1997/2/20
世界の蜘蛛の巣:インターネットと日本型企業
池田信夫
「マルチメディア」や「情報スーパーハイウェイ」などの言葉だけが踊って実態の見えなかった次世代の情報ネットワークが,意外なところから姿をあらわし
始めている.インターネットの普及の速度は,サーバ数が毎年2倍以上に増えるという文字通り爆発的なものであり,そのユーザーはすでに全世界で1億人を超
えたと推定される.イギリスの『エコノミスト』誌は,そのインパクトを「活版印刷や自動車ほどではないが,電話やTVをしのぐ」と評価し,インターネット
が21世紀の社会的基盤になると予測している.
ところが,ネットワークやコンピュータの分野での日本企業の立ち遅れは目をおおわしめるものがある.半導体メモリや液晶パネルなど一部の要素技術におい
て高い競争力を見せているものの,この分野の核になるソフトウェアでは,ビデオ・ゲームを除いて見るべきものがなく,インターネットの世界で日本企業の存
在感は無に等しい.これは,かつて日本的経営が「ネットワーク型組織」として賛美されたことを考えると,いささか奇妙なことといわなければならない.
日本経済がかつてなく長い不況から脱却できない本質的な原因は,過剰な政府規制が民間活力をそいでいるといったレベルにとどまらず,むしろ民間企業の組
織構造そのものが制度疲労を来し,こうした情報通信革命にともなう社会のネットワーク構造の変化に対応できていない点にある.ここではその変化の実態の一
端を検証し,日本の産業構造の将来を考える.
オープン・ネットワーク
インターネットのユーザーが急速に拡大した直接のきっかけは,1991年の商業利用への開放と,1993年に登場したワールドワイド・ウェブ(WWW)
のブラウザ「NCSAモザイク」によってユーザー・インタフェイスが大幅に改善されたことである.しかし,より根本的な原因は,従来の汎用計算機中心の通
信網がホスト機を中心にした集中・閉鎖型のアーキテクチャをとっていたのに対して,インターネットが分散・開放型のアーキテクチャを採用し,国際的に標準
化されたネットワークを提供したことにある.
インターネットは,1960年代にアメリカ国防総省の研究施設ARPAを中心として作られた科学者のネットワーク,ARPANETを母体としている.当
時のコンピュータの主流は大型の汎用機であり,ネットワークも中央で全体を管理する集中型のものがほとんどであったが,インターネットは交換機によって通
信を媒介する回線交換方式ではなく,メッセージをパケットに分割し,ネットワーク全体をリレーして分散的に送るパケット交換方式をとった.この分散的な構
造は,全体を管理する機関がないという事情からとられたものであったが,それによって個々のサイトの自律性が高まり,従来の集中型のネットワークをはるか
に超える範囲に広がったのである,
この特徴をもっとも端的に示しているのが,WWW(世界の蜘蛛の巣)である.従来のオンライン・データベースでは,データはホストによって集中的に管理
され,ユーザーもサービスの提供者もすべてそこにアクセスする構造になっているため,ホストに非常に大きな負荷がかかってコストが高くなり,自由度も低
かった.これに対してWWWでは,HTMLと呼ばれるハイパーテキスト形式の言語によって各ホームページから他のホームページへとリンクが張られ,文字通
り蜘蛛の巣状に内部と外部が連続したオープン・ネットワークを形成しているため,データが世界中に分散したまま利用できるのが特徴である.
企業の脱統合化
1995年8月9日,アメリカ店頭株式市場(NASDAQ)に上場されたインターネットのブラウザのメーカー,ネットスケープ・コミュニケーションズの
株価はその日のうちに75ドルに急騰し,時価総額は70億ドルを超えた.創業から1年3ヶ月しかたっていない従業員200人あまりの企業の価値が一夜にし
てアップル・コンピュータを超えたことは,インターネットの登場とともに規模の経済の時代が終わったことを象徴するエピソードであった.
