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GODARD


世界ゴダール会議「フォー・エヴァー・ゴダール」に参加して

堀 潤之

 二〇〇一年六月二十一日から二十四日までの四日間にわたって、ロンドンのテート・モダンで、映像作家ジャン=リュック・ゴダールをめぐる大規模な 国際会議「フォー・エヴァー・ゴダール」が開催された。 私はこのところゴダールのヴィデオ大作『映画史』における歴史の表象に関心を抱いており、全十六セッションからなるこの会議にも「歴史」のセッションの 司会として参加した。

 各セッションは基本的に、ゴダールの短篇の上映に始まり、二人の発表者がそれぞれ三十分程度の原稿を読み上げ(数人のパネラーがディスカッションする場 合もある)、続いて発表者と司会が聴衆を交えて数十分の質疑応答をする、という段取りだ。十六のセッションはそれぞれ「ミュージアム」、「古い場所」、 「記憶」(一日目)、「質問」、「ゴダール」、「思考」、「引用」、「構成」(二日目)、「神聖」、「音楽」、「形象」、「叙情」、「メディア」(三日 目)、「歴史」、「〔セルジュ・〕ダネー」、「変化」(四日目)と題されている。八〇年代に「ソニマージュ」、「政治」、「セクシュアリティ」、「テレ ビ」、「ヴィデオ」など幾つかの求心的なテーマが存在していたのに比べると、主に九〇年代の作品(とりわけ『映画史』)を取り上げた今回の会議では、ゴ ダール作品へのアプローチの多様性が特徴的である。それはゴダールの単純には読み解き難い豊かな作品群を様々な側面から解明するという意味では歓迎すべき ことであるが、逆に、それらの作品群を貫く批評的なダイナミズムを忘却してしまいかねないという点で、英米仏のアカデミズムによるゴダールの再領土化の危 惧をも感じさせるものだった。

 とはいえ、今回の会議はアカデミックな催しとしては、一九九八年にスリジー・ラ・サルで開催された会議「ゴダールと芸術家の仕事(メチエ)」(その議事 録は、最近ようやく、Gilles Delavaud, Jean-Pierre Esquenazi, Marie-Françoise Grange(dir), Godard et le métier d'artiste, L'Harmattan, 2001として出版された)よりも大規模な、きわめて充実したものだった。イギリスの気鋭の研究者である三人の主催者−−マイケル・テンプル、ジェイム ズ・ウィリアムズ、マイケル・ウィット−−は、昨年、ゴダールの八五年以降の作品についての十一本の論文を集めた『映画だけが』を上梓したばかりである (Michael Temple, James Williams(eds), The Cinema Alone: Essays on the Work of Jean-Luc Godard 1985-2000, Amsterdam University Press, 2000. なお、彼らの別の論文は四方田犬彦・堀潤之編著による『映画史』論集(産業図書、近刊)に収録予定である)(1)。 同時期にNFTでゴダールの全作品上映が行なわれていた折でもあり、 また、滅多に見ることのできない短篇の上映を含んでいたこともあってか、二百名の聴衆を収容できる会場のスター・オーディトリアムは、ほぼ満員の盛況だった。

 上映作品の中では、まず、ゴダールとミエヴィルがニューヨーク近代美術館の委嘱で二〇〇〇年に作成したヴィデオ作品『古い場所』を見られたのが収穫だっ た。MOMAの委嘱であるにも関わらずまるでMOMAが出てこない、いかにもゴダール的なこの作品は、基本的には『映画史』終章のスタイルを引き継いで、 映画・絵画・写真・文学・哲学などの引用(映像の引用は『映画史』と重複するものが多い)に、ボルタンスキーやユーゴの戦争写真などについての考察が加え られ、「伝説としての美術/現実としての映画」、「時間の外」、「永遠の終焉」などの印象的な文字タイトルが重なって展開していく。ゴダール/ミエヴィル による挑発的な美術史の見直しと言えるだろう。

 もう一つ印象的だった上映作品は、会議にも参加した画家ジェラール・フロマンジェが一九六八年六月にゴダールの協力を得て作った『赤』で、三色旗の赤が 他の二色をゆっくりと覆い尽くしていく三分ほどの小品である。「構成」のセッションがゴダールと絵画の関係に割かれていて、フロマンジェがそこで語った六 八年のゴダールの肖像は、全般的にアカデミックなこの会議において、実にヴィヴィッドなものだった。

