この手記は、私の知人、桜田薫氏が書かれたものです。氏の言によれば、

「一兵卒として戦場に在った時の細かい事実を書こうと思います。
 当時の世界情勢とか、日本の方針や立場とか、戦争目的といった大きな事柄はもちろん、その時戦場に在っての攻撃目標すらわかっていません。ただ自分一個の身の回りに起こった事だけを書くにすぎません。遭遇した事態に対する意味の把握も解釈も無いのです。」

 とのこと。実際、彼の目に映った事柄とそれに対して氏の感じたことだけが淡々と綴られており、そのリアリティーゆえに、却って読者に深い感銘を与える作品に仕上がっていると思います。氏の手記に感動し、また、この手記が非常に貴重な記録・資料でもあることから、より多くの方々にお読み頂きたく、氏にお願いして投稿させて頂いた次第です。
 なお、投稿に当たって校正を行いました。できる限り原文に忠実であるよう努めましたが、誤字・脱字の訂正、改行部位や表記の変更、等、若干の修正を加えさせて頂きました。これらは全て桜田氏の御了解を頂いた上で、私の責任において修正させて頂いたものであることをここに附記致します。


戦場と一兵士 −上海戦線−     桜田 薫 著(1995年)


【 招集から上海まで 】

 昭和十二年のことである。八月二十五日入隊と、突然の召集令状を受けた。
昨十一年一月北満州から帰還して除隊の際、上官から召集令状のことは聞かされていたので、あまり驚きはしなかったが、不安はどうしようもなかった。

 八月二十五日午前九時、家人に送られて麻布三聯隊に入隊。今回の招喚は、第百一師団の編成のためと知る。我々招集者は師団通信隊要員で、隊長坂本少佐以下、将校四、准尉二、下士官十六、兵四である。一般兵は一週後入隊する予定と聞く。
 翌二十六日、千葉の習志野兵舎における演習のため出発、そこで各人の適性調査が行われ、それぞれの持ち場が決まった。自分は有線第三小隊第三分隊長になった。第三小隊長は水島勇次少尉である。年齢三十二歳、自分は二十五歳である。
 二十八日、麻布に帰り、直ぐ一泊外泊の許可が出る。家人には、師団通信隊なので死ぬことはなかろうと言って安心させておく。
「九月一日、一般兵入隊、同十五日、編成完了。十六日午後十時出発、十七日午前四時、品川駅集合、五時三十分の列車で神戸に向かう。」
 ここまで我々幹部要員には知らされていた。

 九月一日、一般兵が招集で入隊してからは、多忙な編成作業が続く。通信隊の編成作業にあたり、兵営内が手狭なので、青山の民家に宿泊し、近くの精神病院の空き地を借りて兵器資材の点検等を行う。十五日朝、各小隊別分隊ごとに整列して隊長の検閲を受ける。その日のうちに準備の総てが完了、出発を待つばかりになった。十六日は、各自、身の回りの整理、家族への連絡、仮泊宅への挨拶など、死への訣別とまではゆかないが、チョッピリ悲壮感みたいなものに浸っていた。

 青山の根岸様には仮泊の際、自分ともども三名がお世話になった。その縁でお別れの夕食に招待された。ご主人、奥様、それにご主人の姪御さんが接待され、まことに粛然たる送別の宴であった。根岸様は、その後々まで慰問袋やお手紙などで激励してくださった。九月十六日夜十時、そぼ降る雨の中、青山を後にする。根岸様お三方は、涙をこらえて手を振り続けておられた。そのお姿は、転戦中、まぶたから離れることがなかった。

 九月十七日0時、二重橋前に整列して出発の御報告をし、品川駅に向かう。
駅頭で家人との面会が許された。家族たちは旅行する者を見送るような晴れやかな面持ちだったので、チョットものたりない気もしないでもなかったが、自分はむしろ安心した。しかし、もしかしてこれが最後かもしれないと、ふと想い、胸がしめつけられるようでもあった。午前五時三十七分、揺れる日章旗がホームいっぱいに波打つ中、列車は神戸に向かって滑り出した。列車の通過する各駅のホームには、たくさんの人々が見送っていてくれた。胸を張りたいような、ものさびしいような、へんにちぐはぐな気持ちだった。

 十一時、神戸到着。自分たちが列車に乗っているあいだに神戸での設営はすでに完了していて、到着すると直ぐ案内者に連れられて、それぞれ宿舎に向かった。
 自分と馬場は、西柳原町の南条様にごやっかいになる。毛筆を作るお宅で、五十歳がらみのご夫婦だけのお住まいだった。
 軍装を解くと早めに風呂をいただき、ご主人といっしょに夕食のご馳走になる。神戸牛のすき焼きに、灘の生一本、そして大阪ずしと、下へも置かぬ歓待にあずかった。自分も馬場もあまり呑めない口なので、ご主人は不満らしく、何か口の中でブツブツ言いながら独酌でやっておられる。九時前に就寝。これが一生で最後の布団の上の眠りになるかもしれないと、両手を出して夜着をしっかり押さえて眠りに入る。

 十八日午前十一時、広場に集合して隊列を整え、町の人たちの万歳の声に送られて埠頭に向かう。岸壁に下ろされたタラップに足をかけた一瞬、これが日本とのお別れの一歩かと、無量の思いが走る。雨に煙る神戸の埠頭は白一色、その中でひときわ白い割烹着姿の国防婦人会の人たちの振る日の丸が、次第に視界から遠のいて行く。ふと気が付くと、船のエンジンの騒々しさと船内の暑苦しさとが襲って来る。
 そうだ、この経験はこれで二度目だ。最初は現役で満州に渡る時だった。大阪から釜山まで玄海灘を船で越えた。あの時と全く同じである。


【 上 陸 】

 むなしく数日が過ぎ、九月二十二日八時四十分、黄浦江の黄色い水域に入り大阪商船の埠頭に上陸、ここ上海に第一歩を印すことになった。
 上陸第一歩。ここは上海である。動く物とては、陸戦隊の兵士とのら猫ばかり。表門と裏門は堅く閉ざされていて、外国映画のゴーストタウンといったあんばいで、なにか拍子抜けのていである。落ち着きを取り戻して見回すと、見える限りどの街並みにも満足な家は一軒もない。煉瓦造りらしいが、すべて全壊半壊で、元の姿は見る影もない。これが戦争というものかと、しばし暗然とする。
 陸戦隊士に戦闘の様子を聞く。ただ一言、
「それはひどいものです。」
 と実感を洩らしたが、愛想がなさすぎると思ってか、
「今でも敵機が来襲して空爆して行きます。」
 と付け加えた。
「空爆って何ですか。」
 と首をかしげると、ただ苦笑しているばかりだった。それは、体験したらわかるよ、という意味らしかった。
 午後三時、上陸第一夜の宿舎となる「東洋紡績工場」に急ぐ。
 さて、そこで南京虫の来襲第一陣。かねてうわさに聞いていたが、こうも早く洗礼を受けるとは。割り当てられた部屋は、まるで南京虫の巣だった。首筋を一様にやられ、とても寝ているどころではない。しかたなく外に出るとあいにくの雨、それじゃと馬小屋に木の長椅子を持ち込んで寝る。船中の寝不足がさいわいして前後不覚であった。


【 初の任務 】

 翌朝、雨も上がったが、朝食の支給はない。満たされぬ気持ちで身じたくをしていると、何かあわただしい空気である。やがて我々第三小隊に、初の任務が下った。小隊長に引率され、軍行路を「呉淞」に向かう。昨夜の雨で泥んこになった道の両側に、敵と直ぐ判る死体が、もう悪臭を放ってゴロゴロしている。そのところどころに、野の花が供えられ「陸戦隊○○兵故何のなにがし」と書かれた板切れが立てられている。

 呉淞に着いてみると、街だというのに、満足な家はほとんど見られず、瓦礫の山が続いている。埠頭付近は敵前上陸の跡と説明された。その空き地に日本兵の死体が廃材のように積まれている。まだ処理ができないのだという。この部隊は第三師団の所属で、本隊は上海近郊で激戦中のよし。砲撃による大きな穴、台座からずり落ちた大砲など、激闘の跡が生々しい。何とも凄いものだと改めて寒々とした気持ちになった。

 ガラスはメチャメチャに壊れ、壁には砲弾の大きな穴のあいた「日華紡績工場」に入ったのは、午後一時であった。我が小隊の任務は、砲台桟橋より師団司令部交換所までの延線作業である。延線途中で呉淞砲台の中枢部を見ることができた。堤防の内側に大砲が十数門、揚子江が黄浦江に流れ込む方向に向けられていて、まだ生々しい鉄錆色を不気味に放っているが、何か虚しさの漂うのは否定できない。午後七時、目的地に到着、電話連絡の第一声が交換され、任務は達せられた。
 初仕事が終わり、ヤレヤレである。司令部交換所勤務は九月二十五日まで続けられたが、その間幾度か断線補修が繰り返され、知らずしらずのうちに、戦場に踏み込んでしまっていたのである。

 振り返ると、上陸以来まだ三日しか経っていないのだ。人の死体がこんなにも無造作に道端に横たわっていても、誰も全く関心を示さず平然としている。人が死に、すべての物が破壊され、兵隊以外には人影がない。三度の飯を食わなくても別に不思議でもない。戦場というものの常識を超えた凄まじさに圧倒されてしまう。戦場とはエライ所だ。一口に言えばただただメチャクチャというほかない。これが三日間の印象である。
 そして考える。
「俺はこの非情、恐怖、驚愕、耐乏に着いて行けるだろうか。」
 と。だが、今まで見た亦聞いた事は戦闘の足跡に過ぎず、まだ本当の戦いは知らないので、戦闘とはどんなものか、怖さ見たさの本能的な気持ちが動かぬでもない。人間の心理は複雑微妙である。


【 前線へ 】

 九月二十六日午後四時、我が第百一師団はいよいよ第一線に向かう。我々通信隊は持てるだけ器材を持ち、泥の悪路を進む。砲撃の音が次第に近くなり、銃の音も聞こえてきた。これから本物の戦場に入るのだが、自分はまだ演習気分でいた。

 師団司令部は「銭家湾」という部落に入る。部落とは名ばかりで、打ちひしがれたというか、泥をかぶって干上がったような家が点在しているばかりである。司令部の建物も、軒の傾いた、それでもこの部落ではいちばん上等の家である。我々通信隊は、司令部の直ぐ裏手、広い空き地をコの字型に囲んだ家が建っていて、その一辺が四軒長屋になっている所に居を占めた。我が分隊の寝起きするのは、その長屋の一室の十畳ほどの部屋で、ここに十五名が入った。まあ、雨がしのげるだけマシである。

