・・最後の入院 --4 --


2000年1月1日・・・・・入院27日目

父も母もいないさみしい大晦日が明けた。お正月は病状の安定している患者 さんや退院の近い患者さんはお正月を自宅で迎えるために、年末から外泊を される方も多く、病院は少しガランとしている。

我が家はお正月どころではなかったけれど、小さな小さな重箱におせち料理の 真似事をして、私達家族5人と妹家族4人、全員そろって、朝、病院へ向かった。

父は目覚めており、前日から母に用意させた孫達へのお年玉をひとりひとりに 自分の手で渡してくれた。そして、娘である私と妹にも・・・。父からお年玉をもらう なんて、いったい何年ぶりだろう。そして、きっとこれが最後のお年玉だ。

病院へむかう途中のコンビニでインスタントカメラを買い、父からお年玉をもらう ところを写真におさめた。 父の病室に家族全員11人集まって、あけましておめでとうと言い合い、父は 機嫌よく、ほんの少しだがおせち料理にも手をつけた。

しばらく父の病室でみんなでおしゃべりしたり、笑ったりして過ごし、いったん 子供達を連れて引き上げた。

午後再び病室に行くと、父がうれしさに顔をクシャクシャにして、
「お昼ごはんをたくさん食べられたぞ!!」と、涙を浮かべて 喜んでいた。食べられるようになったら元気になれるとまた生きる意欲がわいたようだ。

入院した時は2・3日か週単位でしか考えられないと言われた父が 2000年をむかえることができた。痛みで顔がゆがむ時、苦しそうに身体を 動かす時、幻覚に苦しむ時、もう早く楽になっていいよと、心の中でそう 言いながら、目覚めている父と言葉を交わしたり、すやすやと気持ち良さそうに 眠っている時は、ずっとこのままでもいいから、生きてて欲しいと叫びだしたい ほどの願いで、家族みんなが父を見守っていた。


2000年1月2日・・・・・入院28日目

バイタルは安定しているが相変わらず幻覚を見る。眠りのリズムも狂い、 ぐっすりと眠るということがなくなってきた。目覚めると夢か現実かわから ないようなことを口走る。

★父が見た夢の話

昨夜おもしろい夢を見た・・・と父が話し始めた。
自分がとても困っていたら、馬に乗った美空ひばりが「○○(父の名前)を 死なしたらだめだぁー!!」と叫びながら助けにきた。

美空ひばりは、鉢巻をして、まるで巴御前のように剣のようなものを 手に疾風のように父を助けにきてくれたというのだ。

人は死が近づくと死んだ親や友人の夢を見る。ということを聞いたことがある。
父が話す夢の中にはたくさんの芸能人が出てきた。それは、父の世代の 有名人たちであり、しかもみんな亡くなった人ばかりだった。
けれど、父は亡くなった自分の親や友人には夢では逢わなかったらしい。


この頃から夜は毎日2人づつで病院に泊まるようになった。母と妹。母と私。 あるいは、妹と私。という組み合わせ。

夜眠れない父と3人で話をしているとそこだけ時間が止まったようで 永遠の別れが近づいているのに、笑ったり、ふざけたり・・・。父は 意識のはっきりしているときは、悲しいくらい素直で、父の口から 出てくる言葉は私達が笑い転げるほどのおもしろさ。

父の表情はだんだん崇高なものになっているように私は感じていた。
病状が進むほどに表情も乏しくこけた頬に目だけが光り、少し恐いような 顔になっていたけれど、身体も一人では自由に動かせないほどに衰弱してから 日に日に父は、侵しがたい気高さを感じさせるようになった。


排泄の手伝いをする私達に 「すまないなぁ。」と詫びるので、「何言ってんの。 今のうちにいっぱい練習しておいてあげるからね。うんと年取って、下の世話が 必要になった時、じょうずに出来るしさ。それに“ごめんね”じゃなくて “ありがとう”のほうがうれしいよ。」と言うと、「ありがとぅねぇ。ありがと、ありがと。」 と、何度も言った。

下着を脱がせて、ポータブルトイレに肩を貸して、座らせると、「あっちへ 行ってろ。」と言い、じぃーっと尿の出るのを待つ。それでも、トイレで排泄 するというのは父の人間としての尊厳を守るためには、どうしても必要な ことだった。

父の身体はますます肉がこそげ落ち、おしりの肉がほとんど無くなって しまっており、尾てい骨のとがった骨のところが皮を刺激して、床ずれの ようになっていた。バスタオルを身体の下に引いて、体位を変えたり、 クッションや、丸めたバスタオルを背中や腰に当てたりして同じ姿勢を 長く続けないように気をつけていたが、それでも、やはり床ずれができた。


