「弱者にやさしい政治」の終焉とともに去った政治家
魚住昭『野中広務 差別と権力』(講談社)
野中広務氏は、自民党の「抵抗勢力」を代表する政治家として知られた。京都の被差別部落に生まれ、他人の弱みを握って地方政治家からのし上がった恐い政治
家――というのが彼の一般的なイメージだが、本書を読むと、それは彼の一面にすぎないことがわかる。野中氏が、差別という大きなハンディキャップを乗り越
えて自民党の最高権力者になった大きな原因は、すぐれた行政手腕と情報収集力だった。彼は京都の蜷川革新府政を倒したことで知られるが、初期には蜷川知事
に「私の片腕」といわれたという。
沖縄の基地問題やイラク派兵などをめぐっても、野中氏は「ハト派」的な姿勢をとったが、これは郵政民営化に反対する彼の方針と一貫している。彼は「弱者」
にやさしい戦後民主主義の落とし子なのである。市場経済は強者には快適だが、弱者は政治が救済しなければならない、というのは保守・革新に共通の戦後政治
の理念だった。それを制度化したのが田中角栄のバラマキ政治であり、これを可能にしたのは世界市場で闘う「強者」の上げる利益だった。弱者は高度成長に寄
生し、政治家はそれに寄生していたのだ。
この構造はバブル崩壊で破綻し、自民党も危機に瀕する。その時代に野中氏は頭角をあらわし、「裏情報」を駆使して細川政権を倒し、自社さ連立や自公連立を
実現して、崩壊したシステムを延命する。ここでも彼の社民的な体質が野党とのパイプになっており、彼は保守本流の「保保路線」とは対立していた。しかし、
バラマキが財政的に維持できなくなった21世紀に登場した小泉内閣の路線は、保守本流の「小さな政府」に戻ろうとするものだ。これに反対した野中氏が孤立
し、引退を強いられたことは、弱者に寄生する「角栄型政治」の終焉を象徴する出来事だった。
本書は、これまでタブーとされてきた被差別部落というテーマに挑み、4年をかけて関係者に直接取材した稀有なドキュメントである。90年代の政界の裏面史としても、貴重な証言が含まれている。
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