おもしろ話・PART2


更新日:02.8.12


HPを公開した後も、あん時はこうだったなぁなんて、いろいろ 思い出すことがあります。いろいろネタはあるのですが、ボチボチ書いていこうと思っています。

”私はこんな体験をしたよ”など、とっておきの話があった ら、ぜひお知らせ下さい。


ぷよぷよ・・part2

再び、主治医と患者の会話
先生 「どう?ぷよぷよしてる?」
患者 「はい。先生、私、クヨクヨしてます」
先生 「だから、くよくよじゃなくて・・ぷよぷよだよ」
患者 「だって、先生、私、落ち込んでるから、クヨクヨですよぉ〜」

病気がわかったとき、ひどく落ち込んで、苦しい日々を過ごしていた彼女も
ようやく、診察室での冗談が言えるようになった、今日この頃でした。

ぷよぷよ・・part1

最近仕入れた、うちの主治医と患者の会話。
先生 「手術したところ水たまってぷよぷよしてこない?」
患者 「先生、脇の下は大丈夫なんだけど、ここがぷよぷよです」 (お腹を指差す)
先生 「そこは、僕のせいじゃないからなぁ〜(笑)



待合室のヒソヒソ話

診察を待つ間、待合室には様々な人たちが時計とにらめっこしながら自分の名前が 呼ばれるのを待っている。
先日、めずらしく空いている外来の待合室にいると、あたりをキョロキョロ見回している おばさまが目に入った。彼女はだれか話し相手をさがしていたらしい。
私の座っているソファのひとつ前で彼女は「奥さん、奥さんも乳がん?」と同じくらいの 年代の女性に話しかけた。そして、2人のヒソヒソ話ははじまった。

ヒソヒソ話とはいえ、私には聞こえてくる。ホルモン剤を飲んでいるので子宮ガン検査を 受けるのだという奥さんの話はいつのまにか、おばさまによって、ホルモン剤を飲むと 子宮ガンに“なる”という話になってしまった。
違うよぉー!と、思わず叫びそうになる私。話はどんどん大きくなっていく。おばさまは 「私毎日2錠も飲んでいるのよ。子宮ガンになるくらいなら、1錠にしてって先生に 頼んでくるわ!」と、鼻息を荒くしている。ため息が出そうになってしまう私。

もちろん先生が丁寧に説明して、おばさまの誤解を解いてきちんと薬を飲むことを 納得させてくれたらしいが、時には患者さん同士の話はとんでもない話に発展し、 先生に内緒で薬を飲まずに捨ててしまっていた人も知っている。

先生のお話には「はいはい」とうなずき、待合室で仕入れた実に怪しげな情報を 信じ込んでいる人に「それは違いますよ。」と声をかける勇気のないまゆりんなのです。



冷たいものの通り道

手術後冷たいものをググッと飲んだとき、びっくりした。 喉を通って、手術をした右側の胸を通過した。はっきりと通っていくのが わかるのだ。
早速、入院仲間のみんなに聞いてみた。すると、なんとみんな同じなのだ。 しかも、リンパ郭清をした人は、最後にリンパのなくなった脇の下に冷たい 飲み物が入っていくという感覚を感じていたのだ。

Tさんは先生が神経変なところに繋いじゃったのかもしれないとまじめに 悩んでいたのだ。あれこれ原因をみんなで討論した。

今まで、食道の上に脂肪やら乳腺があったのにそれをごっそり切除したのだから 食道を通る冷たいものの感覚が直に皮膚に伝わってくるに違いない。 そう私は確信した。だって、右胸は手術前よりずっと寒がりになったもの。 肉布団というように、脂肪って暖かいに違いない。だから、胸の肉布団が なくなって、寒さが身にしみちゃうんだよな...。 なんて勝手に思っているけど、本当はなんでぇぇぇ?だれか教えてくださいな。



