経済学と物理学の300年ぶりの新しい出会い

高安秀樹『経済物理学の発見』光文社新書

経済学は実証科学なのだろうか――本書を読むと、そういう疑問を禁じえない。たとえばある日、引力が距離の1.99乗に反比例することが実証データで証明されたとすると、物理学の理論はすべて書き換えられるだろう。どんなに美しくても、事実と合わない理論は棄却されるのだ。ところが経済学では、もともと「理論は事実と合わない」ということが常識になっているため、理論を選ぶ基準が「美学的」になってしまう。その典型が、金融工学で有名なブラック=ショールズ公式である。

これが美しい理論であることは間違いないが、事実と合っているかどうかは疑わしい。この理論を提唱したマイロン・ショールズは1997年、ノーベル賞を受賞したが、彼が共同設立者となったヘッジファンド、LTCMは翌年、破綻した。この原因は当時、単なる投機の失敗だとされたが、本書はこの公式を外国為替市場の400万個以上の実証データで検証し、誤っていることを証明する。ブラック=ショールズ公式では、価格のばらつきが正規分布になると仮定されているが、実際の価格は正規分布よりも変動幅の大きい「ベキ分布」になっているのだ。

本書は、この現象を「フラクタル」の理論で説明する。これは市場を「均衡」とみる従来の経済学とは異なり、多くのディーラーの衝突する「複雑系」と考えるものだ。一昔前に(言葉だけ)流行した複雑系の理論が、ようやく社会科学でも意味のある成果をもたらそうとしているわけだ。新古典派経済学のモデルにしているのは、300年前の古典力学であり、道具としてはかなり古い。本書のような最新の物理学とコンピュータによるデータ解析を使えば、他にも新しい研究が可能だろう。

ただ市場データの分析以外の本書の議論は、素人っぽい。著者の提唱する「企業通貨システム」は、かつてハイエクが提案した(そして役に立たなかった)ものとほとんど同じだ。「本職」の経済学者が、本書のような問題提起を真剣に受け止める必要がある。

HOME