 夕闇が迫る頃、やっと落ち着いてみると、小銃弾がヒュウヒュウ頭上をかすめている。シュルシュル唸るのは迫撃砲弾だそうだ。あまりにも急変した昨日から、すっかり度肝を抜かれ通しだ。おかげで、これが戦場なのだとはっきり認めさせられ、覚悟もどうやら決まった。

「桜田は満州での経験があるから、今夜、部隊の警備をやれ。」
 と言われ、早めに食事をすませ、分隊員にそれぞれ任務を与える。一棟に十個の部屋があり、それがコの字に建っていて、中庭は約三百坪ほどあり、そこには馬が繋がれ、馬車が置かれてある。コの字の一辺の開いている所(そこが出入り口)に歩哨を立て、残りの者は二名一組になって絶えず周囲を巡回することにした。必要以外の灯は厳禁、声高に話すことも慎む。

 漆黒の闇を小銃弾や機関銃弾がひっきりなしに飛んで行く。時々は木の枝に当たり、ビショッと枝の折れる音がする。迫撃砲のシュルシュルという不気味な唸り、弾の数が時により増えたり減ったりする。最前線で何かの変化があるからだろう。小銃弾が屋根に当たると、小さな弾なのに、バアンとびっくりするほど大きな音がして、首根っこを縮めてしまう。

 すべてが冷たい戦場独特の雰囲気の中で、ピーンと張り詰めた緊張感、そして不安と、かなりな興奮状態が続く。仮眠時間になっても眠れない。天井を見つめ、嵐のようなざわめきを聴いていると、分隊の皆が無事でいてくれるよう祈る気持ちになっていることに気付く。

 明け方近く、上海方向に時ならぬ花火が上がる。空襲に対する高射砲の炸裂だと言われ、映画を見ているような錯覚を覚える。くれないに明けて行く東の空を、三機編隊の友軍機が豆粒のように飛び去った。

 五時三十分、一夜の警備体制が解かれ、分隊員全部が顔を合わせる。笑顔の話がはずむ。
「俺、ゆうべ、裏の畑へ排便に行き、ズボンを下ろしてしゃがんだトタン、足元にブスッと一発来やがった。驚いたのなんのって、飛び上がって帰って来てしまった。これからやり直しに行ってくるよ。」
 八時に任務を終わり、朝食の用意を始める。頭上を飛ぶ弾がスレスレのようで、おもわずお辞儀をしてしまう。しかし、いつでもどこでも食事は楽しいもの、飯盒めしに牛缶だけでも。

 九月二十七日午前九時、命令により、三キロ離れた「大王宅」まで保線に行く。「保線」とは、延ばしてある電話線に障害が起こらぬよう補修することである。
 途中、負傷兵や戦死者の遺体が担架で陸続と運ばれて来るのに出遭う。流れ弾が頭上をかすめる。三キロ往復するあいだに、目の前で他部隊の上等兵が弾に当たって倒れ、すぐ担架で運ばれて行ったし、特務兵が馬の鼻ずらを持ったまま、その場に大声を挙げてうずくまってしまった。

 そんな情景の中、見たことのある兵がいる。しばらくお互い顔を見合っていたが、
「そうだ、北満で同じ中隊にいた忍足長吉君だ。」
 と気が付いた。珍しい苗字なので覚えていたのだ。
「懐かしいなあ。」
 と五分ほど話し、お互い死なないよう頑張ろうと言って別れた。
 三日後の夕方、忍足の戦死を知った。人の運とはこんなことか、はかないものだと、しばし、おとといの不時の会合を振り返った。


【 工藤旅団司令部から柴田大隊へ 】

 九月二十七日、昼食はない。午後、我が第三分隊は、工藤旅団司令部勤務を命ぜられる。旅団司令部に付属し、司令部の指揮下に入り、その指示に従う。
 午後四時、大王宅の旅団司令部に着き、直ちに向笠副官に師団通信隊有線分隊到着の旨を報告する。器材の点検をすませ、いつ出動命令があってもいいように準備を終わる。

 司令部は約二百メートル後方の部落まで後退。敵の夜襲に備えてのことと聞かされる。
 我々は、薄壁一重で仕切られた汚い部屋に陣取る。夕食は各自が持っている残り物の寄せ集めで、ほんのまねごとである。それがすむと、空き腹を抱えて早々と藁の寝床にくるまって寝てしまった。

 朝まで何事もなく過ぎた。朝食はない。湯を沸かして飲む。今日は二十八日である。
 昨夕の位置に戻ると、旅団長・工藤少将や向笠副官らは、溌剌とした顔付きで、地図を広げて作戦に余念がない。
 それから四十分くらい経った時、電話勤務に就いている自分の目の前で、命令受領に来た福井部隊の青山大尉が、一瞬壁を抜いて来た流れ弾に口元を打ち抜かれ即死した。不運な人だ。

 正午、旅団長の命により、右前方約千五百メートルの福井部隊(千葉県習志野)第一大隊まで電話連絡のため出発する。
 第一歩を踏み出してまだ五十メートルも進まぬというのに、小銃・機関銃の乱射を受ける。シュシュショッと弾が身の回りに集まる。背を丸め、地を這うようにして延線して行く。

 千五百メートルも来たと思った地点に五、六本の立ち木がある。ちょうどそこで前線から来た兵と逢ったので、第一大隊本部の場所を聞こうとした瞬間、あのすごい機銃の集中射撃を受け、皆いっせいに地に伏せる。あぶない、あぶない。
 これ以上このまま進むことは不可能と判断し、クリークに入ることにした。クリークの水は胸と腰の中間くらいで、頭は地面からすっかり隠れる。黄色な泥水を掻き分けながら電話線を延ばして行く。

 しばらくすると、左側に小さな部落がある。
「ありがたい、ここで一休みしよう。」
 と岸に手を伸ばし這い上がろうとしたとたん、スウーとかグーウとかいう音、パッとクリークの斜面に伏せると同時に、耳の裂けるような爆発音。斜面に伏せた体が十センチくらい飛び上がる。アッと叫ぶその頭にバラバラと土が降って来た。爆発したのは十メートル先の畑の中だ。迫撃だ、と言い終わらぬうちに又一発。目をつぶったまま動けない。何か重い物で押さえつけられているようだ。これが「恐怖」というものだろう。口も利けない。
 ふと気付いて見回すと、みんな同じ姿勢で動こうともしない。オイ、と声を掛ける。いっせいにこちらに顔が向く。ああ良かった、皆大丈夫だと、ホッとする。

 クリークから上がるのをやめ、又水の中を進む。約四十分ほど行くと、行く手に人がいる。ギョッとして立ち止まり良く見ると、日本軍の将校である。ザブザブ水を分けて近付く。
 何と、大隊本部も水の中で、柴田少佐以下、胸まで水に浸かっているではないか。運がいい。同じクリークで良かった。

 柴田少佐に、旅団司令部から電話連絡が完了した旨、報告する。その時の少佐の嬉しそうな髭面はしばらく忘れられなかった。
 旅団を出る時、向笠副官からビールを二本貰い、山田と小谷が一本ずつ手に持っていた。さっそく口を開け、まず隊長に差し出す。
「おお、ビールか。こんな所でビールにありつくなんて、夢にも思わなかった」
「俺たちはもう三日、一粒の米も食っていないんだ。この味は忘れんぞ。」
 と大喜びである。自分たちも
「俺らもこれで任務が終わった。」
 と錯覚してしまうほどだった。

 柴田少佐は直ぐ司令部を呼べと言い、向笠副官と何か真剣な話をしている。
 この大隊本部はクリークの中で夕方を迎えた。そこへ今日で四日ぶりの飯が届く。本部付きの将校も兵も、むさぼるように食べている。柴田大隊長は、先ほどのビールの余韻を楽しむようにジーッと動かない。そして、
「おい、通信隊、お前たちも食わんかい。」
 と言われた。
 腹は空いているが、分けてもらう気になれない。もう三日、一粒の米も食っていないという先ほどの隊長のことばが頭にこびりついていて、手が出ないのだ。人間心理の矛盾というものか。

 上の畑に、朱に染まったこの部隊の戦死者の死体が二つ、無造作に転がされている。
「頭を出せばぶち抜かれるから、かわいそうだが昼間はあのままにしておくほかない。夜になったら収容してやろう。」
 と、副官は悲しげにつぶやく。この応召の老将校(まだ四十歳くらいだが)はさらに、
「こんなひどい戦争は初めてだ。死んだ者は放っておかれ、負傷者もろくな手当てもできやしない。お前たちも気を付けろよ。」
 と、腹立たしげに言って口を閉じた。
 電話がよく通じているのが、自分たちにはありがたいことだ。

 そうこうしているうちに、夕闇が次第に色濃くなって行く。この時刻になると寒さが身にしみてくる。
 七時三十分、闇に乗じて大隊本部はクリークから上がり、後方五十メートルの畑の中に移動する。やっと水から上がれたわけで、大方六時間は水に浸かっていたことになる。

 陸に上がったはいいが、寒さがこたえる。水の中の方がまだ温かい。ガクガクするほど寒いが、そうも言っていられない。直ぐ電話の呼び出し音で落ち着く暇もない。旅団長から柴田隊長への電話である。
 何か隊長の応答が荒々しい。しばらく通話が続いた後、
「おい、通信分隊長、副官がお前に電話だ。」
 と言う。受話器を取ると、あの温和な向笠副官の声として、
「分隊長、お前の今の任務は終わる。現在の柴田大隊の右に吉川大隊が進出するので、直ちに出発、その線を延長して吉川部隊に接触し、連絡を取れ。位置は柴田大隊本部より四十五度右前方、約千八百メートル付近である。夜間なので十分気を付けて行け。」
 とある。
 命令を復唱し、隊長の柴田少佐に向笠副官の指示を報告し、
「お世話になりました。隊長殿のいっそうのご健闘を祈ります。」
 と挨拶すると、
「せっかくの指揮系統を簡単に奪うなんて、ひどいものよ。
 一本の電話がこれほど力強いものか、初めて知ったよ。ありがとう。気を付けて行け。」
 と応えられる。


【 吉川大隊へ(1) 】

 九月二十八日午後七時四十五分、これから吉川大隊本部に向かう。
「目標は右斜め前方の空にわずかに見える二本の木。それをよく見定めて前進する。寒いから下っ腹に力を入れて、出発。」