麻酔

手術はもちろん全身麻酔で行なわれた。手術前日麻酔医が 病室に来ていろいろお話をしてくれる。いよいよ当日は病室で手術の 準備に入ると、基礎麻酔の筋肉注射を2本容赦なくブスッと打たれる。 これで相当意識は怪しくなり、オペ室までの道のりをよく 覚えてなかったりする。

そして、本格的な"麻酔"。恐るべき技である。麻酔のおかげで 本当に何もわからない。自分の体を切られても縫われてもくすぐられても 一向にわからない。痛みさえ認知できないほど、意識のレベルを下げると いうのだ。\(^○^)/おかげで、私の手術は痛みも恐怖も感じることなく 無事に終了した。

術後何日かして、この麻酔のことが話題になった。すると、 ミーコさんはニヤニヤして私に言った。「あんたの手術の時 、オッシー(私たちの主治医)ずっと病棟にいたんだよ。 いったい誰が手術したんだろうねぇ。」 そんな馬鹿な!!私は「手術終わった時確かにオッシーの声で 終わったよってこえかけられたもん。」すると、ミーコさんは ますますニヤニヤして、「それは、麻酔を使ったアリバイ工作 だよ。」(@_@)(~_~;)(*_*)

こんな冗談で盛り上がってしまったのでした。ジャンジャン。




BGM

11月に生検、12月に乳腺全摘手術、1月に子宮全摘手術と 短期間に3つの手術を経験した私だが、それぞれ麻酔の方法も、 時間もさまざまだった。

初めての生検のとき、BGMは何にします?と聞かれ、 クラシックをお願いしますと言った。大好きなピアノの調べを聞きながら 目を閉じて、きれいな花畑にいるイメージを描いて、局部麻酔の 恐ろしさから逃げようとしていた。が、いつのまにか、花畑は消え、 ピアノさえ、耳に入ってこない。だって、だって、痛ぁーーい!! という私のわめき声で、それらは消え失せてしまったのだ。

乳がんの手術の時も、BGMは?と聞かれた。どうせ、私は 麻酔で眠っちゃうんだから、先生のノリのいいのにして下さい。 とお願いした。先生がどんな音楽を聴きながら、オペをしたのか 私は知らない。

さて、子宮筋腫の手術は、腰椎麻酔、つまり下半身だけの 麻酔だった。3度目のBGM選びである。私は最新ヒット チャートでお願いします。とリクエストした。手術が始まった時 キロロが流れていて、ゆったりした気持ちになれた。
次は、キンキだ!!うん、いい感じ。ところが、私は たった2曲しか聞けなかった。だって、手術は20分足らずで 終わったのだ。ものすごーく順調に進んで、あっという間に 「終わりましたよ。」の声。後片付けや話し声で、最新ヒットチャートは もう私の耳には届いてはこなかったのだ。





筋肉痛

手術ネタを連発!!
手術後、身体中がものすごく痛い。手術したところは全然 痛くないのに、足や、おなか、背中、腕、首筋、うぅぅぅん。 この痛みは覚えがある。確かにこれは筋肉痛である。
私が思うには、いくら麻酔で意識がなくても身体は、完全に 防御モードに入っているんじゃないかということ。自分の体が 侵襲されているのである。無意識にも防御の体勢になるんだ。

手術後先生に思い切って、質問した。「あの、すごい筋肉痛 なんですけど、私手術中に何かしました?」親愛なる私の先生は、 「うん、そうとう暴れてたよ。どうしたのかと思っちゃうくらい ……。」恥ずかしい・・・。起きててもうるさいのに、寝てても、 うるさかったんだ。筋肉痛は暴れたせいだったのである。m(__)m



お手上げテープ

乳がん患者の病室の入り口にはピンクのビニールテープが はってあり、患者の名前と、ところどころに日にちが記してある。 子供の頃に柱についていた背比べの印のようなものである。

手術が間近になったある日、ナースのKさんがテープをもって やってきた。「術前に手がどれだけ上がるか、記録しておいて、 術後のリハビリの目標にしまぁーす。」と、説明してくれた。

