翼誕生までの記録


妊娠発覚
2000年11月13日の朝、検査薬で妊娠が発覚しました!
妊娠しているとは予想していなかったので、直前まで「運動不足解消!!」と
近くのプールに行って泳いだり、スライダーをやったり、飲みに行ったり
していたのにいいのかしら?と思いつつとりあえず病院へ。
診察の結果妊娠5週と判明したものの、切迫流産のため自宅安静とのこと。
切迫流産って何??ちゃんと生まれるの???
それから約1ヶ月の自宅でのゴロゴロ生活がスタートしました。
ダンナさんが買い物してくれたり、ご飯を作ってくれたり。
(水の入ったままのフライパンに油を流し込んだこともあったけど・・・)
ある意味極楽生活、だったかもしれない。

2000年12月(妊娠3ヶ月)
12月7日の検診で、ようやく自宅安静が解禁。会社にも復帰。
妊娠3ヶ月目に入り、予定日も分かりました。
7月10日!!なんてこったい!!妹の誕生日じゃないか・・・。
12日だったら、私の誕生日なのに。
絶対12日に生む!!と決意表明をしました。
でも、生む日ってコントロールできるんだろうか??

20日には母子手帳をもらいに保健センターへ。
ダンナさんに車で連れて行ってもらいました。
夫婦で来ていたのは、私たちだけ。この辺の人って女の人でも
車に乗っている。私はペーパーだからなあ・・・。

また、俳句仲間の子もちょうど妊娠しているとのこと。
予定日は7月8日。すごい偶然!!

胎児ちゃんは頭と胴、手足も分かるようになって、検診のエコーでは
いつも元気に動いていました。

2001年1月(妊娠4ヶ月)
年末年始は横浜の実家に帰っていました。
お正月なのに、お酒が飲めないのは、ちょっと悲しい・・・。

1月の半ば過ぎ頃から胎動が感じられるようになってきて、
ポコポコとよく動いていました。

1月は結構雪が降って、外を歩くのが怖かった!!
朝は降っていないのに、会社帰りは雪、とかよくあったなあ。

2001年2月(妊娠5ヶ月)
2月16日の戌の日に、母がお赤飯を持って遠路はるばる来てくれました。
ちょうど検診日でもあったから、一緒に病院に行って腹帯を巻いて
もらった・・・けれど、これがすぐ緩む。
結局帯を巻いていたのは1日だけ、あとはガードルで代用、でした。
でも腹帯には病院の先生から立派な字で「寿」と書いて頂き、
大事に取ってあります。

この日、胎児ちゃんは男の子と判明!!
女の子に「大きくなったらお父さんと結婚する!!」
と言ってもらいたがっていた(?)お父さんだったけど・・・今度は
「男の子だったらサッカー選手だ!!」とのこと。

2001年3月(妊娠6ヶ月)
妊婦生活は順調。胎動もますます元気いっぱいで、お腹も
どんどん大きくなっていく・・・。
胎児ちゃんはエコー写真をはみ出して、順調に成長。
3月16日の検診では、1ヶ月間の体重が増えすぎだと
看護婦さんに怒られる。

3月24日には弟と父が遊びにきました。
免許取りたての弟の運転を試したかったらしい。
実家では、赤ちゃんに自分を何と呼ばせるかが話題になっているらしい。
やっぱり初孫だと、おじーちゃん、おばーちゃんというのには、
抵抗があるんだろうな。

2001年4月(妊娠7ヶ月)
3月31日から4月1日にかけて、石川県の山代温泉にカニ旅行。
2人家族最後の旅行だーー!!とちょっと奮発して、カニ三昧・温泉三昧を
楽しみました。
もう春だというのに、石川県は寒くて雪もちらついていたけど、
カニはおいしかった!!

でも良いことばかりでもなく、検診では貧血検査で引っかかり、
週3日の注射と毎食前食後の薬がいっぱい。
食後のコーヒー・紅茶・緑茶を禁止されて、「何を飲めばいいのっ?!」
っていう感じだった。
幸い10回の注射でなんとか基準値以上になって、注射からは開放されたけど、
妊婦って大変・・・。

胎児ちゃんは元気いっぱいで、胎動は服の上からお腹がボコボコ動いて
痛いほどの勢い。さすが男の子だ!!

