凶悪犯罪の連鎖
教員養成学科一年 2002817
山本磨理
虐待の傷が生む虐待 「しつけ」がいつか暴力に
紙おむつ一枚の水咲ちゃん(2)は畳の上で息絶えていた。今年二月二十四日未明、さいたま市内の古いアパートの一室。駆けつけた救急隊員は息をのんだ。水咲ちゃんの両目のまわりはあざで真っ黒。ほおの皮膚はヤケドではがれ、首にはロープの食い込んだ跡が残っていた。
「私が殴りました」。救急隊員が顔のあざを指さすと、母親の安藤志保被告(24)
(殺人罪で公判中)が無表情のままつぶやいた。夫の明由被告(32)(同)はその様子を人ごとのように眺めていた。
東北地方で生まれた志保被告は高校を卒業後に上京。妊娠した。父親は姿を消したが、悩んだ末に出産。生まれてすぐに東京都内の乳児院に預けた。昨年十月、一歳九ヶ月になった水咲ちゃんを引き取ったのは、明由被告との間に男の子が生まれて結婚したからだ。
「水咲と一緒に暮らしてもいいって、夫が言ってくれた」。故郷に住む親友(24)は、電話の向こうから志保被告の弾んだ声を聞いた。親友は一度に二人の幼い子供を抱えることを心配した。だが、温かな家庭を夢見る志保被告は言った。「頑張って、いいお母さんになるから」
志保被告は、毎日育児日記をつけていた。「だっこするとスーッと寝てくれた」「今日は麦茶を飲んだね」−−娘への愛情が穏やかにつづられていた。
だが二ヶ月後、その記述が変わり始める。「食事中に遊んでばかり。私もブチ切れてしまい、思いっきりほっぺを叩いた。反抗的な目してたけどね」(昨年一二月二十三日)
志保被告は、食べ散らかす水咲ちゃんに異常なまでに神経質になった。水咲ちゃんへの「しつけ」は、暴力へと変わり、明由被告が失業した今年一月からは生活苦から虐待が加速、夫も暴力に加わるようになった。
「頭を叩いたら、後頭部がへこんでぶよぶよになってしまった。なんで一回言われたらわからないのかな」(今年一月二十五日)
二月二十三日。水咲ちゃんは昼から裸のまま正座させられていた。倒れると、明由被告が頭を殴った。罰として気温10度の夜にベランダに放り出された。
一時間後、部屋に戻った水咲ちゃんは小声で泣いていた。「いい加減にしなさいよ」と志保被告が何度かおなかを踏みつける。夫婦でビールを飲み、寝かしつけようとした時、小さな心臓は止まっていた。
六月十九日のさいたま地裁。志保被告は、涙をぬぐいながら幼児期のつらい記憶をたどった。父親は誰かわからない。母親にも捨てられ、二歳で祖父母の養子になった。「好きで育てているんじゃない」。祖父は酒を飲むとどなり、ぬれぞうきんでたたいた。
虐待をする親は、自らも幼児期に虐待を受けた経験を持つ人が少なくない。「その経験が心の傷となり、我が子だけはと育児に完璧を求める。うまくいかないと自分を追いつめてしまう」と児童養護施設のケアワーカーは指摘する。
志保被告も弁護士に語っている。「自分の親とは違い、育児を一生懸命やった。なのにどうして言うことを聞けないのかと憎らしくなった。殴る時は頭の中が真っ白になる。本当はだれかに止めてもらいたかった」
志保被告は、水咲ちゃんに自分を重ね合わせていたのではないかーー弁護士はそう考えている。「こんな悪い子もういらない、と振るった暴力は、自分にも向けられていたのだと思う」
安藤被告の玄関のドアには子供を気遣うメモ書きが張られていた(2002年2月)
「小さい赤ちゃんと子供がいます。
ブザーを押さないで戸を叩いて下さい。お願いします。」 安藤
読売新聞 H14.8.18
まず初めに、育児と教育の目標としては、自立・社会と調和して暮らせるように子供を援助することであり、心理面では、自分(子供)には、人生の問題を自分で解決する能力のあるのだという自信を持たせること、人々が自分の仲間であるという意識をもたせることにある。
人の行動というものは、信念から出てくるものであるとされているが、その信念の形成は4・5歳〜10歳前後に個々の体験を通して形成される。これが、自己世界の意味づけ「ライフスタイル」である。ライフスタイル(一般にいわれる性格)は、変わりにくいもののように思われるが、それは人が不断に変わらないでおこうと決心しているためであり、その決心を取り消せば変えることができるものである。
