ウラ・ローダについての声明

2003年11月24日

2003年3月10日、トライデント・プラウシエアズ誓約者のウラ・ローダーは、Fifeの英国空軍(RAF) Leuchars基地のハンガーに駐機中のトルネード対地攻撃機一機を非武装化した。 それは、米軍と英軍によるイラク攻撃のほんの数週間前*のことだった。その攻撃は、重要なサービスやインフラストラクチャがなおも混沌状態にある国土で、7000人から1000人**の間と推計されている一般市民の死者、数知れないイラク軍兵士の死、そして無数の負傷者をもたらしたのだ。

ウラの行動は、その攻撃機があの虐殺に参加できなくすることを確実にするためになされた非常に明確で効果的な予防的直接非武装化の行動であった。 それは、空襲の残忍な本質についての十分な知識を持って、我国の軍事的暴力中毒症が貧困と絶望を増進させている、という彼女の信念から実行されたまったく責任のとれる行動であった。 彼女は、その作業が終わったあと、発見されるのを冷静に待ちながら、彼女の行動に対して自分自身を納得させた。 彼女は逮捕され、故意の損傷の罪で告発された。英国内のメディア主流からは黙殺されたにもかかわらず、霊感を与える彼女の行動の効果は偉大だった。 戦争に反対してデモ行進したり、ロビィ活動をしたり、請願した人々、そして、座り込みや封鎖行動をやった活動家たちにとって、人々が殺され傷つけられるのを防ぐためのいろいろな彼らの寄与すべての目的を生き生きと思い出させられるものだった。

ウラは、8月8日まで Cornton Vale 拘置所に再拘留中されていたが、国の法的不手際にかんがみて、その後エディンバラ最高法院により保釈条件なしで釈放された。 これは、申し立てられた罪に対して、彼女が既に5カ月間の拘留を済ませたことを意味している。 それ以降、彼女が出席したいくつかの法廷尋問が開かれた。 ウラが続けて2回の尋問に現れなかったので、彼女に対する逮捕状が10月16日に発行された。 現在、彼女に対する裁判の日付は設定されていない。

私たちは、ウラがどこにいるのか知らないし、なぜ接触を絶つことを決めたのかを知らない。私たちはただ推測することしかできない。 英国の裁判所は、無知のためか、へつらいのためか、あるいは恐れのためか、国家行為に対する批判であると見られるものはいかなるものも避けようとする傾向が強まっていることを示しており、国際法に基づいた議論をまったく除外している。 彼女が彼女の行動を正当化する真の機会を持てそうになかったと信じて、彼女が裁判所に見切りをつけてしまったのであれば、非常に良く理解できるだろう。

私たちが今ウラのためにやれる最善のことは、彼女が孤立してはいないことを示すこと、そして彼女の行動しようとした決意を共有する多くの仲間がいることを示すことだ、と私たちは確信している。(K)


訳注:

* 一つ目のパラグラフで、just weeks before を原文通りに「数週間前」と訳してありますが、3月10日であれば、開戦の「ほん数日前」とする方が正確かと思います。

** 同じパラグラフで、 一般市民の死者数「7000人から1000人」は、「7000人から10,000人」の間違いではないでしょうか? ここは一応原稿通りにしておきました。