週刊東洋経済 2006/8/26
インターネットで投稿ビデオを配信するサイト「YouTube」は、設立からわずか1年半で、全世界から1日1億アクセスを集める巨大サイトになった。通信と放送がどう融合するか、各国の大企業がいろいろ試行錯誤をしているなか、ゲリラ的に登場したメディアが、あっという間に主役になってしまう――という事態は、実はこれが初めてではない。
90年代の初め、米国政府は光ファイバーによる「情報スーパーハイウェイ」を提唱し、タイム=ワーナーはフロリダ州で「ビデオ・オンデマンド」の実験を始めた。だれもが、次世代のメディアの主役は、こうした「マルチメディア」だと予想していた。ところが、実際にメディアの世界を変えたのは、93年にイリノイ大学のホームページで公開されたウェブブラウザ、「NCSAモザイク」(ネットスケープの原型)だった。
このようにインターネットは、既存メディアにとっては「招かれざる客」だった。そのため、ウェブが普及し始めたころから、インターネットを規制する動きが始まり、米国では95年に、インターネット上の「品位のない」コンテンツを規制する「通信品位法」が成立した。これが「インターネット第1の危機」だった。このころ日本でも、「著作権法違反のファイルをホームページに載せている」としてプロバイダーが警察の家宅捜索を受け、ハードディスクが押収されるといった事件がしばしば起こった。
しかし通信品位法に対しては「表現の自由を定めた米国憲法に違反する」として施行を差し止める訴訟が起こされ、米国政府が敗訴した。著作権についても、DMCA(デジタルミレニアム著作権法)で「プロバイダーは著作権法違反のコンテンツについて、その事実を知らなければ損害賠償責任は負わない」という免責条項(セーフハーバー)ができ、日本でもプロバイダー責任制限法で同様の免責条項ができた。
第2の危機は99年、ファイル交換ソフト「ナップスター」が著作権法違反だとして、全米レコード協会(RIAA)が訴訟を起こしたときだ。このとき、ナップスター側は、DMCAのセーフハーバーを根拠にして違法ではないと主張したが、判決では、ナップスターのようなピア・トゥ・ピア(P2P)ソフトは「インターネット接続を提供していないのでプロバイダーではなく、セーフハーバーで保護されない」という理由で違法だとした。
音楽のネット配信によってP2Pがデビューしたのは、不幸な偶然だった。音楽ファイルのほとんどはプロの作ったものであるため、「P2Pで送られるファイルの大部分は違法だ」という主張が成り立ちやすいからだ。しかも「接続を提供しない」というのは、P2Pの最大の長所である。普通のウェブサイトでは、サーバーにアクセスが集中してボトルネックになるが、P2Pでは、ファイルはユーザーからユーザーへ直接送られるので効率が高い。これは、ブロードバンドで映像を伝送するとき重要である。USENの「ギャオ」のようなサーバー型では、テレビと同等の画質でオンデマンド配信することはむずかしい。サーバーの負荷が大きすぎるからだ。その負荷をP2Pで各ユーザーに分散し、映像を共有すれば、今よりも画質のよい映像を見ることができる。
YouTubeに対しても、7月に米国のジャーナリストが自分の撮影したビデオを削除するよう求める訴訟を起こした。しかしテレビ局や映画会社は静観しており、NBCやABCは逆にYouTubeに宣伝用ビデオを提供し始めた。つまり本質的な問題は、法律ではないのである。違法の疑いがあっても、著作権者が出そうと思えばコンテンツは出せるし、合法でも著作権者に出す気がなければ出てこない。要は、権利者にメリットがあるかどうかなのだ。事実、タイム=ワーナーはP2Pで映画を配信し始めているし、日本でもP2Pによる映像配信が始まった。
インターネットは今、ブラウザでテキストが、P2Pで音楽が流されるようになったのに次いで、映像が配信され始める第3段階の入り口にさしかかっている。第1の危機は、ウェブが爆発的に普及して既成事実になったことで乗り越えたが、第2の危機ではレコード業界が迅速に対応したため、インターネットが敗れた。しかし勝ったのは、ナップスターを殺したレコード業界ではなく、そこに新たなビジネスの可能性を見出して音楽のネット配信を実現したアップル・コンピュータだった。
YouTubeに対して訴訟が起こされ始めた今は、「インターネット第3の危機」の始まりかもしれない。サービスの停止を求める訴訟が起こされれば、YouTubeが敗訴するおそれも強い。また毎月の通信料金だけで100万ドルを超える一方、広告収入はほとんどないYouTubeが、いつまでサービスを続けられるのかも疑問だ。その運命は、今後のインターネットの方向に大きな影響を与えるだろう。
新しい技術を訴訟で圧殺することは、長期的には既存の業界の利益にもならない。映画会社に訴訟を起こされ、84年に辛くも勝訴したソニーのVTRは、その後、映画会社に莫大な利益をもたらした。いったん壊滅したようにみえたP2Pも、いま効率的な配信システムとして注目され始めている。大事なのは、訴訟ではなくビジネスによって問題を解決することである。