週刊東洋経済 2008/9/1
フェイスブックは、4年前にハーバード大学の学生マーク・ザッカーバーグが創業したばかりで、昨年の業績は1億5000万ドルの赤字だ。私は先日、サンフランシスコで開かれたベンチャー企業の会議に参加したが、「いつ黒字になる見通しか」という質問にフェイスブックの経営陣は答えられなかった。
ではマイクロソフトは、なぜフェイスブックをこれほど高く評価したのだろうか? 当時マイクロソフトはグーグルと争っており、結果的に高値づかみした「バブル2.0」だという見方もある。しかし出資後1年足らずで、フェイスブックのアクセスは2倍以上に増えて毎月1.3億人となり、マイスペースを抜いてSNS最大手となった。
動画サイトも、ユーチューブ以外はアクセス50位までに見当たらない。アマゾン以外の通信販売もイーベイ以外のオークションサイトもない。このようにジャンルごとに「ひとり勝ち」が起こる傾向は、1980年代から目立ち始めた。映画スター、ミュージシャン、スポーツ選手などの年収が数億円ということが珍しくなくなり、米国の経営者の年収も数億ドルという異常な高額になって批判を浴びた。
その原因について研究が行なわれたが、こうした「格差拡大」には理由があることがわかった。たとえばロック・シンガーが数百人のコンサートで歌っていたときには、ギャラも数万ドルだったが、CDが世界全体で売れれば、1000万枚を超える場合もある。映画もDVDで世界市場に流通すると、スーパースターの価値は、桁外れに大きくなる。
経営者も同じだ。市場規模が大きくなり、グローバルな戦略をCEO(最高経営責任者)が決めるようになると、彼の判断の誤りが数億ドルの損害をもたらすこともある。企業も、製造業のように販売地域が限られていると、よいものを安く作れば売れるが、グローバル市場が相手では、通常の広告代理店を使った宣伝では限界があるから、億単位のアクセスを集めるウェブサイトの媒体価値が上がるのだ。
ただ、価値が上がってから買うのは上手な買い物とはいえない。一番いいのは、ザッカーバーグが大学の寮でフェイスブックを立ち上げたとき出資することだ。最初の株主(ペイパルの共同創業者)が出したのは50万ドルだったから、彼が今でも1割フェイスブックの株式をもっているとすれば、その価値は3000倍に増えたことになる。
しかしITベンチャーのむずかしいところは、映画や音楽と同じように不確実性が大きく、何が当たるか予想できないことだ。だからベンチャーキャピタル(VC)は、多少いかがわしい(場合によっては訴訟を起される可能性もある)企業も含めて幅広くポートフォリオを組んで投資し、10のうち1つ当たればもうけもの、と考える。ほとんどの投資は紙屑になるが、10社のうち1社でもフェイスブックになれば、その他が全部つぶれても300倍のリターンがとれる。
このような投資は、ハリウッドとよく似ている。映画の当たり外れも激しく、予想できないので、プロデューサーは10本1組で採算を考えるといわれる。この類似は偶然ではない。メディアの外部性が大きいので、アクセスを集める企業はそれに特化し、アクセスを金にするエンジンはグーグルやマイクロソフトなどのインフラ企業が行なう分業が成立しているのだ。昨年、シリコンバレーで大きなIPO(株式上場)は1件もなかった。ほとんどのベンチャーは、インフラ企業に買収されることによって卒業(イグジット)するようになったからだ。
金融システムにも問題がある。個人金融資産1500兆円の半分以上が預貯金で、VCにまわる資金はわずか1兆円程度だ。しかし磯崎哲也氏(公認会計士)によれば、それでも足りないのは、資金ではなく起業家だという。
ベンチャーへの出資の大部分は紙屑になるから、全体として利益を上げるにはハイリターン企業がないとポートフォリオが組めない。ところが日本の中小企業は、銀行や信用金庫から融資を受けるため、ローリスク・ローリターン型の堅実な企業が多い。堅実は悪いことではないのだが、こうした企業ばかりでは資本効率も生産性も上がらない。
前述のように米国の自営業の比率は高くないが、VCの投資した企業の時価総額は公開企業全体の3割以上を占める。つまり必要なのは「1円起業」ではなく、独創的な技術やビジネスモデルをもつハイリスク・ハイリターンの起業家精神なのだ。