1980年代以降,情報技術の発達によって分社化やアウトソーシングなどによる企業の「脱統合化」(de-integration)が進んでいる.人材
派遣業のマンパワーは今やアメリカで第2位の雇用者数を持つ企業となり,産業の主導権を握っているのは,GMやIBMなどの巨大企業ではなく,マイクロソ
フトやインテルをはじめとする小規模の専門化された企業である.欧米の金融業では,従来の銀行で一体化していた金融仲介機能と決済機能を分離し,前者をさ
らに金融派生商品,証券業務,与信業務などに細分化してそれぞれを専門化した金融機関が行なう「アンバンドリング」と呼ばれる業界の再編成が進んでいる.
さらにインターネット上で登場している新しい企業は,製造部門も販売網もなく,もはや常識的な意味での企業という形をなしていない.たとえばインター
ネット上で決済サービスを行なうファースト・ヴァーチャル社は,従業員の数が決まっていない「仮想企業」であり,核になる社員は数十人で,数十の企業の人
間がプロジェクトごとにネットワーク上で協力して仕事を進めてゆく.これらの新しい企業に共通するのは,業務を標準化されたモジュールに分解し,本体は核
となる業務だけに特化して,比較優位を持たない業務はネットワークを介して外部化する自律分散型の構造である.
ネットワークの経済
こうした現象の一つの原因は,業務そのものがモジュール化し,標準化しているという事実にある.特にパソコンでは,IBM互換機の部品はほぼ全面的に標
準化して外部から調達可能であり,コンピュータはだれでも作れる「日用品」となった.デル,ゲートウェイ2000などの新興IBM互換機メーカーは,部品
製造部門も販売部門も持たず,外部から調達した部品を組み立てて通信販売で直接ユーザーに売る方式をとっている.またアメリカの地域電話会社や航空会社,
ホテルなども幅広いオプションをメニュー化して顧客が選択するシステムを取り入れている.部品の標準化は,自動車などの製造業でも進んでいる.大量生産体
制における標準化から日本企業得意の多品種・少量生産による注文生産的な個別化へと進化してきた技術の流れは今,次の「マス・カスタマイゼーション」すな
わち標準化による個別化という局面に入ろうとしているのである.
もう一つの要因は,ネットワークの発達によって,これまで企業内の人的なコミュニケーションを通じてしか伝えられなかった複雑な情報がネットワークを通
じて伝達可能になったことである.たとえば,コンビニエンス・ストアのようなチェーンでは,従来は支店網を通じて情報交換が行われたが,販売情報のPOS
化が進んだことによって,フランチャイズ方式のもとでも電子データ交換(EDI)による仮想的な統合化が可能になり,販売網を垂直統合する意味は薄れた.
また設計情報や財務情報なども,ネットワーク上で共有されるようになっている.1990年に始まったボーイング777の開発は,日本メーカー5社を含む国
際共同プロジェクトによって行われたが,その設計は3次元CADデータをネットワークを通じて交換する「コンカレント・エンジニアリング」によって進めら
れた.
インターネットは,コミュニケーションだけではなく,流通の媒体ともなりつつある.ネットスケープ・ナヴィゲイターはネットワークに乗せるだけで世界中
に数千万本も配布でき,事実上の標準となることによってライセンス供与などオフラインのビジネスが可能となった.さらに次世代の言語Javaは,ネット
ワークを仮想機械として使い,その上でプログラムを共有することができる.ここでは個人や企業は世界全体に拡大した蜘蛛の巣の結節点の一つに過ぎないか
ら,その組織の大きさは意味を持たない.重要なのは規模の経済ではなく,標準となることによる蜘蛛の巣全体の仮想的な規模,すなわち「ネットワークの経
済」である.
閉じたネットワークとしての日本型組織
今世紀前半の企業システムを特徴づけるのは,チャンドラーのいうように,市場の「見えざる手」から大企業の「見える手」による統合化の流れであった.し
かし垂直統合による規模の経済の追求は,組織の肥大化による官僚主義などの「大企業病」をひき起こす.日本企業の長期的雇用慣行や下請けのネットワーク
は,ピラミッド型のヒエラルキーの代わりに水平的なネットワークによって長期的な信頼関係を作り出し,連続的な変化に柔軟に対応する巧妙なシステムであっ
た.それは,今世紀最初に起きた垂直統合による「第一の産業分水嶺」以来の流れを逆転し,統合から分散へと企業組織の流れを逆転させた「第二の産業分水
嶺」ともいえる.
