[解説]長期化した医療事故訴訟
遅い解剖結果の開示 仕組みの改善が必要
順天堂大医学部付属順天堂医院(東京)で患者が死亡し、遺族が病院に損害賠償を求めた訴訟は、東京地裁の判決までに4年7か月もの時間を要した。(社会部 梅村雅裕)
この訴訟は、順天堂医院で1999年12月に死亡した男性(当時66歳)の遺族が2001年7月、7900万円の損害賠償を求めて起こした。
男性は食道がんで入院。手術自体は成功したが、肺炎を併発した。担当医が人工呼吸器を装着しようと気管を切開した際に頸(けい)動脈が切れ、男性は出血多量で死亡した。遺族側は「担当医が誤って頸動脈を切断したのが原因」と主張。病院側が他の原因も考えられると反論したため、死因が最大の争点となった。
これとは別に警視庁は遺体の司法解剖を行い、2001年10月、担当医を業務上過失致死容疑で東京地検に書類送検している。
遺族が起こした訴訟で、東京地裁は死因の解明のため、東京地検に解剖結果の開示を請求したところ、東京地検は、捜査中を理由に拒否した。
刑事訴訟法は、犯罪事実の立証に必要な解剖結果などの証拠について、被告側に反論の材料を与えることになりかねないため、公判開始前の公開を原則として禁じている。
一方、2000年3月の法務省通達や同年11月施行の犯罪被害者保護法により、起訴された事件や、不起訴が確定した事件については、被害者保護の観点から、刑事訴訟法の定めにかかわらず、要望があれば解剖結果を開示することがルール化されている。
しかし、起訴か不起訴かが決まっていない段階では、開示原則は適用されない。
今回のケースでは、業務上過失致死罪の時効(5年)が成立する直前の2004年11月に不起訴処分が確定した。死因を頸動脈の切断と断じた解剖結果は、この後ようやく開示されたため、それまでの3年間、東京地裁の審理はストップした。判決は、病院側に2400万円の支払いを命じたものの、男性の七回忌にも間に合わなかった。
同様のケースは、どのくらいあるのか。千葉大法医学教室の岩瀬博太郎教授は、「司法解剖が行われた医療事故の8〜9割は、捜査中という名の下に解剖結果が塩漬けになっている」と語る。
医療事故の捜査は、高い専門性が求められ、立件も難しい。このため、「捜査当局は検挙率や起訴率を意識し、刑事事件として立件困難な事件は放置されがちだ」と岩瀬教授は指摘する。「今回のように、同時進行の民事訴訟で、解剖結果がなかなか開示されないケースは珍しくない」
最高裁によると、医療訴訟の平均審理期間は、その他の民事訴訟の3・7倍と長い。裁判所は2001年以降、医療集中部を創設するなど審理の迅速化に乗り出している。東京地裁の場合、現在の平均審理期間は1年半。今回の審理も同部で行われていたが、解剖結果の開示待ちで足踏み状態になっていた。
医療事故の遺族が何より知りたいと思うのは、「肉親がなぜ亡くなったのか」という事実だ。遺族のために第三者が事故原因を解明する仕組みがまだ確立されていない中で、民事訴訟がそうした役割の一部を担っているという現実がある以上、可能な限り早く判決が出されることが望ましいのは言うまでもない。
起訴か不起訴かが確定していない段階でも、より弾力的な情報開示が可能になるよう、さらなる仕組みの改善が求められる。
(2006年3月8日読売新聞)