 敵の位置がわからない。なるべく物音を立てぬようにと、闇をまさぐって進む。吉川大隊の位置も、もちろんわからない。へたに進むと敵陣に紛れ込む恐れがある。威嚇射撃なのだろう、時々、ダダダッという機銃音につれ、頭上をヒューヒュー弾が飛ぶ。その音に耳を澄ますと、敵の位置の見当が付く。頭は働かせようである。

「今何巻目だ。」
「二巻目になったところです。」(電話線は一巻きが五百メートルである)
「二巻が終わったら小休止する。」
 誰も一言も言わない。セキもクシャミもしない。真っ暗な中、濡れた軍服の擦れ合う音だけがして、人の進む気配が判る。

 十五分くらい進むと、段差がある。
「止まれ。」
 と小声で言うと、みなが自分のところに集まって来た。
「線の残りは?」
「ハイ、あと百メートルくらいです。」
「この畑の中の段差は何だろう。」
「ひょっとして部落に近いための何かではないでしょうか。」
 と大野上等兵の声。
「ああ、そうかもしれんな。おい、石井、それに山田、お前たちは、あの立ち木の方向に約百メートル前進し、部落があるかどうか確かめて来い。だが、決して深入りするな。それと、帰りにこの地点を絶対に間違えないこと。そのためには、先方の立ち木と後方のこの位置を目標に選んで行け。この今の場所を決して間違えぬよう、ようく頭に入れておけ。よし、出発だ。」
「ハイ、行って来ます。」
 忍び足で出て行く。

 残った者を呼び集めて円陣を組ませ、少しでも声が漏れぬようにして、電話で旅団司令部を呼ぶ。直ぐ拝司が出る。
「今、吉川部隊に向かって延線中だが、位置が判らないので一旦停止し、部隊の位置を確かめるため石井と山田を出して捜している。こちらの現在位置も全く不明である。この事を副官殿に報告してくれ。」
「ハイ、わかりました。そのままお待ち下さい。」

 三分ほど待つと、副官がわざわざ電話口に出られて、
「桜田か、お前もひどい目に逢ったな。クリークの中に居たんだって? 寒かったろう。風邪ひかんようにしろ。
 いいか、そこを動くな。探索に出した二人を早く収容し、寒さを防ぐよう工夫し、夜の明けるのを待て。よいか、時々連絡を取れよ。」
「ハイ、明るくなるまで現在地で待機します。」
「よし。」

 電話を切り、副官の意向を皆に伝え、近くに自分たちの落ち着ける場所を捜してみることにする。静かに行動する。石井・山田はどうしたか、しきりに気に掛かる。しまったなあ、探索に出さなければよかったと、後悔もしてみる。
 それにしても帰るのが遅い。しかし考えてみると、まだ二十分も経っていな
い。
 そうこうしていると森下の大声で、
「分隊長殿、壕があります。自分たち全部が入れる大きさのようです。」
「おお、それはいい。そこへ入って休もう。大野は俺とここへ残れ。他の者は壕に入れ。」
 念のため自分で壕の位置を確かめ、ホッとする。

 しかし石井・山田は遅いなあと少し焦りが出てきたその時、ふと人の気配。
「石井か。」
「ハイ、自分です。」
「どうだった。いや、ご苦労。こっちは壕が見付かった。とにかく壕に入って聞こう。」
 と大野を促し、石井・山田と手探りで壕へ入る。
 結構大きな壕で、全員収容できる。体を寄せ合い、壕の両端を天幕で覆って風をよける。足を伸ばせないので窮屈だが我慢する。風に晒されないだけありがたい。
「石井、どうだった。」
 と改めて尋ねる。以下、石井の報告と説明。


 立ち木方向へ三百メートル行き、地面に伏せて様子を窺う。前方そう遠くない所に、かすかに火らしいものが見え隠れする。何だろうと山田としばらく見つめていると、こころなしか人の声がするようで、誰か居るらしく思える。しばらくじっと様子を窺ったが判らないので、少しずつ這って近付いてみる。十五メートルも進んだ時、突然人の声がする。びっくりして体を縮め、じっと動かずにいると、
「腹減ったなあ。」
 と今度ははっきり聞こえた。確かに日本語だ。だが待てよ、空耳ということもある。山田の耳に口を寄せ
「今の声、聞いたか。」
 と言うと、
「うん、聞こえた。腹減ったと言っていた。」
 そうか、それじゃ間違いなく日本の兵隊だ。だが、ここでへたに動くと敵と間違えられ、撃たれるかもしれない。
 もう少し近付いてみようと、息を殺して三メートルほど進み、止まって聞き耳を立てる。確かに人が居る。また少し進む。人の足音が地を伝わって感じられる。間違いなく人が居ると確認できた。

 立って身構えようとして、膝がコクッと鳴ると、空気がスゥーッと動いた。
 押し殺す声で
「誰か?」
 と言うと、間髪を入れず同じく小声が
「旅団司令部」
 と応える。
「吉川部隊か?」
 カチャンと金具の触れる音がして
「そうだ。誰か。」
 と再び言う。
「旅団司令部通信隊。連絡に来た。」
「そこで待て。動くな。」
「わかった。」

 ずいぶん待ったと思ったが、ほんとは五分くらいだったろう、複数の足音が近付いて、
「通信隊はどこに居るか。」
 と聞いてくる。
「ここです。二名です。」
「俺は加藤分隊長だ。連絡事項は何か。」
「約五百メートル後方まで電話が来ていますが、それ以上暗くて延ばせませんので連絡に来ました。」
「そうか。少し待て。副官殿に報告して来る。いいか、ここから動くな。」

 しばらく待つと再び足音が近付き、
「通信兵。」
 と呼ばれる。
「はい、ここです。」
「副官殿の言われるには、朝になると後方からこの部落が見えるはずだ。お前の方から見て、右の隅に赤い布を下げて置く。それを目標にして前進して来い。敵は近いがそれほど危険はないはずだ。しかし、十分注意し散開し進め、と。よいか。」
「ハイ、わかりました。明朝来ます。」
 と言って来た。


 以上が石井の報告と説明である。帰途、二人でこの場所を慎重に捜し、判った時は嬉しかった、と付け加えた。


【 吉川大隊へ(2) 】

「石井と山田、よくやってくれた。ありがとう。」
 今夜はこれで安心して眠れる。今、何時だろう。持っているマッチは濡れて使い物にならない。
 とにかく寒い。眠るどころではない。お互い腕を組み合って、少しでも寒さを防ぐようにする。誰も口一つきかない。あいかわらず頭上高く流弾が飛んで行く。

 やがて空き腹も寒さも陣中の恐怖も忘れ、ウツラウツラしたらしい。ハッと気付くと、気の狂ったような機銃の嵐。
 ああ、朝だ。白々と夜が明け始めている。

 辺りを見回して、いまさらのように、敵の壕で一夜を明かしたのだと思い知らされる。
「おい、みんな異常ないか。」
「ハイ、だいじょうぶです。」
「いいか、この機銃がおさまったら出発する。準備しておけ。」

 それから一時間半くらい経つと、狂い通した射撃がピタリと止み、異様な静けさに帰った。東の空がボウッと赤く、今日もいい天気だ。
 ふと自分の雑嚢に缶詰めのミカンが一個有ったことを思い出し、出発直前、みんなで二、三個ずつ摘まむ。二日間何も口にしない空っぽの腹に、ポトリと落ちる音がした。いや、そう思ったのだ。皆の顔を観る。目はくぼみ頬は青白い。青山当時の面影はさらにない。こみ上げるものがあったがグッとこらえ、
「出発!」
 と叫ぶ。

 散開し、石井・山田を先頭に進む。大野と自分が後方になり延線して行く。線を確かめつつ行動する。平坦だとばかり想っていたら結構凸凹があり、草原や雑木林もあって、恰好の隠れ場所にもなる。
 朝靄の中に部落らしい物が観えてきたと思ったら、石井が引き返して来て
「分隊はここで一旦停止してください。自分が様子を観て来ます。」
 と言う。それもそうだ。
「石井、山田を連れて行け。」
 と言い、自分たちは雑木林の薮陰に集まり、二人の連絡を待つことにする。

 そのあいだに分隊員が排便に出て行く。
「どうした。」
 と聞くと、下痢だと言う。
「そうか、六時間も水に漬かっておれば、腹も痛くなるだろう。しかし、あまり下痢が続くと脱水症状を起こす心配がある。どうもみんなの顔色が悪いと思った。少し我慢しろ。吉川部隊に着いたら看護兵に薬を貰ってやるから。」
 と力を付ける。

 三十分か四十分か経ったろうか、石井と山田が帰って来た。やっと連絡が付いた。あの一番右端が大隊本部で、直線距離にして約四百メートルはある。
「森下、線は何巻あるか。」
「ハイ、二巻あります。」
「よし、前方部落の一番右側を目標にして前進する。忘れ物をするな。
 矢部、お前大丈夫か。よし、出発!」

 とにかく線を節約するため一直線に進む。途中支障なく、午前十時四十分、吉川少佐の温和な顔を見ることができた。張り詰めた気持ちがいっぺんに緩みガクンとそこへへたり込む。
「おい、通信隊、そこは危険だ。こっちに入れ。」
 という少佐の声に、あわてて部落に入る。直ぐ旅団司令部を呼び、吉川部隊に接触したことを報告。次いで向笠副官と吉川隊長の長い通話が続く。

 この家もボロで何も無い。隊長用の机も椅子も、もちろん無い。藁の上にあぐらをかいていられる。気が付けば、銃声が近く、流れ弾がさかんに飛ぶ。やはり最前線なのだ。
 吉川少佐の髭面が、おっとりした口調で
「ごくろうだった。お前が桜田か、よろしく頼むぞ。お前たちが頼りだ。」
「ハイ、一生懸命やります。」

 時間がよく判らない。
 夕方近く、飯を食えと言われる。
 飯か、いつ食ったままか忘れていた。丸二日は食わないか、そうだったか。
 飯盒半杯の飯が支給される。おかずは無いが、世の中にこんなにウマイものがあったのか。
 腹の悪いことなど忘れ果てたように、みんなかぶりついている。
「おい、この次いつ食えるかわからない。少しは残しておけよ。」
「いやぁ、あの時みんな食ってしまえばよかったと後悔するかもしれないから、全部食います。」
 と食い意地の張った奴がいる。そうか、いつ弾に当たるかも知れないのだ。

 午後七時、この「西威家」(部落の名)の竹薮をとどろかせて、一発、又一発と、迫撃砲弾が見舞って来た。とにかく避ける場所もないボロ家、まともにくえばみんな一巻の終わりだと思えば何のこともない。戦場慣れと言うか、開き直りと言うか、まあそんなところだ。吉川隊長の手元にある一本のロウソクの灯が、自分たちが生きている証拠のようでもある。