なるほど、術後は手を上に上げるのがたいへんになるのだ。 すでに手術を終えたみなさんは、一生懸命手を動かし、手を あげる練習をしている。痛いからといって大事にしすぎると、 ほんとうに腕を上げることができなくなってしまうらしい。

手術をした側の手を反対の手で引っ張って、上に上げる練習を ”ヒーヒー”言いながら、みんな頑張っているのである。

手術後、私の手の上がり具合をチェックしに看護婦さんがやってきた。 傷が引っ張られて痛かったけど、必死に手を上げた。2・3日もすると、 だいぶ楽に上がってくれた。 私はリンパ節の郭清をしなかったので、術後の傷が引っ張られて 痛いだけで、手を上げるのはそんなにつらくはなかった。

看護婦さんが首をかしげた。「おかしいわねぇ。オペの前より 手が上がっているよ。」ごめんなさい。手術の前のお手上げの時、 少し手を抜いていました。



長男・15歳

家の長男は産まれてこのかたずうっと反抗期というめずらしい 経歴の持ち主である。とにかく、心配の絶えない息子である。 決して悪い子ではないけれど、息子のおかげで波瀾万丈である。

さすがに、今回の私の病気は風邪や腹痛とは、訳が違うと いうことはちゃんとわかっていた。それなりに、心配もしてくれた。 病気は命に関わる恐い病気である、が、具合はどこも悪くない のである。はたから見ると健康そのものなのだ。

手術を終えて、次の日までは、ベッドに横たわり、点滴やら、 尿の管やら、おまけに酸素マスクの重装備である。この姿を 見ればさすがに心配したに違いない。でも、運良く?学校だったので、 私のところに来たのは、手術後2・3日経ってからだった。

すでに、元気を取り戻していた私を見て、「家の母ちゃんは 不死身だ。たいしたことないじゃん」と、思ったに違いない。 もう、すっかり元気だし、相変わらず、いろいろと私に心配を かけてくれる今日この頃である。




長女・11歳

うちの長女は、しっかりものである。自由奔放の兄と妹に はさまれて、放っておいても、しっかり者になってくれた、 頼りになる娘である。

病院に見舞いに来た帰り道、私の母である祖母にむかって、 「ばあちゃん。お母さんガンでしょ。ほんとのこと言って。お母さん 死んじゃうの?」母は、涙が出そうになったそうだ。それをきいて、 私も涙が出た。子供たちには心配かけちゃいけない。元気な姿を みせて、不安を取り除いてあげなくちゃと決心した。

しばらくたって、娘が手紙を書いて持ってきた。
「お母さん、元気になってよかったね。私も一生懸命お手伝い をしています。でも、じいちゃんも、ばあちゃんも、お父さんもたいへんです。 お父さんが一番疲れています。お母さんが一番元気です。」すばらしい 観察眼である。




次女・9歳

次女は、末っ子らしく面白い娘である。なんでも興味津々の 好奇心旺盛な子である。

手術後、私の胸がどうなっているのか、不思議でたまらない らしく、「痛い?ねぇ痛いの?」と、えらく心配してくれた。 お母さん、変かなぁと聞いてみたら、「お母さん。ぜーんぜん わかんないよ。どっちを手術したのかわかんないよ。だって、 もともとないじゃん!!」………失敬なっ。

くやしいから、娘の最近のエピソードをひとつ書いちゃおう。 先日家の車(デリカスペースギア)が、トラブった。異常に気づいた 夫が車を降りると、長女も次女も続いて降りた。夫が、ボンネットを 開けた瞬間、長女は一歩後ろへ下がった。次女は、もちろん 一歩前へ、背伸びをしてのぞき込んだ。 その時、真っ黒いオイルが勢いよく吹き出した。次女は、真っ黒に なった。大笑いである。家へ帰りシャワーを浴びて、きれいに なった娘に、「肌がつるつるになったね。オイルマッサージし ちゃたもんねぇ。」とからかうと、「ほんとだ、つるつるになった!」 と、平然と言い放った。ホォ−−。懲りてない!