最近、テレビや新聞・週刊誌などの報道で、よく『医療過誤』や、『手術ミスにより患者が死亡』などのニュースを目にします

 が、多くの方々には「遠い世界の他人事」のようにお思いではありませんか?

 本音を云うと、私自身も絵空事のように感じていたのです。1999年の6月までは・・・


 私の父親は、筑波メディカルセンター病院で99年の2月に初期の直腸癌と診断され、内科の杉谷医師により内視鏡手術を受け

 ました。杉谷医師の手術は手際よく進みましたが、切除しきれない癌細胞が残ったために直腸切除術を受けるべく消化器外科に

 バトンタッチされました。

 手術前の患者説明には消化器外科部長の辻医師、主治医の阿竹科長が当り、「腹腔鏡下手術で行います」との決定がなされ、術

 後の回復が早いとか傷口が小さいので恰好良いとか約2週間で退院できるなどの説明により承諾しました。

 その際、腹腔鏡下で困難な場合は開腹手術に切り替えるとの説明もありました。


 手術を担当した医師は4名。メディカルからは辻、阿竹、福沢の計3名。筑波大病院消化器外科から幸田医師が参加しました。



 このページは提訴直後に、弊サイトを作製し始めて間もない頃の文章である。

 病院側の説明では確かに上記の医師らが手術に参加したということだったが、後に裁判が進むにつれ、さらに

 消化器外科の井坂直秀が加わっていることが判明、その井坂は、この医療事故のキーポイントである吻合操作で、

 自動吻合器の肛門側の器具を担当し、ファイヤー(器械吻合)まで行っていると検察官に対し供述している。

 手術記録でも手術室にいないことになっている井坂が、事故の原因になったであろう作業に参加している。

 我々原告も検察の捜査で初めて知った事実だった。



 6月22日に8時間半にも及ぶ手術が行われ、辻医師から「手術は成功です。腹腔鏡だけでできちゃいました」と報告を受けて

 一安心しました。

 集中治療室の父親を見舞うとすでに意識は覚醒していましたが、父親は執刀医から「この病院で腹腔鏡下手術は冨田さんが初め

 てです」と術後に聞かされたらしく、私達家族もその様な説明はなかったので内心は非常に驚いていました。

 テレビや出版物によると、今現在においても腹腔鏡下による大腸切除術は試行段階であり、慶応大学病院や、他の専門医療機関

 でも少数の症例しか実施されていないそうです。

 まだ一般的に確立されたとは言い難い手術にもかかわらず、未経験である事を隠し、リスクの説明もないままに、まるで実績を

 競うかの様に行われた手術でした。



 筑波メディカルセンターでは初めての腹腔鏡補助下大腸切除術だったかもしれないが、この説明を父親にした

 辻自身にとっても初めての経験、阿竹にしても同じく初めてだった。

 辻と阿竹は、過去に腹腔鏡を使った胆嚢摘出の症例は何例か経験しているが、腹腔鏡補助下胆嚢摘出と腹腔鏡

 補助下大腸切除では、術式の難度は比較にならないくらい違う。

 辻と阿竹については、腹腔鏡の大腸切除では助手としての経験もまったくない。机上の知識のみ。

 後の辻に対する法廷の尋問で、辻は悪びれもなく「できるだろうと思った」と言えてしまうのだ。


 その初めてだらけの腹腔鏡補助下大腸切除術が失敗したと自覚した途端、手術前には聞いたこともない幸田と

 いう筑波大の医師が参加したことになってしまった。

 裁判が始まり、幸田医師の腹腔鏡補助下直腸切除術の経験症例数を確認してみると、内視鏡外科学会で定めて

 いるガイドラインを満たすどころか、本件以前の経験がたったの「1例」。これのどこが指導医なのだ?