しかし,インターネットが世界中のホームページを内外無差別にリンクする開いたネットワークであるのに対して,日本企業のネットワークは会社の中だけの
閉じたネットワークであり,むしろ内外のきびしい区別によって自己同一性を保っている点が決定的に異なる.終身雇用と呼ばれる長期的雇用慣行は,労働者に
年功賃金や付加給付などの特殊利益(レント)を保証して忠誠心を高めると同時に,それを失った場合の損失を大きくして労働者を会社の中に囲いこむ役割を果
たしている(日本のサラリーマンが中途退社によって失う生涯賃金は5000万円を超えるといわれる).こうした「退出障壁」によって彼らは会社に「骨を埋
める」覚悟で働き,人的資本への投資が促進される.また下請けとの長期的取引は,系列内でのレントを保証して閉じたネットワークを作り出すしくみである.
会社主義の限界
今日の日本経済の閉塞状況の原因は,この特徴的な構造にある.ネットワーク内で緊密に情報を共有し,与えられた目標に向かって全員が一致団結する「会社
主義」のシステムは,技術的な目標が事前に明らかで,問題はそれを達成するコーディネーションだけであるような在来型の製造業には適していた.しかし,ド
ル・ベースの賃金が世界最高水準になった今日,VTRが輸入超過に転じたように,この部門が今後ながく日本経済の牽引力となるとは期待できない.
今後の戦略産業となるのは,ソフトウェアなどのさらに知識集約的な産業であろうが,この部門では製品革新の比重が高まり,日本企業の得意とする工程革新
の重要性は相対的に下がる.また技術や消費者の嗜好が急速に変化し,全員の合意が得られるようなわかりやすい目標がないため,コンセンサスを重視する意思
決定のもとでは,過度にリスク回避的な決定が行われ,結果的には,品質は高いがコンセプトは保守的なものができやすい.
平凡だが高い品質をそなえているという点では,日本製の工業製品も同じである.しかし,それは自動車では競争力の源泉であるが,ソフトウェアでは退屈な
作品を生み出すだけである.工業製品では,技術革新は連続的な改善の積み重ねとなるが,ソフトウェアの世界で重要なのは,むしろ従来といかに違うかという
アイディアの斬新さ(不連続性)だから,進化論のことばでいえば,淘汰による均一化よりも突然変異による多様化を行なって,目標そのものを幅広く探索する
ことが重要なのである.
これは,個人の創造力よりもチームワークによって強い競争力を保ってきた日本企業にとっては苦手な分野である.しかし,この比較劣位は遺伝的なものでも
文化的なものでもなく,戦後の制度的な要因によって作られたものに過ぎない.その好例は,日本のソフトウェア産業の中で唯一国際競争力を持つビデオ・ゲー
ムやアニメーションの分野である.ゲームソフトを製作しているメーカーのほとんどは新興の中小企業であり,事実上ある作者の個人企業である例も多い.雇用
関係も作品の企画に共鳴して集まり,一定の技術を修得したら独立するという流動的なものであり,メーカーどうしの引き抜きも頻繁に行なわれ,むしろ人材が
定着しないことが問題とされるほどである.この分野の競争力の源泉は,この「非日本的」な組織構造にある.
ゲーム業界でこういう「突然変異」が生き残ったのは,玩具などの子供向けの商品は特殊な業界とみなされ――あたかもオーストラリアの有袋類のように――
製造業の本流から「隔離」されていたため,日本型の合意形成システムの影響をあまり受けなかったことが幸いした.特に重要なのは,この部門が任天堂が
「ファミリー・コンピュータ」を発売した1983年以降の若い産業であり,それがすでにパソコンの登場によるダウンサイジングが起きつつあった時期に重
なっていることである.欧米型の階層的組織が今世紀最初の垂直統合の時代の影響を残し,日本型組織が戦中・戦後の「総動員システム」の刻印を負っているよ
うに,組織の進化はその生まれた初期条件に強く制約される.この部門では,大企業がMSXなど在来型の技術に固執して失敗し,参入がおくれたため,ほぼゼ
ロから出発した新興のソフトウェア製作者集団が,ソフトウェアにもっともふさわしい企業組織を作り上げたのである.
