池田信夫
2006/4/7
テレビは、20世紀の大衆消費社会を代表する商品だった。世界的にテレビ放送が始まったのは1950年代だが、それ以来、全国民に映像を無料で送り届ける強力なメディアとして、新聞、映画、劇場などの伝統的なメディアの市場を侵食し、20世紀末にはメディアの主役となった。しかし21世紀に入ると、テレビの影響力も衰えてきた。日本の広告市場は頭打ちとなり、そのうち最大のシェアを占めるテレビの営業収入も、2005年で約3兆6000億円と、横ばい(微減)になっている。その代わり、インターネットによる広告が2.5倍に増えてラジオを抜き、あと10年もするとテレビと並ぶのではないかとも予想されている。広告はGDP(国内総生産)の約1%の成熟産業だから、これはテレビ広告も斜陽産業だということを意味する。
こうした状況へのテレビ業界の対応が、デジタル放送だったが、世界的にみてもデジタル放送の成功した例はなく、むしろ設備投資の負担によって放送業界の斜陽化が早まる可能性が高い。しかし、ブロードバンド配信の将来にとっては、テレビによってこの半世紀以上の間に蓄積されてきたコンテンツは、重要な意味をもつ。一方では光ファイバーが全国の95%に敷設されながら、その60%以上が未利用であり、他方では地方民放はデジタル放送の設備投資負担に苦しんでいるというのは、皮肉な状況である。テレビ局のコンテンツをブロードバンドで配信すれば、光ファイバーの有効利用につながり、放送局の設備投資の軽減にもなるだろう。
しかしテレビ局は、いまだに旧来のインフラにこだわり、番組のIP(インターネット・プロトコル)による再送信を拒否している。これは、かつて映画業界がテレビに対してとった態度とよく似ている。歴史の教訓に学ぶならば、通信・放送の両方の業界にとって望ましい解を見出すことは、不可能ではない。ここでは、コンテンツ産業としてのテレビの歴史を簡単に振り返り、その現状と必要な政策について考えてみる。
20世紀前半のメディア産業の王者は、映画だった。その産業としての発祥の地はアメリカであり、映画産業の代名詞として「ハリウッド」という地名が使われる。これはロスアンジェルス近郊の町の名前だが、今では「6大メジャー」とよばれる大手映画会社(スタジオ)のうち、1社もハリウッドには立地していない。この名前は、20世紀初頭に、無声映画の創始者たちがハリウッドに移住してきた歴史的な経緯によっている。
映画技術を発明したのは、トマス・エジソンだった。彼は撮影機材や映写装置などの特許を握り、他の特許をもつ企業とともに「トラスト」と呼ばれる特許プール会社をつくり、映画を制作する会社から特許料を徴収した。そのため事実上、トラストは映画を制作するかどうかの決定権も握ることになった。そのため、当初はニューヨークやシカゴで始まった映画産業のプロデューサーたちは、トラストの束縛を逃れるために西海岸のハリウッドに移住したのである。
1920年代にトーキー(有声映画)が、30年代にはカラー映画が登場し、ハリウッドは全盛期を迎えた(全米の映画館の入場者数は、1929年の1週間9500万人が歴史的にも最高記録である)。第2次大戦後には、ハリウッド映画は世界各国に輸出されるようになり、アメリカ文化を世界に広める役割も果たした。このころには、大手スタジオは制作・配給・興行を垂直統合し、当時のT型フォードに代表される大量生産のシステムを映画にも導入した。ここでは、商品の製造(制作)から流通・消費(興行)までをスタジオがコントロールする「ブロック・ブッキング」によって、毎週のように「プログラム・ピクチャー」とよばれる規格品の映画を大量生産・大量供給できたのである。
しかし、こうして映画産業の寡占化が強まったことに対して、司法省は反トラスト法違反だとして数次にわたる訴訟を起こした。その結果、1950年代の初めまでに、大手スタジオは映画館を手放し、ブロック・ブッキング体制は崩れた。映画の制作本数は減り、スタジオは大作を多くの映画館に配給する道をとった。
そして第2次大戦後、登場したのがテレビだった。最初のころは、その台数も限られたもので、画質も映画とは比較にならなかったため、映画産業はこれを敵とはみなしていなかったが、1950年以降、テレビの影響は顕著になり、映画の入場者数は大きく減り始めた。これに対して、映画産業はシネマスコープなどの大型化で対抗したが、その衰退は避けられなかった。
テレビに対抗するため、ハリウッドは映画をテレビで放送することを拒否するボイコットを行ったが、その効果は限定的だった。60年代に入ると、ディズニーなど一部のスタジオがテレビに番組を供給するようになり、テレビは映画産業の新しい収入源となることが認められ始めた。そしてハリウッドは逆に、テレビで映画を放送させるよう規制することを政府に求め始めたのである。
その結果、1970年にFCC(米連邦通信委員会)は、「プライムタイム・アクセスルール」と「フィンシン・ルール」という規制を行った。前者はプライムタイム(午後7〜10時)のうち1時間以上、放送局以外のつくった番組を放送しなければならないという規制で、後者は放送される外部制作の番組の所有権を放送局が持ってはならず、シンディケーションで売ることも禁止するというものだ。シンディケーションというのは、制作プロダクションが多くのローカル局やケーブルテレビ(CATV)局に番組を再放送する権利を売る市場で、これを放送局が支配できなくなったため、多くの独立系のエージェントが仲介して番組を売買する市場が成立した。このため、たとえば人気コメディ「サインフェルド」1本(30分)の放送権が120万ドルにもなるなど、高い制作費をかけても繰り返し視聴に耐えるすぐれた番組をつくれば採算があうようになり、テレビ番組の質も向上した。
80年代以降、人気のあるテレビ番組や有名な超大作をもつハリウッドの力が強まり、ディズニーがABCを買収するなど、放送局を支配するようになった。このため、プライムタイム・アクセスルールもフィンシン・ルールも、95年に廃止された。こうした規制の結果によって映像産業が「水平分離」された結果、コンテンツの市場が生まれた。また番組流通のためには著作権などの権利関係も事前にクリアしておかなければならないため、詳細な契約書で収益の分配ルールを決め、権利をプロデューサーに集中することで、2次利用が容易になった。今後、映画やテレビ番組をネット配信するうえでも、こうした「権利の市場」が成立していることは、アメリカの映像産業の大きな強みとなろう。
日本映画の歴史は意外に古く、1890年代にアメリカの映画が輸入され、日本の映画の撮影も始まった。20世紀初頭からは、弁士がせりふをつける「活動写真」が大衆娯楽として人気を博し、トーキー時代に入ると、伊丹万作、溝口健二、小津安二郎などの監督が芸術的にも価値の高い映画をつくった。こうした映画産業の発展は第2次大戦でいったん止まったが、戦後の復興期には戦前からの巨匠だけでなく、黒沢明などの新しい世代の監督も登場した。溝口や黒沢の映画は、興行的に成功したばかりでなく、国際的な映画祭で毎年のように最高賞を受賞し、1950年代は日本映画の黄金時代となった。
