幸田という人物は、作文をまったく改行しない癖があるため、非常に読みづらい文章になっているが、あえて原文のまま掲載することにした。
弊サイト掲示板に以前書き込みをくり返していた「元患者」を名乗る人物も、私が指摘するまではまったく改行しない癖をもっていた。
上の文章で注目して頂きたい部分を赤字に変換した。この作業だけは私が後から施したことである。
「冨田さんのご尊父の手術の2日後か3日後、メディカルセンターのICUで、ご尊父が人工呼吸器で管理されている、向かって一番左側のベッド
の脇で、奥様と、息子様(冨田さんご自身でしょうか。お二人とも小柄の印象がありました)お二人に私から謝罪いたしました。」
すでにテレビや週刊誌で面が割れてしまったのだから、今さら隠しだてすることもあるまい。
母親の身長は152cmで、私の身長は177cm、首回り43cm、肩幅49cm、胸囲105cm、握力70kg、友人らは私の腕を「前脚」と呼ぶ。
病気ひとつしない頑丈な体に産んでくれた両親には感謝をしている。
生前父親が、幸田が20万円の「口止め料」を持って、筑波学園病院まで見舞いに来た時のことを話していた。
「俺と同じくらいの背丈だった」(父親談)ということは、幸田の身長は160cm台後半、裁判所での被告人尋問で私が初めて幸田を見かけた
印象と同じである。
集中治療室で昏睡する父親のベッドを挟んで、約2〜3mの距離で向き合っている身長差25cmの親子を、それも片方は見上げる目線にある人間
をつかまえて、幸田は「お二人とも小柄の印象がありました」と言ってしまったのが失敗だった。
私は出生から今日まで、他人から「小柄」と評されたのはこの一件が初めてだ。恐らく死ぬまで人様から「小柄」と言われることはない。
この幸田からのメールに対して、「私は小柄ではない」と返事をしたところ、幸田は次のメールで「息子さんですか?と確認をしたわけではな
いから」と苦しい釈明をしていたが、筑波メディカルセンターICUに入室できるのは、家族と家族同伴の第三者しか許されていない。
父親の入院について、「早ければ1週間で退院できる」と辻から言われていたため、親族、仕事の得意先、近所の人にも話してはいなかった。
唯一第三者で父親の入院を知っていたのは、父親の会社の女性従業員だけだった。
つまり、筑波メディカルセンターICUの、父親のベッド近くに存在できた男性は「私以外にはあり得ない」ということだ。
2005年3月31日、幸田は筑波メディカルセンター院長の石川と共に、水戸地裁土浦支部に出廷してきた。
本来原告側の出廷は必要なかった期日だが、テレビ局ディレクターが取材したいと要請してきたので、私だけが裁判所に向かうこととなった。
ディレクターとの待ち合わせ時間に裁判所へ行くと、すでにディレクターは裁判所玄関前に到着していた。
「幸田先生だと思うんですが、もう裁判所の中に入っていかれましたよ」と、ディレクターが言う。
「幸田はどの車で来ましたか?」とディレクターに聞くと、千葉ナンバーの紺色のボルボを指さした。幸田に間違いない。
「幸田先生は悪い人ではなさそうですね。私にも丁寧にお辞儀をして行かれましたよ」とディレクターは言う。裁判所の玄関前にいる誰とも判
らない人間に「お辞儀をして行かれた」?
裁判所内に入ると、法廷前廊下の長椅子に石川と幸田が並んで座っている。本当は裁判所内は撮影が禁止されているが、デジカメで被告ら2人
を撮影しておいた。
後にディレクターが幸田本人に電話取材をかけたところ、幸田は「マスコミの人間が私を撮影した」と不快感をあらわにし、改めて「私は間違
いなくICUで冨田さんの息子に会っている。奥さんも息子さんも小柄な人だった」と強調したそうだ。
裁判所で待ち合わせをしたディレクターは、身長が160cmちょっとの小柄な人。
まさか幸田は、裁判所玄関前にいたディレクターを私だと思い込み、バカ丁寧にお辞儀をして「冨田の息子はやはり小柄だった」と確信をも
ち、裁判所の廊下でカメラ撮影をした私をつかまえて「マスコミの人間が私を撮影した」と激怒したのか?
幸田もテレビの放送や週刊誌はチェックしただろう。
マスコミ関係者だと激怒したはずだった人間が、実は冨田の息子だと知って腰を抜かすくらい驚いただろう。
私を「小柄」と言ってしまったことが致命的だった。誰が見てもすぐにバレてしまう幼稚な嘘をつくのはやめておきなさい。
嘘もつき続けると、いつしか脳内で真実であるかのような錯覚をしてしまうようだが、調子に乗って余計なことを口走ったばかりに自爆する
まさしく教科書のように間抜けな人だ。
平気で人を欺き、嘘がバレて都合が悪くなると強い者に泣きつく。もう餓鬼じゃないんだから、自分の尻くらい自分で拭いたらどうだ?
いい機会だから幸田圭史に対する被告人尋問での大嘘も公表しておく。
亡き父親の分まで残りの人生を全うし、日本の医療にとって他山の石となるために、世に生き恥を晒せ。