★母の看護メモ★

昨夜はほとんど眠れなかった。睡眠剤もきかない様子で看護婦さんも 少し様子を見て痛み止めを一時はずしてみましょうとも言われたが 次第に落ち着いてきた。

30分おき位におきて座ったりしたあと、午前4時頃、おしっこが出たら ようやく一時間くらい眠る。



2000年1月3日・・・・・入院29日目

昨夜からかなり 興奮状態。 眠れない事と、痛みが強くなり、モルヒネの量を 何度も増やす。点滴を嫌がり、しきりにはずしたがる。眠剤も何度か飲むが 効かない。

お昼間、トイレの後、窓際の椅子に座り、しばらく外を眺める。久しぶりに 外の景色をゆっくり見る。・・・黙って並んで外を眺めていた。

★母の看護メモ★

昨夜もあまり眠っていないのに、昼間も眠れない様子。少し眠った後、目を覚まし しばらく大声を出して、「誰か、来てくれぇー!」と叫び、看護婦さんを呼ぼうかと 思うほどだったけれど、20分くらいで落ち着いてくれた。

夜、0時前にやっと興奮はおさまった。このまま寝てくれるといいなぁ。

ようやく、朝方4時〜5時まで眠る。その後、目を覚ましてからはずっと起きている。



2000年1月4日・・・・・入院30日目

正月休みも終わり、主治医の回診。ガスか便が溜まっているのでそのために 腹痛が強いのかもしれないと、浣腸の指示が出る。排便をしてもお腹の痛みは とれず、今日もモルヒネの量を増やしたり減らしたりの調節が頻繁。

腹部レントゲンの結果は、ガスが多くたまっているとのこと。

眠剤もあまり効果がないので、夜、 安定剤(セレネース)の注射。


2000年1月5日・・・・・入院31日目

昨夜のセレネースが効いたのかゆうべは朝まで良く眠ったが、朝目覚めてからは 身体が痛いと何度も訴える。モルヒネの量を増やす。 不安感を強く訴える。

この日のお昼にヨーグルトとゼリーを口にする。これが父が最後に口にした 食事だ。この日の夜からは水のみ口にする。

夜、おしっこをしたい様子だったので、すぐに準備をしたが間に合わず少しもれた。 それからしばらく興奮気味で、起き上がって座ってみたり、点滴を抜きたがった する。言葉がうまく出ない。


●MLへの投稿 -- 闘い続く --

父の闘いは続いています。 入院後一ヶ月を過ぎ、主治医の予想を越えてがんばっています。

黄疸は進み、31日に2度目の腹水穿刺で、3リットルの水を抜き ましたが、すぐにまたお腹はパンパンです。
かなり、意識も朦朧としており、今日はとうとう、ベッドで無意識のうちに 排尿してしまいました。

せん妄は続いており、幻覚を見、恐怖を感じて、ものすごく緊張したり、 神経が高ぶって、2日も眠らない日が続いたりしました。
本人がぐっすり眠らせてくださいと訴えたので、眠剤のほかに、 安定剤を注射してくださいました。 なんという薬か確認したら、T先生やS先生が書いてくださった セレネースという薬でした。

島先生が副作用について触れておられましたが、どんな副作用が おこるのでしょうか。

楽しい父の夢は終わり、不安と苛立ちと朦朧とした意識の中で、 苦しい時を過ごしています。
バイタルは、今も安定しており、父にとってこの苦しい時間があと どれくらい続くのか...そして、それが父にとって幸せなことなのか、 早く楽になってほしいと思う日もあります。

生命が終わるということは、大変なことなのですね。静かに自然に 死に移行してほしいなどと思っていましたが、やはり、死ぬということは、 簡単なことではないのですね。

ちょっと、精神的にも疲れてしまって、愚痴愚痴モードになってしまいました。 もう少し、頑張って、今は、父を静かに見守ってあげること...ですね。

一日のほとんどを病室で過ごしているので、たぶん、出戻り娘か、 行かず後家?だと思われているような私です。
では、また。



●高田先生からの返信

島先生が後ほど詳しく書いて下さると思いますが、副作用の 一つは不随意運動です。自分が意識しないのに、手足(首なども)を動 かしてしまう動きです。

もう一つは、全身としての「動けない」感じです。 周囲から見ると、薬で押さえつけられているようなイメージで、ベット 上で動けないで居るような感じです。

上の二つは矛盾しているようですが、共にセレネースの働きで起こりま す。あと、しばらく眠り続けるような事もあります。

> 楽しい父の夢は終わり、不安と苛立ちと朦朧とした意識の中で、
> 苦しい時を過ごしています。

おそらく、まゆりんさんが側に付き添うことで、お父さまの不安や苛立 ちは軽減されると思います。

お父さまがセレネースのために、動こうとしても動けないなら、まゆり んさんがお父さまの手や足になってあげて下さい。手を取り、足をさす り、少しでもまゆりんさんのお気持ちを伝えるようにして下さい。