 おもむろに日記帳を出して、などと言うと、へんに時代がかって来るが、実は濡れないように、鉄帽の中へ紙を用意しておいたのである。これは日記のためだけでなく、電話の通信文を書くためでもある。
 遺書でも書く軽い気持ちで、きのうからの事を箇条書きにしておく。そんな事をしていると、父母兄弟のこと、知人友人のことが次々と頭に浮かび、この身は今戦場に在って、次の瞬間死の世界に転落するかもしれないことなど、みんな忘れてしまっている。

 ふと我に帰ると、まだあの迫撃砲弾が不気味な音を立てて飛んでいる。炸裂の響きでロウソクの灯が揺れる。誰かが
「これで二十発だ。」
 と言ったとたん、うそのように音がピタリと止んだ。いっせいに溜め息が漏れる。いっしょに安堵の胸を撫で下ろす。

 そしていつの間にか眠ったらしい。誰かに叩き起こされたと思ったのは、竹薮を叩き回るような機関銃の音だった。それが又遠のくと感じたのは、またまた眠ってしまったからだ。
 オイオイと今度は本当に起こされた。朝になったらしい。本部の下士官が、
「今度は五時半の定期便だ。猛烈な奴が来るから気をつけろ。」
 と注意してくれる。訳を聞いてみると、このところ毎朝五時半になると、決まって機銃の乱射と迫撃砲の砲撃が始まるのだと言う。

 機銃の弾がときどき壁をブスッと貫く。迫撃砲の発射音が遠くでゴロゴロ鳴ると、直ぐヒュウガクンと熱した空気が顔に当たる。地面がグラグラ動く。今度は真上高くか、次は頭上かと思っていると、脳に冷たい血が流れたり止まったりする。ええ、ままよ、一度死んだら二度は死なぬと、下っ腹に力を入れ、目を閉じる。スウッと気が楽になる。
 その間約三十分、パタッと射撃音が止み、静けさがやってきた。重苦しい胸がスウッと収まり、どの顔もニッコリ見返してくる。

 朝が来た。そうだ、今日は本気で壕を掘ろう。
 副官に頼みシャベルを貸してもらう。
「そうか、お前たちもそんな気になったか、ハハハハハ ……。」
 非番の者が真剣に壕掘りに精を出す。通信兵の自分たちだけでなく、衛生兵も、当番兵まで、それぞれ懸命である。

 夕暮れが近付く。又あの迫撃砲が三たび襲って来た。まぐれなのか、おどかしなのか、それとも本気に狙っているのか、とにかく本部のぐるりに砲弾が落下する。幸い壁を震わせるだけで、例の通り二十発で一応終わる。すっかり迫撃慣れしてしまった。昨晩のような、一種言葉にしがたい静けさが又よみがえる。
 幸い電話は好調、自分たちには、これが何より慶びである。

 そろそろ交代して寝ようかという十一時、迫撃砲とは違う底力のある炸裂音がして、本部後方二百メートルの地点にグワーンと赤黒い火柱が吹き上がる。誰かが野砲だと言う。「大場鎮」あたりから撃ってきたのだとも言う。
 また一発。
 表の歩哨が「後方二百」と叫ぶ。
 大隊長が軍刀を杖にスックと立つと、また一発。歩哨の声「八十」。
 同じ間隔で、一発、また一発。次第に近付くように思える。

 へんなもので、
「来い。早く来い。」
 と念じたくなる。来ないとかえって不安でたまらない。
 弾は頭上をグウーッと越えたとたん、グワンと地面を揺るがす。越えれば助かったと思う。手前に落ちるのは音無しであるが、落下したとたん、地軸が割け、家が倒れるか、パラパラ壁が落ちるかする。パッと伏せ、頭をかかえ、息を呑む。

 外で「二十五メートル」と元気な声。ホッとする暇もなく、別のがクウーッと頭上を越えて行く。今度こそ本当にホッとする。近付いて、そして遠のけばまず安全なのだ。
 隊長が深く息を吸う。さすがの隊長も緊張が解けたらしく
「よう撃ちやがった。」
 と言えば、あのデブの軍医の声で
「二十三発だったよ。友軍の損害を想うと、肝っ玉に冷や水だ。」
 隅の闇の中で
「大バカヤロウ」
 と怒鳴る奴が居て、分隊の誰かがクスクス笑う。
 ああ、助かった、と思ったとたん、今度は睡魔が襲って来た。


【 吉川大隊へ(3) 】

 九月三十日、今日も上天気だ。
 朝食が配られる。牛缶が付いている。ウレシイネと頬が緩む。

 さすがの頑敵も我が軍の猛攻に浮足立ったらしい。午前九時、追撃に移る。吉川隊長の後に着いて延線して行く。
「猛湾」の部落に着く。部落の入り口に第三師団の兵だというのが居て、無念の歯をくいしばった形相がすさまじい。何かあったのだろう。
 この猛湾の敵の壕は、実に巧みにできている。あの頑強な抵抗もうなずけたし、特に友軍の空爆によく耐えた理由も解った。

 吉川部隊本部は一応ここに停止するというので、電話線の補充を受けておくことにし、旅団本部にその旨、連絡する。直ぐ三巻を持ち二名が出発すると言う。

 三十分経った時、電話係をしていた大野が、突然
「断線だ。」
 と叫ぶ。自分と石井は反射的に脱兎の如く飛び出す。保線するのだ。
 あいかわらず激戦が続いている。迫撃砲弾が来る。機銃は唸っている。その中を、走ったり伏せたりしつつ、線を確かめて行く。

 五百メートルも来たと思った時、盛り土の陰から飛び出した奴、
「桜田分隊か。」
 と突然怒鳴る。びっくりして立ち止まると、線を持った兵である。
「おお、線の補充か。
 本部は直ぐだ。届けておいてくれ。線を伝わってな。」
 二人とも線が重かったせいだけでなく、何か変なへっぴり腰で、あわてふためいて走って行く。
 まもなく断線個所を発見、とたんに
「やりやがったな。」
 と思わず叫ぶ。石井が「何だ何だ」と寄って来て、
「なるほど奴らだ。」
 と言う。

 つまり、迫撃砲におどされ、機銃に行く手を阻まれ、恐ろしくなって一計を案じたのだ。線を切って断線させれば、誰か補修に来る。そしたらそいつに線をまかせれば命が助かると、盛り土に隠れて我々の来るのを待っていたのだ。

 一つの戦場に馴れると馴れない相違は大きく違うもの。馴れると敵の居る方向がわかって、飛んで来る弾は、狙い撃ちか流れ弾かが判るが、初めてだと、みんな自分を狙って撃って来るように思われて、足がすくんでしまうものだ。
 あの二名も、ここは初めてだったのだろう。ケシカランと思うと同時に、ヤムヲエナイと笑いたくもなる。

 とにかく修理を終わり、通話を確かめて本部に帰着する。おかしな小事件はあったが、これで線の補充ができたし、いつ移動するも対応可なりと安心した。

 自分たちが通信勤務をしているあいだも、敵の射撃はものすごく、隊長と副官と自分と渡辺の入っている壕は、それだけでいっぱいだから、電話機は膝に乗せて勤務する。とても電話当番の交代などできっこない。壕から一歩出ればオダブツだ。しかし、通信はまことに好調で、自分たちにとってはこれ以上嬉しいことはない。

 吉川隊長と工藤旅団長の対話によると、
「クリークに沿った『中興宅』および『崇明塘』の敵陣は稀に見る堅固な陣地で、彼らとすれば『大場鎮』の前進基地として死守せねばならぬ地点であろうから、我らとしては、いっそう戦意の高揚に努めるべき」
 というのである。
「桜田、お前たち、暇を見て眠っておけよ。」
 とやさしく声を掛けてくれる隊長、この隊長となら死んでもいいと思う。

 絶え間なく撃ってくる敵弾にも緩急がある。激しい時は、相手の話も聞き取れないが、緩むと聞き取れるのがおもしろい。
 電話は、時々副官同士が話すくらいで、あまり重要な通話はない。弾薬の補充はあるが、食糧の支給はない。見ていると、衛生兵は負傷者の後送の仕事で大変である。
 まんじりともしないような、それでいて少しは眠ったのか。空が、わずかずつ明るくなってゆく。

 朝が来た。十月一日。我が空軍の暁の爆撃が始まる。壕からこわごわ覗いてみると、三機編隊である。その中の一機がグッと機首を下げて急降下し、向こうの屋根すれすれまで下ると、再び機首をグイと上げる。同時にはらわたに滲み込む爆撃音。爆撃を終わった機体は機首を上げたまま急上昇して行く。
 替わって次の一機が同じ態勢で爆撃、そして又一機。
 三機がかわるがわる爆弾を落とすと、また編隊を組んで、たのもしい機影が真っ青な東の空に消えて行った。

 三機の爆撃の時間は五分くらいだったか。空爆のあいだ不規則になっていた敵の銃撃が、以前にも増して激しくなった。だが、今までとは違う。ムチャクチャな撃ち方は、まるで蜂の巣を突ついたよう、空爆には手も足も出ない、といった風である。副官が
「キャツら退却だな。」
 と言ったように聞こえたが、まさかと思っていたら、突然、機銃の嵐がハタと止んだ。この二、三日、彼らは決まってこんな風にしているという。
 すかさず前進命令だ。

 たった今まで敵の主陣地だった無名寺に進出。午前八時だ。
 ところがここから一歩も出られない。彼らの猛烈な反撃が始まったのだ。一重の壁にピッタリ張りついたきり、身動きもできない。今までの機関銃や小銃に加え、力強い音の間隔が少しあるのは重機関銃である。

 この無名寺の直ぐ右側はクリークだ。クリークの向こう側に展開している第二中隊は迫撃砲の餌食になってしまったらしく、犠牲者が多く出たようだという。何たること、突然、本部前進だ。驚いたのなんの。この敵弾雨下する中を吉川隊長は、前方をキッとにらみながら、歩一歩と歩き出した。ようし、死なばもろとも、電話機を背負い、隊長の横に並んで前進する。

 前方を一線の兵がパラパラ、パラパラと、飛び出しては伏せ、伏せては飛び出す。見ている目の前だ。瞬く間に四名が被弾して倒れた。不思議に隊長にも我々にも、弾は当たらない。足が地面に着いておらず、フワッと宙に浮いている感じ、俗に言う心ここにあらずというヤツだ。
 早く着きたい、どこへでもいい、一刻も早く着きたい。弾がビュンビュン飛んで来るが、もうそれは気にならない。恐ろしくもない。ただひたすら、どこかにたどり着きたい。
 その場は早く逃れたいが飛んで来る弾は気にならない、というのは一種の矛盾であるが、それが戦場心理というものであろうか。

