入院中に集めたおもしろ話


入院中は落ち込んでばかりいたわけではありません。 それなりに笑ったり楽しかった事も確かにあったのです。 クスッと笑える話を気ままに書いてみました。
 

落とし物

リマンマというものがある。術後の体型の補正をするものらしい。自分でパットを作って下着に入れたり、本物にとてもよく似たパットもたくさん作られている。こちらの触り心地はメチャメチャ気持ちいい。はっきりいって本物よりずうっと気持ちいい。

ミーコさんの話によると大金持ちのおばちゃまが久しぶりにゴルフに行ったそうだ。季節は夏だったと思われる。ドライバーを振った瞬間おばちゃまは大変なものを落としてしまった。おそらくみんなゲエーッと心の中で叫んだに違いない。だってそれはおっぱいである。本人はもっとあせったに違いない。しかし、それは

35万円もするおっぱいだったのである。


ガンになったら白髪のまんま?

私は、白髪染めはまだしたことがない。ほんの少し、ブリーチしてところどころ茶髪にしているだけである。マンマの仲間は全員白髪染めやおしゃれ染めをしている。

アッコさんが言った。「私たちはもう髪を染めちゃいけないんですってよ。なんでだよーと私は心の中でまたもや叫んだ。刺激物はいけないのよ。」と確信犯のようにアッコさんは言いきった。私は心の中で白髪頭の自分を思いぞおっとしてしまった。

次の日先生を捕まえて私は質問した。「先生、髪染めちゃいけないって本当ですか?」

先生はにこにこして答えてくれた。「そんなことないよ。病院はだめだけど、美容院やお家でなら、いいよ。」

アッコさんその話一体、

誰に聞いたんだよー!!


少年の胸

手術が無事に終わるとみんなとても明るくなる。 私だって手術の前は涙ボロボロ毎日のように泣いていたりした のである。ところが手術が終わると日に日に元気になる自分に 笑ってしまうほどである。

みんなで毎日

慰め合ったり、情報収集をしたり、 とにかく しゃべりまくって過ごせるようになる。

ある日、私の胸の傷が、その日の議題となった。 みんなとてもやさしい人たちである。 当然私のことをいたわり、慰めてくれる。

「きれいな傷じゃないのとっても!

まるで少年のような胸じゃないの!」

私は女である。当然ここは少女と言うべきではないのか……。

ちなみに先生は手術前

私が質問すると、「子どもの胸のような感じになるんだよ。」と 教えてくれた。やはり、子どもなら少女ではないのだろうか。
 


カンファレンスルーム

手術の前の説明などはカンファレンスルームで行われる。この部屋に入るときは心臓バクバクになってしまうという

ときめきの いや、緊張の部屋である。

ある夜、病理の結果が出たよ。という先生の声にミーコさんが飛び上がって「私が先にきいてくる。」と、カンファレンスルームに入っていった。そして、しばらくすると、スキップしながら長い廊下をにこにこして、帰ってきた。「退院だって!」

そのあと、さっちゃんが結果を聞きに行き、少ししょんぼりして出てきた。追加の治療が必要という結果だっだ。みんなで慰めた。その晩はみんな少しショックを受けて

恒例の夜のミーティングもそこそこに、おとなしく、ベッドに入った。

数日後

私が部屋で夫と話しているところへ、アッコさんが飛んできた。キラキラ光るように輝いた顔をして報告をする。「病理の結果が今出て、なんともなかったんだって。退院していいんだって!」 ほんとによかった。おめでとうである。

そして、私たちに言い残した。「私はカンファレンスルームじゃなくて、ナースステーションに呼ばれたのよ。だから、あなたもナースステーションに呼ばれたら、きっといい結果ということよ。期待して待っていなさい。大丈夫よきっと。」

さらに1週間後 面会に来た娘たちとほぼ同時に先生が部屋に私を呼びにきた。「病理の結果が出たからお話しようか。」 そして、彼はカンファレンスルームに向かう長い廊下をカルテを抱えてスタスタ歩きはじめた。私はうな垂れてその後をついていった。心臓バクバクの部屋に入って私がひとつフウーと息を吐いて、覚悟を決めると先生はやさしく言ってくれた。「 いい結果が出たよ。良かったね。」