 たった1例の経験だから手術してはならないということではない。医師には個々に裁量権が認められている。

 であるなら、事前に「執刀医は過去に経験が1例で、助手は未経験ですが手術に同意しますか?」と、患者に

 きちんと説明するべきだろう。

 そんな説明を聞いたら、死にたくない患者は手術に同意するわけがない。だから正確な説明をしない。

 しかし実際の手術には1例経験の幸田医師すら参加していない。全員が未経験の興味本位の腹腔鏡補助下大腸

 切除術で、いわば慈恵会青戸病院の泌尿器科で起きた腹腔鏡補助下前立腺摘出手術と相違ない犯罪行為なわけ

 だから、最初から正確なインフォームドコンセントなどする気はさらさらないということなのだろう。

 彼らにとっては患者のための治療をしたいのではなく、一刻も早く腹腔鏡で大腸手術をしてみたいだけなのだ。




 翌日、6月23日に父親の容態が急変し、緊急開腹手術が行われました。

 原因は直腸吻合部の上方1cmほどに穿孔があり、そこから漏れた腸液による腹膜炎でした。極めて重篤な状態であるとの事で

 父親の死を覚悟しました。緊急手術中に3度ほど心停止し、蘇生がなされたそうです。

 緊急手術は辻医師の執刀。「今度は私が手術したから大丈夫です。」と言われ、診断名は「血流障害による縫合不全」(実際は

 手術器具による腸管損傷か?)と報告されました。

 患部に汚物がいくのを恐れたのか上向結腸の最上部に人工肛門が付設されていました。


 私は診断名が腑に落ちなかったので医学書を調べたところ、『術後72時間以降の縫合不全の場合は、患部の血流障害や壊疽の

 可能性があるが、それ以前の縫合不全は手術に起因する』と書かれていたので手術のミスを確信。

 数日後の阿竹医師からの家族説明で「患部の血流障害によって穿孔が開きました」と言われた私は、医学書に書かれてあった事

 を挙げて阿竹医師に事実の説明を求めましたが、長い沈黙の後「上に報告しておきます」で済まされてしまいました。



 恐らくこのテクニックで何回も何十回も患者や遺族を誤魔化して通用してきたのだろう。

 「どうせ連中(患者・家族)は馬鹿だから適当に嘘をついても分かりっこない」と自信があったのだろう。

 辻に馬鹿にされ放題の私だが、これでも分野は違えど学生時代に全身の医学を学んできている。

 疑問に感じたことについては、医学書を開く習慣が私にあったとは、自信たっぷりの辻でも気付かなかったようだ。



 父親は2週間以上の昏睡状態から奇跡的に回復し、7月上旬に一般病棟に移りましたが、今度は院内感染によるMRSAで隔離

 されてしまい、辻医師からは「あなたが感染源だ」などと心無い言葉まで言われる始末。

 おまけに苦情を申し転院を示唆すると「構いませんよ、車出しましょうか?」「ゴルフで言えばOB打っちゃったみたいな物

 ですからリカバリ−を焦らずにのんびりやりましょう!」などの悪口雑言の連続で、病院や医師に対する不信感が増していきま

 した。

 その頃から医療過誤訴訟を考えていた私は、弁護士との情報交換を始めており、すべての記録を弁護士宛にメール送信していま

 した。弁護士からは「カルテの改ざんの危険性があるので悟られぬ様に」と指示され、努めて穏やかさを装っておりました。


 そもそも父親がメディカルで治療を受けるきっかけになったのは、私の婚約者がメディカルの看護婦をしていたためでした。

 阿竹医師がその事を知ったのは父親が昏睡状態だった時で、婚約者を呼び出し「何故その事を初めに言わなかったんだ」と叱責

 したそうです。つまり身内診療と分かっていたら初めての手術法は行わなかった・・・

 病院に無関係な患者を対象にした「人体実験」だったと言っているに等しい言葉。

 その後は、辻医師も阿竹医師もめったに病室を訪れる事もなくなり、恐らくは両医師の指示であったのでしょうが、看護婦から

 の私達家族の言動に対する詮索が始まりました。

 余りの非人道的な扱いに、患者も家族も耐えられないほどのストレスを感じたため「いつ頃に退院できるのか?」と尋ねた所、

 緊急手術によって開けられた腹部の30cmほどある傷を縫合されないまま2日後に退院させられてしまいました。(看護婦た

 ちは猛反対したにも関わらず)



