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ロラン・バルト講義録の発売

堀 潤之

 ブルデューの死で始まり、生誕200年を迎えたアレクサンドル・デュマの遺灰のパンテオン移送で終わろうとしている2002年のフランスは、「構造主義 以降」の思想家たちの再検討の傾向が目立った年だった。年初には、20世紀後半の記号学に多大な影響を与えたソシュールの幻の草稿(96年にジュネーヴで 発見されていた)が整理されて『一般言語学文書』(ガリマール)として出版され、ドゥルーズの53年から74年までの単行本未収録論文が『無人島』(ミ ニュイ)に纏められた。97年より文書化が進んでいるフーコーのコレージュ・ド・フランス講義録(ガリマール)や、昨年に出版されたラカンの『他のエク リ』(スイユ)などとあわせて、20世紀後半のフランス思想はここ数年で、総括の時期に入りつつある。

 そのような動きにまた一人の思想家が加わった。ロラン・バルトである。93〜95年に3巻組で世に出た全集が、マイナーチェンジを経て(発掘された6つ のテクスト、および各巻の冒頭に新たな編者序文が加えられている)、装いを新たにペーパーバックの5巻組でスイユから出版されると同時に、コレージュ・ ド・フランスでの講義とセミネールのためにバルトが準備した原稿(いわゆる「講義録」ではないことに注意)が、初めて一般読者の前に姿を現したのである。 バルトは76年にパリ高等研究学院からコレージュ・ド・フランスに移り、80年に自動車事故で死ぬまでの四年間にわたってそこで教鞭を執った。4巻の「講 義ノート」のうち、今年は最初の2巻が出版された。第1巻に収められた76/77年度の講義「いかにして共に生きるか」は、『恋愛のディスクール・断章』 の問題系をいわば一般的な共同性の問いへと拡張するかたちで、「固有のリズム(idiorrythmie)」という概念を軸に、『ロンビンソン・クルー ソー』、『魔の山』、『失われた時を求めて』などの文学作品を参照しながら、各人が自由を保ったままでいられる共同性のあり方を探究していく。第2巻に収 められた77/78年度の講義「中性的なもの」では、二項対立から組織される意味のシステムを巧みに避ける「中性的なもの」の形象が、ルソーから道教まで を援用しながら、「疲労」、「沈黙」、「対立」、「揺れ」、「尊大」などランダムに配置された二十三の断章を通じて探られる。「小説の準備」と題された最 後の2年の講義は、来年の出版が予告されている。

 バルトは講義でほとんど即興的に話すことをしなかったため、矢印や記号、名詞句の羅列などのために決して読みやすいとはいいがたい「講義ノート」だけで も、その内容は理解可能である。しかし、同時期にCD−MP3で発売された講義の録音(それぞれ14時間、21時間におよぶ)を併用することで読者はより 十全な理解に導かれるだろう。これらの素材は、アルチュセールの草稿(『哲学・政治著作集』全2巻、邦訳、藤原書店、99年)を保管していることでも知ら れるIMEC(現代文書資料研究所)に96年から預けられていたもので、今回世に出された素材のほかにも、膨大な草稿、講義ノート、カード、デッサンなど が保管されている。高等研究学院での『恋愛のディスクール・断章』講義、『S/Z』講義のノートも出版計画中であるという。

 そのIMECの全面的協力によって、現在、パリのポンピドゥー・センターでバルトの展覧会が開かれている(3月10日まで)。『神話作用』で分析された シトロエンDS19から、いかにも通俗的に日本の庭をあしらった円形の小部屋まで、エルテのアルファベットシリーズからバルト自身のデッサンまでがごった 返すこの展覧会は、むしろ随所に配置された草稿、講義やTVの録音、未刊の資料(壁一面に貼られたカード、74年の中国への旅のノートなど)によって際 だっている。ジュリア・クリステヴァ、ユベール・ダミッシュ、ジェラール・ジュネットら20人以上が小論を寄せている充実したカタログでもその一端を窺う ことができる。

(『図書新聞』2611号、2002年12月21日)

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