 どのくらい進んだか、実際は百メートルも行かないのに、二里も三里も(軍隊ではメートル法一辺倒なのに、せっぱつまってくると、幼なじみの尺貫法が息を吹き返す)、何十時間も歩いた想いで、やっとここ「中興宅」に入った。
 ヤレヤレなんてことだ。もうクタクタで、立ってもいられない。空き部屋に引っくり返ってしまう。

 ところがこの中興宅は、敵の目の前だった。そこへゾロゾロ入り込んだからたまらない。敵の一斉射撃がここに集中して来た。壁を弾がプスプス貫いて来る。目も開けていられない。隊長が大声で怒鳴っているが、何を言っているのか、さっぱり判らない。とにかく動けないのだ。
 隊長と副官は部屋の隅にあるへっついのそばにあぐらをかいている。通信の仲間はおもいおもいの所に寝っころがっている。

 ちょうど二時、連絡に来たと言って、第九中隊長の加曽利大尉が部屋に入って来た。三歩歩いたその時、悲鳴を挙げてドサッと倒れた。一瞬の出来事である。茫然と見つめる。大尉の口を離れてコロコロと転がった煙草の煙りが、何事も無かったように、静かにくゆっている。
 その間何秒か、直ぐ騒然とした情景に変わる。壁を抜いた流れ弾が頭部に当たって、即死である。
 隊長は直ちに旅団に報告する。冷静ではあるが悲痛な面持ちである。嵐の銃声の中、ここだけが静まり返っているそのことが、何とも物悲しい。

 犠牲者はここだけでなく、前線全体に広がっているという。敵は、攻めても攻めてもビクともせず、我が方は一歩も進めない。といって引くに引けない。一人倒れ二人傷つく。こうしていていいのだろうかと思う。焦りが次第に高まる。忙しげに動き回る衛生兵、そして肥った軍医。あのデブさんがどうしてこうもキビキビした身のこなしができるのか。いつも冗談言っては皆を笑わせている顔が、キッと引き締まり、恐ろしいほど真剣味を帯びている。

 とにかく苦戦を強いられているのは事実だ。
 隊長は一言も発しない。敵陣をにらんだまま動こうともしない。まるで鋳像のようだ。
 夕闇が刻々と迫る。銃火はますます激しく、気の遠くなるような緊張感が辺りに張り詰めている。


【 機関銃座占拠の命令 】

 そんな時、午後八時、大隊長の命令が発せられた。
「第九中隊は前面の機関銃座を占拠せよ。」
 中隊長の仇討ちだ、生きて帰るな、と、九中隊の意気の凄さ、筆舌に尽くせぬとはこういうことか。中隊長代理の憤怒にゆがんだ顔が闇に消える。

 衛生兵が自分の装具をかなぐり捨て、抜き身を一振り持っただけで自分たちを見てニッコリ笑い、
「生きていたら又お目に掛かりましょう。」
 と言う。何と応えてよいか、自分は声も出ない。
 加曽利大尉の当番兵をしていた兵士が自分の所へ来て、
「ここに、煙草が二個入っています。もし戻って来なかったら、吸って下さい。」
 と言う。これにも自分は応えられなかった。

 九中隊の重機関銃二基が、銃身が赤く焼けるほど撃って撃って撃ちまくっている。それを伴奏に、九中隊の兵は、粛然としてと言うか、風の如くにと言うか、敵陣を目指して突き進む。その姿が次第に闇に呑まれて行く。

 と、こっちの機銃の援護射撃がピタリと止む。一瞬何の物音もなく、どうしたことかと思う。空には星がきらめき、肌寒い風が吹き抜け、近くでコオロギの声がする。
 地獄の庭に引きずり込まれて行くのは、こんな気持ちか。いや、そうではない。凄い殺気が辺りに張り詰めているのだ。


【 攻撃中止 】

 八時三十三分、沈黙を破って電話のベルが鳴る。グッと唾を呑み込み、受話器を取る。
「吉川部隊は直ちに攻撃中止。速やかに戦線より離脱し、大王宅旅団司令部の位置に集結すべし。」
 通信文を持った渡辺がキーッと奇声を発して隊長の下へ走る。一刻を争う。
 この命令が伝達されないうちに九中隊が敵陣に突入してしまいはしないかと気が気でなく、座ってなどいられない。もし突っ込んでしまったらおそらく全滅だ。一人でも死なせたくないのに。

 ああ、気が狂いそうだ。俺は何をしている。このままでいいのか。
 気が遠くなり、体の感覚がない。

 と、闇に渡辺の声、
「伝達終わり!」
 ハッと我に返り、その場に座り込んでしまう。

 途絶えていた撃ち合いは前にも増して激しくなり、こんな最中の撤退とは、と心配していたやさき、隊長が電話の所へ戻って来て、撤退について旅団に詳細な報告をする。

 そんな状態がしばらく続くうち、数人の兵が入って来た。九中隊の連中だ。声を荒げて「残念だ!」と言う。が、その語調の裏に安堵の響きが隠せない。
「惜しいことをしたな、もう少しだったのに。」
 と言ってやる。誰も応えない。


【 撤 収 】

 一度、二度、三度、と死地に追い込まれながら不思議に生きながらえ、
「馬鹿野郎、死んでやるぞ。」
 と、半分捨てばちになっていた気持ちが、ここでガッチリ食い止められた。後ろめたさ、恥ずかしさがよみがえり、生きようという軽やかな気分にさえ成っている自分たちだった。

 隊長は、
「旅団の命令で我々は撤退する。通信は、線を撤収しつつ、司令部に集結せよ。」
と、改めて告げられた。

 一線では轟然たる撃ち合いが続いているというのに、自分たちは浮き浮きした気分で撤収作業に入った。
 あの激しさを潜り抜け、全員無傷でここまで来られたからには、最後の仕上げはより慎重に行動し、仮にもホゾを噛むことのないようにと、皆にカツを入れ、撤収作業に取り掛かる。

 前進の時は夢中であったが、後退の今は何と張り合いのないことか。ともするとだらけがちな皆を引き締めひきしめ、作業を続ける。
 行きには難なく渡ったクリークの丸太橋なのに、今度は足を滑らせ、ドボンと落ちるヤツがいる。緊張が解けているせいだろう。

 前進した時の何倍かの苦労をして、ようやくあの激しい砲撃を受けた西威家に帰着、そこで小休止する。
 幾度か覚悟をさせられた部落が、今は深閑として物音一つしない。

 夜が白々と明けてきた。今日は十月四日、今、六時十分である。
 どぶねずみよろしくずぶ濡れのヤツも一緒に、我々八名は、無事、司令部に帰り着いた。
 司令部勤務に残っていた細谷と拝司が迎えてくれる。二人の手をしっかり握って、思わず大粒の涙をポタポタ落としてしまった。
 向笠副官に任務終了を報告する。これで今度の作戦参加の仕事は終わった。


【 帰 還 】

 吉川部隊の苦戦の場は、同じく我々通信隊にも耐え難い戦場であったし、その苦労は、そこに居合わせた者でなければ解ってもらえないだろうと思う。それだけに、内心では満足感も十分得ている。
 七日ぶりに、熱い味噌汁と炊き立ての飯にありついた。ウマイというより、生きていてよかったという実感が先立ち、同時に、皆が負傷もせずに任務を果たせた嬉しさが全身を駆け巡った。

 通信隊へ引き揚げる際、吉川少佐の所へお礼に行くと、
「おお、君か。よくやってくれてありがとう。」
 と言いながら自分の顔を見ている少佐の目が急にふくらみ、ひと滴の涙がこぼれた。
 今思うと、吉川少佐とはこれが最後の別れになってしまった。

 八時四十分、久々に仲間の待つ通信隊本部に向かう。
 疲れてはいるが、ちょうど子供が我が家に帰るように嬉々として足も軽やかで、気分よく目覚めた朝のように爽やかである。
 大げさな言い方だが、命を懸けて任務を遂行できた責任感と、分隊全員が無事であった満足感とが、今、一番の悦びである。

 十一時三十分、坂本部隊長に報告をし、次いで水島小隊長に詳細を報告すると、我が事のように喜んで労をねぎらってくれた。
 やれやれ、これで皆の居る我が家に帰り着いたわけで、
「ヤアヤア、足が付いているなぁ。」
 と冗談と笑い声で迎えてくれる仲間たち。我が家はいいものだ。
 ああ、終わった、終わった。


【 加納部隊への先行 】

 十月九日、師団司令部より通信隊に、加納部隊への延線援助の命令が下る。小隊長の割り当てにより、我が分隊からは二名を出すことになる。
 自分は山田・細谷を指名した。

 午後九時、準備を終えた山田が、いつもより元気よく、自分の手をしっかり握り、
「班長、今度こそ生きて帰りません。」
 と言う。
「まあ、そう気張らずと十分気を付けて行け。」
 と声に力を込める。
 細谷は眼鏡の奥の優しい目で少し笑い、
「行きます。」
 と小声で言う。
「うん、気を付けて行け。」
 と小声で励ます。
 二人は雨中の闇に泥を踏んで消えて行く。ただただ無事だけを祈る。

 二人からは何の連絡も無いまま夜が明ける。今日も雨が降り続いている。その雨足を茫然と見つめながら、きのう元気で出て行った二人に想いを馳せ、無事であれよと祈る。


【 加納部隊へ 】

 午前九時、突然小隊長に呼ばれ、
「桜田は兵五名を率いて加納部隊勤務、及び西郭祠浜間通信所勤務の交代に任ずべし。」
 と命ぜられる。

 直ちに分隊員全員を集め、人選する。加納部隊へは自分・小谷・森下、中間通信所には矢部・馬場・峰尾と決定し、小隊長に報告する。
 我々は、戦場においては直ぐ行動できるよう、武器や身の回りを整備してある。
「小隊長殿、行きます。」
「気を付けて行け。」
 いよいよ未知の新しい戦場へ出発の一歩を踏み出す。
 山田・細谷のことが気に掛かったが、仕方ない。

 一列縦隊になって一本路を進む。
 最初の部落、蔡家宅を過ぎると、ビュンビュン弾が来る。これは相当なものだぞ、と思いながら前進する。前線の兵士は全身泥んこなのに、我々の衣服がきれいなのが、何とも気恥ずかしい。
 進むにつれて敵弾の数が増す。誰も無言である。おそらく自分の顔も緊張で青ざめていることだろう。
 やっと西郭祠浜に到着。ここには第二小隊の兵三名が勤務していた。矢部以下と交代させる。

