九〇年代ゴダールをめぐる三つの注記
堀 潤之
九〇年代ゴダールのフィルモグラフィは、彼が一九八八年から足かけ十年にわたって完成させた全八章、上映時間にして四時間半に及ぶヴィデオ大作『映画 史』の進行過程と不即不離の関係にある。もちろん、『映画史』は彼の批評家時代からの四十年以上にわたる探究と、幼年期以来の個人的・集合的記憶の集大成 であるとはいえ、それが着想されたのは彼が七八年にモントリオールで映画史をめぐる連続講義をした頃であり、またそれが現在の形をとるには、八〇年代を通 じたヴィデオ・テクノロジーへの習熟——とりわけ『全員が練り歩いた』(88)や『言葉の力』(88)における——が不可欠だった。さらに、『映画史』で 十全に展開されるゴダール流の「モンタージュ」、「イマージュ」、「投影=映写【プロジェクション】」の概念が出そろうには『リア王』(87)を待たねば ならなかったし(1)、『映画史』を音響面で特徴づけるECM音源が用いられるのは『ヌーヴェルヴァーグ』(90)からである。
したがって、『映画史』とあらゆる側面において潜在的なモンタージュを形成しているのは、とりわけ『リア王』以降の作品群である。実際、『映画史』には 八七年以降の諸作品の多くが引用されている。映画製作をテーマとする『右側に気をつけろ』(87)は、「映画とは何か?」を執拗に問う『映画史』1Bに多 く引用され、『新ドイツ零年』(91)、『ゴダールの決別』(93)、『JLG/自画像』(94)、『フォーエヴァー・モーツァルト』(96)の映像やそ こで引かれる文学作品の断片は、『映画史』3B以降に反復的に登場する。また、『子供たちはロシアで遊ぶ』(93)、『フランス映画の2×50年』 (95)は、ゴダール自身が『映画史』の補遺と呼ぶ作品であり、『プリュ・オー!』(96)、『二十一世紀の起源』(00)、『時代の闇の中で』(01) は、『映画史』とほぼ同様の素材と技法で作られたヴィデオ小品である。これらの作品と『映画史』の相互浸透を通じて、九〇年代ゴダールに通底するいくつか の軸が明らかになってくる。
第一の軸は、ゴダールにとって映画をほかの芸術から根本的に隔てる要素としての「モンタージュ」である。この語は、ショットとショットをつなぐ「編集」 を意味するのではなく、たとえばエイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』における立ち上がって咆吼するライオン像のモンタージュは、ゴダールに言わせれ ば、単に別の角度から撮った映像を連鎖させているに過ぎない。むしろ、ゴダールにおける「モンタージュ」の賭け金は、通常の言説では決して並置され得ない 異質な要素を掛け合わせてその間の「距離」を思考させることにある。たとえば、ゴダールは『映画史』では収容所とポルノグラフィー、ニュース映画と同時代 の劇映画を並置し、『JLG/自画像』ではダビデの星をノートに書きつけながらドイツ・イスラエル・パレスチナの投射/反射の関係を考察し、『フォーエ ヴァー・モーツァルト』ではサラエヴォの惨禍にスペイン戦争の記憶を重ねている。かつて『ベトナムから遠く離れて』(67)のゴダール篇『カメラ・アイ』 や『ワン・プラス・ワン』(68)で、フランスとヴェトナム、ローリング・ストーンズとブラック・パンサーといった共約不可能な要素を衝突させて「政治映 画」の解体と再構築を図っていたゴダールは、九〇年代にその方法論を歴史の分野にまで応用していると言える。
第二の軸は、『パッション』(81)から『リア王』を経て『JLG/自画像』と『映画史』4Bまで何度となく引かれるピエール・ルヴェルディのイマー ジュ論にある。「イマージュは精神の純粋な創造である。それは一つの比較からではなく、多かれ少なかれ懸け離れた二つの現実の関連づけから生まれる。 (…)あるイマージュが強烈であるのは、それが粗野だったり幻想的だったりするからではなく、諸観念の連合が懸け離れていて、しかも正確だからだ」。七〇 年代以降、TVによる映画的イマージュの危機という文脈で、ヴィデオによる実験を通じて真の「イマージュ」とは何かを追究していたゴダールは、とりわけ九 〇年代になって、複数の異質な項の裂け目に生起する強度を孕んだ出来事を「イマージュ」と呼ぶようになる。『映画史』がそのような「イマージュ」で充たさ れていることは言うまでもないとして、『新ドイツ零年』や『JLG/自画像』における一見シンプルで美しい映像も、多くの場合、その他の映像やナレーショ ンとの間に潜在的な関連づけを孕んでいる。
第三の軸は、映画作品の創造の困難をめぐるテーマである。「映画とは何か?」を美学的・経済的な側面から思考し続けてきたゴダールにとって、『軽蔑』 (63)以来、映画製作の状況はその問題を追究するための特権的なトポスだった。このテーマは八〇年代半ば以降、いっそう全面的かつ本質的な展開を見せ る。『映画というささやかな商売の栄華と衰退』(86)では陰鬱な映画製作業界が描写され、『リア王』では映像の魔術的探究に没頭するプラギー教授をゴ ダール自身が演じる。ゴダールが「白痴」と呼ばれる映画監督に扮したハイテンションな『右側に気をつけろ』を経て、『フォーエヴァー・モーツァルト』では 苦痛にみちた浜辺でのリハーサルや商業主義に翻弄される老映画監督の姿が描かれ、『愛の世紀』では老夫婦がハリウッドにレジスタンスの物語を売る。こうし た例をさらに続けることもできるが、より本質的なのは、こうしたテーマを題材として扱うゴダール自身にとって、もはや映画作品の「創造」が、困難であるど ころか問題ですらなくなったようにみえることだ。九〇年代のゴダールは六〇年代以来の引用癖を極限にまで推し進め、もはや批評的身振りとしての引用とは関 係がないような仕方で、もっぱら他人の作品からの引用=横領をみずからの作品の中枢に据えている。『JLG/自画像』や『映画史』のゴダール自身の身体 は、断片的な引用群を統括する創造の主体であるというよりは、それらと混淆し、過去の亡霊たちたる諸断片が召還される場として機能しているに過ぎない。
以上の三つの軸は、いずれもすでに六〇年代から芽生えていたものだ。とはいえ、それらの九〇年代における変奏を前にすると、同じ問題系に対するゴダールのアプローチの執拗さと深化に驚きを禁じ得ないのである。
(1)この点に関してより詳しくは、拙論「映画・歴史・記憶——九〇年代ゴダールをめぐって」、『ユリイカ』二〇〇二年五月号所収を参照してほしい。
