誰も住まない犬小屋

君たちの住んだ場所をここに残しておくことにしたよ。

ここは誰も住まない犬小屋の沢山あるところ。

 


ころの小屋     ロコの小屋      ロッキーの小屋
  チャチャの小屋   マルの小屋  
白い犬の小屋   エルの小屋   ジョンの小屋


犬小屋はもういい

 


ころの小屋

ころは、私が小学校5年の時から18年間飼っていたオス犬でした。

小さい頃からいっしょにいたので、ほとんど兄弟のように育ち、
家族の項目に「次男 転(ころ)」と冗談で書くほど、家族にとって
大切な一員でありました。

ころは、親ばかで言うのですが賢い犬でありました。
弟がハーモニカを吹けば、合わせるように鳴き声をあげ、一度
叱ると二度とをそれをしない犬でありました。
家族の者が応接間でテレビを見ていると、同じように画面をじっと見つめて
おりましたし、誰か来た時にも「静かにして」というと、鳴くのをやめられる
そんな犬でした。

また、動作も敏捷で、捕まえたものとしましては、
コオロギ、バッタ、カマキリ、カマドウマ、ゴキブリ、
あげくには小さなネズミを捕まえて自慢げに鼻先に転がすことを
よくしていました。

ネコとは、とことん相性が悪く、よく喧嘩をしていました。
当時、お隣に10数匹飼っている家があり、そこのネコが敷地内に進入しようモノなら
狂ったように喧嘩を売っていました。(売っているところがころらしいのです)

犬のいる生活。それは私にとって当たり前のものとなっていました。

そして、犬の寿命は人間より短いと、その時は理解していませんでした。

丁度10歳を越えた辺りに、ころは初めて倒れました。
病知らずだっただけに、家族は驚き、弟は仏壇に向かって
「自分の寿命をわけてやってくれ」とまで祈ったと後で聞きました。
医者は、「心臓が弱っているので食事を変えてやってください」といい、
その日から、入院をしたのです。
熱を出し、苦しそうな息をしていたのですが、その時はすぐ退院をして
家に戻ってきました。でも、これを境に、ころの年老いていく様が目立つようになって行ったのでした。

歯が抜け、耳が遠くなり、茶色の部分が薄くなり、目は白内障になりました・・・。

ある日のこと。
その頃は、もう足もよろよろとしていて、一日のほとんどを眠って過ごしていました。
でも、「おかえり」の挨拶をかかさない律儀な犬だったので、玄関をあけると、
ころは立ちあがり私の方へ来ようとしました、ところが、一瞬硬直したかと思うと
前のめりになって横にばたんと倒れてしまったのです。
驚いた私は、側に座りこみころに触れました。
手足は硬直して力が入り、すぐに「キャィーン!キャイーン!」と叫び声をあげ始めたのです。
そして、失禁。
心臓発作をおこしたのです。

(どうしよう、家にはワタシしかいない)
ころが、死んでしまう)

そう思った私は、自分でもわからない行動に出ていました。
犬の口に自分の拳を突っ込んで、舌を引っ張ったのです。
人間の救助でする気道確保のつもりだったのでしょうか・・・。
その時の自分の行動には、今でも説明がつきません。
声を二三度あげた後、ころは私の手を思いっきり噛みました。
そして、自分から態勢を元に戻して座りなおしたのです。
その上、かんだ私の手をゆっくり舐め始めました。
私は、少し落ちついてころのわき腹をさすってやりました。

落ちつくと、急に恐怖が襲ってきて私は涙が止まらなくなりました。

泣く私の膝に、おもむろに片手をぽんと置いて、ころがじっと見てきました。
まるで(ナカナイデ)といっているように見えました。
それに対して、私は「おまえのせいやんか」と言ってしまいました。

