発  病

1998年夏〜冬

春先に家庭菜園のための畑を借り、耕し、石を拾い、雑草をむしり、楽しそうな毎日を 過ごしていた父が、夏のころから痩せはじめた。
食欲はすごくあるのにやせていく。しかも、水をガブガブ飲み、排尿の回数も 多く、トイレに独特の甘い匂いが残るようになった。

これは 糖尿病 に違いないと、病院に行くようにみんなで勧めた。 けれど、日頃から健康には自信を持っていた父であり、病院が大の苦手の父は 頑として病院へ行こうとはしなかった。

病院に行く・行かないの父VS母と私たち姉妹のバトルが続いているいるうちに 娘である私が乳がんの告知を受け、入院・手術となり12月半ばに入院してしまい、 父のことは棚上げにになってしまっていた。


1999年1月下旬 受 診

私の退院が決まった一月下旬、やっと妹が父の説得に成功し、父は重い腰を 上げて、近くで開業している内科医を受診した。

血液検査で血糖値が600、 糖尿病という診断で、糖尿病専門医への紹介状を書いてくれ、入院治療を 勧められた。
私が入院している総合病院の糖尿病専門医を受診し、 ベッドが空き次第入院と決まった。

1月30日私が退院し、長男の高校受験でバタバタと過ごしながら、父は 10日ほど自宅で食事療法と服薬で過ごし、入院の日を待っていた。


2月10日

病院より連絡があり、内科病棟に入院、早速いろいろな検査が始まった。
13日に生化学検査、17日にCT、この時期までは、何の疑いもせずに、糖尿病 だと信じ込んでいた。

父の性格を考えると、むしろ、糖尿病で良かったと思っていた。

父の両親は共にガンで、すぐ下の弟も肝臓ガンで闘病中だったので、 ガンではなく糖尿病ならうまく付き合っていけると考えていた。
自己管理のきちんとできる父なら、糖尿病のコントロールができると思ったからだ。

父にもそう話し、私ものんきに考えていた。



2月17日

この日CT検査。付き添っていた母が不安な面持ちで帰宅。
CTで膵臓が通常の倍くらいの 大きさに腫れていると言われたのだ。

その時、はじめて父の病気がガンである可能性に気がついた。

父の生活習慣を考えれば糖尿病になるはずがない。
むしろ膵臓がやられてその結果 引き起こされた糖尿病だと考えたほうが、父の場合は納得がいくのだ。

2月18日

この日、私は先生に呼ばれ父の癌を知らされた。
私が乳がんの手術を同じ病院の外科で受けたばかりであることを知っており、 私をキーパーソンと考えたようだ。

けれど、母や妹にはまだ話さずにいた。26日の血管造影で詳しい病気の進行度が わかるので、すべての検査が終わってから私が家族に話をすることにして、直接先生 から両親に話す事は待って欲しいとお願いした。


 
そして、いろいろな検査の結果、 膵体部癌との診断が下った。




父の病状について、叔父に書いた手紙

ご無沙汰しています。 この度は父のことでご心配をおかけします。
突然の電話での知らせで、とても驚いたことと思います。

私たちも、あまりにも突然のことで、どうしたら良いのか本当に迷いました。
母の受けたショックは、大きく、一時は、どうなることかと思いました。
主治医からの連絡で、説明を受けることになり、26日、私と夫と義弟の3人で、 病院に行きました。
母や、妹は、動揺が激しく、とても、説明を受けるられる状態ではなかったのです。

ただ、その結果、やはり私たち家族だけで、父のことを決めてしまって良いの だろうかと思い、おじさんに、相談すべきだということになり、電話をさせてもらいました。

母からの電話では、概略しかお知らせできなかったようなので、やはり、父の病状や、 今後の見通しなど、知っておいてもらったほうが良いと思い、手紙を書きます。

確定診断までの経緯

昨年より、異常に水を飲むことや、食欲はあってよく食べているのにもかかわらず、 痩せてくるなどの様子が見られました。
たぶん、糖尿病だと思うから、病院へ行くようにみんなで、勧めたのですが、とにかく、 医者嫌いの父ですし、自分は少しも具合の悪さを感じないものですから、どうしても、 言うことを聞きませんでした。
母も、私たちもけんかになるまで、病院に行こうと何度も言いましたが、とうとう、 だめでした。

今年になり、やっと、重い腰を上げて、高血圧でときどき、通っていた近くの開業医に 血糖値を測ってもらったところ、600もあり、総合病院宛てに紹介状をもらいました。

2月1日
総合病院を受診。 即入院が決まりましたが、ベッドの空きがなく、自宅待機になりました。 10日間、自宅にて血糖値を測りながら、食事制限をして、血糖値をだいぶ 下げることができましたが、まだ、300以上ありました。