油断大敵ではなくて、予断大敵である。
 


若葉マーク

ユッコちゃんはドクターである。背が高くて色が白くて、 きれいな若い女医さんである。 はじめて逢ったのは、入院前に生検をするときだった。

4センチほどの 切開部分の縫合をしてくださった。 とてもきれいに縫えていると満足そうに私に言ってくれた。 次に逢ったのはCTの検査室。造影剤の点滴をしてくれた。

ユッコちゃんはかわいい先生である。 立派な先生になるべく、猛勉強中である。

入院してもずいぶんとお世話になった。

そんなある日 外泊許可をもらって2・3日自宅で過ごした私は夫に病院まで送ってもらった。病院の駐車場に入れてふと見るとユッコ先生が車でどこかに出かけていった。その車の後ろにはかわいい 若葉のマークがしっかりと、はられていた。
 


主治医

乳腺外科の担当医は優しい先生である。いつもどんな時でもにこにこと穏やかに接してくれるとても素敵な先生である。ていねいに説明してくれ、いろんな質問にも嫌な顔もせずにきちんと答えてくれる。当然患者さんにも人気があり、マンマ以外で外科に入院しているおばあちゃんたちにも絶大なる人気を集めている方である。

ある日、年賀状を書いて手がむくんでしまったアッコさんの様子を見るために、わざわざ

お休みなのに飛んできてくれた。とアッコさんはみんなに自慢げに語った。Gパンの上に白衣を引っかけて私のために来てくれたのよと夢見る目つきで語った。

私の胸に水がたまってしまったときにもちょっと見に来てくれたことがあり、その話をすると、アッコさんの目がキラリンと光りを放ち、私のところには来てくれなかったとおかんむりである。別にその時は私のためにわざわざいらしたわけではなく、アッコさんのところにもちゃんと顔をだしてくれたはずである。「あなたはその時、ベッドにいなかったでしょう。ちゃんと来てくれているわよ。」

みんなでそうなだめてやっとアッコさんの膨らんだ鼻は小さくなり、おだやかな顔になってくれた。

私たちの主治医の唯一の欠点は、もしかしたら若くて素敵でやさしくて、何よりもとても患者のために熱心であるということかもしれない。
 


回 診

入院中は毎日回診がある。外科はドクターが大勢いらっしゃるのでいろんなドクターにお世話になる。はっきり言って

みんなそれぞれお気に入りの先生ができてくる。やさしい物腰の紳士的な先生、とてもやさしい穏やかな先生、気軽に相談できる雰囲気をお持ちの先生など、それぞれに、特徴がある。

たとえばなにか自分の体の事で気になることがあるとする。病院にいるのだからナースやドクターに

すぐに質問したりアドバイスを求めたりできるのである。幸せである。ある日心配事を見つけたアッコさんは回診のたびに先生に質問をする。すべての先生に同じ事をたずねるのである。ミーコさんも毎日違う先生に同じ事を訴える。回診が終わると「ええーと。あと、どの先生にまだ聞いてもらってなかったかなぁ?」と次の作戦を練るのである。

たぶんどの先生にお話してもカルテを毎日チェックされてから回診にみえるのだから、昨日もおとといも、「その話

してたよなー。」なんて感じでばれていると思うのだけれど。
 


回診その2

回診の放送があるとみんな準備に入る。ベッドの周りにカーテンを引き、それぞれ手術した部位をすぐに診てもらえるように用意をして横になり、順番が来るのを待っている。

自分と同じ病気の人の回診の様子は、特に興味を持つ。耳をダンボにして、カーテン越しに、息を殺すようにして様子をうかがっている。

その日はミーコさんが、胸に入っているドレーンを

いよいよ抜く予定だった。 抜くときは痛くないのだろうか?管の先にまさか、肉がついて きたりしないのか?次から次へと疑問と興味が湧いてくる。 私も、先生やナースに紛れ込んで、一緒に見ていたいくらいで ある。なぜなら、ミーコさんに起こることは何日か後に、 必ず私の身にもおこることだからである。
 