後で思ったのです。
自分は心臓発作で苦しかったはずなのに、泣いている私を気遣ってくれたんだ。
ころは、なんてやさしいんだろう・・・。

それからも発作は起きましたが、不思議なことに私の前でしか起こさなかったので、
家族には「あんたのこと、嫌いなんちゃうか?」と言われたのですが・・・。

それから、何年かしてころは天国へ行きました。
老衰で一生を終えたのです。

ある日突然、ご飯を食べなくなり、ずっと眠ったままで動きもしなくなりました。
大好きなチョコレートなら食べるかもしれないと、鼻先においてやりましたが、ひと舐めすると
また眠ってしまいました。それが二日ばかり続いた夜、真っ黒なうんちをしました。
人間でもそうらしいですが、それはもう後がない命を終えようとする証だと母は言いました。
目を見開き、時折寂しげに「きゅーん」と鳴くので、「大丈夫、ここにいるよ」と言って
さすってやると鳴くのをやめるのです。あまり鳴く犬ではなかったので、心細いんだなと
思って、その夜は夜中の2時頃まで、そうして側に居たのですが・・・。
朝起きたら、ころは旅立った後でした。

ころには、犬小屋がありませんでした。
昔懐かしい下駄箱。その下がころの居場所(犬小屋)だったのです。
改装して、随分と玄関もきれいになり、ころがつけた壁の引っかききずも
なくなってしまったのに、たまにそこに居る気がしてなりません。
今でも、水桶にしていた子供用の桶が、ぽつりと置かれているからでしょうか・・・。

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ロコの小屋

ロコちゃんは、近所の親戚が飼っていた犬でした。
子犬の頃、捨て犬で、次々と飼い主が代わり、最後にここへやってきた
こともあり、少々人間不信な犬でした。

ロコちゃんは、背中をなぜられることを極端に嫌っていた犬でした。
必ず「キャイン!」と叫び声をあげるし、その手を一度は噛もうとするのです。
私は、ロコちゃんが子犬の頃に何かあったのではないかと思っていました。
叩かれたか、なにかをしていないとこのような怯えはないはずだからです。

それが、なぜか私には叫び声をあげなくなり、背中をなぜても
噛まなくなりました。
遊びに行くと顔まで舐める勢いで飛びついてきてくれるようになったのです。
会うと、嫌がるのをかまわず撫で回していた私。
そうする事で、いつしか信頼関係がうまれていたのでしょうか。
色んな意味で、それは謎のままです。

ロコちゃんは、近所ということもあって家に遊びに来た事が何度もありました。
うちに来ると、ロコちゃんはおおはしゃぎでした。
実は、ころの事が好きだったようなのです。
しかし、ころは全く興味を持たず、近づくと「うー」といって追い払うほど嫌っていたようでした。
(しかも、ロコちゃんを撫でた後に触ろうとしたら、噛まれました)

また、ロコちゃんは、放浪癖がありました。
放し飼いでお散歩には自分で行っていたので、行方不明にもよくなりました。
シェパードと噛み付きあいの喧嘩をして、自分は耳をかみ裂かれたくせに、
相手のわき腹に噛みついたまま離さなかったという豪傑な女の子でした。
そのせいか、飼い主がこんな話をしてくれました。

ある日、行方不明になったロコを探しに行ったおばさんは、野良犬の集団の中で
堂々と歩いているロコちゃんを見つけたそうです。
名前を呼ぶと、すっと輪から抜け出て自分からおばさんを先導するように家にかえって行ったそうです。
「あの子ったら、不良娘やねん。野良犬の集団の中で姐御きどりやってん」
たしかに、彼女が帰ってきてからご懐妊と言うこともなかったので、
姐御といったおばさんの解釈がおかしくて笑えました。

さて、実の所、ロコちゃんは私をどう思っていたのでしょう。

それは、突然のことでした。
ころよりも、ずっと年若いロコちゃんが病気だと聞いたのです。
まさか、ころが病気になったのも10歳の頃だったのに。
ロコちゃんは、それに満たない年齢だったと思います。


ある夕方、私と母が玄関で植木の世話をしていると、ロコちゃんが走ってくるのが見えました。
うれしげに私に飛びついて、ジャンプしてきました。
「あれー?ロコ、病気やったんちゃうのん?」
といって、私は頭を撫でてあげました。
たしか、先日もぐったりしてずっと寝込んでいたと聞いていたからです。
その後から、おばさんがやっと追いつくようにやってきました。
(例のごとく、ロコちゃんは放し飼いなのです)
「このこ、動物病院から真っ直ぐこの家に向かって走ってきたよ」
病院の帰り道とは思えない元気な様子でした。
「会いにきてくれたんか?そうか〜」
私は、一層撫でくりまわしてやりました。
満足したのか、そうして一時、ロコちゃんはおばさんと共に帰っていきました。

