソコンでは処理できなかった。また、その処理も感覚的に行えるので、事後的な利益もはっきりしない。ところが画像圧縮技術の発達によって700キロビット/秒まで圧縮できるようになり、これをインターネットなどで配信することによって映像・音楽データの流通コストが飛躍的に下がり、利用範囲が広がったため、ディジタル革命に取り残されていた映像の世界もようやくディジタル化が始まっている。

しかし「コンピュータによってどんな複雑な計算も可能である」という命題は自明ではない。これを証明したのは、1936年のアラン・チューリングの論文であった。ここで彼は「チューリング機械」と呼ばれる仮想的な機械を使った思考実験によって、計算可能性の条件を厳密に証明した。チューリング機械は、データ(2進数である必要はない)を記述したテープを制御装置(ヘッド)で読み取って左右に動かし、それを処理した結果をテープに書き込む単純な装置である。

この機械の最大の特徴は、テープをどう動かすかという命令もテープに書き込んで実行させることである。テープが無限に長く、制御装置の記憶容量が無限大の「万能チューリング機械」があれば、計算手続きをテープに書き込んで制御装置に実行させることによって、原理的にはどんな計算もできる。このように対象だけではなく手続きをディジタル信号で表現することが20世紀後半のコンピュータの発展を実現した本質的な技術革新であり、これを2次のディジタル化と呼ぶこともできよう。

物理的な素材を捨象して論理的な関係だけに注目し、あらゆる計算を文字列の操作に置き換える発想は、数学における公理主義を基礎としている。チューリング機械は、ゲーデルが「不完全性定理」を証明するのに用いた、自然数の計算手続きに自然数を対応させる「ゲーデル数」の概念の計算機的な表現である。数学の言葉でいうと、ある集合Sが万能チューリング機械で計算できるための必要十分条件は、次の二つである*2

  1. Sが可算(enumerable)である。
  2. 任意の要素がSに含まれるか否かを判別する関数が存在する。

1で可算とは、自然数のように要素を一つ一つ数え上げることができる集合のことで、有限集合はすべて可算である。これはデータが有限のディジタル信号で表現される限り、その量がどんなに大きくても論理的には計算可能だということを意味している。逆に情報量が小さく見えても、可算でない情報は計算不可能である。たとえば1秒間の音声の波形に含まれるすべての点の集合は非可算(連続無限)だから、このままコンピュータで処理することはできない。

そのため、コンパクト・ディスクでは音声は44.1kHzで標本化され、16ビットに量子化して記録される。つまり1秒の音声が44100の信号に分割され、さらに一つ一つの信号を2^16=約65000段階で記録することによって、音程、リズム、音色などの多次元の情報は単なる音量の変化という1次元の量に還元されるわけである。このような膨大な信号を処理することはコンピュータなしでは不可能であり、この意味で1次のディジタル化と2次のディジタル化(コンピュータ化)は表裏一体である。

モジュール化

前の条件(2)は、ある要素がSに属すなら1、そうでないなら0という形で曖昧さを残さずにすべての要素が列挙できることを意味する。これは計算論的には、処理が「AならばBである」という条件文(while文)の複合であらわされることを意味する。この言葉でいうと、チューリングの証明は「すべてのプログラムはwhile文で書けるならば実行できる」という命題と同値であり、事実すべてのソフトウェアは(効率を無視すれば)while文だけで書ける。

この重要な含意は、データを単純な文字列に還元するだけでなく、命令(関数)も単純なイエス・ノーを切り換えるスイッチ(判別関数)の複合として構成できることを示した点にある。したがってハードウェアにも特別な構造は必要なく、単純なモジュール(半導体)を論理的に組み合わせればどんな機能も実現できる。つまり前の二つの条件が満たされる限り、機械の内部構造も抽象化(捨象)でき、どんな命令も論理的には実行可能なのである。

チューリング機械にはプログラムとデータの区別はなく、ソフトウェアとハードウェアの区別もない。そこではコンピュータとはスイッチ=条件文の集積にすぎず、命令が物理的な機械で実現されているか論理的なビット列で表現されているかは問題ではないから、与えられた処理をソフトウェアで行うかハードウェアで行うかは効率の問題にすぎない。コンピュータの処理能力が低いときには、ソフトウェアを実行する負荷を減らすためになるべくハードウェア側で処理を行われていたが、素子技術の発達にともなって命令が「仮想化」されてソフトウェアで論理的に実行されるようになり、ハードウェアはますます単純化されて汎用性が高まった*3

