・・最後の入院 -- 5 --


2000年1月6日・・・・・入院32日目

★母の看護メモ★


朝から目覚めても言葉が聞き取れない。今日で一ヶ月、今朝からほとんど意識が はっきりしない。

無意識ではあるが、「忘れるな、忘れるな。」と繰り返す。しきりに友人の名前を 呼んだりする。

眠剤も含めてすべての薬を点滴での投与にする。もう父が自分で薬を飲む事は できない。

夜11:00、ひどい興奮で一人では手に負えず、まゆみ(私)にTELしてきてもらう。 久しぶりに雨が降る。



母からの電話で病院に駆けつけ一晩中父を見守った。父の顔の見えるところの床に 座りこみ、壁に背中をもたせてずっと起きて父を見ていた。
少し眠ったようだったので、急いでトイレに行ってもどってみると、父は一人で ベッドから降りて床にうずくまっており、あわてて母を起こして二人で抱きかかえるように して父をベッドに戻した。

目をかっと見開いて興奮しており、まったく眠らない。




●MLへの投稿 --- 支えてくださってありがとう ---

昨夜はメールを送信した後、病院の母から電話が入り、父が興奮して 手に負えないとSOSがあり、雨の中車を飛ばして行きました。

眠剤や、安定剤の点滴による投与は、効果なく、カッと目を見開いたまま、 うわごとを喋り続け、唸り声を発し、点滴を引っこ抜き、ベッドから降りようと したり...。

結局、母を寝かせ、私は徹夜で父の見張り番をしてました。 朝5時ごろから、ほんの少し静かになり、眠っているように見えました。

たった今、尿で汚れた洗濯物の山を抱えて帰ってきました。

綿のように疲れた体と高ぶった神経を、みなさんのメールが、すーっと なだめてくれました。 涙がでます。ほんとうにみなさんの心がうれしくて、ありがたくて、 涙が出ます。

もう少しがんばります。父はもっと頑張っているのですから...。 以前、父に伝えたことがあります。 パソコンを通して、たくさんの人が私を支え、父を支えてくださっていること。 父はとても感謝していました。

ほんとうに、支えてくださってありがとうございます。
また、今日も一日、明日も一日、頑張れそうです。



●吉田先生からの返信

こちらこそ涙が出そうです。

昨日、とうとう亡くなられたSさんの句を捧げます。
”明日という日はなくっても今日はある”



●島先生からの返信

こう言った緊急の場合は、セレネースを連続的に筋注ないしは静注します。
セレネース1アンプル投与して、1時間経っても効果が現れないときには、 もう1アンプル投与、その後また1時間経っても鎮静が得られないときには、 更にもう1アンプルと投与を重ねていきます。

セレネースは心毒性が低い薬ですから、思い切って使っても、高齢者でも比較的安 全に使えます(もちろん、多量投与する以上どんな致命的な副作用が起こるかわかり ませんが、その頻度はまれですので、このお父様の状態で、まれな致命的な副作用を 心配している時ではないでしょう。
注:重篤な副作用としては、Syndrome malin(悪性症候群)、 心室頻拍(Torsades de Pointesを含む)、麻痺性イレウス、抗利尿ホルモン 不適合分泌症候群(SIADH)、無顆粒球症、横紋筋融解症があげられます。)

少なくとも眠剤や抗不安剤を多量に投与するより危険性は少ないです。(こちら は、多量に投与すると呼吸抑制が起こる危険性があります。)

セレネース自身の量は、相当量まであげることができます(1日10アンプルぐらい までなら、どうしても必要なら、我々精神科医は使います。)
ただし、あくまでもこれは症状をおさえて、付添や医学的管理をしやすくするため の処置でしかありません。

付き添う場合、最も本人の心の許せるお母様か貴方になるでしょうが、部屋の照明 は完全に暗くしてはいけません。人の顔がわかる程度のほの暗い程度の暗さにしまし ょう。(暗くするとますます本人の混乱が増すからです。)

そして、絶えず声をかけたり(「大丈夫だから・・・安心して・・・私よ・・・わ かる・・・娘の○○よ」といった台詞を何度でも繰り返してあげてください。
手をとってお父様の顔のすぐそばで、ささやかれるのがいいでしょう。
背中をさすったりといったスキンシップも大いに使ってください。)

頑張りましょう。命を支える試みは崇高なものです。



●母上を看護する方からのメッセージ

メールを拝見していて、涙が出そうになりました。 (しかしここは会社、ぐっとこらえて・・・)

ご家族の皆さんが頑張っていらっしゃるその中で 特にまゆりんさんが頑張っていらっしゃる様子に 私自身いつも励まされています。

お父さまにとっても、また、まゆりんさんにとっても 辛く大変な時期ですが 悔いが残らないように頑張ってください。

そして、ご自身のお身体とお心にも 少しは注意してくださいね。 かといって休める時期ではないでしょうけど ホンのちょっとでいいから 無心になる時間が持てるといいですね。

