2枚のモネの絵

 晩年のゴッホが、狂気にとらわれて描いた一枚である。薔薇も庭木も、全てが燃え立つように彼の精神世界を如実に表している。と書いたらひょっとして信じる人がいるほど、この絵が与える印象はあの睡蓮の画家、モネのそれとは遠く隔たっている。だがこれは紛れもなく、クロード・モネ(1840-1926)の晩年の作品、「薔薇の庭から見た家」(1922-24)なのだ。モネは言うまでもなく印象派の大家として知られ、とりわけ睡蓮の連作で名高い。今回のパリ/マルモッタン美術館展で出品された作品でも、「ジヴェルニーのセーヌの支流」や「ジヴェルニーの黄色いアイリス畑」など燦々と降り注ぐ陽光、吹き渡る風、その風に揺すぶられた木々や草々のそよぐ音まで、本来絵の具に乗るはずのない自然の要素を見事に描ききった作品群が多数、紹介されている。中でも下の一枚、「ポール=ヴィエのセーヌ川、夕暮れの効果」(1894)は謐として静まりかえったセーヌ川が動くともなく流れ、残光は靄に溶けて何れが空でいずれが水面ともつかずしかしやがて闇に包まれて行くであろう予感、すなわち不動の中の動を見事に描いて私の感動を呼んだ。

   

 しかし、この様な典型的な印象派に属する諸作品に比べて、先の「薔薇の庭から見た家」はまあ、なんという変わりようか!晩年のモネは白内障が進み、目がよく見えなかったそうで、これを持ってこのモネの変容、とりわけ赤の多用の原因となす説がある。だがそんなことを言う人の方こそ、てっきりものがなにも見えないに相違ない!この作品、また同時に出品されていた「薔薇の小道」(1920−22)など、晩年のモネはそれまでの印象派から、遙かに遠く隔たった場所に辿り着いていたことは、絵を見れば明らかではないだろうか。成る程、これも印象と言えばそうかも知れない。だがそこでモネが描ききったのは、明らかに彼の精神世界、否、彼の心の炎そのものである。この絵を前にして、絵が「燃えている」と感じない人がどれほどいようか。明らかに彼の薔薇の庭は燃えさかり、のたうち回り、天にも地にも向かって悶えている。まるで「世界が燃えている」という仏陀の言葉そのままの如くである。紅蓮の、炎。

 晩年、気に入った田舎に広い家を買い、睡蓮の池と薔薇の園を設えて絵の創作に没頭したモネのどこにこれほどの炎が燃えさかっていたのか、詳しくその人物を知らない私には窺い知る由もない。だがこの絵を見る限り、彼はそれと意識したわけではないにしろ、明らかに現代美術の第一歩を紛れもなく踏み出している。折しも1920年代、ヨーロッパ中を言い知れない惨禍に巻き込んだ一つの世界大戦が漸く終わり、ロシア革命の余波にまだ世界が揺れ動いていた時代、アメリカ発の大恐慌に世界が翻弄されていた時代。私がたった一つ想像するならば、モネの天才がこうした“次の時代”の本質を明らかに察知して早くも描き出して見せたのではないかと言うことだけである。
(2004.7.4)
「音楽と芸術的の事共」
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