ジョン・フォン=ノイマンが1945年に設計したプログラム内蔵型コンピュータEDVACは、機械(ハードウェア)と言語(ソフトウェア)を分離し、基本的な処理機能は命令セット(add、moveなどの要素的な命令)としてハードウェア側に持ち、ソフトウェアはその命令セットを組み合わせた機械語(アッセンブラ)で書くという形で処理を「モジュール化」したことが最大の特徴である。また「ヘッド」の機能も、CPU(中央演算装置)とメモリ(主記憶装置)というモジュールに分離され、CPUとメモリは1本の回路(データバス)で結ばれ、プログラムは主記憶装置に格納して逐次CPUに送り込んで処理される。この設計は、チューリング機械を具体的に実装する方式としてはきわめてすぐれたもので、それから半世紀以上たった今もコンピュータの設計は基本的には変わっていない。

彼の基本設計を徹底し、多くのコンピュータを同一のモジュールの組み合わせによって実現したのがIBMのシステム/360であった。これは、その名のとおり360度全方位的な用途に応じられるように多様なラインナップをそろえ、しかも上位機種から普及機までが基本的に同じ部品を共用することによってコストを削減した。

もう一つの重要な特徴は、全機種に共通の命令セットを採用してソフトウェアとハードウェアの依存関係を遮断し、それぞれを独立のモジュールとして改良できるようにしたことである。このルールは厳格に守られ、新しいデバイスを使う場合にも、その固有の機能は使わず、必ず決められた命令セットを使ってコーディングしなければならなかった(Baldwin-Clark[2000])。これは一見、不自由なように見えるが、結果的にはシステムの拡張性を増し、アプリケーションの互換性を保証して、システム/360のアーキテクチャは1990年代まで生き延びた。

2.半導体からインターネットへ

集積の経済

ディジタル化の急速な進展を支えたもう一つの要因は、コンピュータの部品となる半導体が、シリコン(珪素)という地球上で2番目に多く存在する元素によって製造できるという偶然である。素材の価格が事実上ゼロに近いため、その価値は捨象でき、半導体技術は限られたスペースにいかに多くの情報を乗せるかという問題になった。実際の半導体の工程を見ると、写真製版によく似ているのが印象的である。つまり半導体とは、シリコンの上にフォトマスクに描かれた多くのトランジスタを印刷した「シリコンの書物」なのである。

ここでは「活字」はトランジスタのスイッチであり、半導体メモリではスイッチのオンオフとして情報を記録する。チューリングが証明したように、すべての計算は原理的には条件文の集積に帰着できるから、トランジスタとビット列は同等である。こうしてソフトウェアとハードウェアががすべて文字列の操作に還元されたことによって、コンピュータは仮想的なディジタル信号の集合体となった。

大型コンピュータの時代には、「計算能力はコストの2乗に比例する」という経験則(「グロッシュの法則」とも呼ばれる)があった。たとえば1000万円の大型コンピュータの性能は100万円の小型機の100倍になるという事実は、IBMの大型機が長期間にわたって業界を支配した大きな原因である。これは、経済学でもおなじみの規模の経済と同じ論理で説明できる。基板や筐体のコストは一定だから、そこに多くのトランジスタを乗せるほど効率は上がるわけだ。

ところが集積回路(IC)が広く使われるようになって、この法則は逆転し始めた。ICに集積されるトランジスタ数は18ヶ月で倍増するという「ムーアの法則」は、1964年に提唱されて以来、ほぼ一貫して成立している。特にこの傾向を強めたのは、マイクロプロセッサ(MPU)の発明である。インテルは日本の電機メーカーからのいろいろな注文に対応するため、命令を汎用的な半導体で実行し、そのデータをソフトウェアとしてメモリに蓄積するシステムを開発した。これは半導体の回路とプログラムをわけることによって「万能半導体」を作る、チューリング機械の設計思想である。  大型機の時代には多くのトランジスタを並べた大きな基板であったCPUが、1個のMPUにモジュール化されたことによって、基板の上の規模の経済はなくなった。しかも処理速度が極限まで高まり、半導体の中の回路の長さが速度を決めるようになったため、逆に集積することによって性能が上がる「集積の経済」が生じるようになり、ダウンサイジングやモジュール化が急速に進んだ。

