◆失敗から学ぶ◆


 大学の受験の季節になると思い出すことがあります。ある大学を受けに行った時に、新聞を購読しないかと学生風の若い人にいわれたのです。なんとなくその話に乗せられて契約をしてしまったのですが、その後、毎週届くその新聞は僕がイメージしていた新聞とは程遠く、すぐに興味をなくしました。毎週届くその新聞を見て親が不審に思ったことはいうまでもありません。僕は、さてなんでだろうね、などといって嘘をついていました。

 半年ほどした頃、購読費を払っていなかったので、取立てに人がきました。その時初めてもう嘘はつけないと思って事の顛末を親に話しました。親は黙って僕の話を聞いて、わかった、任せておきなさい、といいました。どんな会話がされるか僕は物陰から聞き耳をたてて聞きました。「息子が契約したのですから、購読費は今お払いします。でも息子は今は地方の大学に入学しましたからこの家にはいません。これ以上送ってもらっても無駄になりますから、もう送らないでください」僕はその年大学受験に失敗し、浪人していたのでした。きつく叱られるかと思っていたのに、親はそれ以上何もいいませんでした。

 このことを経験して以来、僕はこの種の勧誘には慎重になることができました。その後はこんな失敗はしませんでした。失敗から学べるとはこのことです。高くつきましたが(恥ずかしい話ですが、親が払ってくれました)、僕は多くのことをこの経験から学びました。自分が親になって思うのですが、致命的でなければ子どもが失敗するのを親が止めてはいけないと思うのです。みすみす失敗するのを見るのは辛いですが、失敗からしか学べないことも多々あります。そしてそのように早い時期に失敗して学んだ子どもは、長じて初めて大きな失敗をするということにはなりません。

 田舎に住んでいるとバスに乗るということもめったにありません。先日、娘(小学校2年生)が祖父母の家にバスに乗って一人で行くといいました。その話を聞いただけで実のところ僕は不安だったのですが、後でその日のことを聞いて驚きました。6番系統のバスに乗らないといけないのですが、最初、停留所にきたバスは46番でした。当然、それに乗ろうと思ったのにバスの後ろのドアは開かずそのままバスは通過してしまったのだそうです。それでもひるまなかったのは娘らしいところですが、次にきた6番のバスに今度は首尾よく乗り、無事祖父母の家についたのでした。一体、娘は46番のバスが通過した時にどう思ったのだろう、と何度もこの場面を想像しました。

 このような経験を経ずに子どもが成長することはきっとありえないのでしょうね。

(2月10日)

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