2月10日 入院
糖尿病の治療に入りました。

2月12日
採血‥‥‥この時点で、先生は、膵臓を疑って検査をオーダーしたそうです。
この結果、膵臓ガンを示す腫瘍マーカーに異常値が見られました。

2月17日
CT検査‥‥膵臓を中心に撮影
膵臓にガンが確認されました。
膵臓が通常の倍ほどに腫れていると いう説明で、次に血管造影検査をすると、父と母に先生が伝えました。

2月18日
この日に、先生に私が呼ばれて、血管造影検査について、詳しい説明を受け ました。万が一、検査で、悪い結果が出た場合は、母に直接連絡をせず、 私に連絡を入れてもらうことを先生にお願いして帰りました。
私が一人で先生に呼ばれたということで、父も不安を覚えたようで、 家に連絡をいれたので、母や妹は心配して、泣いて大変だった様です。

2月23日
血管造影検査‥‥そけい部の動脈から、カテーテルを入れて、造影剤を 注入し、膵臓付近の動脈の様子を撮影。
この検査が父は一番精神的につらかったようで、私達も 廊下で心配しながら、長い時間を待ちました。

2月25日
MRI検査‥‥‥胆管と膵管の撮影
この日の夕方、私の電話に先生から連絡が入り、膵臓ガンで あることが確定し、手術は難しいことなどが、知らされ、翌日 病院にて説明をすると言われました。

2月26日
結果と治療についての説明
膵臓の体部に6センチのガンがある。
そのガンにより、膵臓の機能が損なわれ、糖尿病を引き起こしたこと。
高齢者で、急に糖尿病が出た場合は、膵臓ガンが疑われるので、 まず、腫瘍マーカーで、チェックし、CTにて、確認した。


治療方法について
・ 手術の場合、膵臓全摘、門脈一部切除の非常に危険で大規模な手術となる。 外科とのカンファレンスの結果、大学病院に転院して、再度検査をして、手術 ができるかどうか、判断してもらう。
たとえ、手術ができたとしても、半年か1年。

・ 手術ができない場合は、放射線と抗がん剤の点滴による、治療。 この治療を選択しても、半年から9ヵ月。

・ 何もしなければ、3ヵ月から6ヵ月。

病状の説明は前述の通りです。
かなり、厳しいものでした。いろいろ調べましたが、膵臓ガンは非常に予後が悪い ものです。5年生存率はわずかに数%にすぎません。非常に見つかりにくく、進行も早く、 たとえ治療をしても直ぐに再発・転移をしてしまうことが多く、ガンの中でも もっともたちの悪いもののひとつです。

手術や放射線、抗がん剤、どの治療を選択しても、父は、体に大きなダメージを 受け、体力を消耗してしまうことになるのです。

父は、いつも、口癖のようにガンになったら、手術は絶対にいやだといっていました。 管につながれて、苦しい思いは絶対にしたくないと、強く言っていました。
今は、少しも具合の悪いところはなく、すごく、元気です。自分が病人とも思って いないくらいです。その父を手術や治療で、苦しめることはできません。

先生に、少しでも元気なうちに家に連れて帰り、自由に暮らさせてあげたいと伝え ました。先生もそれが、一番賢明な選択だと思うと言われました。
今なら、入院する前と同じように、元気に生活する時間がしばらくでも取り戻せます。

ただし、もし、具合が悪くなったら、その時は、父の苦痛を取り除く処置をしてくだ さるように、痛みが強く出るようになったら、痛みを取り除いてくださるようにと お願いしました。

私たちは、父の生命力を信じます。人の寿命なんて、神様しか知らなくて よいことだと思っています。毎日を大切に、父が恐怖や絶望を感じること無く、 少しでも元気に、幸せに暮らしていけるように、みんなで支えていくつもりです。

5日の日に退院が決まりました。
慢性膵炎なので、薬を飲みながら、糖尿病の管理をすると先生から父に説明 してもらいました。
手術をするといわれるのが、一番恐かったと父が言いました。

とても、病人とはおもえないほど、今はすごく元気です。本当に元気です。 父を見ていると、病気のことなど、とても信じられないくらいです。

私たちの選択が父にとって、間違いではないと思いたいです。
父の人生観のようなものはよくわかっているつもりです。

おじさん、きっと、飛んできて、父の顔を見たいと思います。 私たちだって、おじさんが来てくれたら、どんなに心強いかと思います。
でも、今はそれをお願いすることはできません。
本当にごめんなさい。 私たち、みんなで母を支えながら、頑張ります。どうか、見守って下さい。


父の余命について先生に言われたことは、母には、伝えていません。
父があと、どれくらいということは、あくまでも医学的なデータのことです。
それを今の母に知らせても、苦しみが増すだけだと思います。

治療は、経口の抗がん剤を使っています。父には、膵臓の働きを補うための 消化剤と説明されているようです。

アガリクスという、キノコの成分で作られた、健康食品も、取り入れました。

手術や、放射線で、大きくダメージを受けて、ベッドで過ごすのは、父には 耐えられないことです。

長くなってごめんなさい。なるべく、冷静に事実を正確に、伝えなければと思い、 こんな形になってしまいました。すみません。
お体大切にお過ごし下さい。


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