その明くる日の夜、ロコちゃんは旅立ったのでした。

「心臓が弱って居たはずなのに、走ってあんたのとこ行ったんだよ」
後日、おばさんはそう言っていました。
病院の帰り道、私のところに真っ直ぐ来てくれた。
ロコちゃんは、私に「さよなら」を言いに来たのではないかと思いました。
よく動物はさよならをいいに来るというけれど、
本当だったんだなと思うと、涙が止まりませんでした。

ロコちゃんも犬小屋のない子でした。
玄関先に飼われており、呼び鈴の代わりに「ロコ〜」というと、鳴いて飼い主を呼ぶ
呼び鈴犬でもありました。
その家に行くと、つい「ロコ〜」と囁き、ああ、もういないんだっけ・・・と呟いてしまいます。

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チャチャの小屋

チャチャは、私が今の家に引っ越してきた時に、ご近所で飼われていた犬でした。
ペキニーズと言う犬をご存知でしょうか?
狆とよく似ている、色が茶色い小型犬です。チャチャは、そういう種類の犬でした。

当時、まだころを飼う前だった私にとって、チャチャは恰好の遊び相手でした。

とにかく、愛想がいい。

チャチャのご主人は、会社を経営しているご夫婦で、住んではいても近所の会社と
行ったり来たりだったらしく、門にぽつんと繋がれていることが多かったのです。
だから、繋がれているのを見つけると、側に寄って行き、頭をなでてあげたりしていました。
そうすると、チャチャは毎回ちぎれんばかりに尻尾をふり、モップのような体をくねらせて
私に喜びをアピールしていました。

チャチャと仲良くはなっていったのですが、恥かしがり屋だった私は
飼い主のご夫婦と話をするのは苦手でした。
なるべく、飼い主さんがいる時には、チャチャが「遊んで♪」とアピールしていても、
知らないふりをしたりしていたのです。

しかし、私も根っからの動物好き。
そんなことがいつまでも出きるはずありません。

ある時、人目を盗んでチャチャを相手している時に、いないと思っていたはずの
奥さんが、ひょいと家の中から出てこられました。

私は、思わず硬直。
しかし、飼い主さんは、その時こう言ったのでした。

「あ、いつもチャチャと遊んでくれてありがとう」
そして、にっこり。

私は、いままでどうしてこの飼い主さんを避けていたのだろうと思いました。
とても、気さくなイイヒトだったのです。
まあ、小学校5年生の子供からしたら、大人の奥さんは、丁度苦手な時期だったのかも知れません。
それから、その奥さんと色々チャチャの話しをするようになったのでした。


いつだったでしょう。
ある時、奥さんはチャチャをなぜながら話してくれました。

「この子ね、実はかわいそうなこやねん」

「このこね、生まれついて左目がないねんよ」

え?
ききまちがえかな?
今、目が無いって言ったよ?

黙ったままの私に、奥さんは、
「ほら」
と、チャチャの目を覆う長い毛を捲り上げました。

衝撃的なことでした。
チャチャの左目のあるはずの場所が、赤くくぼんだようになっていて、目がないのです。
小さな右目ひとつで、それでも、じっと私を見つめているのです。

奥さんは、突然変異だったと語ってくれました。
他にいっしょに生まれた子犬はなんともなかったと。

ブリーダーさんが、商品になら無いから処分すると言う所を、ここのご主人が貰い受けたということだったのです。

私は子供ながらに酷い話だと思いました。

処分するって、殺すってこと?
どうして殺されなくちゃならないの?
私はすごく腹が立ちました。

「良かったねチャチャ」

チャチャは、私のいうことが解ったのか尻尾を振っていました。

人間の身勝手で商品にされて、価値が無ければ処分するなんて。
許されるべきことではないと、今でもすごく思うことです。
それは、流行りの犬が売れるから過剰に繁殖されているということが、今でもあるからです。
命に商品価値など付けてはいけない。
私は、今でも強くそう思っています。

チャチャは、私とそうした年月を3年くらいしか過ごせませんでした。
やはり、基本的に体が弱く、命が短いことは貰い受けたご夫婦もご存知だったようです。
最後の様子は、あまりにも辛くて聞けませんでした。
でも、やさしいご主人夫婦が側にいたのは確かなので、寂しい旅立ちではなかったと思います。