 ほとんど診療放棄で退院させられたのにも、病院側の苦しい事情があったのだろう。

 父親がいつまでも入院していて、家族が毎日見舞いに来られては困る人物が一人いる。

 この後に詳しく説明するこの人物は、父親の緊急手術から2日後のICU内で、まったくの別人になって私と母

 親の前に姿を現してしまった。

 その時の様子を父親は知らない。昏睡状態だったから当然のことである。

 その人物の本来の立場は「副院長兼がんセンター長(当時)」であるから、がん病棟を日常的に往来しなければ

 仕事にならない。

 しかし、私と母親にとっての認識は「筑波大から来た父親の執刀医」なわけだから、ナースステーションで声

 をかけられたり、家族が父親と一緒にいる場で姿を見せたら大変なことになる。

 カルテに「家族が来たらドクターコール」と記載するほど、この人物は父親の入院期間中みごとに私と母親の

 前から逃げ回った。私と母親が不在の時にのみ父親の回診にきていたそうだ。




 開腹手術の患部も縫合されぬまま退院させられた父親は、これ以上の治療を辻医師から受けたくなかったので、筑波学園病院の

 渡辺医師あての紹介状をお願いし、転院しました。

 渡辺医師に人工肛門の閉鎖手術を依頼し精密検査を受けたのですが、驚く結果を知らされました。

 辻医師が執刀した直腸の縫合部からレントゲン像影剤が漏れた(未だに穿孔があり)らしいのです。人工肛門を閉鎖していたら

 腹膜炎が再発するのは必至でした。

 さらに、縫合されぬまま癒着した開腹手術の患部は薄い獎膜一枚を隔てて小腸があり、患部に傷でもつけたら大変な事になって

 しまったそうです。

 付設された人工肛門も非常に雑な作りらしく、そのまま縫合して元に戻せない状態なので結腸を20cmほど切除しなくてはり

 ませんでした。



 当時の話は忘れようがない。渡辺医師の説明を伺った瞬間、メディカルセンターに飛んで行き辻を殴り倒して

 やりたい衝動を抑えるので必死だった。


 筑波学園病院での初診の際、父親が上着を脱いだ途端、主治医の渡辺医師の血相が変わった。

 渡辺医師は看護婦に「エコー持ってきて!」と診察室は一時騒然となった。

 父親は何の騒ぎだか分かっていない。メディカルセンター退院時に、臍の近くの開いたままの創について、

 「風呂に入ったら石鹸つけたスポンジで綺麗に洗っておくように」と辻から指示を受けていた。

 妊婦が診察で使うエコー検査を受けながら、父親は渡辺医師からの説明に耳を疑った。

 「穴の中に見えるこれは小腸の漿膜(しょうまく)ですよ!傷でも付けたら大変な事になるところでした!」

 素直な性格の父親は、天才外科医の辻から言われるまま、風呂で小腸を泡だらけにして洗っていたのだ。

 渡辺医師からの説明を受けた時には、小腸の漿膜の大半が取れてピンク色の小腸が露出していた。


 後日、メディカルセンターで手術をした部位の精密検査のために検査入院。

 渡辺医師が、父親の吻合部の造影検査をした際、まず造影剤を肛門から注入して送気による圧力で穿孔の有無

 を診断するのだが、技師が造影剤を注入し始めた途端、送気なしで吻合部から造影剤が腹腔内に漏れ出した。

 モニタを観察していた渡辺医師は「ストップ!ストップ!」と怒鳴り、「こりゃひでぇや!」と吐き捨てた。

 術前のムンテラで渡辺医師は「吻合部はボロ雑巾と同じなので、再切除・再吻合の必要がある。穴だけ塞げば

 済む問題じゃない」「欠陥住宅は土台から作り直さなければだめなんです」と呆れ顔。


 この時期は、辻の放言も含めてすべてテープに録音しているので一字一句書き漏らしはない。



 その検査結果が出た事を合図に、一昨年10月19日にメディカルセンター病院と筑波学園病院に対し証拠保全をいたしまし

 た。筑波学園病院には何の過失もありませんでしたが、偽らざる検査結果がどうしても必要だったので、裁判所に証拠保全をお

 願いしました。

 裁判所からは、「学園病院に関しては任意にカルテの提出を求めては?」と言われましたが、狭い地域での事もあり、原告に協

