備えあれば・・・

 憂いなし・・。と続くことわざだけど、私に限って言えば、「備えあっても憂うだろう」

「しゃきっと」という雑誌の取材を受けた。なぜ私が医療に特別な関心を持って生きてきたのかとライターは問うた。それは、「人は必ず死ぬ」という原則があるからだと話した。死は病につながり、病は「がん」という私にとっては特別に感じてしまう病気への強い興味と恐れとなった。

若い頃、正確に言えば、中学生の頃から「がん」という病気はなぜか私にとって特別なものになっていた。特に死別体験があるわけでもなく、きっかけは今もわからない。

自分もいつか必ず死ぬ。そしてそれはいつどんなふうに自分が直面するのかはわからない。わからないけれど、それを具体的にイメージすると病気になって死に至る。
もしも、自分が、あるいは大切な誰かががんという病になったらどうしたらいいのだろう・・不安でたまらない私は、次々がんという病気の知識を積み重ね、情報を丹念に拾い集めて、自分なりの死生観も含めてがんになった時の準備をしてきた。

そして、実際にがんを体験し、時を同じくして父をガンで見送った。その時が来て、私の積み重ねてきた情報や知識は確かにいろんな場面で私を救ってはくれた。では、動じなかったのかといえば、それはもう見事に動じまくった(苦笑)心をコントロールすることは難しかった。

取材の最後、ライターさんが再び私に問う。
「備えあれば憂いなしですね」

私は、首を振った。
どんなに備えても、いざ直面すれば私は憂うしジタバタするだろう。それでも良いと思えるようになりました・・・と。

何のための備えだよ!と、心の中で自分に突っ込みを入れながら・・(笑)



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