 ここを出るといよいよ弾は激しく、前線から特務兵が中腰で走って来る。自分たちも、小走っては背を低くし、又走って停まるの繰り返しになる。
 金家宅に入る。部落には遮蔽された場所があり、弾はよけられる。

 出発時に聞いてきた竹薮がある。「そこを抜ける時は十分注意せよ」と言われた。なるほど間断なく弾が来る。小谷・森下にその旨をよく話す。
 竹薮の横を抜けると、五メートル先に交通壕がある。部下に
「まず俺が行くから、弾の来る加減を見て、少し間を置いて後に続け。」
 と言って、
「よし、今だ。」
 とパッと飛び出し、交通壕に跳び込む。泥が膝まであり、まるでお汁粉の中にいるようだ。
 小谷が来た。少し間を置いて森下も来た。
 さすが交通壕、頭上スレスレに、また地面を噛んで弾が飛ぶ。

 狭いうえに泥底が滑るので、両側の壁にからだをぶっつけながら進む。
 途中、負傷して後退する兵と行き逢うが、壕の幅が狭いので、仲々すれ違えない。強引に押したりすると、
「痛い!」
 と叫ぶ。気の毒だが仕方ない。

 進むにつれ、泥が深くなる。
 靴底がおかしな滑り方をする。戦死した兵が泥の中に踏み込まれ、死体が水膨れして服のボタンがはじけ、その膨らんだ腹の上に乗るからである。それを避けて通る広さがないので、どうしようもない。
 壕の外の地面に友軍の死体が数を増す。

 突然壕の中が広くなったと思ったら、目の前がクリークだ。これが名にしおう「蘊藻浜クリーク」である。
 弾の音はもう聞こえない。いや、聞こえないのではなく、その音に神経が慣れっこになってしまっているのだ。
 水は泥色、流れは意外に速い。何とも不気味で「死の川」とでも呼ぼうか。

 三隻ある鉄舟のうち、二隻は穴だらけで使えない。一隻でクリークを渡るとしても、手繰るための綱も切れたままになっている。工兵もいない。渡らなければ加納部隊へは行けない。漕いで渡るより方法がない。幸い舟には竹竿が二本ある。
「小谷、やれるか。」
「はい。昔取った杵柄、やれないこともありません。」
 小谷は二十歳頃まで船乗りだったのである。
「よし、俺が鼻をやる。」
 と意気込む。我が通信隊始まっての冒険渡河である。

 三人が乗り込み、できるだけ低い姿勢で舟を操る。舟は岸をはなれて動き出す。見付かったか、敵弾が集中して来る。頭を、頬を掠める。
 流されぬよう竿で踏ん張る。小谷が懸命に漕ぐ。少しずつ流されながらも、小谷の力が舟を中流まで進ませた。
 弾は容赦なく飛んで来る。左舷の水面に激しく水しぶきが上がるのは、敵の機関銃だ。
「これ以上流されると、蜂の巣みたいになるぞ。」
 と声を掛け合って頑張る。

 舟の先端の左側へザブッと竿を入れ、グッと突っ張ったとたん、舟尻でドブーンと水音がした。
「小谷が落ちた!」
 と森下の声。振り向いて見ると、小谷は巧みに舟の右側に回り込み、そのまま舟を押しているが、舟はビクともしない。
「森下、手を貸せ。」
 二人で小谷を引き揚げる。
 小谷が水に落ちても竿をしっかり握って放さないのには驚いた。さすがだ。

 すぐ立ち直り、力いっぱい漕ぐ。舟はだいぶ流された。これは危ないと思った時、左舷にカーンカーンと弾の当たる音、もう何も考えられない。ただ夢中で竿を操る。

 グッと泥にめり込む舟。着いた。
「やった、やった!」
 小谷が小躍りして舟から跳び降りる。続いて二人。
 三人とも土手に張り付く。一呼吸して顔を見合わせ、「よかった」とニヤリ笑う。三人とも、もう泥んこだらけの兵隊だ。

 土手から目だけ出して、加納部隊の本部を確かめる。直線距離で五十メートルか。電話線は左の方から回り込むように延びている。そして、本部までの途中、点々と壕がある。
 土手に窪みがあちこちある。この窪みの一つから跳び出し、五ないし八メートルくらい行った所で次の窪みに跳び込み、その繰り返しをしながら、本部にたどり着くという寸法だ。

 小谷・森下によくその事を説明する。
「そして俺が出た所から決して出てはいけない。奴等はそこに照準を合わせているから。いいか、小谷、森下。間違っても同じ所から跳び出してはいけないし、同じ所に入ってもいけないよ。ようく観て、自分で判断してやれ。いいか。」
と、繰り返し念を押す。
「はい、わかりました。」
 と言う。

「まず俺が行く。少し間を置いて、違う所から出るんだ。決して同じ場所から出るな。」
 幾度も言い置いて、敵弾の少なくなった時を見計らってパッと跳び出す。夢中で走り、次の壕に跳び込む。まずは成功。機銃が狂ったように撃って来て、泥のしぶきを上げている。しばらく動けない。
 振り返ると、小谷が、そして森下が、同じように行動している。
 動く物を探して機銃が騒ぐ。深沼の泥を跳ね上げながら。凄まじい光景だ。

 約三十分掛かって、三人とも部隊本部にたどり着いた。
 伊藤がいる、細谷がいる。
「細谷、山田は?」
「ゆうべ連絡に出たまま帰りません。」
「ううん、どこへ行ったんだろう。
 伊藤、細谷、ごくろうだった。気を付けて帰れよ。特にクリークを渡る時は十分気を付けてな。」


【 加納部隊勤務 】

 加納隊長に電話勤務交代を報告する。隊長の面長な顔は青ざめ、数日続きの雨に寒いのか、少し震えているようだった。
 山田はどうしているのだろうと、不安な気持ちを押し静めながら、改めてこの本部内を見回す。
 壕は約二十坪ほどで、加納大佐を中心に、副官の和知少尉、松本軍医中尉、それに曹長以下十五名の兵が、全身泥まみれで壕の縁に伏せている。
 そうした中で、通信隊は我々有線三名と、無線丸山分隊の五名とである。器材が水に漬からないよう、壕の縁に位置させる。

 気を取り直して辺りを見回す。すごい激戦中なのだ。迫撃砲弾や手榴弾の炸裂音、そして一時の休みもなく機銃弾、小銃弾が飛び交う。耳が、いや頭全体がカーンと鳴っている。
 本部に着いた時は興奮していてわからなかったが、落ち着いてみると、仲々寒い。緊縛感と雨でブルブル震える。

 何時間経ったか、電話のベルが鳴る。誰かと思ったら伊藤からで、
「師団司令部に帰着しました。」
 と言う。
「おお、無事で帰れてよかったな。」
「山田はまだ帰りませんか。こっちにも居ません。」
 伊藤の話だと、山田は今朝早く暗いうちに連絡事項があり、司令部に向かったのだという。

 いったいどこへ行ったのだろう。この迷路のような壕をつたっているうちに路を間違えたのだろうか。よし、俺が自分で少し探してみようと、小谷に後の事をよく言い含めておいて、まず渡河地点へ引き返すことにして、本部の壕を飛び出す。

 とにかく動く物に弾が集中する。耳の辺りの空気を震わせてピュンピュン通り抜ける。低いヤツは足元の泥を跳ね上げる。一瞬の休みもない。
 まだここにも死体がゴロゴロしている。一つ一つ確かめる。日本兵も中国兵もゴッチャで、みんな同じような顔をしているが、山田の顔はない。
 本部の壕を飛び出してから約四時間、夕闇が迫る。これ以上は無駄だ。引き返そう。

 夢中で走り回っていたので、本部からだいぶ右へ来ている。
 死体探しがいつか無意識になっているのに気が付く。そして、山田はまだ死んでいるとは限らない、なのに戦死してしまったとばかり考えてしまうのがおかしい、などと考えながら、小谷の待つ本部の壕に帰り着く。
 小谷がくたびれ切った自分を見ながら、それでも
「何か手掛かりがありましたか。」
 と聞いてくれる。
「いや、全然わからん。明日、また探してみよう。」
 と返事する。不安な夕闇が次第に濃くなって行く。

 雨は止むことなく降りしきり、撃ち合う弾の激しい音の凄まじさは熾烈を極める。この状態がいつまで続くのか、体の芯がドクンドクンと脈打つにつれ、手も足もガクガク震える。


【 予 感 】

 午後七時、突如断線。直ちに部隊長にその旨報告すると、部隊長は片頬に不気味な笑みを浮かべ、
「電話は要らんよ。無線があるからな。保線はもう止めよ。」
 という全く予期しない、稀に見る苦々しい応えである。
 第一線の指揮官はいったい何を考えているのか、ひょっとして戦況を諦めてしまっているのではないか、と不安がつのる。

 この敵は、味方の空軍の爆撃にも、黄蒲江まで進出した我が艦艇からの艦砲射撃にも、一歩も引かぬ頑敵である。攻めて攻めて、攻めあぐんでいる。
 加納部隊長のあのニヒルな笑いは何を意味するか。目の前の小家に突っ込んで戦死でもしようという徴(しるし)か。
 それならそれでよし、俺も隊長と一緒に死んでやれ、と一度はふてくされてみるが、待てよ、こんな時笑えるものだろうか、ためしてみよう。ウフウフ、声は出ても笑いにならない。

 夜が明けて行くにつれ、寒さもつのる。
「森下、寒くないか。」
 と声を掛けてみる。すぐ
「寒くありません。」
 と返事が返って来る。
 そんなはずはないと、下っ腹に力を入れてみるが、却って一層ガクガクして来る。

 勝手にしろと捨てばちになっていると、副官が
「おい、背中をくっつけっこしよう。少しは暖かいかもしれん。」
 副官の言う通りにしてみるが、暖かくも何ともない。かわりに、お互い背中をもたせ合っていると、疲れが取れるような気がする。

 とにかくこの泥沼。敵も味方も動けないで、ただパカパカ撃ち合うだけだ。デンワ屋も線が切れたのでは、お手上げで用なしである。
 そんな所へ、泥を跳ね飛ばしながら飛び込んで来た奴がいる。副官が
「誰だ。何か。」
 と誰何する。
「酒を持って来ました。」
 と息を切らす。
「なに、酒だと?」
 と叫んでよく見ると、一人の輜重兵が湯たんぽを振り分けにしてひっくり返っている。師団司令部からの慰問品だ。