この時期に日本映画がなぜ高水準の作品を生み出すことができたのかについては諸説あるが、見逃せないのは日本に能や歌舞伎など、数百年の演劇の伝統があることだろう。映画の初期に主要な手法となった「モンタージュ」は、もともと素人の俳優の演技を細かいカット割りでカバーするために生まれたものだった。これに対して、溝口は歌舞伎などで高い演技力をもつ俳優を使い、移動ショットなどを多用して長いシーンを撮影し、完成度の高い舞台のような映画を作り出したのである。
こうした「ワンシーン・ワンカット」と呼ばれる手法の代表作としては、オーソン・ウェルズの「市民ケーン」(1941)が有名だが、溝口は無声映画の時代から同様の手法を使っていた。溝口の手法は、フランスのジャン・リュック・ゴダールなど「ヌーベル・バーグ」とよばれる新しい世代の映画監督に大きな影響を与えた。
黒沢は、スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスなどハリウッドのアクション映画の監督にとって偶像的な存在となった。ルーカスの「スターウォーズ」のモデルは黒沢の「隠し砦の三悪人」であり、「七人の侍」や「用心棒」は「荒野の七人」や「荒野の用心棒」などの西部劇としてリメイクされた。
小津の様式化された静的な映像は、ヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュなどの最近の監督にも影響を与えている。ヴェンダースは、「東京画」という小津に捧げる映画をつくった。
しかし、日本映画の栄光の時代は短かった。1953年に始まったテレビ放送の影響で、映画の入場者数は1958年の約11億人をピークに減少し、最近では全盛期の2割にも満たない。日本でも、映画会社はテレビに映画の提供を拒否するばかりでなく、所属俳優にテレビの仕事を禁じる「5社協定」というカルテルを結んだ。その結果、映画産業はテレビという最大の媒体を失い、系列の映画館に画一的なスケジュールで上映させるブロック・ブッキングを続けたため、競争や新規参入がなくなって衰退した。
70年代から始まったCATVや通信衛星などによる多チャンネル化への対応についても、日本では郵政省(当時)は、既存テレビ局の既得権を守るため、CATVの放送エリアを各市町村に限り、衛星放送については地上波局の広告収入に影響が及ばないように広告放送を禁じた。このように映像産業がインフラごとに分断され、コンテンツの流通を放送局が支配する構造ができたため、映像産業に競争的な市場が形成されなかった。
その結果、全国に約700社もの零細なCATV局ができ、その半分以上が赤字という状況になった。通信衛星も、その経営基盤となるCATV局への配信事業がのびなかったため、苦しい経営を強いられた。直接衛星放送では、NHKのBSが大量の宣伝で成功した以外は、WOWOWやスカパー(スカイパーフェク!TV)などの民間事業者は巨額の赤字を出し、親会社からの増資などの支援によって生き延びている状態である。
他方、民放では低コストで視聴率の上がるバラエティやワイドショーが増えた。制作プロダクションは、テレビ局の「下請け」として搾取され、地方民放はキー局の番組を流してキー局から補助金(ネット料)を受け取るビジネスになった。そのため、日本の映像産業の制作能力は低下し、ゲームやアニメを除くと大幅な輸入超過になっている。
放送局の資本構成については、日本でも「マスメディア集中排除原則」が定められ、放送対象地域が重複する場合は10%、重複しない場合は20%を超えて同一の事業者が株式を保有してはならないとされている。しかし現実には、全国の民放局はすべて在京キー局に系列化され、自社制作している番組の比率は、キー局も含めた平均で12.8%しかない。
このように資本は独立している地方民放が、番組供給面では全面的にキー局に依存するというねじれた関係が、この業界の近代化をはばんでいる。民放連のなかでも、東名阪の20社で営業収入の70%を占めるが、残りの30%の地方民放が100社以上にのぼるため、こうした弱小局の意向が民放全体の意向になってしまうのである。
しかも、キー局は新聞社と系列関係にある。こういう関係は、正力松太郎(読売新聞社長)が1952年に日本テレビを設立したとき始まったが、当初は多くのテレビ局は系列関係になく、かなり自由に番組を編成していた。たとえば、大阪の朝日放送(朝日新聞系)は、最初は東京のTBSの番組をネットし、毎日放送(毎日新聞系)は東京ではNETとネットを組んでいた。しかし朝日新聞がキー局に支配権を及ぼすため、この系列関係を解消し、NETを朝日新聞の系列局にして、1977年に「全国朝日放送」(テレビ朝日)と改称した。
この過程で、田中角栄首相(当時)が民放の系列化を進めたことは、政府がテレビをコントロールするうえでも大きな意味を持ち、結果的には自民党がテレビ局を媒介にして、新聞社に対しても圧力をかけることが可能になった。とくに後発のテレビ朝日系は、ネット局が弱かったため、各地にUHF局を開設してもらうよう郵政省に陳情しなければならず、こうした政治部出身の「波取り記者」が、政治家のスキャンダルを報じようとする社会部を「抑える」ことによって自民党への「借り」を返すという関係が続いている。
1993年、ウェブ・ブラウザ「NCSAモザイク」とともにインターネットが歴史の表舞台に登場したことは、通信・放送業界のみならず、IT業界全体にとっても衝撃的な出来事だった。当時、次世代のネットワークは、アメリカの「情報スーパーハイウェイ」構想に代表される光ファイバーによる広帯域通信だと考えられていた。それに対して、インターネットは1970年代から大学などで使われていた単純なプロトコル(TCP/IP)で、各国のアマチュアが使ううちに広がった「偶然のスーパーハイウェイ」(英Economist誌)だった。だれもが当初はこれを「おもちゃ」として無視したが、それが世界中に普及し始めると、反応はわかれた。
もっとも対応の早かったのは、マイクロソフトだった。当初は、ビル・ゲイツ社長(当時)も「無料のインターネットはビジネスにならない」とその影響を軽視し、マイクロソフトが1995年に「ウィンドウズ95」の発売とともにスタートさせたMSN(マイクロソフト・ネットワーク)は、独自プロトコルの「パソコン通信」だった。
しかし、ネットスケープ(モザイクの後継ブラウザ)のユーザーが急増すると、マイクロソフトはそれに対抗するためにインターネット・エクスプローラをウィンドウズに標準搭載し、96年にMSNもISP(インターネット・サービスプロバイダ)に転換した。立ち上げたばかりのパソコン通信サービスを、わずか1年でスクラップするという決断は、ゲイツの経営者としてのセンスの確かさを示していた。他方、LAN(社内通信網)ではトップ・メーカーだったノヴェルは、インターネットへの対応が遅れて没落した。
ハードウェア・メーカーでも、インターネットへの対応が命運をわけた。パソコンの通信販売から出発したデル・コンピュータや通信機メーカーのシスコシステムズは、販路をインターネットによる直接販売に絞って高い効率を実現し、サンマイクロシステムズのUNIXワークステーションは、インターネット用のサーバとして市場を拡大した。しかし独自アーキテクチャを守ったディジタル・エクイップメント(DEC)はコンパックに買収され、さらにヒューレット=パッカードに買収された。
