ハイム・ギノット博士著「心が通じ合うために 先生と生徒の人間関係」を読んで
明治東洋医学院専門学校 教員養成学科1年
2002809 西田 佐知子
教育心理Tで半年間学んできたアドラー心理学を頭に置きながら、ハイム・ギノット博士著「心が通じ合うために 先生と生徒の人間関係」を読んだ。ここではアドラーも重きを置くコミュニケーション、特に教師と生徒のコミュニケーションに重点を置いて考察したことをまとめてみたい。
アメリカの心理学者であるギノットはまえがきで、この本には「心理療法の概念をそれぞれの教育現場にあてはめることができるとして、子供の心理療法で展開された技法と、教室で試みられた手法を用いて、具体的な提案と実際的な解決法が示されている」と述べている。
『よい教室の条件』では、小さな船で河を渡る船頭と泳げない哲学者の話をたとえにあげ、重大な問題が起こった時に大切なのは哲学や概念ではなく技術だけが救いとなり得るという。つまり理論的によい教育とは何であるかを知って、あらゆる概念を持ち合わせていても、概念だけでは子どもを教育することはできない、大切なのはそれを表現する技術だと述べている。『効果的なしつけの方法』でも『教えることで必要なものは好ましい人格特性だけでなく、それぞれの場合に特有な技術なのだ。クーニンの言葉を借りれば、技術は技術のまま終わるのではなく、必要不可欠な道具なのである。』と述べられている。
つまりこの本は裏表紙に書かれているように、『「先生と生徒の人間関係」こそ教育のかなめであるという確信にもとづいて、生徒の心にひびく「愛の表現技術」をアドバイスした本』であるということだ。
アドラーもコミュニケーションは技術だと考える。だだしそれは愛の表現方法ではない。いいコミュニケーションのあるところに愛の感情が生まれると考える。愛の感情はうまくいっている対人関係でなく結果なのだ。
・コミュニケーションの原則について
『現状を話し、人格、性格にはふれるな』
教師は子どもの批判者であるべきではないので、人格や性格をどうこういう必要はない。しかし、ここで私が混乱するのは『現状を話す」だけであることだ。現状のみを述べることによって、命令を避け、挑戦的態度を減少させるのだという。本文にあげられていた具体的例では、「音をたてるのをやめなさい」とはいわず「音がうるさいわね」、「本を拾いなさい」ではなく「君の本が床の上にあるよ」、「ドアを閉めなさい」ではなく「ドアが開いていますよ」、と表現する。結局子どもが自分で推論し決定を下すことになるので、挑戦的態度も抵抗も減少し、協力的態度が生まれてくる、ということだ。
これは、言葉を使うコミュニケーションを重要と考えるアドラーとは正反対の方法になっている。相手を理解することは不可能だという前提があるからこそ、言葉をつくして相手をわかろうとそして自分をわかってもらおうとするのだ。自分を主張しないコミュニケーションは奥ゆかしいと思われがちだか、察しまたは思いやりや気配りがうまくいかなかった場合には、コミュニケーションが成り立たないばかりでなく、攻撃的になって主張を通すか復讐的に終わってしまう危険性がある。自分が相手に望むことははっきりと言葉に表さなければ伝わらない。
・怒りの表現方法
この本では教師が怒りの感情を抱いたとしても謝罪する必要はないという。子どもの性格や人格を攻撃することを避けて、怒りの感情を表してよいとするのだ。これはアドラー的に解釈すると、まさしく子どもの思うつぼなのではないか。子どもの不適切な行動には目的がある。相手の怒りが目的なのだ。それに対して怒りで答えていたのでは、相手との関係が悪くなるだけでなく、不適切な行動が持続される。注目してはいけない、怒るのではなく適切な行動に注目していくと、子どもはわざわざ不適切な行動を取らなくても注目が得られることを学ぶ。
・ほめ言葉の危険性
本書の内容をまとめると以下のようになる。
ほめ言葉は破壊的であり、生産的である。
評価を測定したうえでのほめ言葉は破壊的であるが、子供の真価を認めてあげる意味でのほめ言葉なら生産的である。
評価を伴ったほめ言葉は不安を生み出し、依頼心を招き、子供を防御的にさせる。自分自身の力を信頼し、自己統制に導くことがない。
・われわれの述べていることが、事実と感情を具体的かつ好意的に伝えているものであれば、子どもの自分自身に関する結論は、積極的かつ生産的なものとなる。
・ほめる場合には、それぞれの行為をほめ、性格特性を評価してはならない。
・子どもの性格に形容詞をつけたほめ方は避けよ。
生産的なほめ言葉とは、子どもの努力と、その結果仕上げたもの、およびその両方に関するわれわれの感情を、言葉で述べてあげることである。こうすれば、人格評定や性格判断にはならない。ほめ言葉の基本原則は「評価を混じえずに、言葉で表せ。判断を下さずに事実を伝えよ。子どもの評価は子ども自身にまかせておけ」なのである。
アドラーもほめるという行為を否定的に考えている。ほめることの根本には縦の関係が存在し、上のもの(能力のある人)が下のもの(能力のない人)を評価するときの行為がほめるという行為になる。教師も生徒も対等の関係のなかにいて初めて、貢献に注目する言葉をかけることができる。そしてそれによってこどもは勇気づけられ健康な自己概念につながっていくのだ。
『心が通じ合うために 先生と生徒の人間関係』
ハイム・ギノット博士著 久富節子訳 サイマル出版会
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