チャチャも犬小屋の無い子でした。
いつも門に細い赤い紐で繋がれていたのです。
まあ、座敷犬だったから、外に無いだけだったのかもしれませんが。
私は、チャチャのことを、きっと一生忘れることが無いと思います。
今でも、チャチャという名のワンコにあうと、真っ先に思い出すのですから。

                                        
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ロッキーの小屋

ロッキーは、いつもボロボロ。
一見野良犬風で雑種のオス犬でした。

私の会社の玄関ドア(当時自動ドアではなかった)の前に引いてあるマットレスの
所で1日の大半を眠っている犬でした。
そんな所で眠るものだから、私達が外に出る時にドアを開けると、マットレスごと
ズズズッとドアに引きずられ、丸くなったまま強制移動させられては驚いて目を覚ましている
そんなたくましい性格の犬でした。

もちろん放し飼いで、ボロボロの首輪をしているだけだったロッキーを、みんな野良犬だと思っていました。
ところが、ロッキーはちゃんと飼い犬だったのです。

ロッキーのことを教えてくれたのは、会社の近所にあるタバコ屋のおじさんでした。
おじさんは、会社にタバコを卸しているので、よくやってきているうちに話をするようになりました。

「このこは、うちの子が目当てで来てるんやで」

うちの子?

タバコ屋のおじさんの家には綺麗な雌犬がいました。
名前はマル。
どうやら、ロッキーとマルは恋人同士だったらしいのです。

まあ、マルの話しはさておき。

ロッキーは、その容貌からは想像もつかないことを毎日していました。

「ロッキーはね、毎日マルに会いたくて1丁目向こうの自分の家から来てるんやで」


どうやら、1丁目向こうで飼われているワンコらしいのです。
飼い主は個人タクシーの運転手さん。
だから、ロッキーを放し飼いにしているらしいのです。
1日、マルがタバコ屋の看板犬をしている間は、うちの会社のマットレスで眠り、
仕事が終わって放されたマルと二匹でじゃれながら走っている姿を何度も見たことがありました。

当時、「マリリンに逢いたい」という映画が公開されて、愛しい雌犬にあうために
海を渡る犬のことがテレビでも話題になっていました。
会社の同期たちは、二匹のことをそれにちなんで「マルちゃんに逢いたい」と
勝手に名づけて呼んでいました。

ロッキーは、マルにはしゃぐ姿を見せる以外は、とてもクールな犬でした。
私達が話しかけても、撫でても、クール。
全く、感情を表にすることなく、そして体力温存といわんばかりに眠っていました。
朝早くから、夜遅くまで。
私が思い出す限り、丸くなって眠っているロッキーしか出てこないほどです。

そのロッキーが、ある日を境にしてやってこなくなりました。

マルは、クールな犬なので寂しそうとか、そういう感じを人に見せない犬なのです。
だから、ロッキーが遊びにこなくなって、随分経ってから周りの人間が言いはじめました。

「ロッキーは、しんだのではないか?」

その噂を耳にして、今度は私が落ちつかなくなりました。
ロッキーの家は知っていたのですが、わざわざ見に行くのも変だし…。

そんな時、タバコ屋のおじさんのほうから私に話し掛けてきました。
チャンスとばかりに、私はロッキーの事をきりだして見ました。

「最近、ロッキー見ませんね」

「ああ、あの子な。最近つながれているらしいよ」

おじさんは、ロッキーの近況を知っていました。
「なんでも、噛んだら危険だとか周りの人に言われて、放し飼いを止めたをそうや」

ロッキーは、死んではいませんでした。
飼い主さんの方針が変わって、繋がれた犬になっていたのです。

「ロッキーの飼い主は、マルに逢いに来てたことをしらんようやからな。わしがそれを言うのも
変やろ?マルには可哀想やけど。マルは最近寂しそうにしてるわ」

犬も人間も、好きな人に逢えなくなる寂しさは同じだと思います。
繋がれてしまったロッキーは、何を思っていることでしょう。

「寂しいね、マルちゃん」

マルは、相変わらず私にはクールに見えました。

そうして幾年か過ぎ、会社のみんながすっかりロッキーのことを忘れてしまった頃。
私はタバコ屋のおじさんから、ロッキーの死を伝えられました。

あれから一度も、大好きなマルに逢えなく死んでしまったのかと思うと、
涙が込み上げてしまい、私はおじさんにそれを告げました。
ところが、
「実はね、何度か、首輪抜けして遊びに来てたんだよ」
と笑って教えてくれました。
私も、さすがについ笑いを漏らしてしまいました。