自律分散型の社会
インターネットの爆発的な普及の背景には,社会全体が自律分散型のオープン・ネットワークになろうとしているという大きな構造変化がある.日本型企業
は,その分散的な構造によって組織のネットワーク化の先駆となったが,それはつまるところ,個人が自律性を持たないローカル・ネットワークに過ぎない.全
員を団結させるレントの「原資」となっていた高い成長が止まって終身雇用の維持が困難になり,海外生産の拡大によってメンバーの多様性が大きくなる一方
で,部品の標準化が進んだ現在,この閉じたネットワークを維持するコストは,その便益を上回りつつある.産業構造の転換に対応するには,膨張した囲いこみ
型の組織を脱統合化し,世界に蜘蛛の巣を広げた自律分散型のネットワークを築く必要がある.
しかし,在来型の大企業が日本型ネットワークを温存したまま「分社化」しても,大した効果は期待できない.1980年代後半の重厚長大産業の不況にとも
なって行われた子会社による「多角化」の多くが失敗に終わった原因として共通に指摘されるのは,親会社のブランドへの過信と専門知識や経験の不足による
マーケットの読み違いである.会社の肩書によって仕事をし,社内のコーディネーション技術のみにたけた汎用サラリーマンは,情報通信産業のような技術的に
専門化し,変化の激しい業界では役に立たない.重要なのは,意欲と能力のある人材が日本型ネットワークの制約を断ち切って,自分自身のリスクで事業を起こ
す多様な「突然変異」を許容するしくみを作ることである.
そのためには,単なる規制緩和ではなく,補完的な制度を整合的に変える戦略的な政策が必要である.まず参入・退出障壁を形成している人的関係に依存した
日本型コーポレート・ガヴァナンスを多様化するため,持株会社の解禁や社債・株式の上場基準の撤廃などによって資本市場を通じた事業再構築の道を開く必要
がある.その際,連結納税を認めていない法人税制を改正するとともに,資産評価などが不透明な会計基準を国際会計基準にあわせて企業の財務を透明化し,
キャッシュ・フローを基準にして企業買収・売却ができる環境を整備することが不可欠である.
また,資本関係よりも人的関係の拘束力が強い日本では労働市場の改革が急務であり,それには通産省が進めている補助金などの「ベンチャー支援」よりも,
労働者を会社のくびきから解放することが重要である.具体的には,法案化が進められている職業紹介業の規制緩和などを実現させるとともに,労働者を会社に
束縛している永年勤続者に偏した年金・退職金制度を改め,第三者機関で年金を積み立てる欧米型の制度をとり,社宅などの付加給付にはすべて課税すべきであ
る.
戦後の半世紀間に日本の社会システムは,レントの再分配を主な機能とする政治,均質な労働者を育てる教育など,いわば企業システムの姿に似せてみずから
を作り変えてしまったため,互いに強めあう「制度的補完性」を持っており,それを変えることは容易ではない.しかし,この画一的な企業文化は――ゲーム産
業の例を見てもわかるように――日本人の宿命ではなく,制度的に作られたものである以上,制度によって変えることもできるはずである.そしてインターネッ
トに代表されるオープン・ネットワークの予想を超えた拡大は,少なくとも情報通信産業においては自律分散型の組織への進化のチャンスを提供するとともに,
それに適応できない企業を淘汰する圧力としても機能し始めているように思われる.
参考文献
青木昌彦・奥野(藤原)正寛編著『経済システムの比較制度分析』東大出版会
J.パイン『マス・カスタマイゼーション革命』日本能率協会
M.J.ピオーレ・C.F.サーベル『第二の産業分水嶺』筑摩書房
"The Accidental Superhighway: A Survey of the Internet", The Economist,
July 1, 1995.
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