ヴェルサイユ編
<イル・ド・フランス(ヴェルサイユ)編>

 
 8月31日(月)  晴れ 

  この日は、7時45分に起床。シャワーを浴びてから、昨日買っておいたクロワッサンとヨーグルトを
 ガイドブックを見ながら食べた。フランスに来てから、私は毎日クロワッサンを食べている。さすが
 本場だというだけあり、すごくおいしい。バターがよく染み込んでいて、外はさっくり、中はふわっと
 している。何よりも、すごく安い!!パン屋はいたるところにあるのだが、フランスパンはサイズが
 3種類ぐらいあり、安いのは日本円で30円ぐらいなのだ。これには本当にびっくりした。ユースのクロ
 ワッサンは納得いかなかったが、外でこんなに安く買えるのならいいやと、寛大になれる。(こういう
 のは寛大とは言わない) そして驚いたことに、本当にみんなバッグの中にそのままフランスパンを
 入れて、歩きながら食べているのである。たいていバッグから飛び出しているのだが、私はマンガの
 中だけの話だと思っていたので、無性に感激してしまった。

  朝食をとり、私は身支度をしてホテルを出た。今日もパリはとてもいい天気である。日本と違って
 じめじめしていないので、同じ暑いにしても、過ごしやすく気持ちがよい。私は地下鉄をに乗り継いで
 オーステルリッツ駅まで行き、そこからRERのC線に乗りこみ、ヴェルサイユへと向かった。
  ヴェルサイユ・リヴ・ゴージュ駅までは、約37分。パリを取り巻くように広がるイル・ド・フランスは、
 緑豊かな田園地帯である。窓から見える景色もとてものどかである。日本の田舎の鈍行電車に乗って
 いるような感じがして、とても居心地がよかった。

  ようやく到着した駅は思ったよりも小さくて意外ではあったが、パリの人込みから抜け出せて、私は
 大きく息を吸った。地図を見ながら駅を出発。この街は、ヴェルサイユ宮殿以外は、はっきり言って何も
 ないところなので、方向音痴な私でも簡単に辿り着くことができた。
  徐々に、でーんとしたヴェルサイユ宮殿が見え始め、私は心なしか緊張していた。ああ、ベルばら!
 ルイ14世!フランス革命!!太陽の光が反射してキラキラ輝き、ただでさえ豪華絢爛なこの宮殿が、
 さらに光って見えた。

    文句があるならヴェルサイユへいらっしゃい

  門をくぐり、この素晴らしく豪華な建物を見上げる。ヴェルサイユ宮殿、色んな本や映画などで幾度
 も取り上げられているこの宮殿。ご存知の通り、フランス官邸文化の黄金期の象徴である。
  17世紀、太陽王ルイ14世が、先祖代々からの狩猟場だったこの地に「史上、最も大きく最も豪華な
 宮殿を建てよ」と臣下たちに命令を出して、半世紀近くの年月をかけて造られた宮殿である。 
太陽王ルイ14世の銅像   そもそも、ルイがそう命令したのも、従僕である財務長官フーケ
 が、王である自分をさしおいてヴォー・ル・ヴィコントに贅を尽くした
 壮麗な城を築いたことに腹を立てたからだ。ルイ14世は、建築家
 にル・ヴォー、室内装飾家にル・ブラン、造園家にル・ノートルと
 当時超一流の技師たちばかりを起用した。
  が、そのキャスティングこそ、フーケのヴォー・ル・ヴィコント城を
 造り上げた面々だったと言うのだから、何とも皮肉なものである。
  「史上最大の城」の建設工事が1668年に着工されてから完成
 までの間、常に2万人を超える人夫と6000頭もの馬が動員され、
 工事そのものも、またフランス史上最大だったといわれている。

  それにしても、この時代の人の勘違いな負けず嫌い精神をどう
 にかしてほしかった。そうすれば、財政が赤字になることもなかっ
 ただろうし、フランス革命だって起こらなかったかもしれない。
 この時点で、すでにフランス革命の原因は生まれていたのである。

  左の写真は、宮殿の門をくぐった正面に建てられている、ルイ
 14世の騎馬像(上の写真にちょっと写っている) この写真を撮る
 時、私が1人でカメラを構えていたら、フランス人の親子(?)らしき
 2人組みが「写真、撮りましょうか?」と声をかけてくれのたで、撮ってもらうことにした。その写真を載せ
 ようかとも思ったのっだが、やっぱり恥ずかしいのでやめさせていただいた(笑)

  この日は月曜日だったので、ヴェルサイユ宮殿の中は見ることができなかった。残念ではあったが、
 そのため人も少なかったので、それ以外の所をゆっくりと見ることができた。
  宮殿を通りぬけ、目の前に広がる庭を見た瞬間、私はそのすごさに圧倒されて言葉が出てこなかった。
 すごいとしか言いようがない。一国の王様の狩猟場だったというだけあって、半端じゃない広さである。
 というより、一体どこまでが庭なのかさえもわからない。現在の広さは815haにも及ぶ。これでも革命下
 に縮小されたというのだから驚く。しかし、ここまでくると、縮小しようが拡大しようが、さほど変わりは
 ないと思うのは、貧乏人の私だけだろうか。
  ヴェルサイユ庭園。奥の水色部分は泉なのよ
  フランス式庭園の最高傑作と言われる大庭園は、上でも書いたように造園家ル・ノートルの設計。
 ルイ14世の庭園に対する思い入れは深く、自ら『ヴェルサイユ庭園鑑賞の手引き』を著しているほどだ。
 う〜ん、自分の趣味を大々的に発表するなんて、すごいと言えばすごいが、迷惑といえば迷惑である。
 私のような庶民の本だったら、別に読まなくても全然平気だが、国王の書いたものなら、嫌でも読まない
 わけにはいかない。きっと感想などを求められたりしたのだろう。
  現在、この手引きは「ルイ14世のお勧め」として、1つのコースになっている。そのコースとは、水の
 庭園〜秋の泉〜鏡の泉〜冬の泉〜アポロンの泉〜春の泉〜夏の泉〜ネプチューンの泉の順である。

  この庭園にはいくつかの離宮が存在するが、私は庭を一通り見たあと、ベンチに座ってぼーっとして
 いたので、申し訳ないが何も説明できない(笑) 知りたい方は、ガイドブックを見れば載っているので、
 それを参考にしていただきたい。

  それにしても、この宮殿。行った時は感動したが、今こうやって振り返ってみると、素直にそう思うこと
 はできない。ルイ14世が1682年にパリからヴェルサイユ宮廷を移して以来、1789年の大革命までここは
 フランスの政治、文化、芸術の中心地だったのである。当時の一流芸術家たちが腕を振るい、贅の限り
 を尽くしたこの宮殿は「朕は国家なり」と宣言した太陽王ルイ14世の絶対的権力の象徴といえるだろう。
 だが、最初にも書いたが、この贅沢が後に大きな力を動かすことになってしまう。やがて王権の衰退と
 革命の勃発を招いたのである。
  だが、色々書いてはいるが、やはりこのヴェルサイユ宮殿には、ドラマが存在したと思う。約1世紀に
 渡るブルボン王朝の絶頂と滅亡。そして、この太陽王ルイ14世の鉄仮面という謎も、まだ解明されて
 いない。

  なんだか旅行記と言うより、ミステリー小説の後書きのようになってしまったが、気にしないでほしい(笑)
  庭園側から見たヴェルサイユ宮殿






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