4月いっぱいで会社の方は退職しました。

2001年5月(妊娠8ヶ月)
そろそろベビー用品も揃え始めないと・・・と買い物に行くことが
多くなる。でも、行っても何から買えばいいのかがわからず
手間取るばかり・・・。
とりあえず、着るものから買い始め、徐々に揃えていくことに。
赤ちゃんって、いろいろとお金がかかるのね・・・。

GWはダンナさんの友達計画の伊豆でのBBQ1泊旅行に参加。
行き帰りの渋滞はさすがにちょっときつかった!寒かったし。

胎児ちゃんの推定体重は2000gを超え、お腹はますます
大きくなっていく。
そんなに食べているつもりはないのに、体重は増える一方。
(減っても困るけど・・・)
このおへそ、どうなるの?!って勢い。
どうにもこうにも甘いものが好きになって、食べたいのを
一生懸命我慢の日々・・・。

2001年6月(妊娠9ヶ月)
胎児ちゃんはぐんぐん成長。
検診でエコーを見せてもらっても、どこがどこだかさっぱりわからなく
なってしまった。
毎回、エコーの映像をビデオに撮ってくれるけれど、最初のうちは
全身映っていて見ていても楽しかったけど、もう毎回あまり
変わらない・・・大きくなったねえ・・・。
でもよく手を口元に持っていっている様子は見えていたけど。

テレビでサッカーがやっていると、なぜか毎回大暴れ。
「きっと、オレが出る!!って言ってるんだ」と勝手に解釈し、
名前候補に「翼」があがった。

チャイルドシートやビデオカメラも買って、準備万端。
いつでも入院できるように、入院道具一式も常備していました。

毎月出席していた句会も、さすがに6月を最後にお休み。
そういえば、6月の句会の帰り、地下鉄の中で「あっ、妊婦さんだ!!」と
席を譲ってくれたコギャル風の女の子2人にいろいろと話しかけられ、
男の子と言うと、「夏生まれ?夏生がいいよ、夏生!!」とアドバイス
して下さった・・・ありがとう・・・。
でも、妊娠しながらの通勤中、一度も誰一人として席を譲ってくれなかった
から、うれしかった!!
日本のサラリーマン、見習ってほしい。寝たフリするなーー!!

2001年7月(妊娠10ヶ月)
いよいよ臨月。お腹はもうパンパン。
それにしても連日の35度を超える猛暑・・・とっとと産んで
涼しい病院でゆっくりしたい・・・と思うこともしばしば。

臨月に入って、右足がむくんできた・・・と思ったら左足も。
サンダルが履けなくなるほどのむくみは、結局出産まで直らず。

なかなか行けなくなるから・・・と買い物の時に行った
イタリアンレストランが、びっくりするほどまずくて、ショックだった。
前から気になっていたお店だったのに・・・。

予定日前の最後の検診、7月6日には、胎児ちゃんの推定体重がとうとう
3000gを超えてしまった。
私の体型からして、絶対3000g以上になることはないと思っていたのに。

出産予定日、父が出張で(無理矢理合わせた?)家に来る。
残念ながら、父がこっちにいる間には生まれず・・・。

予定日1日後、まだまだ生まれる気配のない赤ちゃん。
歩くのがいい・・・と聞いたことがあるけれど、猛暑。
外に出るとかえって体に悪そう・・・と、とりあえず家の中をぐるぐると
歩いてみた・・・けど、生まれず。

予定日2日後の私の誕生日。
病院に行くと、「う〜ん、まだ生まれないねえ・・・。とりあえず、何もなかったら
明日入院ね」と言い渡される。
明日って・・・13日の金曜日。
それは嫌ーーー!!と思いながら、帰途につく。
明日ってことは、今日はご飯作らないといけないんだよねえ・・・とその足で
スーパーへ。
スーパーのおばさんには「あらーーーもうすぐねえっ。懐かしいわー」と
お腹をなでなでされる。
そして、その帰り。なんだか、お腹が痛い・・・。
家に帰ってお昼を食べながらも、痛い。しかも、どんどん痛くなってくる。
これは、陣痛・・・?

この後の出産については、また別ページで。
とにもかくにも、私と同じ誕生日に生まれました!!

予定日直前。こんなお腹になっちゃいました。