 力したと見られては渡辺医師や筑波学園病院に対して多大な迷惑をかける危険もあると判断し、私の一存で決行して頂く事にし

 ました。


 証拠保全で学園病院に訪院した際に、折居病院長に面会して一部始終を説明した所、すぐに事情を理解して頂けました。その後

 は、折居病院長・渡辺医師を始めとした筑波学園病院の皆様には本当に手厚い治療をして頂けました。心から感謝しています。

 父親は、12月の初めに渡辺医師の執刀で手術を行い、1月の半ばに無事退院できました。

 現在は少しづつリハビリをしているのですが、6ヶ月近く人工肛門だったために大腸の機能が元通りには戻らず、後遺症に悩ま

 される日々を送っております。


 私達の出した結論は、筑波メディカルセンター病院と理事長である土浦市長の助川氏、病院長の中田氏、手術を担当した3名の

 医師を相手取り、医療過誤による民事訴訟をおこす事にいたしました。

 弁護士に証拠保全したカルテ類の分析をして頂いた所、術前・術中・術後に渡って稚拙なミスがあった可能性が強くなりました。


 それに加えて、筑波大病院から参加した幸田医師がはたして筑波大の許可承認を得て参加したのかが疑問になっています。

 なぜなら幸田医師の証拠保全後の行動が余りにも不自然で、学園病院に入院中の父親をわざわざ見舞いに来て手術ミスを認めて

 謝罪をし、20万円の見舞金を父親に手渡したのです。

 幸田医師は近々筑波大病院から千葉大病院に転属する事も父親に説明して帰ったそうです。

 我々が訴訟を考えている事を知った幸田医師が異常に反応した原因は、筑波大に無許可だったのではないかと疑念を感じたので

 した。

 「筑波大病院で再手術して下されば良かったのに」と父親を見舞った幸田医師は言っていたそうですが、父親が意識不明の時

 に、私が筑波大にいた幸田医師に電話で転院を申し入れた時には「冷静になって我慢すべき」と断られたことは忘れていません。

 事実の隠ぺいや責任回避の体質が今回の訴訟を決意させました。



 感情的だったとはいえ、5年前はこんな幼稚な作文力だったかと恥ずかしくなる・・・


 あくまで私の推論ではあるが、


 父親の入院する1ヶ月前に、筑波メディカルセンターに「地域がんセンター」が新設された。

 現在院長の石川は、がんセンターのオープンに合わせて他の医療機関から「副院長兼がんセンター長」として

 赴任してきた。(後に、石川の前職は「筑波大学付属病院臨床医学系手術部助教授」だったと判明する)

 新設がんセンターのステータスとして、腹腔鏡による大腸ガンの手術を是非とも看板に掲げたい。

 ちょうどその頃、消化器内科では父親が大腸ポリープの切除をすることになっていた。

 比較的若く体力のある大腸疾患のモルモットが欲しかった消化器外科は、内科杉谷に父親の提供を強く要請し

 病理の組織検査をadenomaに書き替えさせ、父親を外科へのベルトコンベアに乗せた。

 手術室で待ち受ける外科医は合計5名、辻勝久、阿竹茂、井坂直秀、福沢淳也、そして石川詔雄がんセンター長。

 麻酔医の元川暁子と清水雄(別件事故で業務上過失致傷容疑で書類送検)、腹腔鏡レンタルと取り扱い説明のため

 のメーカー社員が2名(幸田法廷供述で発覚)。

 メディカルセンターには大腸切除に必要な機材がなく、当日メーカーから貸し出しがされていたのだという。

 そもそも父親にはガンなど存在しないのだから、術前のマーキングも行われないで手術が開始された。

 どれだけデタラメな手術が行われたのかは、弊サイト「新事実発覚」と「被告幸田圭史反対尋問」をご参照下さい。


 なぜガンでなかったと推論するかというと、筑波学園病院での第3手術以降ただの一度も造影検査はおろか

 血液検査すらされていない。

 通常、術後5年間はガン再発を警戒し、定期検査などで経過観察するものである。

 父親が退院から現在までの定期的な外来診療で、筑波学園病院から処方されている薬は整腸薬と血圧の薬のみ。

 内視鏡検査もレントゲン撮影もされないガン克服患者がどこに存在するのだろうか?