これより対応の遅かったのが、通信業界だった。とくに1990年代は、ITU(国際電気通信連合)で標準化されたISDN(統合サービスデジタル通信網)が世界的に普及する時期だったこともあり、ITUの方針に忠実な日本やドイツでは、インターネットを排除する傾向が強かった。日本最初のISPとして1992年に設立されたIIJ(インターネットイニシアティブ)は、「特別第二種通信事業者」としての認可申請を1年以上、郵政省に拒否され、日本のインターネットのスタートは大きく遅れた。
通信業界のなかでも、NTTの対応はきわだって遅かった。90年代後半、インターネットが世界標準になってからも、NTTは電話網ベースのISDNを「高速インターネット」として宣伝し、DSL(デジタル加入者線)などの常時接続技術を拒否した。97年に電気通信事業法の改正によって、電話局の設備を指定電気通信設備として開放する義務が課されてからも、DSL業者の設備を局内に入れることを妨害し、営業開始を遅らせた。ヤフー!BBの参入によってDSLが急速に普及したのは、2001年に入ってからである。
そして最悪の対応をしたのが、放送業界だった。1980年代には、日米の政府は次世代のHDTV(高精細度テレビ)技術として日本のハイビジョンを共同で推進していたが、90年代になると、貿易摩擦の影響もあってアメリカ政府はハイビジョンを採用せず、独自のデジタル放送を開発する方針に転換した。日本政府とNHKは、「動画のデジタル圧縮技術は存在せず、20世紀中に開発することは不可能だ」として、アナログのハイビジョン(伝送方式はMUSE)で実験放送を行ったが、受像機が高価なため普及せず、いつまでたっても本放送に入れなかった。
他方、デジタル画像圧縮方式としては、80年代からISO(国際標準化機構)で、コンピュータ用の圧縮技術MPEGの標準化が進められていた。それをテレビ用に改良したMPEG-2が94年にでき、アメリカはこれを採用した。このため、デジタル放送技術の開発は予想以上に早く、98年にはアメリカで地上デジタル放送がスタートした。
こうした状況を懸念した郵政省の江川晃正放送行政局長は94年、「世界の流れはデジタルだ」と方針転換を示唆した。これは彼個人の見解だったが、大きな反響を呼び、結果的には日本がデジタル方式に転換するきっかけとなった。郵政省は、97年に「地上デジタル放送懇談会」にデジタル放送の実施を諮問し、翌98年には、2000年からBSデジタル放送、03年から地上デジタル放送を開始することが決まった。当時、すでにインターネットのユーザーは世界中で数億人になり、ブロードバンドで映像を「放送」するマルチキャスト技術も完成していたにもかかわらず、放送業界は「電波利権」を守るために在来のビジネスモデルのままでデジタルに移行しようとしたのである。
1998年にアメリカで地上デジタル放送が始まった当初は、次世代のテレビとして期待が大きかったが、実際にはその普及はほとんど進まなかった。私は当時、サンフランシスコの電器店でデジタルテレビをさがしたことがある。広い店内の奥に、それは1台だけあったが、放送ではなく風景のHDTVビデオを流していた。私が店員に「なぜデジタル放送を流さないのか?」とたずねると、店員は「放送してないから」と答えた。正確にいうと、放送はしていたのだが、すべて通常のテレビ(SDTV)の映像を横長に「アップコンバート」したものだったので、かえって画質は落ちるのだ。
アメリカ最強の圧力団体の一つといわれるNAB(全米放送事業者協会)は、デジタル放送のための周波数を押さえるロビー活動に全力を傾けた。1996年の大統領選挙で「UHF帯を放送局に無料で渡すのはおかしい」として周波数オークション(電波の競売)を主張した共和党のロバート・ドール候補も、NABの圧力でその主張を引っ込めたほどだ。しかし、NABはそうして獲得した電波をどう使うのかについては確たるビジョンを持っていなかった。多くの電気メーカーやコンピュータ・メーカーがいろいろな規格のHDTVを発表し、標準化競争が行われたが、FCCもNABもどの技術がよいのかわからないため、「自由競争」にゆだねることになった。
こうして画面の規格も決まらないままスタートしたアメリカの地上デジタル放送は、数千ドルもする受像機を視聴者が敬遠したこともあいまって、ほとんど普及しなかった。アメリカの視聴者の8割以上は、CATVで番組を見ているため、電波の放送だけをデジタル化しても意味はない。FCCは、CATV局に地上デジタル放送を強制的に配信させようとしたが、CATV側は「デジタルといっても、映像はアナログと同じ番組を流すのはチャンネルの無駄だ」と反対した。
FCCが当初、アナログ放送を停止する期限としていた2006年が近づいても、デジタルテレビの普及率は数%で停滞していた。当初「デジタル普及率が85%を越したらアナログ放送を停止する」としていたFCCは、方針を転換し、新しくつくられるテレビにはすべてデジタル・チューナーの内蔵を義務づける方針を出した。電機メーカーは反対したが、NABは歓迎し、この規制は実施された。しかし06年になっても、デジタルテレビの普及は進まないため、FCCはデッドラインを09年に延期し、在来のテレビの所有者にもデジタルからアナログへのコンバータを買えるクーポンを配るという法案を提案した。これには議会で反対論も強かったが、2006年に法案は通過した。
日本は、アメリカの後を追うように、2000年からBSデジタル放送を開始した。このころまでに、次世代のプラットフォームはIPであることが明らかになり、NTTもISDNの推進をやめたのだが、そういう時代にISDNをモデルにしたISDB(統合システムデジタル放送)という名称の放送が始まったのは皮肉である。
とくにデータ放送の規格であるBMLというマークアップ言語は、MHEG-5というヨーロッパの放送規格をXML(拡張マークアップ言語)とJava(インターネット用プログラミング言語)に移植したもので、タグも文字コードもインターネットの標準言語であるHTMLと互換性がないため、ウェブも見えないという奇妙な言語になった。しかもテレビ専用の言語をマークアップ言語に移植したため、物理層から画面表示までをごちゃごちゃに定義する混乱した仕様になった。そのマニュアルも、百科事典ぐらいの厚さで3冊あり、BMLを使えるプログラマは全国で数十人しかいないといわれるありさまだ。BSデジタル放送は、その後も大きな赤字を出しつづけ、各局とも債務超過の危機に瀕したが、親会社(キー局)が増資によって救済している。目玉となるはずだったデータ放送もサービスを停止し、BSラジオ放送はすべて撤退した。
2003年に始まった地上デジタル放送は、もっと深刻な問題を抱えていた。BSと違って各県に中継局を建てなければならないだけでなく、そのための帯域(1チャンネルあたり6メガヘルツ)が十分あいていないことが判明したためである。これは1968年以降、郵政省が新設局をUHFに限ったため、全国に多くのUHF局ができたことが原因である。