無茶をしない程度に無理をなさってください。 (変な矛盾ですが・・・)



●MLメンバーからのメッセージ

去年の父と同じです。 何日も眠りませんでした。
急に調子が悪くなり、眠った、と思ってほっとしたのもつかの間、30分もしないうち に起きて飲み物を口に運ぶ指図を繰り返しました。

辛いですね。 思い出します。

「がんばって」、と言うのはあまりにもまゆりんさんの気持ちがわかる分 辛いですけど、わたしなんかよりずっとしっかりされているのであえて 「がんばって」と応援させてください。

後悔のないように、お父様と少しでも長く、でも、少しでもお父様の 苦しみが軽くなりますように父の写真に祈っています。

急に寒くなってきました、まゆりんさん、お母様お疲れだと思います。 お体にきをつけて・・・。



●MLメンバーからのメッセージ

まゆりんさん、毎日大変でしょうけど、できるだけお父様とご一緒に過ごし てくださいね。きついでしょうが、後悔が残らないように、でも、ご自身の体 に無理のない程度に…。

先のことは考えず、毎日を一日ずつクリアしていきましょうよ! 寒暖の差が激しいので、ご自愛下さいね。

ただ、こうやってメールを出すことくらいしかできないけれど、こんな駄文 がまゆりんさんの気分転換になることを祈りつつ…。



●MLメンバーからのメッセージ

こんな時、何も言えなくなってしまいます。ごめんなさい 胸の中で言葉が詰まって出てきません。
精一杯できる中で、見守ってあげてくださいね。 決して無理をされませんように、言葉足らずでごめんなさい。

只々、真心をこめて祈っております。



2000年1月7日・・・・・入院33日目

ついにおむつをつける。唇のカサカサもますますひどくなりかさぶたがいっぱい。
意識も朦朧としている。水を少し飲むが、またすぐにうとうとと眠ってしまう。

午前中母が婦長さんに呼ばれる。非常に悪い状態になっているとのこと。
今後のことについて母が意見を聞かれ、とにかく静かに逝かせてくださいとお願い する。無理な事はせず、自然のままでいいと母が言い、婦長さんもきっとその方が 父のためには良いと思うと言ってくださった。


夕方妹の長男が来て、一生懸命話し掛ける。きっと耳には届いていたのだろう。 しきりに孫の名を口走る。

主治医の回診にはほとんど反応なし。けれど、看護婦さんの呼びかけに 「はぁーい!」と返事をする。はじめて痰の吸引をする。

母を家に帰し、妹と私、2人で病院へ泊まる。母の心と身体の疲れもピーク。


2000年1月8日・・・・・入院34日目

★母の看護メモ★


朝きてみたが、やはり意識は朦朧としている。11:00の血圧がとても低い。

目は開けているが意識はない。おしっこの時は少し声を出す。うわごとでもいいから 何か言って欲しい。

夕方孫(私の長男)が来て、じいちゃんと声をかけたら、反応し、目がさめたようで しばらく「オーイ。」とか、「きつい、きつい。」と言う。夕方再び意識なし。

★妹の看護メモ★


痰を吸引してもらう。呼吸がずい分楽になる。看護婦さんが「痰をとるよぉ。」と 声をかけたら、「やめろぉ!」とはっきり大きな声で反応した。

今日も姉と2人で泊まる。


2000年1月9日・・・・・入院35日目

眠剤と安定剤を中止する。

妹がおはようと声をかけると、はっきりとおはようと返事をする。が、看護婦さんの 呼びかけに反応なし。

水を少し飲む。顔をしかめ痛む?と聞くとうなずく。 モルヒネ8.0/hで、静注の最大量と言われる。

昼頃主治医の回診。先生の呼びかけに大きな声を出すが言葉にはならない。何か 一生懸命訴えているように見える。父の目から涙がこぼれる。

モルヒネを8.0にすると、呼吸がときどき止まる。呼吸の 様子を見ながら、モルヒネの量を調節する。

夕方再び痰の吸引。かっと目を見開いて、「なんてことをしてくれるんだ!(怒)」と 私を見て声を出す。これが私が聞いた最後の父の言葉になった。

夜、妹の夫が声をかけると目を開いて反応する。が、またすぐに眠る。


2000年1月10日・・・・・入院36日目

今朝はもうまったく反応がない。モルヒネを少し減らしたら無呼吸も減る。5日間排便 がなかったが、下血が始まった。

痰のため、呼吸がかなり苦しそうなので、少し楽になれるならと安定剤を使う。もう水も 口にしない。



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