 副官は
「おっ、これ、ぬくいぞ。」
 と言いながら、さっそく口金をはずして、一口味見をされて、
「おお、燗がしてある。隊長殿、酒です。」
「酒か。司令部に感謝だ。寒いから皆に回せ。少しは温かくなるぞ。」
 生温かい湯たんぽをしっかりつかみ、次々と一口ずつ回し飲みをする。
 副官は、どこに持っていたのかタバコを一本取り出し、酒を命懸けで届けてくれた輜重兵に、火を点けて渡した。
 何か素晴らしい出来事を観ているようで、酒のせいばかりでなく、心の芯まで温かくなった。

 しかし、こんな出来事をよそに、戦闘は嵐のように続き、雨はひっきりなしに降っている。大群衆のどよめきのようでもある。
 苦悩の、そして凄惨な夜陰を一睡もせずに過ごし、夜がしらじらと明けそめる頃、気付いたら雨も止んでいる。随分と長い夜だった。東の空に薄紅色が観える。太陽が出るのだ。壕にホッとした空気が漂う。
 小谷・森下が直ぐ保線に出発して行く。雲の切れ目から、陽の光がパッと射す。急に壕の中が陽気になり、戦闘を交えていることを忘れている感じだ。

 間もなく保線に出ていた二人が帰って来て、クリークまでは異状なしと報告する。
「よし、朝食を済ませて、また行こう。」
 と、配られた乾パンをほおばる。隣の無線の丸山以下も、うまそうにやっている。
 食事が済む頃になると、兵の出入りがあわただしくなった。前線からの報告やら、物資の運搬やらで混雑する。

「保線に出る。小谷は残れ。森下、行くぞ。」
 渡河地点まで出てみる。
 線は対岸まで間違いなく延びているので、やはり向こう岸の故障と判断し、クリークを渡る準備をしていると、頭の上で
「どこへ行く!」
 と怒鳴る声がする。
 何だろうと聞いてみると、連日の苦戦にいたたまれなくなって「逃げる」兵がいるというのだ。
 へえ、日本の兵隊にもそんな奴がいるのか、と白けた気分になりながら、とにかく我々は保線に行く旨を告げ、対岸に渡る。

 難なく、と言っていいほど楽に渡れ、線の点検をしている所へ、第二分隊長の黒川伍長が分隊の森と桜川を連れて現れた。
「何だ何だ、夢に出て来たみたいだな。」
 と言うと、
「飯、持って来たぞ。」
 と嬉しいことを言う。
「それはありがたい。」
 と礼を言うと、
「いや、これはおまけさ。本当は山田を捜しに来たのさ。」
「そうか。きのうの夕方、四時間ばかりあの辺りを捜したがダメだった。」
 と、指差しながら説明する。


【 加納本部壊滅 】

 そして、ついのんきになって、
「いい天気でピクニックのようだ。」
 と言っていると、突然機銃が唸り、弾が頭上を掠める。

 皆がパッと伏せたその時、近くでグワングワンと砲弾の炸裂する音がする。どこだろうと体を起こして観ると、どうやら部隊本部辺りに白煙が上がっており、兵が右往左往している。
「あっ、加納部隊本部だ。これはいかん。森下、行くぞ。」

 クリークを渡るのももどかしく、一気に本部の壕に飛び込む。
 アッと声を挙げた。

 壕の中はシーンとして動く物がない。みんな泥の中に横たわっている。
 ハッと小谷を見る。電話機を前に、端然と座っている。
「小谷。小谷!」
 と呼んでみるが、応えがない。肩に手を掛けて揺すると、頭がガクガク動く。顔を見ると、口の端から鮮血が垂れている。まさかと思い、さらに
「小谷、小谷。」
 と呼んでみる。
 見回すと、加納部隊長は体が半分泥に埋まり、松本軍医は首から上がない。ゆうべ背中合わせをして寝た和知少尉は、胸を半分抉り取られている。他には誰も動く者もなく、静まりかえっている。

 ふと見ると、横の壕の端に丸山がいる。
「おい、丸山、大丈夫か。」
 と声を掛けると、
「はい、足をやられました。」
 と、思いがけない大声が帰って来た。

 大声に刺激されて自分の任務が蘇った。
「そうだ、師団司令部に報告しなくてはならない。」

 一気にクリークまで引き返し、舟に跳び乗ったその時、
「分隊長、森下がやられました。」
 と声が掛かる。
 エエッ!? と振り向くと、森下が大野に抱えられて青ざめている。
「どこをやられた?」
「足です。」
「大丈夫か。」
「はい。」
 とだけ応える。
 自分も急に力が抜けてフラフラッとする。

「大野、司令部へ直ぐ連絡だ。加納部隊長以下、本部は壊滅、とな。」
「承知。」
 と大野は走り去る。
 黒川たちが森下を天幕の泥の中を引きずって来た。
「森下、出血は?」
 見ると、右足の大腿部から靴まで、ドス黒い血で覆われている。

 ズボンに穴が空いているその上の所を、手拭いで力いっぱい縛る。あまり痛がらないので、骨は別状ないらしい。
 黒川君たちが居てくれて本当によかったと思ったら、急に力が抜けてフワァと天国へでも行くようないい気持ちになり、地面に座ってしまった。

 そうだ、森下を早く病院に運ばなければ、と気を取り直し、森下に声を掛けながら、よろけつつ後退する。
 森下と足元に気を取られていて気が付かなかったが、突然
「おい、桜田。」
 と呼ばれ、ビクッとして停まると、目の前に、我々本部の山岡軍曹が兵十四、五名を連れて近付いて来る。
「桜田、大丈夫か。」
 と声を掛けられ
「はい。」
 と応え、フラフラと森下を降ろし、泥の中に座ってしまう。

 山岡軍曹が水筒からウィスキーを注いでくれるのを、一気にあおる。カッと喉が熱くなり、我に返る。
 黒川君に森下を頼み、その遠ざかる姿を確かめ、ああ、これでいい。いい天気だなぁ。甘い物が食いたい。それにしても、ここはどこだろう。俺はいったい何をしているんだ?
 すると山岡さんの声、
「桜田、しっかりしろ!」
 ああそうか。山岡軍曹は救護隊を編成し、俺たちと丸山以下の救助に来てくれたのだと気付く。

「ああ、そうか。案内します。」
 と、半ば自分に言い、半ば軍曹に答えながら舟に乗り込む。敵弾の来る方向を軍曹に説明し、散開して加納部隊本部に辿り着く。
 まず丸山無線の負傷者三名を後送する。そして小谷の遺体を天幕に包み、泥の中を引きずりながら後退する。
 加納隊長・松本中尉・和知少尉の遺体は既に運び去られ、壕の中には誰もいない。

 幾度目かのクリークの渡河を終えると、引き揚げる途中の交通壕には救助隊に入ってもらい、丸山と自分は地上をブラブラ歩く。時々思い出したように弾が風と共に耳の横を掠めて行く。何とものどかないい日和である。

 だが、なぜ俺はあの時、小谷を残したのだろう。代りに俺が残っても誰からも文句は言われない。そうすれば小谷を殺すことはなかった。だのに俺はあのおとなしい男を殺してしまった。一緒に死ねばよかった。そうしたらどんなにか楽だったろう。
 ジメジメ思案しながら引き揚げる。

 と、
「おい、桜田じゃないか。ああ、やっぱり君か。」
 という声に顔を挙げると、何と、高橋七之助が立っている。
「おお、君もここか。」
「うん、軽機の分隊長だ。」
 彼は現役時代、同じ中隊にいた仲間である。
「まるでムチャクチャだ。死ぬなよ。」
 と言って別れたが、その後、彼には一度も会っていない。

 ようやく西郭祠浜に到着して一休みすることになり、救助隊の連中と少し離れて独りになって、今朝からのことを振り返ってみる。
 何としても小谷の死がショックであって、嘘であってくれと願う。それに、山田もまだ所在不明だし、森下も負傷させてしまった。
 こうしては居られない、何かしなければ、と思うが、どうしたらいいのかわからない。いたたまれない。苦しい。いっそ死んでしまった方が、どんなにか楽だろう。

 ふと気が付くと、大野が静かに横に並んで座り、俺の肩をしっかり抱いて、軽くたたいていてくれる。無言のなぐさめだ。
 ふいと大野に抱き着いて、思い切り泣いてみたい衝動に駆られたが、それはできなかった。

 ようやく司令部に帰着。加納部隊長の後任として、師団副官の笠原中佐が出発しようとしている。
 電話分隊は、俺に代わって島根が分隊長として随行するのだろう、真剣な面持ちで控えている。
「島根、気を付けて行け。」
 と笑って見送ろうとしたが笑えなかった。島根は無言で頷き、覚悟している、といった顔付きである。

 司令部を出て自分の通信隊に帰るべく、秋の陽を背にいっぱい浴びながら、トボトボ歩く。
 大野が杖を持って来てくれる。それほど俺はボロボロに疲れているように見えたのだろう。

 体力には自信があるのに、なぜこんなに疲労を感ずるのだろう。戦闘のせいではない。あんなに分隊員の事無きを願っていたのに、小谷の死、山田の行方不明、さらに森下の負傷と、一度の戦場で三名もの犠牲を出してしまった事に対する自分の責任、無能さ、何の対応もできなかった無念さ。
 ああ俺はこんな人間だったのかと、慰めようもなく、ただ地の底に沈んで行く気持ちである。

 部隊に帰り着き、坂本隊長に報告に行く。
「桜田、ただいま帰りました。兵を殺してしまい、申し訳ありません。」
「ごくろうだった。早く帰って休め。いや、その前に言っておく。戦死戦傷は戦場の常である。これしきの事にメソメソするな。次の作戦任務に万全を期せ。よいか。」
「はい、わかりました。」
 次に小隊長に報告する。小隊長は俺を正視し得ない。気の弱い人だなあ、と内心同情する。

 分隊員は暖かく迎えてくれ、衣服の着替えや洗濯を甲斐々々しくやってくれる。嬉しくて涙が出る。
 他分隊の連中は、加納部隊最期の模様を根掘り葉掘り聞いて来る。とても詳しく話す気になれないが、話さなければ、もったいぶって、と言われそうなので、事実をかいつまんで話すことにする。

 しかし、自分自身の心の痛みはどうしようもない。次々と発せられる質問は
「貴様だけよくおめおめと生きて帰れたな。」
 となじっているように受け取れ、ああ、どうしてあそこで死んでしまわなかったか、と悔やまれてならない。自分の運命の拙さを、むしろ嘆きたい思いである。

 夜になると一小隊長山口中尉が、
「桜田、今夜は疲れているだろうから、俺の部屋で寝ろ。」
 と言って場所を空けてくれる。
 親切な心遣いが嬉しかったが、後で考えると、俺が責任を反省するあまり自殺するのではないか、という事への予防策であったことに気が付いた。