当初は、デジタルの帯域幅をどうするかについては議論があった。アナログ放送で各局が使っているのは6メガヘルツだが、これはデジタルでは圧縮効率が高まるため、3チャンネル分となる。したがってアナログ1チャンネルとデジタル1チャンネルの等価交換なら、デジタルでは2メガヘルツずつにすべきである。これならすぐ移行が可能であり、また多くのチャンネルがとれるので、新規参入も可能である。しかし6メガヘルツを既得権と考えていたテレビ局はこれに反対し、新規参入を防ぐためにも「6メガヘルツの等価交換」にこだわった。
その結果、現在UHF帯であいている帯域では、デジタルHDTVを収容できない地域が、中継局の多い有明海や瀬戸内海などで発生した。このため、アナログ放送局の周波数を別のアナログのチャンネルに移し、HDTVのために帯域を広げる「アナアナ変換」という作業が必要になった。その費用は、当初は800億円程度と見積もられたが、実際には局側の中継局を変更するだけでなく、各家庭のチャンネルのプリセットまで1軒ずつ修正するという作業を地方民放が要求し、しかも県域を超えて電波が飛んでいる地域が多いため、全国で430万世帯のチャンネルを変更し、総額2000億円近いコストがかかることが判明した。
これについて、地方民放は国費の投入を求めた。周波数の変更にともなう費用を、政府が負担する前例はない。携帯電話でも、アナログからデジタルに移行するときは、すべて事業者の負担で設備を変更している。ところが民放連は、「アナアナ変換は国策でやるのだから、費用も国費でまかなえ」と主張し、自民党も在京キー局を除く地方局とNHKのアナアナ変換費用は政府が出すよう求めた。
これについて郵政省は、携帯電話から上がる「電波利用料」を財源にしようとしたが、民間企業の私有財産である中継局に国費を投入することは、財政当局が容認しなかった。2001年度予算の折衝において、財務省は「アナアナ変換によって国民にどういう利益があるのかを示せ」と総務省に注文をつけた。これに対して総務省は、「2011年7月にアナログ放送を止め、その帯域は移動体通信などに使う」という方針を決め、それによって電波が有効利用できるという国民的利益を理由にした。しかし財務省が「本当に止めるという担保を出せ」と要求したため、電波法にアナログ停波の期日を明記するという異例の法改正を行い、アナアナ変換に電波利用料から1800億円を支出することが決まった。
こうした多くのハードルを超えて、2003年12月に地上デジタル放送が始まった。ところが、その記念式典の会場となった東京・港区の赤坂プリンスホテルでもデジタル放送が受信できず、光ファイバーで映像を配信した。この笑い話は、地上デジタル放送の置かれている困難な状況を象徴している。光ファイバーを使えば、通信サービスの一つとして容易に提供できる映像を、わざわざ電波を使って伝送するため、大がかりな中継局を全国に建てる地上デジタル放送は、インターネット時代に取り残された「孤島」となるおそれが強い。
しかも、それがテレビ局の収益に貢献するかどうかは疑わしい。NHKはデジタル受信料を取らないし、アナログとデジタルはサイマル(同時)放送なので、民放の広告収入は1本分である。「ワンセグ」などの付加的な放送を収益源にしようという案もあるが、ワンセグも2008年まではサイマル放送なので、大きなビジネスは期待できない。他方、中継局を建てるコストだけでもNHK・民放あわせて1兆円を超えると推定されている。つまり地上デジタルは、利益はゼロで費用は1兆円という赤字プロジェクトなのである。したがって銀行もデジタル放送には融資しないため、資本力の弱い地方民放には設備投資が重い負担となっている。
最近では、大画面の薄型テレビがよく売れているため、「アナログ放送は計画どおり止められる」という強気の見方もあるが、2006年4月までの「デジタル対応」テレビの累積出荷台数は約1000万台。日本全国のテレビの総数は1億2000〜3000万台と推定されているので、これはその1割にも満たない。今でも売れているテレビの半数以上はアナログであり、テレビの買い替えサイクルは約9年なので、あと5年ですべてデジタルに移行することは不可能である。
デジタルテレビの普及についての楽観的な予測(野村総研)でも、2011年現在で約4000万台がデジタル対応になるだけだから、残る8000万台以上が「粗大ゴミ」になる。これは、先ごろのPSE(電気用品安全法)をめぐる騒動をはるかに上回る。電波法に書かれているとおりアナログ放送を強制終了したら、視聴者はパニックになり、粗大ゴミとなったテレビが街にあふれ、テレビ局の広告収入は激減するだろう。「まだ使えるテレビを政府がゴミにするのは財産権の侵害だ」という訴訟が起こされる可能性もある。
アメリカでは、1980年代に始まったCATVが、MSO(複数のCATVを運営する大規模局)に統合されて大きく成長した。トリプルプレイ(電話・テレビ・インターネット)とよばれる統合サービスを提供し、ブロードバンドのリーダーとなっているのもCATVである。また通信衛星は、当初はCATVに番組を中継するものだったが、やがて家庭に100チャンネル以上を直接放送できるようになり、全米の家庭で数百チャンネルのテレビが見られるようになった。
こうして番組の制作と放送が切り離され、しかも番組の権利が制作側のプロデューサーに一元化されたため、ハリウッドなどのプロダクションの制作した番組を全米の地方局やCATVに売るシンディケーションの市場が発達し、全米で数百のエージェントが生まれてコンテンツの流通を促進した。その結果、コンテンツの制作/流通/放送という3つの産業が「水平分業」する産業構造ができた。これによって多くの独立系プロダクションが生まれ、CNNの視聴者は全世界で15億世帯、科学番組を放送する「ディスカバリー・チャンネル」は全世界で4億5000万世帯など、グローバルにコンテンツを供給して高い収益を上げている。
他方、大手の映画会社や放送局は、出版・CATVなどを「垂直統合」して多メディア展開するようになり、世界最大のメディアグループであるタイム=ワーナーの売り上げは約400億ドルと、日本の放送局・映画会社・レコード会社をすべてを合わせた額に匹敵する(図1)。映画館の興行収入だけ見ると、アメリカでも長期低落傾向にあるが、アメリカの映画産業は、興行収入の落ち込みをビデオやDVDなどのパッケージ、あるいは放送権のシンディケーションによる収入などで補い、トータルに黒字を出すしくみをつくったのである。
(図1)
これに対して日本では、映画産業が5社協定でテレビを拒否したため、テレビ局は自前で作家や俳優を養成しなければならなかった。その結果、初期のテレビ番組の演出や構成は、ほとんど社員が行い、脚本家やタレントだけを外部から起用するのが普通だった。のちに民放は外部のプロダクションを使うようになったが、それも「下請け」という形が多く、番組を買い叩くため、プロダクションの労働条件は悪く、再放送などの権利も放送局側がもつことが多かった。そもそも番組制作のとき、契約書を交わす習慣がなかったので、だれがどういう権利を持つかもはっきりしなかった。
