NHKの連続テレビ小説の『あぐり』の中で淳之介が中学受験に失敗した時父親のエイスケは「そう」としかいわないので息子の方が困惑して、「どうして、とか、ばかだな、とか、残念だったな、とか、気にするな、とかそういうことはいえないのか」とパパなんだから何かいえないのと問うとエイスケはこう答えます。「いやあ、何もいうことはないよ、お前の人生だからなあ。俺にはよくわかんないよ、それじゃいけないか」
保育園の時に竹馬を習ったとき、息子はいつまでたってもできるようになりません。できるようになると黒板に書いてある名前の前に花丸がつけてもらえるのですが、いつまでたっても息子の名前には花丸がつきません。毎日保育園に子どもの送り迎えをしていたので僕として気にならないわけではありませんでした。ある日、あるお母さんが僕に「こういうことはお父さんが練習させてあげないと」といわれます。僕は、このお父さんがという固定的な役割分担の発想が好きではないのと子どもの課題であるという思いから、「ええ、でも子どもは僕に援助を求めてきませんので」といったら、「ほら、また(いつもの)その発想だ」と露骨に不愉快な顔をされました。とうとうできないままに竹馬の出来を披露する日がきました。やはり彼はできなかったみたいです。何人かの子どもたちが一組になって、よーいどんで競争しました。できなかった彼はどうしたか。保母さんに支えてもらって最後まで走るのを放棄しないでゴールしました。その日休むとか、出ないとかいうこともなく、僕だったら恥ずかしいと思うのに(たくさんの親が身にきていました)逃げなかった息子を見てうれしかったです。
自転車に乗れるようになったのも遅かったです。いいんだ、皆(友だちは)は遊びにきてくれるのだから、といっていました。校区のはずれにあるので自転車に乗れる子どもたちは自転車で遊びにきていました。そんな彼がある日自転車に乗りたいといいだしました。当時の親友が転校することに決まり、その彼の家に遊びに行きたいから、というのが動機でした。それからかなり真剣に練習をし乗れるようになりましたが、このまま自転車に乗れずに大人になるのかと思っていたらそういうことにはなりませんでした。僕はいつもこれくらいの距離を置いて子どもたちと接しています。