 明ければ十月十二日、よい天気である。安置されている小谷に会いに行く。
 あの時は
「俺も逝くから待っていろ。」
 と言うだけで全く気が付かなかったが、小谷は心臓部に一片、頭部に七片の迫撃砲弾の破片が入っており、鉄帽は穴だらけで、即死だった。

 その夜、分隊員とお通夜をする。
 酒好きの小谷だった。誰かが、どう工面したのか、一杯の酒が枕元に置かれ
てあった。
 みな黙って生前の彼のことを想いやっている様子、身じろぎもしない。
 戦友数人に囲まれているが、こんな殺風景な戦場の一角の別離の席、こんな死を迎えようとは、本人も分隊員も想いもしなかった。しかしこれが現実だ。あれこれ思うと、悲しいより苦しい。

 戦死は戦場の常であると言うが、口で言う程たやすい事ではない。
 小谷はもう永遠に帰らないが、山田はいったいどうしたのか。やはりダメかもしれない。それとも突然、
「今帰ったぞ。」
 と顔を出せばいいが。
 いろいろ思い悩むうちに夜が明けた。


【 火 葬 】

 今日は小谷の火葬の日である。
 隊長の弔辞に胸を抉られる。泣くな、泣いて彼が帰って来ることではない、と自分に言い聞かせる。

 石材を組み上げた上に、毛布にくるんだ小谷をそっと寝かす。点火と同時に部隊全員、隊長の命令により別れの礼をする。
 パチパチという炎の音に、一筋の紫煙が昇る。小谷が昇天して逝くのだ。夢の中の出来事のようでもある。
 六時間後、小さな箱に入った小谷を祭壇に安置して、最後の別れをする。
 我が部隊初の犠牲者である。

 負傷した森下は、第三野戦病院から上海兵站病院へ移送されたと聞く。
 山田は依然として行方不明のままである。捜索隊を編成してせっかくの捜索中である。軍律により、勝手に探しに出るわけには行かない。捜索隊の報告を待つほかない。
 いつまでもそれにこだわっていては、分隊の士気に係わる。分隊長である自分は、強いて明るく振る舞っていなくてはならない。


【 佐藤旅団転属 】

 十月十七日午後二時、次の命令を受ける。
「桜田分隊は、五名編成にて、宝宅の佐藤旅団司令部に到り、東条分隊と交代すべし。」
 悪夢のような加納部隊勤務のことを振り捨てて、新たな気持ちで出発する。
 午後四時過ぎ、交代を終わる。

 今まで全て一線勤務だったから、今回のような後方勤務は経験がない。何ともゆっくりした時間が過ぎて行く。
 暇をみて、芋掘りや大豆採りに出掛ける。食う楽しさは、我々にすっかり余裕を持たせてくれた。
 分隊の今度の顔触れは、大野・石井・拝司・馬場のあかるい愉快な連中ばかり。それだけに、想い遣られるのは、死んだ小谷や行方不明の山田のことである。

 十月二十日朝、通信隊本部からの連絡で、山田が遺体で発見、収容されたという通知を受ける。直ちに石井を伴い、部隊本部に向かう。
 ささやかな祭壇がしつらえられ、葬送の儀が行われた。
 隊長が焼香された次に、促されて焼香する。あらためて悲しみが蘇ったが、遺体ながら発見された嬉しさが同居し、何とも処理の付かない気持ちである。

 式を終わり、久しぶりに本部の連中に会う。特に親友の荻野とは、青山の根岸様宿泊以来だ。同じ部隊でありながら会う機会がなく、お互い無事であることを喜び合う。
 この時、加納部隊で一緒に勤務した無線の丸山分隊長が、その後の作戦で重症を負い、上海の病院へ送られたことなど聞く。

 十月二十四日、敵、総退却の兆しあり、いよいよ進撃戦に移る。伊藤以下、四名の増援を得、旅団司令部と共に行動し前進する。
 忘れ得ぬ蘊藻浜のクリークを渡る際、あの泥沼の激戦が頭をかすめ、むしろ懐かしいといった感傷さえ覚えたが、今は一発の弾も来ないし、クリークの流れも穏やかなものである。

 約千五百メートル前進すると、話に聞いていた東部李家橋で、敵が頑強に抵抗した所である。この辺り一帯、名にしおう激戦地で、まだ我が軍の戦死体が折り重なっている。
 手榴弾で急造した地雷があるので注意するよう、司令部の指示があった。

 午後五時、断線。直ちに大野と保線に出るものの、地雷の有無を確かめるのは並大抵でないし、それに薄暗くなってはお手上げである。
 ままよの気持ちになり、点検しつつ進むこと約一時間、断線個所発見。馬に引っ掛けられたようである。
 修理点検をし、帰途に着く。残照に二人の影が長く引く。時折り小銃弾が俺たちを狙ってのように、並んで歩く二人の間を突き抜けたり、足元の砂を跳ね上げたりする。
 いつも豪快な大野が
「なるべく壕をつたわって行きましょう。」
 と弱音を吐く。

 司令部に着いた頃はすっかり暮れていた。
 自分たちが留守の間に飯が炊いてあり、
「敵サンの死体の浮いている水で炊いた飯は、いい出汁(ダシ)が出ていてうまいよ。」
 と言う。食べてみると、なるほどうまい。

 嫌な夜が来た。敵もさるもの、最後の抵抗か、ものすごく撃って来る。竹薮を叩き回る嵐のようにゴーゴーと鳴り轟くのに、司令部全体が物音一つ立てず静寂そのものである。不気味というほかない。
 夜が更けるにつれ、寒さが身に滲みる。

 分隊員を寝かせ、大野と二人、電話番をする。
 保線の帰り道、畑の中を歩いていた時、自分の銃の木質部に弾が当たり、びっくりして銃を捨てて来てしまった話をしたり、四つ年上の大野を兄貴だと信頼しているなど、私的なことを話して一睡もしないでいるうちに、次第に夜明けが近くなって行く。

 と、前線から負傷兵を背負って来た兵が、司令部の端で一休みした。
 寒かったのか、それとも負傷兵をかばってか、不用意にもそこで火を焚き出した。びっくりすると同時に、自分はガバッと火の上に身を投げ出し、危うく炎を消し止めた。
「負傷兵一人を救うため、大勢が死ぬかもしれないんだぞ、馬鹿野郎!」
 と思わず怒鳴りつけた。

 その時、どうしたことか、大野が何かに魅せられたようにフラフラと壁の外へ出ると同時に、ドスッと倒れる音。
「桜田、助けて。やられた。」
 一瞬の出来事だ。
 大野に飛び着いて
「大野、わかるか。かすり傷だ。」
 と言ううち、コンコンと吹き出す鮮血。顔から胸へ、そして膝へ。抱えた大野の体がズシリと重くなる。

「細谷、包帯だ。」
 傷口は左のコメカミである。
 二人でしっかり包帯したが血は止まらず、包帯をみるみる真っ赤に染めて滴り、自分の大腿部まで生温かく滲みてくる。包帯の上からタオルで押さえても盛り上がるような勢いだ。
 さっき司令部の衛生兵を呼びに遣った矢部までが戻って来ない。カリカリしながら大野に声を掛けて待つ。
 大野は名を呼べばうなずく。時々むせる口の中にちり紙を入れて血を拭ってやる。

 どのくらい経ってからか、奇跡的に血が止まった。ほっとして気付けば、辺りはもう明るい。
 半分血に染まった青白い顔は、十五夜お月さんくらい丸く大きく膨らんでいる。
「大野わかるか。大丈夫だ。傷は大したことはないぞ。いいか、頑張れ。」
 大野はウンとうなずく。やっと平静に戻った。
 ああ、即死でなかったのは不幸中の幸い、早く病院へ送ろう。

 しかし、看護兵も軍医も来なかった。一線では死傷者の処置に忙しく、こんな事くらいでは手が離せない状態なのだろう。矢部が申し訳なさそうにしょんぼりしている。
「何ぼんやりしてるんだ。早く竹を二本切って来い。」
 と怒鳴る。はじかれたように二人が竹薮に走る。
 竹の棒と天幕で急造担架を造り、後を伊藤に託して四人で後送する。まだまだ弾の飛来する中、クリークの対岸の収容所に急ぐ。案外簡単にクリーク河畔まで下がれた。

 と、自分たちを追い越した兵がいる。どこかで見た顔だ。トッサに想い浮かんだのは、麻布の兵舎近くの写真屋さんだ。
「しばらくです。」
 と声を掛けると
「あ、あなたも。」
 と応え、
「なっちゃいませんや。」
 と彼氏すっかり諦めている。
 お互いに「ご無事で」と別れる。

 仮包帯所の軍医に
「大丈夫、助かる。」
 と言われ、ホッとして座り込んでしまった。

 大野のいない分隊のことを想う。
 片腕とも兄とも頼んだ大野がいない。小谷・山田を失い、そして森下、今また大野が戦列を離れてしまい、自分は立ち上がる気力が失せてしまった。
 馬場に声を掛けられ、思い直して帰途に着く。

 司令部に行って小隊長に大野の負傷を報告すると、小隊長は
「桜田、お前は死ぬな。」
 と言われ、胸のうちを見透かされたようである。
 分隊員を殺したり傷付けたりした俺の責めは重い、いつかは自分の死によってそれをあがなおう、と覚悟を決めていた矢先、死ぬなと言われた。

 死ぬなとは?
 そうか。死ぬはたやすい。死ぬのは最も楽なことだ。お前には仕事がまだある。仕事を放って置いて楽になろうというのか。
 そうかそうか、そういうことなのか。

 それにしても大野のいない分隊は寂しい。


【 大場鎮攻略 】

 明けて十月二十六日。
 敵は今までの戦況から、猛反撃の後、総退却に移る。それが始まった。
 我が方は、川を渡り田んぼに踏み込み畑をよぎって、息つく暇もない猛追撃である。

 二十七日、大場鎮である。
 遠く城壁の上に数本の日章旗が大きく振られ、万歳の声が潮騒のように伝わって来る。
 誇らしいこの一瞬。

 小谷が、山田が、この晴れがましい戦勝を迎えさせてくれたのだ。
 ありがとう。
 この輝かしさを目前にして負傷した大野、そして森下にも、ともに喜びを分け合えなかったことを心から詫びる。

 友の死を踏み越え乗り越えて来た苦悩があればこそ、ここに得たこの勝利。英霊よ、安らかに眠りませ。


 かくて我々第百一師団は、第一目標であった大場鎮の攻略を終わったのである。

採録:1999年1月9日
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