文明の話-1;四大文明だって?

 以前三内丸山遺跡を訪れたとき、いやあ、これはもう一種の文明だなあ、と感じたことがあった。縄文文明、とでも名付ける他ない、圧倒的な迫力がそこにはあった。なんて言いながら、実は文明ってのはいったいなんだろう、といわれると、本当はよく分からなかったりする。
 今月からNHKで「世界四大文明」なんて言う特集が始まるらしい。NHK開局75周年記念番組だと言うから、相当力を入れてやるんだろう。やっぱり文明ってのは、何かヒトを引きつける力が在るみたいね。ちなみに、四大文明というのは、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河文明のことなんだって。これ、古い順ね。勿論、世界には他にもギリシャ、長江、マヤ、アステカなどたくさんの文明があったし、今の世界は近代ヨーロッパ文明を経て、アメリカ文明に覆われていると言ってもいい。
 「文化」とどこが違うの、ってのがまず一つ気になる点だな。例えば日本には日本文化がある、とは言うけど、日本文明があるとは言わないでしょ。アメリカなんて私に言わせればほとんど文化不毛の地だと思うけど(伝統的な、歴史に根ざした文化という意味ね。巨大なメトロポリタン博物館があったりとか、そういう事じゃなくて)、現在の文明の中心といったらやっぱりアメリカなんだろう。つまり文化と文明はちょっと違うんだ。

 昔は、文明の定義ってのがあったんだって。例えばさっき挙げた“四大文明”なんかは、この定義に当てはめて考えられたんだ。それは、
1. 社会制度がある
2. 都市がある
3. 金属器が使われている(最初は青銅器、ついで鉄器)
4. 文字を有する
この四点を満たすのが、文明なんだってさ。なるほど、そういわれてみると、古代文明ってのは、確かにこうなっているよねえ。
 なんて関心していちゃいけないんだな、実は。この定義はもう古くて、今は使われていない。なぜなら、「じゃあマヤとかアステカはどうなっちゃうのさ」って言う反論がすぐ出てきてしまうから。あの人たちは文字を持っていなかったんだ。数字なんかは、縄を使って表現していたみたいだけど。文字がないから、あれは文明じゃないのか、といわれると、あの遺跡を見た人なら誰でも、「いやあ、そうはいえないんじゃない、文明だよ」と言わざるを得ない。

 “文字”と言うことでもっと揉めちゃったのが、最近騒がれている「長江文明」だ。中国の古代文明といえば、今まで黄河文明って相場が決まっていたんだけど、実は中国にはもう一つ、黄河よりずっと古く長江文明が栄えていたらしいと言うことが最近分かってきた。黄河流域で最初の国が出来たのは、およそ3000年前で、遺跡としてはっきり確認されているものとしては「商(あるいは「殷」)」という国が一番古い。そしておそらく、その前に「夏」という国があっただろうというのもほぼ確実視されている。この殷では、大量の青銅器が作られて、都市がいくつも建設され(殷墟、という都市の遺跡が発掘されているんだね)、現在の漢字の起源となる文字が既に用いられていた。王がいて、巨大な祭政一致の社会を組織していた。だからこれについては、中国大陸における古代文明であるということで、既に異論はない。だけど中国には、実は黄河よりも更に大きな、長江(昔日本では揚子江と読んでいた)という大河川があるでしょう。黄河に文明が生まれて、長江には生まれなかったのか?黄河は北方の、ほとんど砂漠みたいな所を流れている。長江は中国南部を潤して、その流域は自然の恵みにあふれている。どうして長江には文明がなかったのか?
でも案の定、長江にもちゃんと文明があったんだねえ。しかも、その文明たるや、実に驚くべきユニークなものだった。
(続く)
 
 
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