また前述のように、政府が地上波テレビ局以外のメディアの参入を抑制したため、多チャンネル化が進まず、番組の市場が形成されなかった。その結果、番組の制作から放送までを放送局が独占的に支配して全国の系列局に一律に配信する、ブロック・ブッキングに似た閉鎖的な産業構造ができてしまった。とりわけ末端の地方民放は、ほとんど番組を自社制作しないでキー局の番組をそのまま流し、おまけにキー局から「ネット料」までもらうという奇妙なビジネスモデルができ、テレビ局の制作能力は低下した。
こうした市場の広がりの差は、両国の産業規模の違いとなってあらわれている。アメリカのコンテンツ産業の規模は、5068億ドルでGDP(国内総生産)の5.1%を占め、最大の輸出産業となっているが、対応する日本の規模は1091億ドルで、GDP比は2.2%とアメリカの半分以下であり、しかもここ数年、頭打ちである(2003年、知的財産戦略本部調べ)。逆にいえば、コンテンツ市場が活性化すれば、現在の2倍以上の規模まで伸びる余地があるわけだ。
今後、映像がインターネットに乗って流れるようになると、この映像ビジネスの広がりの差は、さらに大きくなるだろう。アメリカでは2006年4月から、ハリウッドの6大スタジオが映画のネット配信サービスを始めた。そのうち5社は有料配信だが、ディズニーは無料配信である。これは配信先がパソコンに限られるなど、ビジネスとして成功するとは考えにくいが、制作者がウィンドウ(番組供給先)を自由に選べる柔軟性は、多メディア展開するうえで大きな強みになる。
他方、日本では映画会社にはネット配信する技術も資本力もないので、放送局主導で「第2日本テレビ」などのネット配信サービスが2005年から始まった。しかし視聴率の極大化に特化した日本の民放番組には、繰り返し視聴できる番組が少ないため、視聴者も数万人から20万人程度と、伸び悩んでいる。むしろUSENの始めた「ギャオ」が発足から1年で利用者が800万人を超すなど、注目を集めている。
IP放送の大きな障害となっているのが、著作権の処理である。特に日本では、IPマルチキャスト(IPによる放送型サービス)が放送ではなく「自動公衆送信」と位置づけられ、放送局のように権利者との「一括契約」ができないため、バックグラウンド・ミュージックにも1曲ずつ利用許諾を得なければならない。
またテレビ局は、地上波番組のIP再送信を拒んでいる。その理由として、テレビ局は「IPマルチキャストは中継系では一方向の”放送”だが、アクセス系では利用者が一つのチャンネルを選んで受信するので双方向の”通信”だ」と主張する。このため、関西電力系のケイオプティコムなどは、電波の信号(RF)をそのまま光ファイバーで多重化して家庭まで送っている。
IPは通信(自動公衆送信)でRFは放送だという奇妙な理由でIP配信を拒否する権利者は、世界にも例をみない。日本だけが著作権法で「自動公衆送信」という概念を設けたことが、総務省と文化庁で「放送」の定義が違うという混乱のもとになり、インターネットの発展を阻害しているのである。
この問題について内閣府の知的財産戦略本部は2006年2月、IPマルチキャストの著作権法上の取り扱いを「有線放送」扱いとするよう提言した。また昨年の情報通信審議会の地上デジタル放送に関する第2次中間答申でも、IPマルチキャストでデジタル放送を配信する実証実験を始めることになった。ただ、その実験でも、県域免許制度を守るため、配信の範囲を「当該放送区域内」に限定するという条件がつけられた。
さらにNHKの番組のネット配信にも民放が反対したため、総務省は配信を過去1週間の番組に限り、事業規模を10億円以内とするなどの規制を行った。これは英BBCが「ワールドサービス」で英国のネット配信ビジネスをリードし、そのアーカイブをネット上で公開しているのと比べて、大きな違いである。
ブロードバンドのインフラでは世界の最先進国になった日本だが、それを利用した映像伝送などのサービスでは、アメリカに先を越されるかもしれない。とりわけ日本が立ち遅れているのは、地上波の民放を保護するために、他のチャンネルとの競争を阻害してきた結果、映像ビジネス全体が民放の広告モデルに支えられる状態になっていることだ。広告は、(GDPの)1%産業といわれるように、決まったパイをわけあう成熟産業である。とりわけテレビ・コマーシャルは、今後はハードディスクレコーダーなどでスキップされるようになると、広告収入は漸減してゆくだろう。
そもそも今のテレビ・コマーシャルは、見ているほとんどの人には必要ない情報を無理やり見せることで成り立っている。これは視聴者にとって余計な情報を見せられる点で不愉快であるばかりでなく、広告主にとっても、本来の顧客よりもはるかに多くの視聴者に見せるために広告費を払う点で非効率的である。こうした広告は、食料品や洗剤などの大衆消費型の商品には適しているが、本のようにロットの小さい商品には適していない。
理想的な広告とは、可能であれば、その商品を求めている人にだけ情報を伝えるものである。そしてインターネットでは、従来よりも効率の高い広告が可能になっている。たとえば、グーグル(検索エンジン)で「プリンタ」という言葉を検索すると、左側には検索結果が出て、右側にはプリンタ・メーカーの広告がたくさん出てくる。これは「アドワーズ」という広告で、入力された検索後に関連のある広告を自動的に表示するものだ。
グーグルに入力される検索語をグラフに描くと、図2のようになる。横軸には、入力された回数のもっとも多い言葉を左にとり、そこからから順に右に並べ、縦軸にはその回数をとると、もっとも多い言葉の検索回数は数億回のきわめて高い「頂上」となるが、10位になると、検索回数はトップの20〜30%程度になる。そして100位だと1%以下になるが、この「裾野」も数億番目まで続くので、果てしなく長い。
(図2)
同様の「ロングテール」は、市場経済のなかでも見られる。従来のマス・マーケティングでは、一定以上の売り上げの上がる商品だけをテレビで広告し、それよりも売り上げの少ない商品は新聞や雑誌で・・・というように媒体を使い分けるが、それでも広告できる対象は数万アイテム程度だろう。売り上げが広告のコストを下回る(順位が数万位以下の)「すきま商品」の広告はできないし、店に置くこともできない。
しかし、インターネットでは店舗の物理的限界はないから、たとえばアマゾン・ドットコムには約300万アイテムの在庫がある。そうすると、図2でいうとxのような点を境にして、それよりも売れる商品の売り上げとそれ以外のすきま商品の売り上げの合計(図でいえば赤の部分と青の部分の面積)が等しくなる。実証データでは、xはアマゾンの場合は4万位前後とされ、それ以下のすきま商品の売り上げの合計がベストセラーの合計に匹敵する。
同様のロングテールは、インターネットでは至るところに見られる。これまでのハリウッドのビジネスでは、黒字が出る映画は全体の10〜20%だといわれるが、これは映画の制作費や宣伝費が高く、損益分岐点が高いため、図2の頂上の部分だけを見ているからだ。インターネット配信のようにコストが低ければ、損益分岐点は限りなくゼロに近づく。たとえばアップル・コンピュータの音楽配信システム「iチューンズ・ミュージックストア」には200万以上の曲があるが、どんなマイナーな曲でも1年に最低1回はダウンロードされるという。
