〈映画の未来〉の可能性と限界−ZKM《Future Cinema》展をめぐって
堀 潤之
近年、飛躍的に発達したデジタル・テクノロジーは、「映画」をどのように拡張するのか? どのような新たなナラティヴを可能にし、何によってかつての多 分に儀式的な上映形態を置き換えるのか? 「映画」は「映画ならざるもの」(ヴィデオ、インスタレーション、ネット)との接触によって、どのように変容し ていくのか? カールスルーエのZKM(芸術・メディアテクノロジーセンター)で、ジェフリー・ショーとペーター・ヴァイベルによるキュレーションによって、今年の三月まで開催されていた大規模な展覧会《フューチャー・シネマ》は、こうした問いをめぐる最近の実験的な試みをサーヴェイするものだった。
マルチスクリーンの罠、インタラクティヴ性の欺瞞
まず、既存の映画を空間的に拡張する試みとして、何人かのアーティストはマルチスクリーンを採用していた。たとえば、エイヤ=リーサ・アハティラの《Consolation Service》(1999)は、二つのスクリーンを並列して、「危機にある夫婦」という古典的な主題を24分で展開し、アイザック・ジュリアンの 《The Long Road to Mazatlà》(1999)は、ゲイの白人カウボーイの彷徨を通じて、西部(の映画的表象)におけるセクシュアリティのコードを再検討する20分のトリ プルスクリーン作品だ。しかし、ここにはスクリーンを複数にすれば何か新しい試みをしていることになるという思い込みがないだろうか? かつて五〇年代に シネマスコープが出現したとき、横に広がったスクリーンを活用しえた監督とそうでない監督がいたように、重要なのは、自堕落に表象空間を拡張することでは なく、みずからの選択によって拡張した表象空間をいかに活用するかである。その点で、特にアハティラの作品は、マルチスクリーンの空間的造形に対する緊張 感を欠いていると言わざるを得ない。
他方、映画的時間の解体・拡張の試みとしては、インタラクティヴ性を用いたノン・リニアーなナラティヴが挙げられる。しかし、クリストファー・ヘイルズの 《One-person Touchscreen Cinema Showing 14 Interactive Movies》(2002)のように、画面内のトリガーに触れることで断片的なサブプロットが展開するような典型的なインタラクティヴ・シネマは、今やむ しろ少数派に属する。リュック・クルシェーヌの 《The Visitor: Living by Numbers》(2001)では、上から吊された半円状のパノラマスクリーンに観客が頭を突っ込み、1から12までの番号を声に出して言うことで、サウ ンドエフェクトによって夢幻的に脚色された大垣の田園風景を分岐しながら進んだり、マルチメディア工房の中で鍋を囲む一群と接触したりできる。トニ・ドーヴの 《Sally or the Bubble Burst》(2002)では、より高度な音声認識システムによって、大恐慌時代の踊り子サリーと会話を交わしたり、ハミングによって彼女を踊らせたりす ることが可能になっている。しかし、これらの作品はいかにインターフェースの面で興味深いとしても、観客はあらかじめプログラム化された可能性の中を動き 回ることしかできない。インタラクティヴ性がそれ自体で従来の作品概念を拡張すると信じられていた時代はとうに過ぎ去っている。必要なのは、技術によって 可能になるガジェットを楽天的に弄ぶことではなく、インタラクティヴ性のコンセプトそのものをより高次の概念に組み替えることではないか?