いま、まゆりんさんとお父さまとのお時間は、きっと輝いています。



●島先生からの返信

眠剤の使用はこの場合、正しくありません。

確かに眠剤が有効で眠ってくれることもあるのですが、もともとせん妄というのは 意識障害ですから、眠剤により、その意識障害が更に進行し、かえってせん妄状態が 強くなり、興奮状態になる危険性もあります。

無難なのはセレネースの単独投与です。副作用止めのアキネトンやピレチアorヒベ ルナの注射薬を併用することもありますが、これらの薬もせん妄状態・幻覚妄想状態 を起こしやすいですので、使用すべきではありません。

セルシン等の抗不安剤の使用は眠剤の使用と同じことで、せん妄を強めてしまうリ スクがあります。

セレネース単剤でも眠ってくれないときは、抗うつ剤のテトラミドの併用がベスト でしょう。(ただし、テトラミドは他の抗うつ剤に比べると心臓への影響は少なくな っていますが、セレネースよりも心毒性は強いですので、慎重な増量が必要でしょ う。) 。

セレネースの副作用として、急に眼球が上転したり、頚や舌が曲がったりするジストニー反応と 呼ばれているものとじっと座っていられなくなるアカシジアという副作用が急速多量 の投与で起こりえます。

また、薬剤線パーキンソニズムの副作用も高頻度に起こりま す。薬剤性パーキンソニズムの症状としては、手指の震え、関節・筋肉の強直、動作 緩慢(ひどいときはベッド上で身動きできなくなります)、唾液が口元からだらだら もれたり、言葉が発音しにくくなったりもします。

後は眠気ですね。注射をした翌日もうとうとする状態にもなりえます。

ただ、これらの副作用は致命的なものではなく(患者さん本人にとっては不快な副 作用ですが)、薬剤が体内から消えれば無くなるものです。



●Mさん(看護婦さん)からの返信

穏やかな時間のお手伝いができるように少しでも前進しようと 思っています。 よろしくお願いします。(._.)

まゆりんさん、はじめまして。 まゆりんさん自身、休んでいらっしゃいますか? ご自身のお体のことも気遣って下さいね。

私は、一般病院勤務です。一般病棟であるため患者さんやご家族に とって恵まれた環境をなかなかご提供できませんが、少しでも穏やか な時間を過ごしていただけますよう頑張っています。

高田先生がお書きになっていらっしゃるように、
お側についていらっしゃることで、お父様にまゆりんさんの思いは 十分伝わっていると思います。
病室にいらっしゃるのですがご自宅にいらっしゃる時と同じような 「普段の会話」をご家族で続けて差し上げられることでお父様は ご安心されるのでは、と思います。

ご家族の声が聞こえると、とっても穏やかなお気持ちになられる のではないでしょうか。

「娘」さんとして一緒の時間を過ごされることって素敵ですよね。 まゆりんさんご自身、あんまり頑張りすぎないようになさって くださいね。



●Oさん(患者さんのご主人)からの返信

  人の心にしみる言葉をもらされることは、決して「愚痴」とはいわないと思います。
おそらく、なんと思われてもいい心の状態というのが、 いちばん人間の原点に近い状態で、 人と人との接触を密にしてくれ、 いまのおとうさまにとっても、いちばんやさしく感じられるのではないか、 と思います。

また、状況が許し、お気持ちが向けば、 いつでも、なんなりと、思われたこと、感じられたこと、 お聞かせください。



●Mさん(患者さん)からの返信

まゆりんさん、お父様の看病でお正月どころではなかったと思います。 でもお父様の生命力は素晴らしいですね。 2000年を、生死の狭間にいながらも迎えることが出来ましたね。

  でもお父様が、苦しい肉体のなかでまだ頑張っていらっしゃるということは 魂の奥で、まゆりんさんやご家族の方たちとまだ訣別したくないと思っていらっしゃ るからのような気がします。 まだ、肉体にとどまって皆とコミュニケートしたいと願っているのです。

まゆりんさんも、心も体も疲れているでしょうね。 時々は自分の時間もみつけて、大きく深呼吸してください。 少しは心が落ちつきますよ。

そばで看ているかたは、その苦しみを前にしてとても辛いでしょうが、お父様の最 後の闘いです。 手を取って、心穏やかに時を共にしてくださいね。

  私は母の看病も最後まで看取ることもできなかったので、それがとても心残りです。
  まゆりんさんとお父様との濃密な時間は私にとっては、輝いているものにみえます。 頑張ってくださいね



 
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