生体移植

私のいとこは腎不全に苦しんでいたが、昨年腎移植を受け、見違えるほど元気になり、充実した生活を送っている。

私の手術が終わり、先生が摘出した乳房を家族に見せたとき、母は自分の体の一部が切り取られてしまったような痛みを感じたそうだ。ベッドサイドに付き添った母といろいろ話をしていたら、母はこう言ってくれた。「ほんとうにねえ、何で、あんたがこんな病気になったんだろうねぇ。移植できるものだったら、私のおっぱいをあんたにあげたいよ。」

母親とはすごいものである。ありがたいものである。気持ちはうれしい。とてもうれしい。けれど、私は母にきっぱり言った。「いいんだよ。自分で取るって決めたんだから。それに、ばあちゃんのおっぱいなんかいらないよ。

バチあたりな娘である。
 


見 舞

入院につきものは御見舞である。友達や職場の人、私の場合 、親戚はみな遠いのでほとんど気のおけない友達が中心である。 仲間はやはりありがたいもので、手術前と同じように接して くれて、私があまりにも元気そうなので少しがっかりする くらいである。 何人かの見舞い客には

「いつ手術?」 と聞かれ、「もう終わったよ。」などと言って、 驚かせるのが私の密かな楽しみのひとつだった。

さて、アッコさんはじめ、みんなにも次々に、御見舞の人が やってくる。1ヶ月も入院しているとそれはたいへんな人数に なってしまう。 親戚の方や近所の方まで御見舞にやってくる人はたいへん である。なんせ、同じ話しを何度も繰り返し説明するわけで、 乳がんとわかった経緯から手術の話、治療の話など、ほんとう に同じ話をしなければならない。

「ほんと、全部コピーして、用意しておきたいぐらいだね。」

アケさんの一言に、一同、おもいっきり、 うなずいた。見舞のお客さまにもいろいろタイプがあるのだ が、私たちを一番落ち込ませるタイプがある。 自分の病気の話に始まって、家族や親戚、さらには近所の人の 親戚や、自分の勤め先の知り合いの病気まで、次々に語る タイプである。しかもガンを克服して元気になった人の話 ではなく、転移や再発の恐ろしい話の場合が圧倒的に多い。 これは勘弁してほしい。 私たちはこれからずうっと不安と戦っていくのである。 見舞に行くときは良い話をもっていこうではないか。
 


お嬢ちゃん

私は、40歳で乳がんの宣告を受けて、手術をし、入院中に 41歳の誕生日を迎えた。決して、世間では若いとは言えない 年齢ではある。

が、しかし、病院と言うところは少し 感覚が違う。たまたま入院中は、私が一番年下だった。 「まだ、若いのに、かわいそうだねぇ。」などと、ずいぶん 気の毒がられたりもした。

外科から、婦人科に転科して、筋腫の手術もしたのだが、 婦人科の病室でもえらく、若く見られたようで、まだ若いのに なんて、ここでも言われた。「お嬢ちゃん、悪いけど、ブラインド開けてくれる かねぇ。」と、言われてさすがに、決まりが悪かった。 だって、いくらなんでもお嬢ちゃんはないだろうなんて、 思ったのだ。

けれど、ふと、気がついた。同室の患者さんは、60歳、 78歳、そして、88歳である。彼女たちから見れば、 私なんぞ、まだまだ、

ひよっこ。お嬢ちゃんなのである。
 


病人はわたしです

 入院中患者さんは、病衣という、パジャマのようなものを着ている。が、自分のパジャマを着ている人もいる。

私たち乳がんの手術を受けた患者は、手術が終わると、すぐ、元気になり、食事はもりもり食べるし、よくおしゃべりするし、スタスタと元気に歩き回り、およそ、病人らしくはない。もちろん、傷が痛んだり、体調のすぐれない時だってあることはある。

 ある日、私はグリーンのチェックのパジャマを着ていた。エレベーターに乗ると、何人かの入院患者さんが乗り合わせた。

その中のおじさまが私に言った。「あんた、付き添いの人かい?」私は、にっこり笑って答えた。「いいえ、私が病人です。」