したがってブロードバンドによる映像配信のビジネスモデルは、まず従来は市場とはみなされていなかった裾野の部分を開拓することだろう。よく「古いテレビ番組の販売はもうからない」といわれるが、これはビデオやDVDにプレスして販売する場合の話だ。コストが下がって数百円でダウンロードできるようになれば、今のレンタルビデオよりも低価格で便利になるから、ビデオ・オンデマンドはビジネスとして成立するだろう。またリアルタイムで「放送」しなくても、ファイル転送してハードディスク・レコーダーに蓄積し、あとから再生してもよい。
最近、注目を浴びているYouTubeも、こうした裾野の部分の映像ビジネスである。これは、アマチュアがビデオをアップロードし、それを無料でダウンロードできるシステムで、ほとんどのビデオは見るに耐えないが、見た人の評価でランキングすることによって、おもしろいビデオがつねに最初のページに出るようになっている。画質はとてもテレビとは比較にならないが、米軍機の墜落する瞬間をとらえたビデオなど、その場にいた人しか撮れない貴重なビデオもある。グーグルの始めた「グーグル・ビデオ」というサイトも、だれでもビデオを投稿できるようになっている。グーグル側はサイトを提供するだけで、著作権処理は投稿する人が自己責任でやるしくみだ。
現在のテレビコマーシャルに代わって、今後は検索広告のようにターゲットを絞った情報提供の比重が高まるだろう。たとえば、ブログなどで使われ始めたRSS(サイト情報通知)は、サイトの情報(メタデータ)をXMLで記述し、ユーザーが「情報が更新されたら知らせてほしい」と予約し、更新されたら自動的にそのユーザーに通知するシステムである。受信側は、ブラウザやRSSリーダーで更新情報を見る。RSSは一般のニュースサイトや電子商取引サイトなどでも使われ、ユーザーが更新情報をチェックする手間を省けるだけでなく、サイト側も情報を必要とするユーザーだけに送ることができるので、その効果が確実になる。
たとえば、セールスマンが得意先を1軒1軒まわって「ドブ板営業」をする代わりに、「新製品が出たら告知してほしい」という要求を出している客だけにRSSで情報を提供すれば、必要のない客を回る無駄も省けるし、情報を求めている客もリアルタイムで新製品情報を受け取ることができる。その顧客情報を利用して、類似品の情報を送ることもできる。またユーザーの履歴をデータベース化して、特定の好みをもつユーザーに合う情報を提供することもできる。
映像データは、これまでは検索が困難だったが、今後メタデータがつくようになると、映像データの分類や検索が容易になる。多くのサイトの情報にメタデータがつくようになれば、現在のように盲目的に全文検索してインデックスする検索エンジン(情報量は多いがノイズが多い)は過去のものとなり、たとえば「モーツァルトの交響曲のうち短調で書かれた曲は何番か?」というふうに入力すると、メタデータで分類された音楽データベースから検索エンジンが意味を読み取ってその曲名を表示することも可能になろう。
このような検索エンジンやXMLなどによる個別的な情報提供は、狭義の広告産業を超え、「1対1マーケティング」を代替する可能性もある。日本の広告産業は約6兆円だが、販売促進、流通インセンティブ、CRM(顧客関係管理)などを含めた総マーケティング費用は、約20兆円と見積もられているので、その産業としての可能性は大きい。
データにメタデータで記述された「意味」がつけられると、検索の結果から人間が解釈しなくても、コンピュータがデータの意味を解釈できるようになる、というのが、XMLを開発したW3C(World Wide Web Consortium)のリーダー、ティム・バーナーズ=リーの提唱した「意味をもつウェブ」(semantic web)という概念である。今のところ、ウェブの情報の大部分はまだHTMLで書かれているので、ウェブ全体が意味をもつのはかなり先だろうが、それが実現すれば、かつて人工知能の目標とされた「機械が意味を解釈する」という理想に一歩近づくことになるかもしれない。
2005年12月に始まった竹中平蔵総務相の私的な諮問機関「通信と放送の在り方に関する懇談会」では、「通信と放送の融合」の進む技術革新に対応する改革が論じられ、その検討事項の一つとして、NHKの経営形態があげられている。この背景には、2004年に発覚した不祥事を発端として、受信料の不払いが増加し、2005年度の受信料収入が史上初めて減少するなど、深刻化するNHKの経営危機がある。05年のNHK発表によれば、受信料支払いの義務のある4596万世帯のうち、1357万世帯が滞納・未納・未契約などの不払い世帯とされている。
しかし、この統計で確かなのは、3239万世帯が受信料を支払っているということだけで、母集団がどれだけあるかは推定の域を出ない。日本の総世帯数は約5000万世帯だが、テレビの台数は1億2000万〜3000万台と推定されている。このうち一般家庭は複数の受像機があっても世帯ごとに課金するが、事業所の受像機は1台ごとに課金することになっているので、たとえば電話回線と同じぐらいとすると、母集団は約6000万ということになる。前述の支払い世帯の数を6000万で割ると、54%である。つまり46%の受信者が受信料を支払っていないという計算になる。
これは逆にいうと、いま受信料を支払っている世帯は、本来のほぼ2倍の料金を支払っているということだ。国民年金の不払いが4割に達することがよく話題になるが、これは結果的に年金受給もできないので自己責任だ。それに対して受信料の不払いは、完全な「ただ乗り」である。このように不公平な公共料金は、他に例をみない。受信料制度は、公共料金として破綻しているのである。
NHKは、こうした不払いに対して簡易裁判所から催告状を出すなどの対策をとるとしているが、不払い数1357万世帯に対して催告状を出すとすると、裁判所に支払う印紙税を1件あたり2000円としても、271億円。さらに催告しても支払わない受信者の資産を差し押さえる人件費を考えると、回収する料金よりも徴収コストのほうが大きくなるだろう。要するに、いま支払われていない受信料は、通常の企業なら「未収」として損金に計上すべきものなのである。
こういう状況になった原因は、受信料制度が抱えている欠陥にある。放送法第32条では「協会[NHK]の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」と受信契約を義務づけているが、契約しなかった場合の罰則はない。また契約者が受信料を支払うことは義務づけられていない。同様の制度であるBBCの「受信許可料」では支払いを義務づけ、罰則もある。受信料には、こうした行政処分の規定がないため、徴収するには民事訴訟を起こすしかないのである。
しかも受信料は「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」は、NHKの番組を見ても見なくても、支払わなければならない。つまり、これは放送サービスの対価ではなく、一種の人頭税なのである。したがって徴収コストだけを考えれば、他の税とともに税務署が徴収することが合理的である。しかし税として徴収すると言論機関としての独立性が失われることに配慮して、別個に徴収することになっているのである。
