乳 が ん 発 見 の 経 緯




平成10年3月に、毎年恒例の主婦検診で、エコーによる乳ガン検診を受ける。

左乳房に嚢胞がみられるので要精検の通知が届き、4月に総合病院の外科を受診。

触診では、特にしこりも触れないので、心配はないとの事。せっかくだからという 先生の勧めで、精密検査の予約を取り、この日はマンモグラフィを撮って帰宅。

5月の予約日に、乳腺の専門の先生の診察。


前回の受診でしこりはないと言われていたので、わりと、気軽に診察に臨んだのだが…

マンモグラフィの画像を見た先生に、「右ですね」と、言われ、私はびっくりして、 「左の嚢胞と言われて来たんですけど。」と、あせって答えた。

慎重にエコーで診ながら、生まれて初めての、細胞診をする。しばらく待った後、 悪性の細胞は見つからなかったと言われた。


その時の先生の説明は次のようなことだった。

○ 左側の嚢胞については、悪いものではないので、心配はいらない。

○右の乳房に石灰化が見られるので細胞を調べたが、今日の検査では悪性のものは見つからない。

○ 半年後に必ず、もう一度、受診すること

この半年間は私にとっては、ものすごくつらい時期だった。何をしていても、頭から、”ガン”という言葉が消えることは なかった。

さらに、家庭内でも次から次へと問題が起こり、 息子のこと、両親との確執、 もう、絶対に胃に穴が空いちゃう と、思うくらいストレスの連続だった。

半年後の9月末もう一度受診し、前回と同じように、 精密検査を受ける。

細胞診の結果、悪性のパターンが出ていると言うことで、 私は 生検で、 確定診断をつけることを選んだ。


11月6日、日帰りにて、生検のための、手術を受ける。

ステレオガイド下生検

私のように、しこりを触れない病変の場合、マンモグラフィで、 石灰化の部分を撮影して、 コンピューターで、画像解析し、ねらいを定めて、石灰化部分に針を刺し、 ガイドワイヤをかけてから、手術室に移り、局部麻酔にて、 摘出する。

摘出したものを、レントゲンで撮影して、きちんと取りきれた か確認し、その後、縫合する。

摘出したものは、病理検査に回され、通常は2週間ほどで、結果が出るのだが、
私の場合石灰化なので、3週間後に結果が出るということだった。

この摘出手術は、とにかく、痛かった。私は特に痛みに弱いと いうこともあるが、
手術中に「痛い−−!!」と、何度叫んだことか。

びっくりしたのは、電気メス。白い煙が上がり、 何かが焦げたような匂いがするのだ。
焦げているのは私の体・・・(~_~;)

病理検査の結果、私の右乳房の乳管内にガン細胞が発見され乳がんという診断が確定した

1998年11月26日の夕方のことだった。



主治医からの説明

石灰化というのは、乳管内にできた、ガン細胞が何らかの 理由で壊死したものと、考えられていること。

石灰化があっても、必ずしもガンではない。しかし、石灰化の小さな粒が、
たくさん集まっている(微細石灰化像)のは、早期乳がんの兆候であること。

乳管内で、増殖を始めると、いずれは、乳管の壁を破って 外へ出て、しこりを作り始める。

ここからを、浸潤ガンと呼ぶ。

生検の結果、石灰化の部分にガン細胞があったが、乳管内にとどまっており、非浸潤ガンである。
つまり、非常に早期の乳がんであり、手術をすれば、100パーセント近く、治ると考えて良いと言うこと。



結果は、夫に休みを取って一緒に聞いてもらった。一人で受け止める自信が無かったからだ。

入院・手術と、どんどんおおごとになってしまい、一緒に住んでいる両親には、早期だから大丈夫と、 言いながら内心は、絶望的な気持ちにさえ、なっていた。