 「歴史」のセッションでは、まずストックホルム大学のトロンド・ルンデモ(来春から日本の大学で映画を講じる予定だという(2)) が「インデックスと削除、ゴダールの歴史へのアプローチ」で、ゴダールが『映画史』で様々な素材をモンタージュするやり方を、複数の検索基準を用いたアー カイヴの操作と捉えた上で、『映画史』の要諦と彼がみなす記憶と忘却を配分するテクニックを、4A「宇宙のコントロール」でのヒッチコック論(物語は忘却 されるが、小道具の形態は目に焼きつけられる)や、4B「徴は至る所に」でのシャルル・ペギーの『クリオ』の引用(「想起することを望むものは忘却に身を 委ねなければならない」)などに読み込む発表を行なった。別のセッションでベルリン自由大学のクリスタ・ブリュムリンガーが、ゴダール作品に頻出する 「行進・行列(défilé)」の形象を、映像そのものが「次々と通り過ぎること(défilement)」に引き付けて考察していたが、彼らのように具体的な歴史的事象に一切触 れずに映像や音の連接だけを問題にする発表と対照的だったのは、ケンブリッジ大学に学ぶリビー・サクストンによるゴダールとランズマンの対比である。『映 画史』における映画の「(ホロコーストを撮れなかったという)原罪とその贖罪」という物語へのホロコーストの回収を批判し、『ショアー』で散髪を再現する アブラハム・ボンバが息を詰まらせて証言できなくなるシーンこそ真実を伝えるとする解釈は妥当ではあるが、ではゴダールの倫理性とは何かという問題設定に はもっと答えてほしかった。

 「歴史」のセッションでは次に、カリフォルニア大学バークレー校に学ぶドミエッタ・トルラスコは「『映画史』と世界の記憶としての歴史」で、ベンヤミン の歴史の概念(実際にあった通りの過去ではなく、危機の瞬間に歴史的主体に思いがけず立ち現れてくる過去のイメージ)やアウラの概念(三つの定義のうち、 特にまなざしを送り返す能力)、およびメルロ=ポンティの知覚の理論(見るものと見られるものの可逆性)を主な参照項として、『映画史』を哲学的に読み解 いた。他のセッションでも、ボローニャ大学のモニカ・ダッラスタがベンヤミンを通じてゴダールを読解していた。私としても、「ありえたかもしれない」条件 法の歴史を追求するゴダールのアプローチは、確かにベンヤミン的な側面を持っていると思う。また、ゴダール作品の時制をめぐっては、チューリヒ大学のヴィ ンツェンツ・ヘディガーが、「予告編としてのゴダール作品」という発想から出発して、それをドイツ・ロマン派的な「永遠の始まりへの嗜好」と結び付け、 「未来形の記憶の映画」を提唱する優れた発表を行なっていた。

 以上が今回の会議のほんの一部の紹介である。最後に、やはり気になったのは、これだけ多くの参加者がいながら、非欧米からの参加者が私一人、聴衆を含め ても数人だったことである。ヨーロッパ中心主義的なゴダールをアジアのほとんどが無視しているなか、依然としてゴダールに興味を覚える日本人の私は、一 体、どういう立場なのだろうか、と自問せざるを得ない四日間でもあった。


(1)この論集は、2001年末に『ゴダール・映像・歴史』として出版された。 BACK

(2)トゥロン・ルンデモ氏は、2002年夏学期に成城大学文芸学部客員教授として日本に滞在した。 BACK


【付記】
 このコンフェランスについては、オンライン・ジャーナルSenses of Cinema に掲載されたヒラリー・ラドナーによるレビュー も参照されたい。このコンフェランスでの発表をベースに、2004年には、For Ever Godardという書物も公刊された(私も一章を書き下ろして寄稿している)。
 また、この記事は加筆されて四方田犬彦・堀潤之編著『ゴダール・映像・歴史』の「解題」に組み込まれていることを付記しておく。 最後に、コンフェランスへの参加にあたって、東京大学大学院総合文化研究科・教養学部ドイツ・ヨーロッパ研究室(DESK)の助成を受けたことを記して感謝する。

(『ユリイカ』、2001年9月号)

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