受信料制度ができた1950年には、この制度は一定の合理性をもっていた。当時、NHKを監督していたのは、独立行政委員会である電波監理委員会だったから、政府と一定の距離をおくことはできたし、放送局といえばNHKしかなく、テレビを見ている人と見ていない人を区別する技術もなかった。しかし電波監理委員会は1952年に解散し、NHKは郵政省の監督の下に置かれ、その予算は国会で承認されることになった。このため、受信料が本来はたすべき政府からの独立性を担保するという役割は、ほとんど失われたのである。
したがって今日、このような非効率で不公平な料金制度を残しておく理由はない。デジタル伝送では、映像信号をスクランブル(暗号)化し、料金を払った人だけが暗号を解除できるようにする技術があるので、契約を義務づける必要はない。現にBSデジタル放送では、衛星受信料を払っていないと、テレビの画面に「NHKでは受信料公平負担のため、BS設置連絡をお願いしています」というメッセージが出る。このメッセージは、視聴を妨害するという点ではスクランブル化と同じである。内閣府の規制改革・民間開放推進会議も昨年、NHKのBSデジタル放送をスクランブル化すべきとの方針を打ち出した。
今後、地上波もデジタル化すれば、同様に見ている者だけに課金する「視聴料」にすることができる。アナログ放送でも、NHKの映らないテレビをつくり、視聴料を支払ったという証明書がないとNHKの映るテレビが買えないようにすれば、有料放送にできる。このように受信料を視聴料(放送サービスの対価)に変えれば、NHKは衛星放送のWOWOWや通信衛星のスカパー(スカイパーフェクTV)と同じ「有料放送」になるので、政府が契約を義務づける必要はない。つまり受信料を視聴料にすることは、NHKを民営化することなのである。
NHKの民営化は、これまで何度も議論になっては消えていた。その原因は、NHKが政治力によって受信料制度の見直しが政治課題になるのを防いでいたからである。2001年の特殊法人の見直しのときも、NHKは日本銀行などと並んで4つだけ残る特殊法人のひとつとなった。しかし、2005年に海老沢勝二会長が辞任してから、NHKの政治力が落ちたため、通信・放送懇談会でNHKの創立以来始めて、「聖域」だった受信料制度の再検討が行われることになった。
ところが、この懇談会が始まる前から小泉首相が「NHKを民営化しないことは、2001年の閣議決定で決まっている」と議論にブレーキをかけ、竹中総務相も「公共放送は必要だ」と民営化を検討しないことを公言したため、懇談会の最大の目玉になるはずだったNHKの民営化は大きく後退し、最初からNHKと民放の「2元体制」を前提にして議論が始まった。これは不幸なスタートだった。NHKを改革するうえで、受信料制度を見直すことは不可欠であり、これを現在のような破綻した状態で放置したまま、改革を行うことは不可能だからである。
NHKを民営化する理由は、受信料の未収が増えているといった財政的な問題だけではない。最大の問題は、受信料制度が言論機関としてのNHKの独立性を担保するという本来の役割を果たしていないことにある。NHKの最高意思決定機関は経営委員会だが、経営委員は全員非常勤で形骸化しており、実質的な意思決定は総務省とNHK経営陣の協議によって行われる。しかもNHK予算は、国会の承認が必要なため、毎年2月ごろになると、NHK経営陣は政治家への「説明」に回り、自民党から指摘を受けると過剰反応する。
その一例が、2001年の「ETV2001」をめぐる問題である。これは「女性国際戦犯法廷」という模擬裁判を取り上げたNHKの番組が、放送前から「偏向している」と自民党などの批判を浴び、NHKがその内容を自民党に説明に行ったという問題である。これを当時の担当者が内部告発し、朝日新聞が「自民党の圧力で番組が改変された」と報じたため、NHKとの間に事実関係をめぐって争いが生じた。さらに、このときの「取材メモ」と称するものが『月刊現代』2005年9月号に掲載され、朝日新聞はその漏洩ルートを社内調査したが、結局わからず、編集担当常務などが更迭される事件に発展した。
このように政治家に対して「アキレス腱」を持っているため、NHKの経営の実権は、海老沢前会長のような「国会対策」のプロが握ることが多い。しかし彼らは、放送ビジネスについては無知なので、免許などの政治的な利権が経営方針を決めるという主客転倒が起こりやすい。そうした失敗の典型が、「最初に電波ありき」で採算性も検討しないでスタートしたデジタル放送である。NHKを民営化する最も重要な理由は、このように予算の承認によって政治の介入を受けやすい体質を改め、NHKの言論機関としての独立性を高めることにある。規制改革会議がスクランブル化を提案したのも、NHKを民営化するという長期的な方針にそったものだった。
これに対してNHKの橋本元一会長は、スクランブルをかけて有料放送にすると「情報弱者」を作り出すことになると反論しているが、これは論理的に矛盾している。その情報弱者が「有料放送になると料金が払えない人」だとすると、今はどうしているのだろうか。いま彼(または彼女)が受信料を払わないでNHKを見ているとすれば、それは違法行為である。逆に、いま受信料を払っているとすると、それが視聴料になっても、額が同じなら払えるだろう。それが受信料を免除されている世帯だとすれば、視聴料を免除すれば同じことである。
本質的な問題は「有料放送になれば、見てもらえる番組中心に放送することになる」(原田豊彦放送総局長)という点である。これまでNHKの民営化が国民的な支持を受けるに至らなかった最大の原因も、この点にある。NHKを民営化すると、今の民放のように視聴率優先の低俗な番組ばかり放送するようになるのではないか、という懸念をもつ向きは少なくないだろう。
しかし、NHKを有料放送にしたらどうなるかという「実験」は、すでに16年以上にわたって行われている。NHKの衛星受信料は、衛星のアンテナを立てている人だけから取る、事実上の視聴料だが、これによって番組の質が落ちたという批判は聞かない。むしろ、その番組は良くも悪くも「NHK的」である。NTTが民営化から20年以上たっても「NTT的」であるように、いったん高いブランド・イメージができると、それを守るインセンティブが働くからである。
民放の番組の質が低いのは、無料放送で広告収入に依存しているため、視聴率という1次元の評価基準しかないことが原因である。普通の市場経済では、価格によって質×量を評価するが、無料放送の場合には番組の質の評価は反映されず、むしろだれにでも漫然と長時間見られる内容の薄い番組の視聴率が高くなる。
つまりNHKと民放(地上波)の差は、官と民の違いではなく、有料放送と広告放送の違いなのである。民放でも、スカパーのような有料放送では、各チャンネルごとの個性が打ち出され、地上波のような万人向きのバラエティやワイドショーはほとんど見られない。また市場の発達したアメリカでは、NHKの科学番組よりも水準の高い「ディスカバリー・チャンネル」が、人気チャンネルのベストテンに入っているし、CNNの取材網はNHKやBBCよりも発達している。
