眞鍋理一郎(まなべ・りいちろう)



1924年11月9日生まれ。
1948年に東京工業大学応用物理学科卒業
卒論主題は「江戸大火における火線について」。

その後、東京藝術大学声楽科へ入学し後に転科。作曲科及び同研究科卒。
作曲を池内友次郎、伊福部昭、仁木多喜雄、Francesco Angelo Lavagnino、
指揮を渡邊暁雄、斉藤秀雄に師事。

東京藝術大学作曲科卒業作品は
《詩編 第137「我ら、ワビロンの河辺に座し、シオンを思いて泣けり」》
山本直純の指揮、パイプオルガンを島田麗子、合唱は東京藝大同級生にて演奏された。

映画音楽の世界へは
吉澤博の紹介により1956年、日活作品「愛情」(堀池清監督)の音楽を作曲したことから始まる。
担当したコンビを組んだ監督は、川島雄三、中平康、石井輝男、佐伯幸三、蔵原惟繕、舛田利雄、
大島渚、瀬川昌治、増村保造、西村昭五郎、神代辰巳、須川栄三、堀川弘通、出目昌伸、
小川紳介、土本典昭、浦山桐郎など錚々たる顔ぶれ。

2001年には川崎市民ミュージアムで、一ヶ月に及ぶ特集上映「眞鍋理一郎の映画音楽」が開催された。

現在は、吹奏楽作品、ヴァイオリン無伴奏曲、三味線曲などを作曲中。

職歴
「子供のための音楽教室」3年間勤務
1970年代から10数年、ロシア・モスクワ正教会ポドゥヴォーリエ教会聖歌隊の指揮者(レーゲント)を勤める。
お茶の水女子大、同朋学園大学、日本大学の非常勤講師などを歴任。

賞歴
1953年 日本音楽コンクール作曲部門に入賞
1961年 ブルーリボン映画音楽賞 大島渚作品「太陽の墓場」の音楽に対して
1983年 世界仏教音楽コンクールに第二位入賞 1986年にも第二回の同コンクール入選

作品・演奏などの近況
2004年2月 Omaggio al Maestro IFUKUBE(オーケストラ)が
     オーケストラ・ニッポニカにより演奏される。
2004年5月 地球はわるいところじゃない(作詞:谷川俊太郎)が演奏される
2004年7月 森鴎外の詩による扣鈕(箏、三絃、尺八)が演奏される
2004年8月 ヴァイオリンとピアノのためのTre Quadretti(三つの絵)を作曲完成
2004年、谷川俊太郎作詞による高崎商科大学附属高校の100周年記念校歌を完成。
2005年6月、三つの絵初演(中野恵)
7月、三つの絵のうち第三曲のピアノパートをギターに編曲した版初演
2005年8月 吹奏楽のための行進曲《X、Y、Z》完成
11月13日哘崎考宏ギターリサイタルにて《ファンタジア》(ギター版)が初演されました。

月刊『音楽の世界』(CMD:日本音楽舞踊会議)に
エッセイ「私の出会った音楽家たち」を2004年12月より2005年8月まで連載


眞鍋理一郎氏の経歴です。

1924年11月9日生まれ。

学歴
1937年 青山師範学校附属小学校卒業後、東京高等学校尋常科入学。
1940年、第3学年を落第。1942年尋常科修了。
同校においては小松平五郎、小松清、岸辺成雄の諸氏より音楽を学ぶ。
1937年より、1944年まで上田友亀、中島田鶴子、小野アンナの諸氏についてヴァイオリンを学ぶ。東京高等学校の先輩には、朝比奈隆、入野義朗がお り、直接・間接の影響を受けた。当時、ヴァイオリン、あるいはヴィオラ奏者として東京大学管弦楽団、青年交響楽団などに参加してオーケストラの経験を得 た。
1944年9月 東京高等学校理科甲類卒業
1948年3月 東京工業大学応用物理学科卒業
1955年3月 東京藝術大学音楽学部作曲科卒業
1956年3月 東京藝術大学音楽学部作曲研究科修了
作曲を池内友次郎に師事。
指揮法を渡邉暁雄に師事。
ファゴットを中田一次に師事。
1953年から1956年まで斎藤秀雄指揮教室にて指揮法を学ぶ。
1953年から1954年まで、柴田南雄、入野義朗の指導のもと、Rene Leibowitz/Schoenberg and his school(英語訳)の輪読、楽曲分析ゼミナールが行われ、伊藤隆太、高橋悠治、和田則彦、助川敏弥らと共に参加する。

1954年から1957年まで、ファゴットあるいはコントラファゴット奏者として、東京フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団、NHK交響楽団、近衛交 響楽団、藝大管弦楽団などの公演に参加する。当時来日したジャン・マルティノン、カラヤン、マンフレット・グルリット、近衛秀麿などの音楽に接する。特に 記憶に残るのはマルティノン指揮のストラヴィンスキー三部作、カラヤンによるベートーヴェン第九交響曲、渡邉暁雄によるラヴェル「子供と呪文」、ベルク 「ヴォツェック組曲」などである。またグルリットによるオペラ公演ムソルグスキー「ボリス・ゴドノフ」ビゼー「カルメン」などでオペラにおけるオーケスト ラのありかたを経験した。

1964年7月より9月 イタリア、トスカーナ県シエナ、キジアーナ音楽院において、奨学金を受け、映画音楽の講座を受講。F.ラヴァニーノに師事。

職歴
1952年4月から1954年3月 東京都立化学工業高校定時制に勤務(英語、数学を担当)
1954年9月から1959年3月 桐朋学園「子どもの為の音楽教室」及び音楽科(高校)及び短期大学で講師として勤務(聴音、ソルフェージ、楽典担当)
1956年4月から1959年3月 お茶の水女子大学教育学部と幼稚園保母養成課程(短大)に勤務(音楽通論、キーボード和声法を担当)。 
1959年頃より映画音楽、TV、ドラマ音楽などの作曲に従事する。
1970年から10数年、ロシア・モスクワ正教会ポドゥヴォーリエ教会聖歌隊の指揮者(レーゲント)を勤める。
1971年4月 日本大学芸術学部映画学科非常勤講師となる。後に音楽学科も兼任(講座名:映画音楽、作曲法、各2コマ)
1992年4月 早稲田塾 小論文・現代国語講師となる。

賞歴
1953年 第18回日本音楽コンクール作曲部門入賞
1961年 ブルーリボン映画音楽賞 大島渚作品「太陽の墓場」の音楽に対して
1983年 世界仏教音楽コンクールに第2位入賞 1986年にも第二回の同コンクール入選

訳書、著作、レコード

1967年 リコーダーとギターによる日本のメロディー 全音楽譜出版社
1974年 リコーダー合奏のためのホームコンソート 全音楽譜出版社
1976年 モスクワ版によるS.L.ヴァイスリュート曲集 全音楽譜出版社
1977年 ギター愛好者のための小楽典 現代ギター社
1978年 セゴビア自伝「わが青春の日々」(英語版よりの翻訳)全音楽譜出版社
1979年 映画音楽の実際(映画論講座第3巻)合同出版社
1988年 イタリアの旅 古い民謡と地方料理をたずねて 全音楽譜出版社

1979年 日本の映画音楽 眞鍋理一郎の世界 東宝レコード AX−8097