カプセル化

もう一つの大きな技術革新は、コンピュータ・ネットワークである。ワークステーションやパソコン単体の性能は限られているが、それをLAN(構内通信網)で結べば、ムーアの法則によって大型機1台よりも高い性能を実現できる。特に、大型機の時代には割り当てられた時間にまとめて計算するバッチ処理という方式がとられたが、イーサネットでは時分割(タイム・シェアリング)によるリアルタイムの処理ができるようになった。

そしてインターネットは、TCP/IP(Transmission Control Protocol/Internet Protocol)というソフトウェアで通信手順(プロトコル)をディジタル化することによって、通信を論理層だけで実現した。従来の電話網では、通信の制御がハードウェアによって行われていたため、異なる機種の間の通信はきわめてむずかしく、複雑な翻訳プログラムが必要だったが、TCP/IPは、すべてのデータをIPパケットに「カプセル化」することによって物理層の違いを捨象し、普遍的な相互接続を実現したのである。

これはデータとその処理だけではなく、通信手順をディジタル化するものだが、通信もスイッチという意味では計算と同じだから、2次のディジタル化の一種といえよう。いいかえれば、インターネットは全世界のネットワークを論理的なスイッチの集積である仮想的な「超分散チューリング機械」に変えたわけである*4

このようにすべてを論理層で実現する構造は、通信の効率性や信頼性という観点から見ると、必ずしもすぐれているとはいえない。特にデータをIPのパケットにカプセル化してヘッダをつけて送り、受信側で非カプセル化する手続きは、オーバーヘッドの負担となって通信効率を低下させるため、インターネットは長く研究用の特殊なネットワークとされ、その主な用途は電子メールやファイル転送(FTP)などの単純なサービスであった。

1990年代にインターネットが爆発的に普及した背景には、WWWなどのアプリケーションが登場したこともさることながら、コンピュータ・ネットワークが複雑化し、その相互接続が深刻な問題となったことがあげられる。相互接続の国際標準としては、OSI(Open Systems Interconnection)が提案されていたが実現しなかったため、1990年代前半までは、ネットワークが異なると電子メールさえ互いに読めない状態だった。これに対して、インターネットでは事前のカプセル化のコストはかかるが、いったんIPパケットになれば世界中で読めるので、翻訳が不要になるという事後の利益がある。

両者の関係は、経済学でおなじみの物々交換と貨幣経済に比せられよう。相手と自分が互いにほしい商品を持っていれば、それをいったん貨幣に換えて(価格をつけて)取引するのは二重手間だが、市場が複雑になって相手をさがすコストが大きくなると、貨幣に価値を「カプセル化」するコストよりも、それによって個別の商品の物理的な属性を捨象する利益のほうが大きくなるわけである(Kiyotaki-Wright[1989])。

インターネットでこれほど急速かつ極端なモジュール化が生じた一つの原因は、カプセル化によってインターフェイス情報が単純化されたことにある。自動車など製造業の部品を相互に組み合わせるには、3次元の空間座標のみならず、素材の質や重さなど、きわめて複雑な多次元の情報をコーディネートしなければならない。たとえば、ある部品を標準化するとき関係する部門すべてで過半数の賛成が必要だとすると、2部門で意見が一致する確率は1/4だが、3部門になると1/8になり、n部門では1/2^nとなって、全員一致する確率は急速にゼロに近づく。

この問題を解決する第1の方法は、合意が互いに独立でなく、特定の部門に決定権を持たせることである。たとえば部門1で賛成が1/2を超えたら他の全部門も従うと決めると、合意の達成される確率は部門がいくら増えても1/2である。これは部門1を経営者と考えれば、垂直統合型の組織に対応するだろう。また情報が全部門に共有されていれば、ある部門の合意が他の部門にも影響を与え、「創発的」に合意が形成される日本型のしくみもありうる。

第2の方法は、座標空間の次元を減らすことである。たとえばボルトとナットを組み合わせるには、3次元空間の座標がすべて一致していなければならないが、JIS規格を使えば、「直径何ミリ」という1次元だけについて合意すればよい。さらにIPのようにインターフェイス情報が全世界で統一されれば、問題はそれをサポートするかしないかという二者択一になり、コーディネーションの効率は飛躍的に高まるわけである。