NHKは、1局で8波(テレビ5波、ラジオ3波)もチャンネルをもっている。なかでも衛星放送は、もとは難視聴対策として始まった放送が、なし崩しに「モア・チャンネル」になったもので、8波で同じニュースや番組を使いまわしているのは、言論の多様性という観点からみて好ましくない。
これについて通信・放送懇談会では、NHKのチャンネル削減が検討されているが、その前に検討が必要なのは、放送の方式である。通信と放送が融合し、コンテンツとインフラの関係が自由になる時代には、制作部門と設備部門が一体になっている「垂直統合」型は自由度が低く、効率が悪い。
ブロードバンド時代には、番組を全国にすべて電波で放送する必要はなく、光ファイバーや通信衛星など、多様なインフラを利用すれば、地上デジタル放送の莫大な設備投資も軽減できる。事実、BSデジタル放送ではインフラはB-SAT(放送衛星システム)という「受託放送事業者」が運営し、NHKは「委託放送事業者」として放送を行っている。地上デジタル放送についても、計画段階では郵政省(当時)は委託/受託方式にしようとしたが、民放連(日本民間放送連盟)の反対で挫折した経緯がある。
委託放送事業者には電波の免許は必要なく、「認定」だけでよいので、図3のようにNHK(地上波)の制作部門を委託放送事業者として分離すれば、免許制度による政府の規制から独立になり、新規参入も容易になる。
(図3)
他方、設備部門は、NHK(委託放送事業者)が民間の受託放送事業者に売却し、リースバックして使えばよい。受託放送事業者は、NHKとは別のインフラ専門の会社となるので、民放の放送設備を請け負うこともできるようになる。現在の中継局は、各局ごとにばらばらに建てられているが、地上デジタル放送では、受託放送事業者がNHK・民放の設備を集約して共同中継局を建てれば、設備投資は大幅に節約できる。
通信の世界でも、IPによってサービスとインフラの「水平分離」が進んでいるので、NHKも委託放送事業者になれば、通信インフラを使って自由に多メディア展開できる。とくに埼玉県川口市にあるアーカイブには、50万本以上の番組があるので、これをインターネット配信すれば、新しい収入源になることが期待できよう。国際放送も、インターネット放送で行うことがもっとも効率的だ。
ところが、NHKのインターネット配信は、「過去1週間以内の番組で、事業規模は10億円以内」といった規制が行われている。これはNHKが民営化されれば、廃止すべきである。同様にNHKの子会社の問題も、民営化によって消滅する。
このようにNHKを委託放送事業者にすると、番組制作プロダクションのような企業になるので、各チャンネルごとに分割して民間に売却できる。その方式としては、NTTのように、いったん政府が全株式を保有する株式会社とし、株式を上場して売却するのが妥当だろう。しかしNTTのように政府が一部の株式をもつ特殊会社とするのではなく、百パーセント民間の株式会社とすることが重要である。
有料放送にすると、NHKを見ていない視聴者が料金を払わなくなるが、減収になるとは限らない。現在の受信料は世帯ごとに徴収するので、その課金対象は最大で6000万世帯だが、視聴料にすれば受像機ごとに徴収できるので、課金対象は最大約1億3000万台と、ほぼ2倍に増え、捕捉率も100%になる。両方の効果が相殺される(視聴者が半減する)としても、現在の1チャンネル当たり単価(毎月約500円)を徴収すれば、ほぼ現状なみの収入を維持できる。
この場合、娯楽番組やスポーツ中継を株式会社にゆだねることには抵抗が少ないと思われるが、報道や教育番組については、利潤追求にはなじまないという意見もあろう。その場合、報道については、現在の総合テレビとラジオ第1放送を24時間ニュース(報道番組を含む)専門の「新NHK」として残し、アメリカのPBS(公共放送局)のような民間の非営利組織(NPO)で運営することも考えられる。PBSが示しているように、「公共放送」は「官営放送」と同義ではないのである。
PBSは、ほとんど寄付だけに依存しているので経営が不安定だが、新NHKは他のチャンネルの売却代金の一部を基本財産とし、視聴料を取れば、前述のように採算はとれる。難視聴対策の同時放送には、東経110度の通信衛星を使えば、コストは放送衛星よりはるかに低い。
教育テレビは、視聴者が1%に満たず、すべて録画された番組なので、リアルタイムの放送で全国に流すのは無駄である。教育番組は、インターネットで配信することもできるし、放送大学学園に吸収するのも一案だろう。
通信・放送懇談会のなかで、「世界への情報発信の強化」が検討課題のひとつになった。しかし国内の視聴者の受信料で成り立っているNHKが、海外向けの放送を今よりも拡大することには問題がある。そもそも現在のNHKの国際放送は、海外の日本人向けに日本の番組を放送することが主な目的で、海外向けの情報発信の機能は果たしていない。それが国家として必要だというのなら、外務省が政府の予算でやるべきである。しかし、今の日本の放送局から番組を調達しても、とても情報発信にはならないだろう。
根本的な問題は、現在の日本のテレビ番組が(NHK・民放を問わず)国際的な水準に達していないということである。日本では、民放の番組の質が低いため、NHKの番組は相対的に高く評価されているが、世界的にみると、NHKの番組は欧米にはまったく輸出できない。ドラマもドキュメンタリーも、情報量が少なくテンポが遅いためである。日本のテレビは、ながく国内市場だけでやってきたため、世界的な水準の番組をつくれないのである。これは政府の情報発信という以前に、日本文化にとっても望ましくない。
幸い、最近ではアニメやゲームの世界では、世界的に通用する日本の作品もたくさん出てきた。それ以外の大人向けのコンテンツも、かつて黒澤や溝口を生んだ日本から世界的な作品を出すことは不可能ではない。欧米では、黄色人種の出てくる番組は当たらないともいわれるが、急拡大する中国を含むアジアでは、日本の映像や音楽が市場を開拓する可能性は大きい。
日本の映像産業が成長するためには、現在のようにNHKを筆頭にして放送産業が政府に管理された状態を脱却し、コンテンツの市場を創造することが不可欠である。テレビ局がネットに飲み込まれることを拒否し、彼らの独占する地上デジタル放送に固執するのは、かつて日本の映画産業がテレビを拒否したように、ある意味では自然な行動である。しかし非効率的なインフラに閉じこもって新規参入を拒否することは、その業界の活力を低下させ、結局は衰退をまねくというのが、映画産業の教訓である。
したがって行政の役割は、こうした反競争的な行動を監視し、歯止めをかけることだ。この点でも、日米は対照的である。郵政省が地上波放送と競合するビジネスを抑制する規制を行ったのに対して、FCCは制作と放送を分離し、番組を市場で流通させたことが、日米の映像産業の競争力の差をもたらした。放送の内容に行政が介入することは好ましくないし、規制によって競争を作り出すことはむずかしいが、少なくとも既得権を強化するような政策だけはとらないことが必要である。
行き詰まったデジタル放送
3.映像産業のビジネスモデル
コンテンツの市場
著作権の処理
4.変化する広告業界
「ロングテール」の可能性
ターゲットを絞った情報提供
5.NHKの民営化
破綻した受信料制度
なぜ民営化が必要か
NHK改革の試案
6.まとめ