 当事者だけでなく、他医も何かを知っている。

 数名の内科医に話を伺ったが、本来なら父親のような状態であれば、月に一度の血液検査で腫瘍マーカーの

 チェックを繰り返し、CEAやCA19-9などの腫瘍マーカーが高値になったら、内視鏡検査を行い細胞診をする。

 経過観察が1年続くか2年になるかは患者の症状次第だが、父親は間違いなく内科で観察すべきだった。

 消化器内科の担当医はアドルフ・アイヒマンのように、たった一度の腫瘍マーカー検査で父親を地獄に送った。

 それも腫瘍マーカーの数値が標準値の範囲内だったにもかかわらず。(CEA基準値2.5ng/mlで結果が1.2ng/ml)

ナチスのゲシュタポ最高幹部。ユダヤ人をアウシュビッツ絶滅収容所に送り続けた輸送管理官)


 かくしてモルモット(父親)が麻酔から覚めると、若い声で「面白かったですね〜」と話す声が聞こえ、父親

 は手術が成功したのだと思ったそうだ。

 ところが手術から3時間ほど経った頃から容態が急激に悪化し始めた。

 ICUの看護記録にも、当時の切迫した状況が克明に記載されているので読んでいただきたい。


 翌朝になってさらに容態は悪化、しかし全員が腹腔鏡補助下大腸切除術を未経験なため、父親の腹の中で何が

 起きているのか、なぜ患者が刻々と死に近づいていくのか原因がわからない。

 いよいよ危険であると判断できるまで26時間も経過していた。

 緊急開腹手術を決定して、恐らく石川が連絡して、筑波大学病院に勤務する母校の後輩で、腹腔鏡補助下大腸

 切除術の経験がある幸田医師にサポートを要請した。ここで初めて幸田医師が舞台に登場してくる。

 開腹してみると、吻合部そのものではなく1cm離れた場所に風穴があいていた。

 実に26時間もの間、腹腔内に汚物が貯留していたため、汎発性腹膜炎、敗血症、DIC、多臓器不全を併発。

 術中3度の心停止を繰り返し、父親にとってはまさに剣が峰の状態だったことが伺える。

 (※DIC:播種性血管内凝固症候群)


 これも推測の域を出ない私の考えではあるが、幸田医師はその時その場で腹腔鏡補助下大腸切除術の際の執刀

 医に成りすます覚悟はなかったであろう。むしろ、執刀医に仕立てあげられるとは予想もしていなかった。

 ところが、緊急開腹手術の最中に、待合室で待機する私のもとに辻が現れて「今度は私がやりましたので大丈

 夫です」と言い、幸田医師の了承も得ていないのに「今回の腹腔鏡手術には筑波大から幸田先生という腹腔鏡

 の権威が執刀医として参加しているので、手術にミスはなかった」と言い逃れを始めてしまった。

 「今度は私がやりましたから大丈夫です」と言うのもおかしな話である。じゃあ最初の手術は誰がやった?

 術前の説明では、患者も家族も辻と阿竹が手術を担当すると判断していた。

 ところが緊急手術の最中になって「今度は私が・・・」と責任回避が見え見え。それも私の前で堂々と。

 この際言っておくが、緊急手術はサポートに入った幸田医師が必死に努力したのであって、いくら手術室が

 密室だからといって手柄だけ都合よく自分のものにするのはアンフェアではなかろうか?


