もやもや病と妊娠




大阪市立総合医療センター 脳神経外科、産婦人科、小児脳神経外科、小宮山雅樹、松尾重樹、安井敏裕、北野昌平、坂本博昭

はじめに

もやもや病は、約30年以上前より知られた、日本人に多発する原因不明の脳血管病変である1)。本邦では現在、約4000人近い患者がいると考えられている。もやもや病は、若年者では脳虚血で発症することが多く、成人では脳出血で発症することが多い。脳虚血症状として、一過性脳虚血発作や脳梗塞の他に、不随意運動やけいれんもある。脳虚血発症例では、種々の頭蓋内外のバイパス術が有効とされ施行されてきたが2)、脳出血例に対するバイパス術の有効性は確立していない。もやもや病の診断基準は、脳血管撮影で両側の内頚動脈末端や前・中大脳動脈起始部に閉塞性変化(閉塞、狭窄)があり、両側の大脳基底核部に特徴的なもやもや血管を認め、臨床的に上記のもやもや病の特徴を備えることである。一側のみに血管の閉塞性変化のある症例は、もやもや病疑診例とされ、両側例が確診例とされる。もやもや病は、女性の方が男子より罹患率が高く、もやもや病の妊娠合併症例も希ではない。もやもや病の合併妊娠は、若年発症の女性もやもや病患者が、そのまま成長し妊娠可能な年齢に達し妊娠した場合と(既知もやもや病患者)、妊娠中や産褥期に初めてもやもや病を発症した場合(初発もやもや病患者)があり、この2群は、ともに、もやもや病であるが、その臨床経過や病態は異なると考えられる。また妊娠可能な年齢に達した、女性既知もやもや病患者に対するガイドラインは存在せず、妊娠を許すか、避妊法を含め避妊を奨めるか、不妊症治療が安全か、まス妊娠時の管理方法(分娩方法、麻酔方法)に対しても一定の見解は得られていない。そこで、今回、もやもや病の妊娠合併について過去に報告のあった56症例をまとめ、その臨床像を明らかにしたい3)。

既知もやもや病患者の妊娠のまとめ   表1

過去31症例の報告があり、年齢は20-36歳で、平均26.5歳であった。3例が経産婦で他は初産婦であった。もやもや病の診断は、2-32歳、平均16.9歳時に行われ、けいれんと不随意運動を含めて虚血発症が17例で、出血発症が10例であり、3例が不明であった。手術治療が12例に行われ、18例は手術治療はされておらず、1例は不明であった。手術治療は、出血発症の6症例と虚血発症の5例に行われている。手術治療が必ずしも両側に施行されているとは限らない(症例5,15,25)。帝王切開が25例で、経膣分娩が6例(7回)で行われた。全身麻酔が6例、硬膜外麻酔が11例、腰椎麻酔が10例、陰部神経ブロックが1例、麻酔なしが2例、不明が1例であった。母体の予後不良は、症例16の1例のみであった。この症例は、10歳時に虚血で発症した23歳の初産婦で妊娠30週で両側脳室内出血を起こし、帝王切開で出産したが無動無言症となった。児には問題はなかった。5症例で妊娠中や産褥期に一過性脳虚血発作や可逆性虚血性神経障害が起こったが予後は良好であった。1症例で妊娠中と産褥期にけいれんが起こったが母子ともに問題はなかった。2例(症例1,2)で先天奇形(口蓋裂と骨形成不全症)が認められた。全身麻酔下での帝王切開をした2例で(症例10,15)、児がsleeping babyであったが問題はなかった。症例2で自然流産の既往が、症例13で人工流産の既往があった。