展示形態の拡張
一つのありうる答えとして、インタラクティヴ性の概念を軸に、それを拡張された展示空間に結びつける試みがある。ジャン=ミシェル・ブリュイエールの 《SI POTERIS NARRARE, LICET》(2002)では、高さ9メートルの巨大なドームの内壁全体がスクリーンになっていて、観客は中央に設置された操作棒によって、映像が現れる 範囲を上下左右に連続的に移動させることができる(範囲選択に応じて、音響効果も連続的に変化する)。水浴中のディアーヌを見てしまったために鹿に変えら れて猟犬に食い殺されるアクタイオーンの悲劇に想を得たこの作品は、インタラクティヴ・アートにかつての映画館で実践されていたような集団的な視聴形態を 接ぎ木して、ある種のスペクタクル性を再導入する試みと言える。
他方、モーリス・ベナユーンの 《So. So. So. (Somebody, Somewhere, Sometime)》(2002)では、観客は特殊な双眼鏡を用いてヴァーチュアル空間(パリの異なる場所での静止した朝の風景)を三六〇度見渡したり、 ズームして細部を確認したり、別の映像に飛んだりする。これだけなら単純なインタラクティヴ映像に過ぎないが、各々の観客の視線が辿った箇所が壁のスク リーンにパリンプセストよろしく蓄積されていくのが興味深い。さらに、インターネットを介した観客の視線も、この「集合的網膜記憶」に蓄積されては消えて ゆく。観客による一種の共同作業を実現する試みであるこの作品は、時間的・空間的な遅延を孕んだ新種の共同視聴環境の設計に成功している。
データベース映画
従来のインタラクティヴ性が提供する選択肢の数を極限まで増加させると、必然的にデータベースの概念に行き着く。この方向性のマニフェスト的な作品は、レフ・マノヴィッチの 《Soft Cinema》(2002)である。これは、ベルリンや東京であらかじめ撮影された膨大なヴィデオ・クリップ(データベース)を、映像の内容(場所、人物 の存在など)や形式的な属性(コントラスト、カラー、カメラの動き)をパラメータとするアルゴリズムに従って、スクリーン内の複数のウィンドウに、半自動 的に展開するソフトウェアである。膨大なデータベースによって、無数のナラティヴを生成することが可能になっている。率直に言って、内容的には見るべきも のがないとはいえ、インターフェースとしては興味深い試みと言えるだろう。藤幡正樹の《Field-Work@Alsace》(2002) では、アルザス地方の人間と風景を収集した相当量の立体映像がGPSデータを元にした線状の立体地図上に数珠繋ぎになっていて、観客は円盤を操作すること でヴィデオ・クリップ群を自在に行き来できる。ここではインタラクティヴ性が一種のデータベースへのアクセス手段として用いられている。
この傾向は、南カリフォルニア大のラビリンス・プロジェクトが主導する三作品に最も模範的に現れている。歴史家ノーマン・M・クラインと の共同で作られた《Bleeding Through: Layers of Los Angeles, 1920-1986》(2002)は、映画内世界で最も多くの殺人が犯されたというLAのある地区をめぐって、殺人を隠しているモリーという人物の物語を 軸に、その地区の映画的表象と実像をめぐるドキュメンタリー的データを集積したDVD−ROMである。他方、かつて栄華を極めたハリウッドのアンバサ ダー・ホテルを舞台にしたパット・オニールの映画に基づくDVD−ROM《The Decay of Fiction: Encounters with a Film by Pat OユNeill》(2002)では、ユーザーは打ち捨てられたホテルをさまよい、客室や廊下に堆積した記憶の残骸を追体験できる。最も大がかりなのは、ペーテル・フォルガーチの 一九九七年の映画を大幅に拡張したインスタレーション《The Danube Exodus: the Rippling Currents of the River》(2002)である。ナチスによる迫害を逃れてパレスチナへ向かう東欧ユダヤ人、ソ連に再併合されたベッサラビアから逃れるドイツ人農夫た ち、そして両者が交錯するドナウ川を航行し、彼らを撮影した船長、それら三つの物語が別々のデータベース的ナラティヴを構成し、壮大な星座を形作ってい る。こうしたデータベース映画は、ニュー・メディアを用いて映画を拡張する最も興味深い試みの一つであると言える。
なお、ここでは紹介しきれなかったが、展覧会には従来型のインスタレーションも多く展示されていた。なかでも、ゾーイ・ベロフ、ジム・キャンベル、カスパー・シュトラケなどは、映画というメディアのアルケオロジーを様々な仕方で試みていて興味深かった。なお、以上で紹介した作品のいくつかは、ICCに巡回する同名の展覧会にて鑑賞の機会が得られるはずである。
