20年遅れでよみがえる「日本的経営」の亡霊
高橋伸夫『虚妄の成果主義』日経BP
経営学というのは、学問なのだろうか。もし物理学で、いまシュレーディンガー方程式を「発見」した人が『虚妄の古典力学』という本を書いたら、出版も不可能だろう。しかし、経済学で30年以上前に証明された定理や10年以上前に否定された理論を今ごろ経営学者(しかも東大の教授だ)が得々と学会で発表し、本にまとめられてベストセラーになる のだから、「社会科学は科学ではない」といわれてもしかたがない。
本書の前半で著者が展開している「成果主義批判」は、経済学では周知の事実である。チーム生産の外部性がある(生産関数が線形分離可能でない)場合には、限界生産性によって賃金を払うことができない(正確な「成果主義賃金」が存在しない)ことは1972年にAlchian-Demsetzによって指摘され、1982年にHolmstromによって厳密に証明された。こうした問題を解決するために、その後の企業理論ではさまざまな分析が行われているが、著者はこういう理論も知らず、21世紀になって独力でAlchian-Demsetzと同じ「発見」をし、「日本型年功制の復活」を唱える。しかし成果主義が正しくないということは、年功制が正しいことを意味しない。チーム生産では「正しい賃金」は存在しないのだから、年功制も正しくないのである。
著者が独自の発見と信じているらしい「ホワイトカラーの報酬は賃金ではなく(重要な)仕事だ」という話も、経済学ではjob competitionとかcareer concernの理論としておなじみだ。補完性の強い業務には「弱いインセンティヴ」が望ましいという話も、multitask principal-agentの理論として定式化されている。おまけに最終章の「理論編」の最大の根拠は、1984年のAxelrodの有名な(経済学者ならだれでも知っている)実験である。これに依拠して「協力が最善の戦略だ」という類の本は、1980年代にたくさん出たが、これは間違いである。その後の一般的な条件による追試では、TIT FOR TATのような「善良な」戦略が最強だというAxelrodの結果は否定され、どちらかといえば「巧妙に裏切る」戦略が強いことがわかっている。
くだらなさにとどめを刺すのが、最後の「未来傾斜原理」とかいうやつだ。「組織への帰属意識は未来の長期的関係の割引現在価値で決まる」というのは、ゲーム理論で1971年に証明された「フォーク定理」だが、これが成立するには、長期的関係が永遠に続く(割引因子が十分高い)という条件が必要である。今までと同じ経営をずっと続け、全員の雇用が保証できる高度成長期なら、こういうメカニズムは成立しえたかもしれない。それが「日本的経営」の強さの源泉だった。しかし、今はその「会社が永遠だ」という根本前提が崩れたのである。
20年前に流行してバブルの崩壊とともに消え去った「日本的経営」礼賛が、米国経済が不調になると、また亡霊のようによみがえるのは、問題が論理的に理解されていないからだ。ここまでバカバカしいと、ほとんど娯楽としておもしろく読めるが、問題はこういう本に「感銘」を受け、他人に推薦する経営者がたくさんいることだ。みんなの話を聞いて「コンセンサス」で経営できるなら、経営者はいらない。労働組合が経営すればよいのである。バブルが崩壊して14年たっても、日本の経営者は何も学んでいないわけだ。サミュエルソンの名言のように、経済学も経営者も「葬式ごとに進歩する」しかないのだろう。