『忠臣蔵』 の罠






突然ですが、みなさん、「忠臣蔵」お好きですか ?

好きですよね〜♪
畳替えの場、とか〜、ついに吉良さんに斬りかかっちゃうとことか〜、
もうたまらんですよね ! !

でも、浅野・吉良間の出来事がほとんどフィクションだってご存知でした ?

事実なのは

  1. 松の廊下で浅野が吉良に斬りかかったこと(理由じゃなくて) と
  2. 浅野が切腹を仰せつかったこと と
  3. 浪士たちが吉良を襲撃したこと

おもなとこではこのくらいなんです。

そして今尚、1.と3.の理由は不明なんですよ。


事件後浅野は田村家にお預けになっていますがそこでも取り調べに対し
「恨みがある」 の一点張りで理由は述べていません。
例の 「風誘う・・・」 の辞世の句も詠んではいないらしい (田村家の記録には載っていない) のです。
浪士たちも仇討ち(?)後、
沙汰がでるまで間があったにもかかわらず
何も言い残してはいない
のです。

驚かれたでしょう !?
3. はともかく 1. の理由がわかって
ないなんて。

 






検証


 

日本人のほとんどが、1.の理由は吉良が浅野に嫌がらせをしたからだと信じこんでいますよね。
( エラそうに言ってますが実は私もそうでした。
忠臣蔵錯覚、なのです )

映画なんかでは吉良が浅野にイジワルして「接待」の方法を教えなかったことになってますよね。
でも、それってありえないんです。

だって教えなくてもし浅野が失敗しちゃったら・・・?
吉良の責任ってことになっちゃいますよねぇ !?
“あの”綱吉の大激怒を買うことになってしまいます。
危険過ぎますよね。
それになによりもあの役目、実は浅野は過去にやったことがあるんです。( 記録に残っています )
だから、精進料理なんかじゃないってことも、烏帽子大紋だってことも、
浅野はみんな(家来達も) 知っていたってことになります。

そして、なぜよりによってあの場所で、ということでは
悪口雑言に耐えかねて思わず・・・ ! ! と描かれていますが事実はそうではないんです。

これは浅野を後から抱きとめた幕臣の梶川の証言があります。
吉良と自分が廊下でお互いに歩み寄って立ち話をしていたところ、いきなり後から浅野が
この間の遺恨覚えたるか』と言って斬りかかってきた・・・・・と。

もしも日頃から恨みに思うことがあったにせよ、刀を抜く直前に嫌がらせはなかったのです。
それは 「この間の・・・」 と言っていることからもわかりますね。
なぜ浅野は我慢できなかったのでしょう。
我慢できないほどの嫌がらせは直前にはなかったのに、ですよ。

 

 
検証2



 

2. の判決はよく 『喧嘩両成敗をしない片手落ち』 といわれるところですが、

この批判はまったくもって見当違いです。

なぜか。

浅野は不敬罪(殿中狼藉) により死罪になったのです。
喧嘩ではありません。
もし吉良も刀を抜いていたら喧嘩です、でも
一方的に斬りかかった
これは刃傷です、喧嘩両成敗にはなりません。

殿中で刀を抜いたら (理由の如何にかかわらず)死罪、これはもうその時代の武士なら誰でも知っていることです。
もし直前に浅野と吉良が口喧嘩をしていたとしても、それは浅野の行為を正当化はしません。

相手を殺しても殺さなくても、刀を抜いただけで死罪なんです。

だからもし(もし、ですよ) 浪士がこの判決を不服としたとするならば、そのほうがおかしいのです。

 

 
検証3



 

だったらなんで浪士たちは吉良を襲撃したのでしょう。

この謎はいまだ解明できていません。

ついでに言うなら浪士たちは(あの大石もですよ)、何故浅野が吉良を襲ったのかすらわかっていなかったようです。
大石が書いているんですよね、あの連判状(吉良邸襲撃の折り門前に挿したやつ) に。
『 殿中において当座偲びがたき儀ござ候
』ってね。

つまり
「(なにか) 辛抱できないことがあったのでしょう
、刃傷に及んでしまいました・・・」 って書いてるんです( ̄□ ̄;)ナント!!
当の本人たちが刃傷の理由を知らなかったのです。
あるいは知っていても書けないような理由だったのか・・・??? 
←ココ書きたいけど大人の事情で書きません(笑)

このことからも吉良の嫌がらせ説は成り立たないのがわかるでしょう。
嫌がらせがあったのなら
( 刃傷に及ぶほどの酷い嫌がらせであればあるほど ) 当然家来たちは知っていたはずです。

そしてもし、本当に嫌がらせがあったとしたら、それは口上書きに当然書くはずです。
自分達の行為を正当化する口実が出来るわけですし、情状酌量になりますものね。


 





結論(?)



 

どうでしょう、ちょっとイメージ違ってきちゃったのではないでしょうか。

『忠臣蔵』はあくまで人形浄瑠璃。歴史上の赤穂事件とは別だったんですね〜♪
これ、日本人のほとんどが思い違いしちゃってるところ。
( ワタクシもそうでした、ごめんなさい )

吉良さん、そんなに悪い人じゃなさそうですよ。
いつも吉良さん可哀想に憎まれ役でしょ、だからもしこれを読んだみなさんはそんな悪口耳にしたら
「忠臣蔵はフィクションなんだよ〜、実際の赤穂事件の人物とは関係ないんだよ〜」 って
言ってあげてくださいね(^-^)


これ、ドラマの最後にテロップで流すべきだと思う !
 






おまけ 

 
幕府の対応もなんか不思議なことだらけなんですよね。

そもそもの松の廊下の刃傷事件のときは
『吉良はかまいなし』『浅野は不調法により切腹』 という裁きなわけです。

なのに二年後の反乱(いやこれ反乱と言ってもかまわんでしょう) では
吉良を完全に悪者にしてしまっている。
なんで幕府怒んないのよ !?
なんで赤穂浪士の肩持つのよ !?

だっておかしいじゃない ! !

これ、二年前の幕府の裁きに対する不服申し立てですよ ?
徒党を組んで罪無き人(と幕府が認めた人)を殺害したわけですよ。
そんでもって大願成就の暁に泉岳寺で腹切るどころか
「どうでしょう」とばかりに出頭している。

これで怒らなきゃ綱吉じゃないよと思うのですが。


吉良の孫の義周は傷を負って途中で戦えなくなってしまった。
それがいかんと言って義周は流罪ですよ。
いきなりの不意打ちに健気にも戦って、切られて戦線離脱するしかなかった。
(座敷に倒れていたらしい)
なのに、なのに、流罪。
襲われたほうがなぜ流罪 ??
とても悲惨な状態で数年後亡くなったそうです、彼は。


幕府に不服申し立てをした赤穂浪士が褒められて、
被害者の吉良側がなぜ罪人扱い !???

↑これをするとかつての幕府の裁きそのものが間違っていたということになりませんかね !?
そんなことを勘繰らせるような動きを幕府自体がしていいんでしょうかね。

首尾一貫せぇ ! !


間違ってしまっていたら「ここが間違えてました」って頭を下げて訂正すればいいじゃんか。

中途半端なんやからもう〜(呆)


 






犬暮らし渾身の力作(?!)いかがでしたでしょうか。
よろしければご感想 聞かせてくださ〜い♪(^◇^)






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浅野・梶川画像はATNETさんから拝借しております