一途にマルに逢いに1丁目向こうからやってきていたワンコは、最後まで一途だったのでした。
なんと健気な・・・。

タバコ屋のおじさんと、いつもロッキーの話しが出ると、しんみりするより、
誰かを好きになるなら、ロッキーのように一途だと良いなあ・・・と考えさせられるのでした。


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マルの小屋

マルは、会社の近所に飼われていた雑種の雌犬でした。

穏やかな性格とふさふさとした毛並みから、優雅ささえ感じてしまう、
どこか気品のある犬でした。

その為か、撫でたがる人間は多くて、犬でも尻尾を振って寄って
行くものが多くいました。
でも、マルはクールでした。
飼い主のおじさんおばさんには、はしゃぐ姿を見せていましたが、

私達には、あまりそうした姿をみせてはくれませんでした。

マルは、飼い主のおじさんとおばさんが大好きでした。

その証拠に、こんな話があるのです。

ある雨の日に、おじさんのタバコ屋の軒先に一匹の犬がやって来ました。
動物好きのおじさん達は見栄えのするこの犬に注目していました。
ドラマはここから始まりました。
雨が止んでも、犬はその場所を立ち去らなかったのです。
そんな日が何日続いたでしょうか。
おじさんは、タバコ屋の玄関を開けて犬に言いました。

「ここに入るかな?」

犬はおじさんを見て、玄関の中にゆっくり入りました。

こうしてその犬は、タバコ屋の犬になったのでした。

「だって、この子がここで暮らしたいって言うんですもの」
おばさんは、その時のことをそう語ったそうです。

この犬に「マル」と名づけ、娘の様にかわいがり始めました。

タバコ屋のおじさんは、自転車の後ろにかごを取りつけて、そこにいつもマルを乗せて
タバコの補充に出かけます。
その様子は、とてもほほえましいものでした。

なにしろ、マルは見たとおりのふさふさな毛並み。
そのかごに乗せてもらうと、身といっしょに毛がかごからはみ出して
どこに居てもすぐわかるのです。
おばさんが出かける時は、おばさんの三輪自転車のかごに乗ります。
もちろん、自転車を追っかけて走っていることもあるのですが、ほとんどがこのかごに居ました。
いやな顔もせず。

雨の日のマルは、ちょっとしたアイドルでした。
なぜなら、レインコートを着ていたからです。
それも、普通のレインコートではありません。
ビニールの10キロの米袋に、前足と後ろ足の穴をあけておばさんが作ったレインコートです。
ふさふさとした毛が袋でぺちゃんこになり、妙におかしく見えます。
何度か着せてもらう場面を見ましたが、大人しく着せてもらっていました。

マルには、いつも遊びにくる彼氏が居ました。
この近辺では有名な犬、ロッキー。
いつも二匹が仲良く走っているところを、私や会社の子らは見ていました。

ロッキーの話は、さておき。

クールなマルも、私は一度だけ猛烈に吼えた所を見たことがありました。
通りすがりに、母親連れの幼稚園児が尻尾を引っ張ったのです。

子供は泣き出し、噛まれてもいないのに噛まれたように母親に怖いと訴えました。
「こんな強暴な犬を放し飼いにするなんて!」
母親は、そう言ったのです。

私は、一部始終を見ていたので、子供が犬の尻尾を引っ張った事を
母親に抗議してやろうかと思いました。
しかし、既にマルは吼えるのを止め私の横をすりぬけて行ってしまいました。
ぶつぶつ言う母親と、泣き叫ぶ子供を尻目に。
誰が見ても、クールなマルの勝ちでした。

そんな折。
私の愛犬ころが他界しました。
犬を飼って失ったことがある人なら判ると思うのですが、
私は、時間がたつにつれあることに陥いりました。
それは、「犬触りたい病」。

