著者名を見て「あっ、なつかしい…」と思った人は、私と同じか、または少し上の世代の女性に違いない。著者は20年近く前に「りぼん」誌上で活躍していた漫画家である。『空くんの手紙』というシリーズものだったと記憶しているが、私が覚えているのは、なぜか小田空がソビエト連邦を旅行していた紀行漫画である。プロフィールによれば「その後、旅に目覚め」などと書いてあるから、空白の十数年間は紀行文や旅行エッセイなどを書きつないでいたに違いない。
世界中をビンボー旅行した著者は「世界は私に優しかった」と豪語するが、その直後に「ただし、中国に行くまでは…」と弱気に続いて帯の惹句になる。果ては「チュウゴク?そりゃ冥王星のことかい?」などと言いだして、初めて中国を旅行した際の完膚無きまでにノックアウトされた経験を語る。時は1984年、大陸には文化大革命の余韻がまだ生々しく残っていた。著者は理解不能な「人民たち」に打ちのめされ、振り回され、いいようにあしらわれて逃げ帰ってくる。
リターンマッチを狙ったのか、はたまた「中国が私に優しくしてくれるまで」と思ったのか、著者は繰り返し繰り返し中国にアタックを続ける。まずは旅行者として、次に留学生として、そして日本語教師として。この本は、著者の飽くなき対中国リターンマッチの記録である。
とはいえ、著者がかの地を訪れる間には、それぞれ数年の時間が流れている。その間に中国は天安門事件を経て自由化が進み、人民は少しだけゆとりを取り戻している。3ページおきくらいにはさまれたイラストページでは、著者が漫画家の目で捉えた中国を紹介している。文章だけでは表現しきれない気分があるらしい。簡潔な線で描かれるイラストは、壮絶(であるはずの)シーンであってもどことなく牧歌的な雰囲気を漂わせていてよい。
下巻になってしまうと、もはや著者は押しも押されもせぬ「田舎の大学の、日本語教師」になってしまうので(それでもトラブルはいっぱいある。「中国は裏切らない」らしい)やや迫力に欠ける。ここはやはり、リターンマッチを挑んでも挑んでもテキトーにあしらわれて泣きを見る上巻がおすすめだ(悪趣味)。
ちなみに上・下巻それぞれのカバー絵は「頼むから何とかしてくれ、中国!」から「ふっ、さすが中国は裏切らない。」までの心の変遷が象徴されているそうだ。