哲学との出会い


 哲学と出会うきっかけになったのは、高校一年生の時の、僕のその後の人生を決定的に方向づけることになった倫理社会の先生との出会いでした。この先生と出会ったこと以外は、高校時代についてはいい思い出が全然なく、卒業してからも10年くらいは、制服を着て学校に行かなければならない、という夢を見ては、目覚めの悪い一日を始めたものです。

 さて、入学して間もないある日、向こうの方から足をややひきずるようにして顔を下に向けて歩いてくる先生を見て、僕は他の先生にしていたように、何気なく軽く会釈をしました。すると、驚いたことに、その先生は、はっきりとその場で足を止めて、深々と僕に頭を下げられたのでした。当時、70歳くらいの先生でしたから、驚いてしまいました。威圧的ではなく、畏敬の念といえば、その時先生にたいして感じた気持ちが表現できるかもしれません。その場を立ち去ってしまってからも、何か心に残るものがありましたが、その先生のことについては何も知らないままに一年が経ちました。

 そして、一年後、その先生が、倫理社会の先生であることを知りました。哲学に出会ったというよりも、僕はその先生に出会ったという方が正しいと思います。もし他の先生であれば、これほど哲学に心を動かされることはなかったでしょうから。

 今も知らずして真似ている、というか、目標として自分もそんな風でありたいと目指していることに気がついたのですが、先生の講義には無駄な言葉というものが一切ありませんでした。最初、話は、その日の講義の主題とはおよそ関係がないかと思われる内容から始まります。その後、それらの話の間に次々と脈絡をつけ、一気に結論へと持って行く、というのが常でした。「哲学の練習」という言葉がありますが(言語では「練習」melete, meditationeとは「熟慮」というほどの意味です)、先生の講義を聞くことが、哲学の思索に参与することであったといえるかもしれません。漠然とした知識の羅列ではなく、それらの知識の背後にある本質的なものをこのようにして学ぶことができました。

 このように書くと、堅苦しい講義であったかのような印象を与えるかもしれませんが、ドイツの文学者、哲学者であるヘルダーがカントの講義を批評して語ったと伝えられる「講義がそのまま人を楽しませる会話となる」という言葉が、そのまま当てはまるものでした。

 先生の講義の根底にあったのは、先生自身の学問にたいする厳しい態度でした。曖昧な知識を頑として否定し、高校生といえども、このことに関しては、容赦するということはありませんでした。ですから、今考えても、講義は非常に高度なものでした。

 教科書には重要な術語がたくさん出てきます。その度に、その原語を教えてもらいました。キリスト教について学んでいたある日、ヨハネ黙示録にある「我はアルファ(α)なり。オメガ(ω)なり」(2章13節)という言葉の意味の説明のために、ギリシア語のアルファベット(1)とその発音の仕方、さらにヨハネ福音書の「はじめに言葉(ロゴス)(2)あり」で始まる有名な冒頭の一節のギリシア語原文を教えてもらいました。当時のノートを見ると、ただ発音したというだけでなく、簡単な文法の説明をも受けたことがわかります。高校生だからそこまですることはない、などとは決して考えず、あくまでも真理の探求のためにこのような労を惜しまれなかったのだと思います。

 やがて僕は先生から、放課後、大学で使ってられたプリントを使って個人授業を受けることになります。僕が哲学を志していることが、担任の先生を通じて、先生の耳に入ったからです。そのプリントには、ドイツ語の原文が書いてあり、ドイツ語を既に学びはじめていた僕は恐る恐る質問したところ、何の疑問も感じられず、ドイツ語の説明をしてもらうことができました。

(1)αは、ギリシア語アルファベットの最初の文字、ωは最後の文字です。
(2)後に書いたように、ロゴスlogosには、「言葉」という意味の他、「理性」という意味もあります。

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