見ても判りますが、ころとマルは非常によく似ていました。
私は、ころのおもかげをマルに求めていました。
マルは、それを感じていたのでしょうか。
私が撫でに行くと、いつも寝そべってお腹をなでるようにねだりました。

私は、ころを失った哀しみをマルによって癒してもらったのです。

ある年末のこと。
私は会社で正月の生け花を生け、みんなで写真を撮った後フィルムが余った
ままでうろうろしている時に、タバコの補充についてきたマルに会いました。

以前から写真が欲しいと思っていたので、

「一枚とらせてね、マルちゃん」

そう言って、シャッターを切りました。
ここに載せた写真は、その時のものなのです。

年が明けて。
私は仕事が忙しくなってしまい、なかなか写真をタバコ屋に届けることが
出来ませんでした。

そして、4月頃ようやくマルの写真を持ってタバコ屋を訪ねたのでした。

「これ、年末にマルちゃんを撮らせてもらってたの。持ってきましたよ」

そう言って私の差し出した写真を見て、タバコ屋の窓口にいたおばさんは
急に泣き始めたのです。

「きれいなカオして…マル…」

おばさんは目を押さえながら言いました。

「マルね、…死んだんよ」

「い…いつ?」

私はそう言うのがやっとでした。

どうやら、3月の中頃にマルは急死していたらしいのです。
おばさんは、病気なのか何か食べさせられたのか不明だといいました。
そして、その亡骸はタバコ屋の裏庭に埋葬したと。

「不思議なことにね、マルの葬式の最中に撮った写真が、一枚も映ってなかったの。
きっと、そんな姿を写真に残したくなかったんやね」

私とおばさんは話をしながら、泣いてしまいました。
そして、正面を向いた写真が一枚もなかったらしく、この写真をとても感謝していたので、
ネガを差し上げることにしました。

後に、おじさんと話した時におじさんはこうも言っていました。

「あの犬は本当に賢い犬やった。わしら老夫婦の老い先を考えて、ちゃんと先に行ってくれたんや」

当時おじさんは、体を少し悪くしていたらしいのです。
そのあまりにも悲しい解釈に、私は帰り道また泣いてしまいました。

タバコ屋の店頭には、引き伸ばされたマルの写真が飾られています。
そこは今でも、マルの居場所なのです。

                                        
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エルの小屋

私は、いままで交流してきたワンコは数あれど、エルほど薄幸であったワンコは後にも先にもありませんでした。
エルは、私が会社に行く道に飼われていた茶色のワンコでした。
その家は、私の生花の先生の自宅の隣で、犬好きな私はそこに飼われはじめた子犬について、
先生と話しをしたのが最初だったのです。
先生は、こう言ったんです。

「あのわんちゃんは、可哀想な子なの」

小犬の頃から知っていたのですが、いつも家の前を通るだけで、もちろん
触ることも側へ行った事もありません。
だけど、小犬の時、門の隙間から鼻を出して外を見ていた愛らしい姿に
私の視線は毎日釘付けになっていたのです。

「あの子はね、エルちゃんっていうの。女の子なのよ」

センセイは、お稽古の日になるとエルの話しをしてくれました。

「でもね、あのわんちゃんは、可哀想な子なの。一度もお散歩に連れて行ってもらえない子なの」

私は、まさかと思いました。
犬の散歩は、犬を飼う常識のうちの一つであると私は思っていました。
散歩によって、他の犬と交流し、運動させ、飼い主とのコミュニケーションになる。
そう思っていたのですから。
聞く所によると、その家に実はワンコは招かれざる客だったそうなのです。
親は本当は飼いたくない、でも、子供は飼いたい。
そんな家だったそうなのです。
子供の強引さから貰われてきたわんこは、その存在が自然と薄らぎ、
子供の興味が無くなってからは、ただ飼われて居るだけの存在になったようなのです。
当然、おしっこもうんちも、つながれたその場所でさせられ、
外に連れ出されているのを見たことがないような、そんな飼い方だったそうです。
確かに、私もみました。
門の内側から外に向って線のように流れているおしっこの跡。
それは月日が重ねられるうちに、玄関のところにある鉄の板に、
錆びと言う形ではっきりと残ったのです。
「よく夜になると鳴いていたの」

