映画的イマージュと世紀の痕跡─『映画史』の歴史叙述をめぐって(要旨)
堀 潤之
本論文は、ジャン=リュック・ゴダールが映画作品のみならず、文学、絵画、写真、音楽からの無数の引用で作り上げた四時間半に及ぶヴィデオ大作『映画 史』全四章(各章がAとBに分かれている)の詳細な分析を通じて、・ゴダールが「モンタージュ」の概念を二十世紀の歴史に適用するやり方を分析し、・映像 によるホロコーストの表象をめぐる彼の発想を明確にした上で、・その際に彼が立脚している二つの映像観を二十世紀の映像論および思想史の系譜に位置づけた ものである。
ゴダールの40年以上に及ぶキャリアは、「政治」から「歴史」への関心の移行として特徴づけられる。つまり、60年代にアルジェリア独立戦争やヴェトナ ム戦争といった同時代的な出来事にもっぱら関心を寄せていたゴダールは、80年代以降、自分の子供時代の記憶とないまぜになった第二次世界大戦の歴史、と りわけホロコーストの歴史とその表象にこだわるようになる。したがって、まさにその80年代を通じて準備された『映画史』の理解のためには、歴史叙述をめ ぐる諸問題の考察を避けて通ることはできない。
・第一節「歴史とモンタージュ」では、ゴダールの「歴史叙述」の真骨頂が、広義の「モンタージュ」によって、懸け離れた複数のナラティヴの断片を掛けあ わせるところにあることを明らかにした。ゴダールはたとえば、強制収容所のニュース映画とポルノグラフィーからの引用を並置し(4A)、強制収容所を扱っ たアンジェイ・ムンクの劇映画『パサジェルカ』(1963)を、ホロコーストを傍観したポーランド人の贖罪の映画で・ると自ら解釈する箇所で、収容所を舞 台にした後年のアングラ的なポルノ映画のワンシーンを引用し(3A)、抵抗詩人ルイ・アラゴンの詩集『断腸』の一節が画面に展開されるところで対独協力作 家ロベール・ブラジアックの遺作「ある受刑者の遺言」の朗読を引用する(1A)。以上のような試みを通じてゴダールが目指しているのは、死と官能性、ホロ コーストの贖罪と忘却、アラゴンとブラジアックといった対極的な諸要素を「モンタージュ」によって関連づけ、それらの間隙にある種の真理を読み取らせるこ とである。歴史的な出来事に正面から取り組むことをあえて回避するこの方法論は、通常の歴史叙述が決して連関を見ないような出来事同士の間にあり得たかも しれない、歴史の不可視の位相を垣間見せることを可能にしている。ところで、ゴダールは60年代から、単に狭義の「編集」に留まらないような、異質な要素 の並置という「モンタージュ」の概念を練り上げ、『ヒア&ゼア・こことよそ』(1974)では政治的状況をめぐる考察にその概念を応用していた。『映画 史』における「モンタージュ」による歴史叙述は、そうしたゴダールの探究の延長線上にあり、ドゥルーズがかつてゴダールのテレビ作品『6×2』 (1976)に読み取った「間の方法」を、二十世紀の歴史というコーパスに対して適用したものと言える。
・第二節「イマージュによる救済」では、ホロコーストをフィルムに収めることができなかったことを映画史の痛点とみなすゴダールの考えが、どのような発 想に基づいているのかを論じた。『映画史』は、「映画とは何か」という根本的な問いかけに対するゴダールの二つの回答がせめぎあう場として読解できる。一 つ目の回答は、ゴダールが60年代から抱いていた、映画を物事の正確な観察を可能にする科学的な装置とみなす考えである。彼によれば、厳密な記録装置とし ての映画は、社会的・政治的な微細な変動を鋭敏に捉えることができる。記録映像のみならず、劇映画でさえ、それが撮られた時代や場所のドキュメントとし て、現実の痕跡を隠喩的に保存している。したがって、ゴダールにとって映画装置の根本的な力とは、そのドキュメンタリー的な力、歴史的な出来事に対する証 言の力である。しかし、科学的な記録装置としての映画の地位は、第二次世界大戦において映画がホロコーストを撮れなかったことで、決定的に失墜する。二つ 目の回答は、宗教的な救済の場として機能する映画、とりわけキリスト教としての映画という考えである。彼は近年、スクリーンを宗教的な友愛のトポスに譬 え、映画の基本要素の一つである投影=映写のほとんど呪術的な力や、映像による現実の悲劇の贖罪の力を強調している。この両者が交叉する地点に登場するの が、ホロコーストの悲劇を映画的イマージュによって救済するというモチーフである。映画が撮り逃したホロコーストという過去を、映画的イマージュによって 再構成することで、救済しようとする視点は、アウシュヴィッツ収容所の正門のカラー映像とブレッソンの『罪の天使たち』(1943)の跪く尼僧の合成 ショット(1A)、『パサジェルカ』を贖罪の映画とみなす解釈(3A)などによって明瞭に示されている。ホロコーストの映像による表象に対するこのような ゴダールの考え方は、クロード・ランズマンの『ショアー』(1985)に顕著なホロコーストの「表象不可能性」の議論とは対極に位置づけられるものであ る。
・第三節「無媒介的な刻印と弁証法的イメージ」では、以上のような歴史へのアプローチの背後に存在するゴダールの二つの対立する映像観が明らかにされ、 それぞれが二十世紀の映像論・思想史の文脈に位置づけられる。第一に、ホロコーストの悲劇をイマージュによって贖うというゴダールの発想の背後には、現実 が非中枢的なイマージュに媒介ぬきでそのまま写し取られるという40年代の映画批評家アンドレ・バザンの認識、さらに、現実の凝固した断片を組み合わせる ことで歴史を再構成できると考える歴史家の態度を批判し、歴史的出来事を無媒介的に経験した証人を重視したベル・エポック期の詩人シャルル・ペギーによる 歴史と記憶をめぐる書物『クリオ』がある。現実の持続を無媒介的に保存する映画的イマージュこそ、歴史の特権的な証人であるとするゴダールの考えは、この 二人の知的系譜に位置づけられる。しかし、このような神秘を宿した多幸症的なイマージュとは別に、ゴダールにはもう一つの映像観、「モンタージュ」による 衝突が瞬間的に煌めかせるほとんど不可視のイマージュがある。これはゴダール自身がしばしば引用するピエール・ルヴェルディの、イマージュは懸け離れた二 つの現実の関連づけから生まれるとする考えを受け継ぐものであると同時に、歴史叙述の観点からは、ヴァルター・ベンヤミンの言う「弁証法的イメージ」、つ まりあり得たかもしれない過去の契機との一瞬のアウラ的遭遇によって立ち現れる独自の緊張を孕んだイメージに接近している。この二つの対立する映像観の緊 張関係、すなわち映像への限りない信頼に貫かれた幸福なイマージュと、「見る」という体験の極限に観客を否応なしに直面させるような強度に充ちた無のイ マージュの間の絶え間ない往復運動こそ、『映画史』における歴史へのまなざしを、単なるアイロニーとも無批判な映像賛美とも一線を画すような、複雑かつ豊 かなものにしている。