この事件を起こした志保被告は、父親は誰か分からず、母親にも捨てられ二歳で祖父母の養子となっている。信念の形成にあたるとされる時期には、この祖父母に育てられており、このときの記憶は志保被告にとってつらいものであったようだ。おそらくこの時の経験から、力で問題を解決すること、母と子の関係に優劣をつけることを学んでしまったのであろう。どのような対人関係においても、コミュニケーションが必要であり、良いコミュニケーションの中からは愛の感情が生まれる。コミュニケーションは技術であり学ぶことができるものである。水咲ちゃんと志保被告との間にも良いコミュニケーションをとることができていた時期もあったのであろうが、そのコミュニケーションをとり続ける技が不足していた為に子供を力で動かそうとしてしまったのだろう。
凡ての事はふり返れば、推測でしかないけれど、志保被告にとって幸せな家庭・家族を手に入れることは、コンプレックスを無くすために必要であったと思われる。「いいお母さんになるから」と友人に語った言葉からも判るように、実際には「母親になること」・母と子の関係を築くことが大切であるのだが、「いい母親」というように、ことさらに優れていなければならないと考えるのは、根底にある普通でいてはいけないという思いがあるからである。コンプレックスをもつ者は、「成功と優越性」を手に入れようとするために最初は特別良くなろうとし、次にもしもこれが果たせないときには特別に悪くなろうとする。普通でいることには勇気が必要であるといわれている(普通であることの勇気)。
では、より良い関係を築くためのコミュニケーションとは、どのようにしていけばよいのだろうか。
母親自身、あるいは父親が子供に対して苛立ちを感じることや自分の理想をおしつけてしまう事は多いのではないか。自分の理想とする子供像と子供が目指そうとする姿(目標)が、一致している場合はそれほど問題にはなってこないのだろうが、多くの場合、目標が異なることが多く理想と現実の間で悩み、親子間で良いコミュニケーションがとれなくなっている。母親、あるいは父親のほうだけに視点をあてて考えてみるなら、このような方が、カウンセリングにこられる場合、その母親(父親)自身が問題意識を持っているので改善していくことはそれほど難しいことではないと思われるのだが、問題意識がない場合や、自らが虐待を受けた経験があり自分の育児がうまくいかないのはその「トラウマ」によるものだと他に責任を転嫁しようとする場合が厄介である。中には問題意識があっても、どうしていいかその方法がわからないという人もいるであろうことをつけ加えておく。
世の中には子供が欲しくてもできない人がたくさんいる、また、不慮の事故で子供を亡くした人もいるであろう。ただその子供が生きているということ、そばにいるということだけでとても嬉しい事ではないだろうか。まず、そこからはじめる必要があるのではないか、その上で母親(父親)と子供のコミュニケーションをとっていくべきである。
大人と子供は全く同じではないが、役割は異なっても人間としては対等である。対等であるなら母親(父親)の思いどおりにならないからと腹を立てたり、自分の理想をおしつけることはないのではないか。怒りは、相手に自分の言うことをきかせようというように相手を動かすために創り出す感情なのである。子供と親という役割は違っても人として対等であることを忘れてはならない。
人と人とは何もしないで解り合うなどということはないのであり、解り合えないからこそ話し合いであったり、言葉によるコミュニケーションが必要なのである。たとえ相手が乳児であったとしてもそれ(語りかけ)をどのように受け取っているのかはその相手(乳児)にしかわからないのである。大人から見て「言葉のわからない乳児であるから言葉のコミュニケーションが取れない」などということは理由にはならない。人と人との関係を築くうえで、出来るかぎりのコミュニケーションをとる努力は必要である。たとえそれが一方からの語り掛けであったとしても言葉によるコミュニケーションはとる必要があるのである。
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