3.ディジタル化と経済システム

範囲の経済からネットワークの経済へ

ITによる経済システムの変化を「収穫逓増」なる概念でくくる議論が横行しているが、これは誤解を招きやすい。この概念には、次の三つが混在していることが多い。

  1. 規模の経済(費用逓減)
  2. 範囲の経済(補完性)
  3. ネットワーク外部性

このうち、費用逓減は大きな固定費用が存在する場合つねに生じる普遍的な現象(生産可能集合の非凸性)だが、補完性(超モジュラー性)はそれほど普遍的ではない*5。通常の工業製品のように、部品に特殊性があって相互に補完的な場合には、特定の工場や設備の規模が大きいほど費用逓減の傾向も強くなるが、部品がモジュール化されて補完性がなくなると、むしろ特定の企業向けに作るよりも世界全体を市場にした汎用品を作るほうが生産規模は大きくなる。

IBMの大型機におけるモジュール化は、基本的に企業内で行われたもので、大型機の部品は半導体メモリや磁気ディスクに至るまで内製化され、全盛期のIBMは世界最大の半導体メーカーであった。しかしモジュールの境界は、企業の境界と一致する必要はない。この点で、モジュール化されたアーキテクチャと垂直統合型の企業組織の間には潜在的な矛盾があった。

この矛盾が顕在化したのが、1981年にIBMの発表したIBM-PCである。ここでは、PC本体は最初から最小限度の部品しか装備しない代わり、拡張スロットを設け、ビデオ・カードやシリアル・ポートまで外部で作ることを前提にした「オープン・アーキテクチャ」がとられた。特にシステムの中核となるOSとCPUを外注し、その仕様が公開されたため、BIOS(基本入出力装置)さえあれば、本体のクローンはだれでも作れるようになった。

事実、コンパックが互換機を作ったのに続いて、フェニックスが互換BIOSを作ったため、1980年代後半にアジアから低品質・低価格の「ジャンク・マシン」が大量に流入し、パソコンは急速に「商品化」(commoditize)した。IBM-PCの性能は、同じ時期に出たアップル・コンピュータの「マッキントッシュ」に比べると見劣りするものだったが、このように互換機が登場して価格競争が行われたため市場が広がり、多くのアプリケーションが開発され、そのネットワーク外部性によってさらに市場が広がるという正のフィードバックが生じたのである。

つまり大型機の時代には(1)+(2)だった産業構造が、パソコンでは(1)+(3)に変わったということができる。いいかえれば、特定の企業の中で複数の部品をコーディネートする範囲の経済よりも、特定の部品に集中して全世界にネットワークを広げる「ネットワークの経済」の効果のほうが大きくなったわけである。この場合、問題はユーザーの規模であって設備の規模ではないから、たとえばネットスケープ社が行ったように、無料でコピーを許すといった方法をとれば、固定費をかけずにネットワーク外部性を生み出すこともできる。

この影響は狭義のコンピュータ産業を超え、用途別の専用機が汎用のコンピュータとアプリケーション・ソフトウェアの組み合わせに置き換えられるようになった。たとえばワード・プロセッサは、初期には専用のミニ・コンピュータだったが、パソコンの性能が上がるにつれて専用機は姿を消した。また放送局で使われている業務用のVTR編集機は一組で1億円以上するが、ディジタルVTRのノンリニア編集機(パソコン+オーサリング・ツール)は数十万円である。かつては数千万円したCAD(コンピュータ支援設計)専用機も、今ではフリーのCADソフトに置き換えられている。

インターネットは、この傾向を極度に進めた。そこでは、従来の電話・データ・放送などの用途ごとに最適化された通信インフラよりも、情報を一律にIPパケットにカプセル化して汎用ネットワークに投げる荒っぽい方法のほうがはるかにコストが低くなったのである。その原因は、端末の処理能力やネットワークの通信速度が半導体技術や光通信技術の進歩によって飛躍的に上がってカプセル化のコストを吸収する一方、IPが世界のどこにも通用する「基軸通貨」となったことによって同じ半導体が世界中で使える量産効果(ネットワークの経済)が非常に大きくなっえ価格が低下したためである。これらの効果は、量産化→価格低下→IPの拡大→量産化という形で互いに強めあうので、今後しばらく続くであろう。

こうした変化は、産業構造にも大きな影響を及ぼす。従来の製造業は、どんな設備を使うかで分類されてきたが、仮想的に処理される分野が拡大するにつれて、その境界は曖昧になりつつある。たとえば工作機械は、メカニカルに処理する部分以外の情報処理はほとんどパソコンによって行われ、インターネットを通じて遠隔制御されるようになっている。精密機械や医療機器などもほとんどソフトウェアで制御されるようになった結果、こうした産業の違いはコンピュータ上のアプリケーション・ソフトウェアの問題に帰着するようになりつつある。

