男子厨房学(メンズ・クッキング)入門   玉村豊男著
中公文庫刊 533円+税
 これからは男だって台所に立てるようじゃなくちゃね、という意見はここ10年くらいの間にかなり浸透してきたと思われる。この「男だって」という言い方がくせ者で、そこには「女は台所で嫌がらずに料理くらいできて当然」というひそやかな差別があったりもする。男性だろうと女性だろうと包丁を握るのを嫌がらない人はこまめに何か作るし、面倒がる人は面倒がる、それだけの話だと私は思う。この本は、男女問わず「今まで台所になんか立ったこともない」という−著者の言葉を借りれば「他者に甘えた情けない」人に捧げる爆笑料理入門書である。
 著者はインテリである。したがって闇雲に包丁を握るようなことはしないで、おもむろに台所を観察することからはじめる。台所という場所はいったいどういう構造でどんな機能を持ち、どこにどういう道具があるかをきっちり頭にたたき込むのである。そのうえで、なんと著者は包丁を握らずに冷蔵庫の中にある野菜や肉を手でひきちぎって調理する。ちょっとでも料理のできる人は、ここでたまらず吹き出すに違いない。「包丁とはすなわち凶器であるから、そのありがたみが分からないまま使うとロクなことにならない」というのがその(屁)理屈である。それはまぁ確かに、包丁を持てば指を切る事態も起こり得るわけではあるが、うぅむ。
 想定している読者が台所初心者であるから指導は懇切丁寧、しかも時に実況中継風である。包丁の握り方などは図入りで説明してあるし、「刺身の作り方」という項目を開けばスーパーでブロックの刺身を買ってきてテキトーにスライスせえ、などと大まじめに書いてある。そうかと思うとバターで食材を焼きはじめて、こんがりと焦げ色がついてきたところで「フライ返しがない!」とあわてて探し、結局見あたらないから「要はひっくり返ればいいのだ」と開き直っていたりして笑いを誘う。この本のエライところは料理というものから見栄と厳密さを全部取り除いて「料理は決して難しいものではない」と文章全体で主張している点だ。これを見て「作ろう」という気が起こるかどうかはともかくとして(そういう意味では、魚柄仁之介の料理エッセイの方が、数倍「作ろう」という気を起こさせる本である)、料理というものも意外と楽しいかもしれないと感じさせてくれるに違いない。
 しかもタイトルに「学」がつくのである。レストランという言葉の由来はフランス風ごった煮スープ=チャンコ鍋である、というウンチクから始まって「ちゃんこ鍋」の語源と鍋物の作成に関する一般的法則がうやうやしく語られたりする。タイトルは固いが中身はいたって柔らかく、下ネタぎりぎりまであってなんだか怪しい。文中で随所に挿入されているゴシック体の文言があるためにかろうじて「学」の体裁を保っているのだが、これがまたしばしば爆笑ものだ。ウンチクとも取れるし「まとめ」の小見出しのようでもある。「刺身の別名はサラダである」という不思議な三段論法が出てくるかと思えば、いきなり人間社会の真理をついている場合もあって油断できない。
 「料理は愛情でなく技術である」と著者は言い切る。それはそうだと私も思う。愛情は冷めるがいったん身に付いた技術は残る。目の前にいる人物に対して一片の愛情を持っていなくても料理を作って出すことはできるが、愛情があるからと言って美味しいものが作れるわけではない。軽快に語られるウンチクを読み流しながら、この本を台所のどこかに据えて手を動かしてみれば、「今まで台所になんか立ったこともない」という人であっても、少なくとも台所を舞台にしたサバイバルで生き残ることができるだろう。

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