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『キシュ島の物語』:イラン映画の水準の高さが結晶したオムニバス競作

堀 潤之

 八十年代が中国語圏の映画の黄金時代だったとするなら、九十年代はまず間違いなくイラン映画の黄金時代として世界映画史に刻み込まれるだろう。昨年、百 周年を迎えたイラン映画は、六十年代後半から七十年代前半にかけて安定した製作本数を誇り、ダリューシュ・メヘルジュイー(『牛』)やソフラブ・シャヒ ド・サレス(『単純な出来事』)ら、国際的に注目を集める監督も登場する(注)。ところが、七九年にイラン革命が起こると、映画には厳しい検閲が課せられ るようになり、外国映画の輸入も制限される。しかし、それは絶対的に悪い面ばかりだったわけでもない。世界映画史は、圧制的な軍事政権下において、それを 逆手にとった強靱な映像表現(間接的・暗示的表現の発達など)が生まれるケースをしばしば目撃してきた。イランの場合もそれに似て、閉鎖的な環境が八十年 代後半からのモフセン・マフマルバフ(『サイクリスト』)やアボルファズル・ジャリリ(『かさぶた』)らの独自の世界を生み出す一つの契機になったのであ る。

 『キシュ島の物語』は、ペルシャ湾に浮かぶ観光地キシュ島を舞台にした、マフマルバフら三人の監督によるオムニバス映画である。短篇であるだけに、各人 の資質と力量の最良の部分が浮き彫りになっていて、三者三様の感性と想像力を存分に味わえる。元はと言えば島の観光局が製作を依頼した「観光映画」であ り、目も眩まんばかりの青空、紺碧の海、輝く白砂の美しさは確かに目を見張る。だが、この作品は、映像の美しさを誇るだけにとどまらず、近年のイラン映画 の水準の高さが見事に結晶された傑作である。

 第一話「ギリシャ船」の監督はナセール・タグヴァイ。四一年生まれで革命前の世代に属するタグヴァイは、メヘルジュイーやアッバス・キアロスタミ(『桜 桃の味』)とほぼ同世代であり、五七年生まれのマフマルバフが「今のイラン映画の基礎を築いた」として尊敬する監督だ。革命後あまり映画製作の機会に恵ま れなかった彼が約十年ぶりに撮った「ギリシャ船」では、島に漂着するソニーやらコダックやらの色鮮やかな段ボールに恐れをなして魂を奪われた妻を、伝統的 な儀式によって治癒するさまがおおらかなタッチで描かれる。とはいえ、進歩と伝統の対比がいかにも図式的だし、ラストの皮肉な視線も平凡で、ほかの挿話に やや出来が劣ることは否めない。

 第二話「指輪」の監督は、マフマルバフと同じく五七年生まれで、製作後六年間も当局によってお蔵入りにされていた『ダンス・オブ・ダスト』が近頃、日本 でも公開されたジャリリである。海辺の小屋で給水所の管理をしながら一人で暮らす青年が、様々な工夫をこらしてお金を稼ぐさまが、ほとんど台詞を伴わず に、ネオレアリスモタッチで繊細に描かれる。すぐれた映画作家は天候に過敏なほどの注意を払うものだが(その代表が晴天の多いギリシャで曇天ばかりを撮る アンゲロプロスである)、ジャリリもその例にもれず、『ダンス・オブ・ダスト』では雨の降り出す瞬間が美しかったし、「指輪」でもくすんだ曇り空がたまら なく魅力的だ。

 第三話「ドア」は、マフマルバフによるカフカばりの寓意譚であり、掛け値なしの傑作である。太陽がじりじり照りつける砂漠を、一人の老人がいかにも重そ うな木製のドアを担いでひたすら歩いていく。そのイメージを軸に、自転車に乗った郵便配達人や、嫌がる黒ヤギを引きずって歩く老人の娘、謎の楽士の集団な ど、寓意がありそうでなさそうな、しかし一度見たら忘れがたい強烈な登場人物たちが、ほとんど音楽的に配置される。少年時代に反王政の活動家だった彼の初 期作品には、日常をグロテスク化して、寓話によって社会批判をする側面があった。今でも、「ドア」の後にテヘランに向かい、昨年の総選挙を題材に『民主主 義を試す』をヴィデオで撮るなど、社会への関心は健在だ。しかし、「ドア」では寓意は影を潜め、不条理な映像の連鎖が詩的に純化されている。そのことがこ の作品の芸術的価値を高めている。

●『キシュ島の物語』は東京・渋谷「シネ・アミューズ」にてロードショー上映中。
(注) ソフラブ・シャヒド・サレス監督のイラン時代の代表二作品『単純な出来事』(72)と『静かな生活』(75)は、2001年12月の東京フィルメックス映画祭で特集上映された。

『週刊金曜日』、375号、2001年8月10日)

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