このように本質的な機能がソフトウェアで実現されるにつれてハードウェアはどんどん単純化するから、特定の製造技術に長けているという優位性はあまり意味を持たなくなり、賃金の安い第三世界で規格化された設備で生産することが有利になる。いいかえれば、従来の業界や国家の境界が消滅し、全世界でシームレスに競争が行われるようになるわけである。これが日本の製造業が苦境に立たされている原因であり、それに対して特定の要素技術の「囲い込み」によって在来型の製造業を守ろうとすることは、かえって新しい産業構造への適応をさまたげよう。

情報と所有権

このように論理層と物理層が切り離されたことが、ディジタル革命の重要な帰結であり、これは経済システムにも大きな影響を及ぼす。近代法では、所有権は物的な財産の移転によって譲渡されるものと考えられているが、ディジタル情報は物理的な媒体を移転しなくても電子的に送ることもできるし、逆に情報を移転したからといって所有権を譲渡したことにもならない。つまり所有権の前提となっている財産の譲渡可能性(alienability)が自明ではないのである。

これは近代の財産権制度の中では異例の事態に見えるが、歴史的には、財産とその所有権が1対1に対応している状態のほうが例外である。近代以前でもっとも重要な生産手段であった土地についていえば、それを耕作する者が収穫に対する所有権を持つことはまれで、村落全体で共有されるか、一部を地主や領主に納めるのが通例であった。

しかし所有権が確立していないと、共有による資源の過剰利用(共有地の悲劇)や独占による過少利用が起こりやすい。近代の市場メカニズムの特徴は、財産を譲渡するコントロール権と、それ使うことによるキャッシュフローへの請求権を「商品」にバンドルすることによって付随する権利も譲渡可能にしたことである(Jensen-Meckling [1992])。権利をモジュールとして譲渡可能にすることで、その所有者が最大限有効に使うインセンティヴが生まれる。

しかし情報がディジタル化され、コピーも加工も自由にできるようになると、物理的な媒体のコントロール権によって将来のキャッシュフローを独占することはできない。情報を保護する制度としては特許権などの工業所有権があるが、これも有体物を前提としており、ソフトウェアのアルゴリズムのような論理には与えられない。

当初の大型機では、ソフトウェアはハードウェアの付属品として一括して納入されたから、この問題はさほど深刻ではなかった。しかし1960年代後半になると、IBMをやめた技術者がIBMマシンで動くアプリケーション・ソフトウェアや互換性のある周辺機器を作るようになった。IBMはこれを駆逐するため頻繁にインターフェイスを変更し、司法省も独禁法違反の疑いで調査を始めた。これを受けて1969年、IBMは自主的に「アンバンドリング」を行い、外部メーカーによる周辺機器やアプリケーションの開発を認めた。

これによってソフトウェア産業が成立したが、ソフトウェアをハードウェアに一体化することによって譲渡可能にするという方法もとれなくなった。当初は、システムの中核であるOSは企業秘密として守っていたが、これも1970年にシステム/360の開発者であるジーン・アムダールが独立して純正機よりも高性能で低価格の互換機を開発するに至って、単に秘密にしていたのでは守れなくなった。

そこでIBMは、ソフトウェアを著作権法で守るよう米国政府に働きかけ、1980年に米国の著作権法が改正された。これに続いて全世界で同様のロビー活動を行う一方、いわゆる「IBMスパイ事件」のように警察力を駆使して世界各国に圧力をかけ、結果的に日本でも1985年に著作権法が改正されてソフトウェアが著作権による保護の対象となった。IBMがソフトウェアの保護手段として工業所有権ではなく著作権を選んだ最大の理由は、システム/360のソフトウェアを守るためだった(保護期間15年の特許は1979年で切れる)といわれるが、これはさまざまな著作権紛争を引き起こし、ディジタル情報の流通を阻害する結果になった。

その根本的な原因は、著作権がコピーを禁止することによって、ディジタル化の最大の利益である事後処理の効率性をそこなうためである。情報を自由に配布することによる利益と、それによって失われる投資のインセンティヴの問題は分離可能であり、財産として排他的に守る必要はない。たとえば特許を政府がすべて適切な価格で買い取り、それを無償で公開すればよいのである(Kremer[1997])。情報のコントロール権を「物」とは切り離して保護する制度設計を考える必要がある。