初発もやもや病患者の妊娠のまとめ   表2

過去25症例の報告があり、年齢は23-37歳で平均28.6歳であった。4例が2回目の出産で、14例が初産婦で、7例が不明であった。症状は、18例が脳出血で、5例(症例42,46,47,48,49)が脳虚血(けいれんと不随運動を含む)で、2例が不明であった。脳出血は妊娠の15週から37週で起こった。産褥5時間(症例54)と4日(症例56)でも脳出血が起こっている。脳虚血は、妊娠4カ月から40週に起こった。2例(症例46,48)は出産中にけいれんで発症した。帝王切開が14例で、妊娠27-40週(平均34.6週)に行われ、経膣分娩は6例で、34-40週に行われ、3例は不明であった。脳卒中発作後にすぐに3例で帝王切開が行われたが(症例39,45,52)、11例では待機で出産した。また2例で人工流産が行われた。麻酔方法は、全身麻酔が7例、硬膜外麻酔が3例、脊髄麻酔が2例であった。母体の予後は、死亡4例、不良6例、無動無言症2例、良好11例であった。児の予後は、死亡2例、良好15例、片麻痺1例であった。母子ともに予後の不良の症例は脳出血のためであった。1例のみ人工流産の翌日に前頭葉の脳梗塞が起き精神症状を呈した(症例47)。脳出血の5例で血腫除去が行われ、6例で脳室ドレナージが行われた。頭蓋内外バイパス術が3例で行われ、9例で手術は行われなかった。症例45は自然流産の既往があった。3症例で(症例39,41,45)妊娠中毒症を合併していた。

妊娠と脳血管障害

妊娠中の頭蓋内出血は、多くの場合、脳動脈瘤、脳動静脈奇形、妊娠中毒症が原因である。これら妊娠中の頭蓋内出血に対する脳神経外科的手術の適応は、非妊娠時の女性に対するそれと同様である。破裂脳動脈瘤に対してはクリッピングが行われ、脳動静脈奇形の出血に対しては、手術または保存的治療が選択される。妊娠時は、非妊娠時に比較して3-13倍の脳虚血の危険性があると言われている。一般に、脳動脈閉塞は妊娠第2-3期と産褥1週間に多く、脳静脈閉塞は産褥1-4週間に多いとされる4)。妊娠ともやもや病脳出血の初期症状は、頭痛、意識障害、片麻痺、全身けいれん、高血圧などである。これらは、妊娠中毒症による子癇も含め他の脳血管障害との鑑別が重要である。初期に子癇と診断され後に、もやもや病と診断される場合のある(症例32,45)。脳出血の診断にはCTが必須である。脳動脈瘤や脳動静脈奇形が疑われれば、脳血管撮影も必要となる。MRアンギオグラフィーは妊娠初期においても可能な非侵襲的検査であり重要である。もやもや病に合併する多く頭蓋内出血は、くも膜下出血ではなく、脳室内出血と基底核部の出血である。妊娠に関連しこれらの頭蓋内出血を見た場合には、もやもや病も鑑別疾患に入れるべきである。もやもや病による頭蓋内出血は、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血と同様に妊娠第2-3期に多い。妊娠そのものが、脳出血や脳虚血のリスクを上げるという確証はないが、循環血液量の増加、血液凝固能の亢進、妊娠中毒症の合併などはもやもや病の症状を悪化させる要因になると考えられる。既知もやもや病患者はこのような危険性を知って妊娠すべきであろう。しかし、実際は、既知もやもや病患者の妊娠で予後が不良であったのは脳室内出血をおこした1例のみであり、脳虚血によるものはなかった。脳出血や脳虚血を予防する目的で、頭蓋内外のバイパス術を奨める報告もあるが、脳出血に対する効果は確立していないため、その手術適応は慎重であるべきである。

