Voice 2008年8月号
食料価格が世界的に暴騰し、途上国では食料危機が起きている。これに便乗して、農林水産省は日本の「食料自給率は40%を割り、先進国で最低だ」と危機感をあおっているが、そもそも食料自給率とは何だろうか?
農水省のホームページを見ると、カロリーベースの食料自給率は「国産供給熱量/総供給熱量」となっているが、「牛肉、豚肉などには、それぞれの飼料自給率がかけられて計算されます」。だから豚の53%は国内で飼育されているのに、農水省の定義によれば「国産豚」は5%だけだ。つまりカロリーベースの自給率というのは、穀物自給率なのだ。
しかし豚は、穀物だけで育つわけではない。豚を育てるエネルギーは、ほとんど石油である。その99.7%を輸入に頼っている日本が、穀物だけ自給しても豚は飼育できない。要するにカロリーベースなどという計算はナンセンスなのだ。金額ベースの自給率は68%で、日本の農業は需要の7割を満たしている。
WTO(世界貿易機関)のウェブサイトで「食料自給率」にあたる言葉を検索しても出てこない。日本のように自給率を政策目標に掲げている国もない。そういう政策は、WTO違反だからである。日本の自給率が先進国で最低だと農水省はいうが、WTOで問題になるのは、むしろ先進国の自給率が高すぎることだ。
自給率は、アメリカは128%、フランス122%、ドイツ84%、イギリス70%だが、なぜ農業に比較優位(他国に比べて相対的に有利な条件)のない欧米で、こんなに食料が生産されているのだろうか。それは農業団体の強い政治的な圧力によって、巨額の農業補助金が支払われているためだ。EUでは農業所得の34%に及ぶ農業補助金が出され、それに対抗してアメリカでは農業所得の14%を占める農業補助金を増額する動きが強まっている。
こうした先進国の農業保護(特に輸出補助金)による不公正貿易を途上国が批判しているため、先進国の自給率の引き下げが論じられることはあっても、それを高める政策は国際的に許されない。中でも日本の農業補助金は、農業所得の55%と最悪で、「自由貿易の恩恵をもっとも受けている国がもっとも閉鎖的な農業政策をとっている」として、世界各国の非難を浴びている。
今回のように食料価格が上がったら困るから、国内で自給しなければならない、という農水省の主張は逆である。たとえばコメの国内価格は、これだけ国際相場が上がっても、その3〜4倍だ。輸入農産物より高い価格で生産することが、なぜ値上がり対策になるのか。
小麦の輸入規制も、値上がりを増幅している。4月から小麦の政府売渡価格を30%引き上げた理由として、農水省は「国際的な穀物価格の高騰で食料安定供給特別会計が赤字になった」と説明しているが、値上げ後の政府売渡価格は銘柄平均でトン当たり約6万9000円。小麦の国際価格はトンあたり約3万7000円だから、政府は国際相場の2倍近い価格で売っている。
それでも特別会計が逆鞘になるのは、この小麦の原価に25%の関税と、麦等輸入納付金など約1万9000円の補助金を乗せるためだ。これによって政府買入価格は6万5000円になるから、3月までの政府売渡価格5万3000円を上回ってしまうのだ。
他方、国産小麦の落札価格は銘柄平均で約4万3000円と、輸入小麦を下回った。これは割安に見えるが、実は約100%の補助金を受けているので、原価は国際相場の2.5倍だ。この補助金の原資は、上の麦等輸入納付金だ。
つまり国内農家の保護のため、輸入小麦から関税と上納金を取って国内農家に補填していることが、コストアップの原因だ。いいかえれば、今回の小麦値上がりの原因は「自給率」を高めるための補助金なのである。関税と農業補助金を廃止して輸入を自由化すれば、小麦の価格は半分になる。
このWTO違反の補助金を正当化するために使われる言葉が、これも日本でしか通じない「食料安全保障」だ。農水省は「食料安全保障課」を新設し、自給率向上のために農業補助金を増額しようとしている。食料・農業・農村基本法では「凶作、輸入の途絶等の不測の要因」にそなえて自給率を高めるよう定めているが、そういう「不測の事態」は起こるのだろうか。
凶作が起こったケースは、最近ある。1993年、天候不順でコメの生産量が激減し、260万トンの緊急輸入が行なわれた。この供給不足の原因は、減反政策で多くの水田が休耕田になっていたためだ。普通に生産していれば、凶作になっても供給は不足しなかった。つまり凶作に備える最善の手段は、減反政策をやめ、コメの流通を市場原理にゆだねることなのだ。
では「輸入の途絶」は起こるだろうか。現在の危機的な状況でも食料輸入の途絶した国はなく、問題は価格の高騰である。世界中のすべての国から「食料封鎖」されるなどという事態は、第2次大戦でも発生しなかった。したがって「食料安全保障」などという言葉はナンセンスである。問題は輸入の途絶ではなく、食料を低価格で安定供給することだ。「自給率を高める」というのは、「輸入を規制して割高の国内農産物を増産する」ということだから、食料価格の上昇への対策にはならない。
必要なのは、安定供給を確保するための「リスク管理」である。その基本は、供給源を分散し、特定の国に依存しないことだ。日本国内だけに依存する「自給政策」は、93年の騒動でもわかったように、リスクを最大化する政策である。リスクを分散するには、普段なるべく多くの国から食料を輸入し、一国で輸出制限や値上げが行なわれても他から輸入できるようにする必要がある。今回の食料危機では、インドやウクライナなどが輸出制限をしたが、そういう国とも長期的な輸入契約を結んでおけばよい。
そもそも今回の食料危機の原因は、食料生産の絶対的な不足ではなく、食料輸出国が天候不順で凶作だったため、自国の供給確保を優先して輸出制限を実施したたことがきっかけだ。トウモロコシの価格が1.5倍になったのは、アメリカがバイオエタノールの増産を決めたことが原因だ。図のように、価格が急騰しているコメでも、ここ30年で生産量は倍増しており、絶対的な食料不足は存在しない。
世界のコメの生産量と米価(世銀・FAO調べ)
この需給の不均衡の根本原因は、先進国が農業保護(特に輸出補助金)によって途上国の農業生産を妨害していることだ。だから食料の供給を増やし、価格を引き下げる最善の政策は、先進国が農業補助金を廃止して途上国の農業生産を増やすことだ。これは途上国の経済的自立を助け、グローバルな所得格差の縮小にも役立つ。
長期的な対策は、補助金漬けで生産性が低下し、後継者のいなくなった農業を再建することだ。1960年には80%もあった自給率が半減したのは、単なる都市化の影響ではない。米価だけを極端に上げたため、コメさえつくっていれば確実に元がとれるので、非効率な兼業農家が残り、コメ以外の作物をつくらなくなったのだ。
こういう補助金に寄生している兼業農家がガンなので、補助金を廃止して所得補償に切り替えるべきである。といっても民主党のいうようにまんべんなくばらまくのではなく、一定規模以上の専業農家に限定し、兼業農家を駆逐する必要がある。
今回の食料危機は、先進国が政治力の強い農業団体に迎合して進めてきた異常な農業保護政策の生み出した人災だ。これを是正するには、愚かな(温暖化対策にもならない)バイオエタノール増産政策をやめ、先進国が協調して農業保護を廃絶することが根本的な解決策である。