父さんの旅立ち

-- 2000年1月11日 --


昨夜は母と妹が2人で父のところへ泊まった。
冬休みが終わり、子供達は今日から学校。朝からとてもお天気が良く気持ちがいい。
いつもなら家事もそこそこに病院へと向かうのだが、みんなが出かけた後、 この日はなぜか家中の掃除をする。妹もいったん病院から戻り、父の様子はあまり 変化はないと話し、安心して、しばらくおろそかになって汚れ放題の家をせっせと掃除。

母からも大丈夫だからゆっくりしてからおいでと電話があった。ひさしぶりに自宅で 軽い昼食をとり、病院へ向かった。





病室に入り、 父の様子を見ると、目をかっとみひらいたまま、ハァハァと苦しそうな息づかいで、 身体中を使って努力して呼吸をしていた。
下顎呼吸 をしており、前日までの 呼吸とはあきらかに違っている。


母に聞くと、朝はそんなに苦しそうではなかったし、回診では主治医が大丈夫ですね と声をかけていかれたという。義弟がきてくれたので、母は入浴のためいったん 自宅へ帰ることにした。

14時の検温
血圧は安定。酸素飽和度も変わらず98。
痰の吸引をしてもらう。

15時半
痰の吸引を再びお願いし、その時看護婦さんにこの呼吸は かなり状態が悪いのではと尋ねてみる。

本当は先生からお話ししていただくことですが・・・と前置きをして 非常に状態は悪く、いつ呼吸が止まってもおかしくないので、 母が父のそばを離れている事を心配して早く戻ったほうがよいと 話してくれた。

おむつの交換もかなり私達家族の負担になってきているだろうし もう少ししたら尿管に管を入れましょうと提案された。

16時
母が急いで病室に戻る。妹にも電話を入れ、もうすぐ主治医が回診に みえるので、子供達を集めていつでも来られるように待機して もらう。

16時15分
会社にいる夫に、息子をバイト先に迎えにいって一緒に 来てくれるように連絡を入れる。

16時40分頃
主治医がくるのを今か今かとハラハラしながら待ち、 母が父に声をかけていると、すーっと呼吸が静かに弱くなり、父の 苦しそうな顔もすっと和らいでとても楽になったように見えた。

義弟が妹にすぐくるように電話をしに病室を飛び出すとすぐ、ふっと父の呼吸が 止まった。ナースコールを押して看護婦さんを呼ぶ。酸素はもう測定できず、 看護婦さんが「呼吸停止です。先生を呼んで。」とナースコールを押す。

父の目から涙がスーっと流れ落ちた。

内科のI医師が先に来て父を診ていると主治医が走ってきた。 I医師は主治医に顔を横に振って見せ、主治医が心停止を確認して 瞳孔を見て、 16時57分、父の臨終を告げた。

看護婦さんが心電図のモニターを押しながら走ってきたけれど、 それすらつける間もないほど静かに父は旅立った。

父の呼吸の様子が変わってたった5分ほどの間の出来事だった。 父が旅立つ時は家族全員で見守るつもりだったのに、妹も間に合わなかった。

結局母と私の2人で父を見送った。母は父にすがって泣き崩れ、私は父のベッドの 足元で、「父さんごめんね、ごめんね。助けて上げられなくて、何にもできなくて ごめんね。」と父に謝り続けた。


父は何も言わず静かにあっけないほど潔く旅立っていった。




●MLへの投稿 --- 父逝きました ---

みなさまにご心配頂きましたが、1月11日16時57分、 静かに父が逝きました。 おだやかで、静かな、あっけないほどの逝き方でした。 葬儀がすみましたら、またご報告させていただきます。

ありがとうございました。



     


ずっと私を励まし続けてくださった先生方やメンバーの方たち、 乳がんMLの仲間達からも、数え切れないほどのメールが届いた。

そのひとつひとつのメールを読みながら、私は思い切り泣いた。
父を失った悲しみと たくさんの人のあたたかい心への感謝の気持ちでいっぱいになり、 一人でパソコンの前で泣いた。





●MLへの投稿 --- 父の最期について ---

-------略--------

様子が変わって、ほんの5分ほどの間の出来事でした。

なんだかあっけなくて、覚悟はしていたのに、目の前で父が呼吸をしなくなった のがあまりにもあっけなくて...。

今夜が山ですよとか、そろそろ家族を呼んでとか、そんなことを言われるん だろうと勝手に思っていたので、何これ?という感じでした。

父の蘇生術はお断りしていたので、自然のまま父が自分の時間を終えたの ですから、それは納得しています。

けれど、家族が見守る中で、子供たちにもちゃんと祖父の最後を 見届けさせたいと思っていたので、それだけが残念です。

あきらかに死が近づいたときの呼吸をしていたのに、なぜ、みんなに すぐ来るように言わなかったのか...。
これは、私の判断ミスだったと後悔しています。

父にとっては、静かな逝き方だったのかもしれません。

精一杯やったつもりだけど、やっぱり...悲しいです。
父の望むことと信じていろいろしてきたけど、結局自己満足なのかも しれません。

けれど、おむつだってたったの3日しかせず、尿の管も入れず、心電図の モニターでさえ、付けるのが間に合わないほどの潔い逝き方だったと 思います。

父のことますます、好きになりました。誇りに思っています。

みなさま、ほんとうにありがとうございました。

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      (T_T)...まゆりん...(T_T)。。。。



     
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