避妊、不妊症治療、人工流産、再妊娠

経口避妊薬はもやもや病患者の症状を悪化させる可能性がある5)。このため、もやもや病患者の避妊法として、経口避妊薬は避けるべきである6)。不妊症治療では排卵誘発剤をはじめとして種々のホルモン剤を使用することが多いため経口避妊薬と同様の理由で、もやもや病の症状を悪化させる可能性はあるが、詳細は不明である。問題なく人工流産が施行された症例もあるが、人工流産の翌日に発症した症例もある(症例47)。脳内出血を伴った妊娠の人工流産の適応について藤田らは7)、全身及び神経学的状態が不良の時、外科的治療が不可能で再出血の可能性が高い時としている。繰り返す妊娠が、脳血管障害の危険性を上げるかどうかは不明であるが、1例(症例21)で2児を無事出産した症例もある7)。

分娩方法

胎児が十分成長した段階で出産予定よりも先に予定分娩を奨める報告もある9,10)。また経膣分娩の第2期におけるいきみによる高血圧や過換気による脳虚血を避けるべく帝王切開を奨める報告もある9,10)。しかし、帝王切開も開腹時と分娩時の急激な循環状態の変化のため危険ともされる。鉗子分娩や吸引分娩と硬膜外麻酔を組み合わせ循環系への負担を避けながら経膣分娩も行われる7)。既知もやもや病患者で、実際に分娩時に脳出血や脳虚血を起こした症例はなく、ただ、初発もやもや病患者が、1例(症例32)で脳血管障害を、2例(症例46,48)でけいれんを初発症状として分娩時に起こしている。このように、我々は、既知もやもや病患者の分娩方法として帝王切開に固執する必要はないと考えている。分娩誘発や産褥期に使用するオキシトシンやプロスタグランディンF2αは時折、高血圧を起こすので使用には注意を必要とする。産褥期に出血した症例が2例あり、産褥期においても血圧と疼痛のコントロールが重要である。脳動脈瘤や脳動静脈奇形の合併妊娠においても、母体と児の予後に関して、必ずしも帝王切開と経膣分娩では合併症の発現に有意差がなく11)、もやもや病患者においても、どちらの分娩方法も可能と思われる。

麻酔方法

もやもや病患者の分娩時の麻酔法として全身麻酔、硬膜外、脊髄麻酔などがある。いずれの麻酔法をとるにしろ過換気、低血圧、高血圧を避け、脳血流と安定した血圧を維持する必要がある。全身麻酔には挿管時の高血圧、胃内容物の誤燕、新生児の呼吸抑制などの危険性がある。脊髄、硬膜外麻酔は手術中に継続した神経症状の観察が可能であるが低血圧を避ける必要がある。どの麻酔方法でも術中の血圧と二酸化炭素濃度のモニターは重要である。過去の報告から言えることは、重要なのは麻酔方法ではなく、安全でかつ注意深い麻酔法であり、各施設に於ける慣れた方法が奨められる。

新生児

薬物投与を受けていた2症例(症例1,2)で、口蓋裂、骨形成不全症、大腿骨形成不全が認められたが、これら先天奇形と、もやもや病との関連は不明である。もやもや病の家族内発生(兄弟、親子)の報告もあり、児が少し成長した段階でMRIやMRアンギオグラフィーといった非侵襲性の画像診断をすることが望まれる12)。

まとめ

既知もやもや病患者の妊娠は脳卒中の再発という点で、必ずしも危険とは言えない。また妊娠時には症状の安定している既知もやもや病患者において頭蓋内外バイパス術が、妊娠時の脳卒中の再発のリスクを下げるという証拠はない。母体、児の予後が不良なのは、多くの場合、初発もやもや病患者における脳出血によるもので、脳虚血によるものではない。既知もやもや病患者において血圧の管理は重要で、特に妊娠中毒症を予防する必要がある。また分娩や麻酔の方法は各施設に於ける産科、麻酔科チームの慣れた方法で行われるべきで、帝王切開でも経膣分娩でも比較的安全に行えるため、必ずしも帝王切開に固執する必要はない。麻酔法は、低二酸化炭素血症、低血圧、高血圧を避ける努力をすれば、どの方法でも可能である。また避妊法として経口避妊薬は避けるべきである。

文献

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