 幸田医師の存在を口に出してしまった手前、私と母親に幸田医師の存在を隠すわけにはいかない。

 しかし幸田医師本人は、ただ石川に泣きつかれて緊急開腹手術を手伝いに来ただけなので、腹腔鏡の執刀医と

 して私と母親の目前に立つわけがない。逆に私がその立場だとしてもご免こうむるふざけた話だ。

 そこで頭の良い辻は、唯一私と母親が面識のない石川を幸田医師に仕立て「本当は言いたくないんですがこの

 人が筑波大の幸田先生です」と紹介し、幸田医師の替え玉となった石川が「このたびはこのような事になって

 申し訳ありませんでした」と、さも真摯な態度を装って猿芝居を演じた。


 幸田医師に対しては、うまく誤魔化して患者・家族を納得させるから心配ないとでも話していたのだろう。

 ところが、父親が退院して間もなく裁判所による証拠保全。筑波学園病院のカルテまで押収された。

 慌てたのは、身に覚えのない腹腔鏡の執刀医で無実の罪に問われかねない幸田医師に違いない。

 幸田医師は、辻と石川が猿芝居を演じて、石川が替え玉になっているなど知る由もないので、辻や石川らには

 相談もなしに学園病院に入院している父親のもとに見舞いに行ってしまった。辻にとっては大誤算である。

 現れた人物はICUの幸田とは似ても似つかぬ別人。幸田医師と石川の人相の違いくらいは子供でも気付く。


 私は上記の理由により、辻や石川らには「モラルなし反省なし」と判断し、事前の交渉なしに提訴に踏み切った。

 新聞記者の話を聞くと、提訴当日の筑波メディカルセンターはまるでスズメバチの巣を蹴飛ばしたかのような

 大騒ぎになっていたらしい。腹腔鏡手術にいるはずのない幸田医師まで被告だったから大騒ぎも当然のこと。


 私も当初は、父親を死の淵まで追いやり、現在も不治の後遺症で苦んでいる原因を作った幸田医師を恨んでい

 たのは事実だが、不思議なことに周辺からは幸田医師に対してまったく悪い噂を耳にしない。

 「もしかすると彼(幸田医師)も、実はこの一件では被害者なのではないか?」

 そんな推論のもとにこの書き込みをしてると、意外にもストーリーの辻褄が見事に合致してくるのだ。




 私は自分の父親が手術を失敗されたから闇雲に怒っているのではない。

 最初の動機付けから「できるだろうと思った」程度のスキルでしかないくせに、ミスを犯した反省をする

 心掛けもなく、騙し通すことに全神経を注いでいる、その人間性の欠片もない行為に怒りを感じている。


 人間が行う作業には完璧はあり得ない。どんなに細心の注意を払っていても失敗してしまうことがある。

 特に手術ともなると、人間の身体にメスを入れるだけでもリスキーな行為である。

 語弊はあるが医師は患者に対して日常的に傷害行為をしている。

 しかしその傷害行為は「治療」という名目だから犯罪にならないということを忘れてほしくない。

 患者と共に疾患と闘ってくれる誠意ある医療者ならば、患者は必ず医療者を信じて命を託すはずである。

 万が一不幸なアクシデントが起きたとしても、誠心誠意が伝われば患者も家族も戦争は起こさないのだ。

 本件の被告のように、逃げ、隠し、誤魔化し、居直るような連中には遠慮は必要ないと考えている。


 患者にも歩んできた人生があり、愛すべき家族があり、健康に生きていく権利がある。

 疾患に冒されれば誰だって不安になり、疾患を克服しようと藁をも掴む思いで医療者にすがる。

 その貴重な患者の健康・生命に対して、筑波メディカルセンターは呆れるほど不真面目すぎる。

 まさか婦人科で起きた医療過誤でも、病院側が過失を一切認めようとせず、裁判所の審判に委ねることに

 なるとは想像もしていなかった。私はこの5年間の自分の無力さを思い知らされて悲しくなった。

 あなた方が指で摘みあげて捨て去った幾多の御霊に成り代わって、私は徹底的にあなた方を追求する。

 彼らを野放しにするということは、「更なる罪なき犠牲者」を生み続けるということになる。



 専門家集団の組織防衛に、素人の一個人が対峙していくためには、webによって事実を包み隠さず公表して、

 良識ある訪問者の意識に頼るしか策がないと考えた私の行動を、訪問者にはどうかご理解頂きたく思います。

 訪問された方の中には、私のとった手段に異論を唱える方も相当数必ずおられると思います。

 このHPはやり過ぎだとか、間違っていると感じられた方は、忌憚なきご意見をお寄せください。

 私は被告病院の連中とは違って、自分自身が作った現実からは、逃げたり誤魔化したりはしません。

 

 今が医療再生の過渡期。医療界に巣食う膿を出さなければ、蔓延する医療不信が日本の医療を殺してしまう。

 日本の医療は世界的にも誇れるレベルなのに。


 原告代表・HP管理責任者 冨田 将史

 一粒の麦、地に落ちて死なずば唯一つに在らん、もし死なば多くの実を結ぶべし。ヨハネ傳福音書12章24節