経済危機を生んだのは「市場原理主義」ではなく市場原理への過信だ
ナシーム・タレブ『ブラック・スワン』 (ダイヤモンド社)

本書は2007年、世界経済危機が発生する前に書かれ、その後の展開を予想した本としてアマゾンの年間ベストセラー(ノンフィクション部門)の第1位になった。ニュートン力学では数百年先の天体の動きを予測するが、その同時代にヒュームはニュートンを批判した。昨日まで太陽が東から昇ったという事実は、明日も同じことが起こる根拠にはならない。科学とは、経験的な推測に過ぎないのだ。

太陽が昇らない可能性を心配する必要はないとしても、昨日まで高い収益を上げていた投資銀行が、突然姿を消すことがある。こうした現象を著者は「ブラック・スワン」と呼ぶ。今まで見た白鳥がすべて白くても、あす黒い白鳥が現れる可能性は排除できない。フランク・ナイトは、確率の計算できる「リスク」に対して、確率を計算する母集団のない事象を「不確実性」と呼んだ。金融工学の扱うのはリスクだけで不確実性には対応できないが、危機をもたらすのは後者である。

著者は金融工学の専門家として、こうした危機の原因を分析する。金融工学では、値動きは正規分布に従ってベル型カーブになると想定するが、実際の株式市場の値動きはベルの両端が長い「ロングテール」型になる。そのため正規分布では100億年に1回ぐらいしか起こらないはずの破局的現象が10年に1度ぐらい起こる。本書の上巻はヒューム以来の懐疑主義を論じていてビジネスマンには冗漫かもしれないが、下巻の第3部ではブラック・スワンの原因を「ベキ分布」の概念を使って分析する。  

世の中では、現在の危機を「市場原理主義の失敗」などという人が多いが、著者が評価する唯一の経済学者は市場の機能を高く評価したハイエクだ。問題は市場にあるのではなく、それが完全で効率的だと信じ込んだ俗流経済学者にある。市場は合理主義で動くシステムではなく、人々の知識が不完全でも何とか動く点に最大のメリットがある。今回の危機の原因は、ハイエクが批判したように市場がすべてを解決すると信じる「知識の傲慢」なのである。

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