先生は、その時はこっそりチクワを持って、隣の家の門からそっと差し出し、
エルちゃんにあげていたそうです。
先生はネコを飼っている人でした。
動物を飼う人は、その動物の気持ちが理解できる、そんな人が当たり前だと
思っていたけれど、と先生は言いました。
夜遅くまで家を空けても、電気一つつけないでそのまま。
そんな時よく鳴いていたのは、心細かったからだろうと言っていました。

あるお稽古の日、先生は私の顔をみるなり言いました。

「エルちゃん、大変な目に会ったのよ」

何事かと思って聞くと、先生は驚く言葉を言いました。

「夜中に、お隣のおうちに車が突っ込んで、門柱が犬小屋をなぎ倒したの」

「え?!エルちゃんは?!」

「すごい音がしたから、見に出て行ったらそんな惨状でね。
 エルちゃんはつぶれかけた犬小屋の中できゅんきゅん鳴いてたの。
 残酷なことに、お家の人はその日居なくてね…」

どうやら、状況はこうなのです。
先生の家のある一角は、コの字型に家が並んでいる所なのです。
エルちゃんの家は、その入り口の角の家だったのです。
その一角が面している道路の奥は一方通行で、よく、そのコの字の所で、よその車が
ターンをしたりということが見受けられていたのです。
その時に、ターンを誤って、車が門柱に突っ込んだ様なのです。
先生が外に飛び出したときは、既に車は逃げ去った後でした。
先生は、その現状の酷さに、腹が立ったそうです。
そして、エルちゃんを門の外から呼びつづけました。
しばらくの沈黙の後、きゅんきゅんという鳴き声が聞こえ始め、
慌てて先生はエルちゃんの好きなチクワを家からとってきて
投げこんでやったそうです。
先生は、涙が出たといいました。
私もたぶん,その現場に居たら、門を開けてエルちゃんを助け出しに行っていたと思います。

それから少しの間、エルちゃんはショックの為、鳴けない犬になってしまいました。
私は、会社に行く時に姿が見えるので、
「恐かったねエルちゃん。でも、無事で良かったね」
と呟いて通っていました。

やがて門柱も新しくなり、犬小屋の場所は、少し門柱から離れた所へ
移動することになりました。
さすがに、これには飼い主も可哀想だと思ったんでしょう。

でも、エルちゃんの受難は、これだけではありませんでした。

この事件から、数年後、エルちゃんは不可解な死をとげたのです。

「毒を盛られたのよ」

先生は、お隣の奥さんからそう聞いたそうです。

先だっての事故以来、前にも増して臆病になったエルちゃんは
よく吠える子になっていたそうです。
そして、その声に対して嫌がらせの電話がかかって来たりしていたそうなのです。
道路を挟んでマンションがあるのです。
そこの住人がよく苦情を言ってきていたそうなのです。
奥さんはこうも言ったそうなのです。

「2回目なのよ。こういうの」

なんと、以前にも毒を入れた食べ物を門の中に投げ込まれ、
それを口にしたエルちゃんが死にかけていたというのです。

先生と私は、その日のお稽古中、許せない気持ちをお互い言い合いました。

どうして面と向かってその家の人に苦情を言わないで、
犬を殺してやろうと思ってしまうんでしょう。

世の中に、犬が嫌いな人がいるのは私も解っています。
好きだけど、よその犬が長く吠えていると、正直苛立ったりはします。

だからこそ、飼い主の言うことをよく聞く様に育てる義務が
飼い主にはあると思うのです。
失礼かもしれませんが、私はこんな飼い方をする人には、
犬を飼ってほしくありません。
いくら子供の為で、じぶんは欲しくなかったからといっても
飼うと決めたからには、その子は家族です。
子供と同じ気持ちで接しなければダメなのです。
以前もこういうことがあったのに、
鳴き声が響かないようできなかったんでしょう。
どうして犬を家の中に避難させなかったんでしょう。

何度そう思っても、失われた命は戻りません。

エルちゃんは、この家に飼われていて幸せだったのでしょうか。
そうまで思ってしまいます。

玄関の扉が少し開いている所に頭を突っ込んで、ちぎれんばかりに
尻尾を振っていたことがあったのを思い出すのです。
どんな飼い主であれ、犬にとってその飼い主は神様になるのだと
教えられた気がしました。
                                        
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