4.結び

ディジタル化の波は、今やほとんどすべての産業をおおいつくすかに見える。あらゆる情報がディジタル化され、知的な作業が記号の操作に還元され、しかもその情報が全世界に瞬時に共有されるようになれば、物理層に対する投資がゼロに近づいて行くかもしれない。ドットコム崩壊後のインターネットの世界で恐れられているのは、かつての「ひとり勝ち」ではなく、インターネットは「だれも勝てない」不毛の地ではないかという問題である。

しかし幸か不幸か、実際にはそういう「熱死」状態は起こらない。かつてシュンペーターは、競争が技術革新を阻害することを憂えて、技術への投資を促進するには一定の独占が必要だと述べたが、実証研究によれば逆に競争の激しい分野ほど技術革新も激しく行われている(Aghion-Hewitt[1998] p.205)。だれもがヤフーになれるはずはないが、だれもがそうなると信じて投資を行う「アニマル・スピリッツ」が資本主義を支えてきたのである。

ディジタル化された結果だけを見ると、競争的で利潤の生まれる余地はないように見えるが、実際にはそれは本源的な情報を間引いたものにすぎないから、本質的な競争は情報をどう間引いてコード化するかという「プラットフォーム競争」である。この点で、戦後の日本の製造業は、マイクロエレクトロニクスのような1次のディジタル化では大きな成功を収めたが、それを処理するシステム自体をディジタル化する2次のディジタル化において大きく後れをとった。ソフトウェア産業は特定の顧客向けに過剰にカスタマイズしたソフトウェアを作ってパッケージ化に立ち後れ、家電産業では固有のデバイスに依存した「データ放送」の言語を作って失敗する、といった事態は、日本の製造業がディジタル革命の本質を理解していないことを示している。

これまで日本企業は、対象はディジタル化して効率化する一方、それを処理するための知識は職場に蓄積された「暗黙知」として広く共有することで高い優位を築いてきたが、ディジタル革命は逆に暗黙知を最小化し、情報を譲渡可能な一般的知識とすることによって効率性を高めた。この潮流の中で生き残るには、ディジタル化できる情報はネットワークやアウトソーシングなどによって効率的に共有する一方、本質的に譲渡できないコアとなる専門的な技能を形成する戦略的な知識管理が必要である。

生活の中でディジタル化されうる部分は、絶対的には大きくない。人間の活動は第一義的にはエネルギーによって維持されているのであって、情報はエネルギーの配分を効率化する副次的な要因にすぎない。工作機械がディジタル化されても、最後の物理的な加工は3次元の空間で行わなければならないし、カメラがいくらディジタル化されても、光を屈折させるのは光学レンズである。こうした部門で日本の製造業の持つ優位を高次のディジタル化の中でどう発展させるかが今後の課題だろう。

*1 シュレーディンガー方程式(波動関数)であらわされる物質の状態(純粋状態)では、位置や運動量の確率分布しかわからず、現実の測定値(混合状態)はその分布のどこかになる。このように純粋状態の方程式を解いても測定値が一意的に決まらないという「観測問題」は有名な難問だが、最近では脳(測定装置)との相互作用によって純粋状態が「非干渉化」(decoherence)されて混合状態が決まるメカニズムが明らかにされはじめている(Gell-Mann[1994])。

*2 この条件(数学的には「帰納的可算」と呼ばれる)は、厳密にいうと問題がコンピュータで「認識可能」となる条件であって、答が出る(決定可能)ことを保証しているわけではない。コンピュータが止まらずに永遠に計算を続けることもあり、ゲーデルの不完全性定理によれば、無矛盾でも答が出るかどうか決定できない問題が必ず存在する。

*3 たとえばRISC(Reduced Instruction Set Computer)という新しい半導体技術は、従来はCPUで処理していた命令をソフトウェアで行う代わり、CPUの構造を単純化して速度を上げるものである。チューリング自身の設計した暗号解読用のコンピュータ、ACEは大部分の計算処理をソフトウェアで行うRISCに近い構造だったという(Davis [2000] p.188)。

*4 ただしインターネットのアーキテクチャは、中央ですべての命令をコントロールする主体を持たない「非ノイマン型」である。これはネットワークの柔軟性を高める一方、通信量の管理ができないため、ブロードバンド化するに従って問題が生じている(池田[2001]第5章)。

*5 補完性は、数学的には「超モジュラー性」として定義され、生産関数が補完的であるときには垂直統合によってコーディネーションの効率が高まる(Holmstrom-Milgrom [1994])。

参考文献