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 作曲家黛敏郎が1997年4月10日午前8時45分、肝不全のため急逝した。享年68歳であった。その死はあまりにも突然で、日本の音楽界への多大なる損失であったといえよう。黛の代名詞的テレビ番組「題名のない音楽会」は、テレビ東京で放送を開始してからテレビ朝日に放送局を移し、独自の観点からクラシック音楽普及につとめ、31年もの間続けらけられた。

 その作品には、日本音楽界が世界に誇るべき、『涅槃交響曲』、ビッグバンドジャズの熱狂的エネルギーをオーケストラで爆発させた『饗宴』、雅楽オーケストラによる音響エネルギーの探求『昭和天平楽』、黛の音楽による三島へのオマージュともいうべきオペラ『金閣寺』、晩年の創作の総決算であるオペラ『古事記』などがある。
 戦後すぐ留学したフランスから帰国して、日本で初めての電子音楽を作ったり、イタリア映画『天地創造』の音楽で話題をさらったこともある。安部公房の原作でミュージカルもやった。

 黛の活動はクラシック、ミュージカル、シャンソン、映画音楽・・・幅広いジャンルに渡って繰り広げられた。しかし、その全貌はいまだベールがかかっているように思える。これほどにも幅広く、歴史に残る業績をのこした作曲家について、その知り得る情報は少ない。
 それも日本が文学の世界において、夏目漱石、森鴎外、芥川龍之助、谷崎潤一郎、川端康成、・・・…世代を同じくすれば三島由紀夫や大江健三郎らの作家を生んだ如く、それと同じレベルまで認められるべき作曲家である。
 上記の文学者について言えば、その名前くらいは日本人なら誰でも知っているだろう。さらには、書店に行けば手軽にその作品を手に入れることが出来る。その研究本や付随する関係資料も手に入れようとすれば、さほど苦労は感じる事は無いだろう。
 
 けれども、我が国が世界に誇るべき作品を残した作曲家には聴く事の出来る作品や、それを論じた文章は数えるほどしかない。 これは黛敏郎だけでなく、日本の作曲家全体にもいえる問題でもある。このような状況はおかしいと考える人間はそれを少しでも改善したい。そう考えるのではないか?私はそう思いました。
 
 日本の作曲家に興味を持った方々が少しでも簡単に情報を集められるようになって欲しい。先達が命を書けて遺してきた仕事に報いるためにも、とりあえずではあるが、現時点で私が手に入れる事の出来た資料を使い、私なりに日本の作曲家(しばらくは黛敏郎を中心にと考えています)についていろいろとまとめていきたいです。

一言でいうと、みんなで日本の作曲家の音楽を楽しみましょうって事です。
よろしくお願いします。

2001/12/30
序破急

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